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015 北海道の雪女伝説

冬の雪国に伝わる民話といって、すぐに思い出されるのは、各地に伝わる「雪女」の話だろう。

「雪女」の話というと、真っ先に思い出されるのは、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の「怪談」に収録された有名な話である。
吹雪の夜に、山で迷った親子が山小屋に一夜の宿を求めていると、夜更けに美しい女性が父親を凍死させてしまう。
雪女は、息子を殺すに忍びなくなり、「今夜、見たことを決して口外してはいけない」と言い残して去っていく。
やがて、息子は美しい女性と結婚し、子供をもうけて幸せな家庭を築くが、ある雪の夜、誰にも話したことのなかったあの吹雪の夜の出来事を妻に話してしまう。
実は、あのときの雪女だった妻は「誰にも話さないでと言ったのに」と言い残して、男の元を去っていくというのが、この物語の筋である。

もっとも、この筋書きはハーンが東京近郊で採集した民話に基づくものであり、全国各地に伝承される「雪女」が、すべてこのようなストーリーを持たせているわけではない。
たとえば、柳田国男が「遠野物語」で紹介する「雪女」は、満月の夜に現れる女性で、大勢の子供達を引き連れており、触れるものすべてを真っ白な雪の固まりにしてしまう。
大人達は、満月の夜には子供達に決して帰りが遅くならないように注意するという、それだけの内容である。

また、青森県南津軽郡に伝わる「雪女」は、吹雪の晩に子供を連れた美しい女性が老夫婦の家を訪れ、老夫婦が女の乞うままに子供を抱くと、女は強い吹雪に吹かれて粉々になってしまう。
老夫婦は残された子供を大切に育てるが、どうしてか風呂嫌いだった子供を無理やりに風呂に入れると、子供は熱さで溶けてしまったという筋書きである。

その他、多くの雪国で同様の伝承が見られるが、「雪女」と呼ばれる話に共通しているのは、「冬の夜に女性が現れる」という部分だけである(「遠野物語」などは「雪の夜」でさえない)。
「日本昔話事典」などを拾うと、雪女は山の神が変化したものであるという解釈が主流であり、話の起源としては信仰が根底にあるようである。
もっとも、話が伝承される中で、「雪女」の精霊的な性格ばかりがクローズアップされて、江戸時代には妖怪としての「雪女」が定着したともいわれる。
いずれにしても、「雪女」の話が深い雪の中に閉じこめられた空間で誕生し、展開してきたことは間違いないことなのだろう。

とすれば、冬には深い雪に包まれる北海道などでは当然に「雪女」の話が伝承されていて良いような気もするが、実は北海道に伝わる「雪女」の話は決して多くはない。
内地のように、民話が成長する時間的な余裕も土壌もなかったといえばそれまでなのだが、移住者達が持ち込んだ伝承が北海道的展開をすることは充分に考えられることではある。

とりあえず、手元の「北海道ふしぎふしぎ物語」(合田一道著)の中に、「雪女」にまつわる話が収録されているので紹介してみたい。

舞台は開拓時代の滝川である。
雪の舞う夕方、色白の女が空知川の畔に立っていた。
故郷の山形に恋人をおいて出稼ぎに来ていた若い男が、恋人に良く似たこの女に誘われるまま恋仲になってしまう。
まるで、氷のように冷たい体を男は夢中で抱いた。
明け方、男が目覚めると女の姿はなく、ただ布団がしっとりと濡れているだけであった。
男は毎夜のように女の家へ行き、女の冷たい体を抱いたが、どんどん衰弱していく男の姿を心配した同僚が男の後を追うと、男は川辺の穴蔵の中で細いつららを抱いて眠っているだけであった。
やがて、男は冷たい死骸となって発見される。
言い伝えによると、雪女の正体は故郷においてきた恋人であり、男と離れて暮らすうちに寂しさから病気となり死んでしまったので、魂となって男のもとへやってきたのだろうということである。

滝川には、開拓当初、山形からの移住者が数多くあったことから、この話は山形出身者の間で伝承されたものと思われる。
開拓期の寒い雪の夜に、故郷を懐かしく思い出す人々が生み出した民話であると思われるが、雪の夜に若い女性が現れるという状況設定は、おそらく故郷の山形地方で伝承されていた「雪女」の民話に基づくものだったのではないだろうか。
人間が氷柱(つらら)となって溶けてしまうという形態の伝承は各地に残るものであり、また山形には「雪女郎」と呼ばれる雪女の話が民間で伝承されている。

誰かを待ち焦がれて、その望みがはかなく砕けてしまう悲しい「雪女」の話は、これも各地に共通するテーマのひとつであるのかもしれない。


by kels | 2011-05-01 21:02 | 歴史・民俗
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