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終身雇用制度を背景として、大企業に入社することが、安定した人生の代名詞であった

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勉強することが、当たり前の時代になった。
なにしろ、高校進学率が99%近い時代である。
1960年には60%に満たなかったことを思うと、すごい時代の変わり様である。

時代の変化の中では、常に忘れられた言葉が存在するものだ。

「教育ママ」という言葉が登場したのは、1962年のこと。
当時は、私立幼稚園の入園願書受付に徹夜で並ぶ、教育熱心な母親がマスコミを賑わせた。

親の期待に応えるため、子どもたちは必死で「ガリ勉」をした。
古い言葉だが、現在も「ガリる」という形で一部に継承されている。

子どもの数が多い時代には「受験戦争」が激化した。
有名大学に入学することで、幸福な人生が約束されると信じられていた時代の物語である。

一流企業に入社した人を「エリート」と呼ぶ習慣もなくなった。
一流企業の中にも、さらに選ばれた「エリート社員」が存在していたものだ。

戦後から高度経済成長、バブルに至る時代にかけて、社会はまだ分かりやすかった。
終身雇用制度を背景として、大企業に入社することが、安定した人生の代名詞でもあったからだ。
一流企業に入社することが、子どもたちにとって共通の目標となり得た。

雇用構造の変化の中で、将来に求められる価値観は多様化し、子どもたちにとって「勉強」の持つ意味も、少しずつ変わりつつある。
今や知識の量ではなく、知識や経験をいかに生かすかが求められる時代だ。
教育ママに支えられながら、ガリ勉で受験戦争を勝ち抜き、エリート社員となった親の世代とは、もしかすると、世の中も変わっているのかもしれない。
by kels | 2017-11-05 07:02 | 日記・つぶやき
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