<< ひとりじゃいられない すなっぷめい作展 >>

15歳

b0103470_2381544.jpg

24歳で、それまで勤めていた会社を退職した後、僕は学習塾の講師のようなアルバイトを始めた。
中学生の高校進学のための学習塾で、札幌市内随所に教室があり、講師は複数の教室を日替わりで回った。

大抵の場合、一度に2,3ヶ所の教室を担当し、担当教室は半年くらいで変更になったりした。
僕はその進学塾に1年半ほど勤務していたけれど、その間に札幌中ほとんどの教室で講義を行うことになった。
その頃、僕は定職を失ったということもあって、生活スタイルがかなりラフになっていた。
進学塾のアルバイトは夕方から夜にかけてだったから、必然的に夜型の生活になっていった。

朝早くに同居していた女の子が仕事に出かけていくのを、僕はいつもベッドの中からぼんやりと見送っていた。
彼女はアルバイトに出かける前に、食事を終え、僕の食事の用意をし、自分の弁当まで作っていたから、かなり早起きしていたのだろうと思う。
けれども、僕は朝方にベッドに入る生活リズムだったから、彼女と一緒に朝食をとったりするのは、かなり難しい相談だった。

昼過ぎにベッドから抜け出した僕は、ぼんやりした頭でレコードを聴いたり、小説を読んだりして夕方までの時間を過ごした。
太陽が西の空に傾き始めた頃、ようやく僕はネクタイをしめて部屋を出た。

僕の長い髪の毛を見て、大抵の生徒たちは驚いた。
「先生の髪の毛は、どうしてそんなに長いの?」と、生徒は言った。
「戦争が早く終わることを祈っているからだ」
僕はまじめな顔をして、そう答えた。
生徒たちは笑って、僕のそばを離れていった。

中学生というのは、僕が最初に予想していたよりもずっと大人で、そして僕が予想していたよりもずっと子供だった。
彼ら(あるいは彼女ら)は、僕が考えているよりもずっと複雑な気持ちを持っていて、予測のできない行動を見せたりもした。

もっとも彼らの行動や考え方の仕組みは大抵の場合は純粋なもので、僕がそうした彼らの純粋な部分に憧れていたことは確かだった。
そして、彼らや彼女らは中学生として彼らなりにそれぞれのトラブルや苦悩を抱えていて、彼らは彼らなりにそうしたトラブルに対峙していた。

僕にもそういう時代があったんだと、僕はいつも思っていた。
彼らが受験なんか放り出して逃げ出してしまいたいと弱音を吐くとき、好きな女の子や好きな男の子のことで頭がいっぱいになって勉強なんか手につかなくなってしまったと苦悩を吐き出すとき、父親や母親とうまく交信することができずに家庭の中で疎外感を抱えて立ち往生してしまったとき、僕はいつでも思った。
僕にもそういう時代があったんだ、と。

けれども、僕は彼らにそんなことを諭したりはしなかった。
彼らは彼らなりにトラブルにぶつかっていくべきだし、そこから彼らの成長が伸ばされると思っていた。
そしてなにより、僕の「そういう気持ち」を、現在15歳の男の子や女の子にきちんと伝えることは、とても難しい作業だった。

「大人のいうことなんか、いちいち気にするなよ」
僕はただそれだけ言って、彼らや彼女らを突き放していたような気がする。
僕みたいな大人を信じたって、何も始まらないんだから、と。
そうして僕は、あくまで24歳の大人として、15歳の男の子や女の子と接していた。
彼らの視線と同じ高さで立つことは、僕にも可能だっただろう。
けれども、それが彼らの何かに役立つことだとは、僕には思えなかった。

あれから永い時が経つ。
僕の授業を受けた男の子や女の子たちも社会に出て、新しい恋に出会い、新しいトラブルを抱えていることだろう。
昔の僕がそうであったように。 

にほんブログ村 写真ブログ スナップ写真へ
↑↑↑↑↑↑
「ブログ村」への参加を始めました。1日1回、クリックをお願いします☆
by kels | 2008-07-26 23:19 | 日記・つぶやき
<< ひとりじゃいられない すなっぷめい作展 >>