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013 コロポックルは実在したのか

札幌西武のロフト館で開催されている骨董市を見た帰りに、紀伊国屋に寄ると、水木しげるの「妖怪道五十三次展」なるコーナーが設けられていた。
「○○展」などといっても、本当の一コーナーという感じで、額入りの絵が飾られている下に、様々な水木しげるグッズが並べられているといった程度のものだった。

作者の言葉みたいなものがあり、その中で水木しげるは「日本が不況になってしまったのは、妖怪を追いやってしまったせいではないかと思っている」というようなことが書かれていて面白いと思った。
妖怪は、生物学的に実在するかどうかといった問題よりも、妖怪を生み出す人々の心理や社会的背景に存在意義を感じることができるような気がする。

そういう意味で、「妖怪さえ存在できない社会」というのは、何とも生きにくい世界なのだろうと思う。
暗闇があり、静寂があり、人々の心の中に畏れの念があり、誰かが見ているかもしれないという不安があり、誰かが自分を守っていてくれるかもしれないという希望があり、そういう不確実で非合理なものが安定していてこそ、日本人というのは日本人らしく有り得たかもしれないのだ。

柳田国男が妖怪に興味を示したのも、妖怪が反映する人間社会の成り立ちに関心を持っていたからなのかもしれない。
現代人は妖怪に限らず、科学的でない不思議なものにもっと関心を持つべきなのだろうか。

ところで、日本各地には様々な妖怪が存在するが、北海道は実は妖怪にとっても不毛の土地のようである。
それは、北海道の開拓が比較的近代になって積極的に進められたという歴史と無関係ではない。
妖怪が誕生するには、やはりそれなりの歴史と舞台と環境が必要なのだろう。

かつて、水木しげるが北海道の妖怪として取り上げていたものというと、アイヌ民族の間に伝承される「コロポックル」がある。
「コロポックル」が妖怪であるかどうかについては、かなり議論の余地があるだろうが、実在が確認できない不思議な存在ということでは、妖怪と似ている部分があるのかもしれない。

一般に知られているように、コロポックルとは「蕗の葉の下にいる人」という意味である。
更科源蔵の『アイヌの民俗』によると、コロポックルは背丈は1メートルに足らず、一本の蕗の葉の下に6人から10人もいて、漁や狩猟の技術に優れ、アイヌに好意を持ち、女性は入れ墨をしていたという。
コロポックルの存在については、明治時代の人類学者の間で議論があったが、骨が確認されていないなどの理由により、結局否定されたようである。

昭和15年に北海道庁が編纂した『北海道の口碑伝説』によると、コロポックルに関する伝承が一編だけ紹介されている。
それは宗谷に伝わる伝説だが、これを紹介してみよう。

古老の言によると、その昔宗谷に小人があった。
住居は明らかでなく、多種族と面接するのをひどく嫌う風があった。
のみならず性極めて敏捷であって、全くその容貌を認めることができなかった。
しかしながら小児のような声を発し、アイヌの窓下、あるいは入り口に来ては魚・薪等を与え、時には物品を交換することもあった。
ある日、アイヌが、その小人の手を取って無理に屋内に引き入れてみたところ、裸体の女子で口の周囲や手には入れ墨があったということである。
その当時、宗谷村泊内に小屋を築いた形跡はあるが、間もなく樺太方面へでも渡ったものか、それから後はその出現を知る者がないという。
世にコロポックルと伝えられるものは、あるいはこれらを指すのではあるまいかということである。
【以上、原文引用。ただし、カナについては変換】

現在、一般的に知られているコロポックルの話は、この伝承をベースとしたものが多いようである。
もっとも、更科源蔵によると、この話の流れは、アイヌの文化神であったオキクルミがアイヌの国を去った理由と全く同じであるということなので、あるいは互いの伝承に関連性があるのかもしれない。

ところで、先ほどの伝説について、「千島のエトロフ島から北と、北海道内の白老から南西にはないのに対し、胆振穂別系の老人に『私の十六代前はコロポックルだ』と言い切る人がこの付近に相当いる」と、更科氏が指摘しているのは興味深い。
また、北見美幌では「アイヌも昔は蕗の葉を着ていた」という伝承があり、「蕗の葉の小屋に住む」ということは開拓者達さえ経験したことである。

さらに、小人を意味していた「ポン」というアイヌ語には「弱い、おとなしい」という意味を持っていたこともあるので、あるいはコロポックルは、そうした大人しい人種を意味していたものかもしれないと、更科氏は推測している。
そもそも、蕗も大きくなる種類には2,3メートルに成長するものがあったといい、その下で人間が暮らしていたとしても不思議ではない。
となると、コロポックルとは単純に小人を意味するのではなく、大きな蕗が繁殖する地方に暮らしていた一族を意味する可能性さえ生まれてくるそうだ。

おそらく、コロポックルが人間の手のひらに乗るほど小さな存在だったという伝承は、現代になってからのものであると思われる。
少なくとも、昭和初期にはコロポックルはまだそこまで小さくなってはいない。
「蕗の葉の下に住む」というロマンチックな状況設定が、内地の人々の想像力を大いに刺激したということは、十分に考えられることでもある。
そもそも、『北海道の口碑伝説』を読む限り、コロポックルがアイヌの伝説に伝えられる裸の女性であったという断言はされていないわけで、そこにコロポックルという言葉の持つ神秘性があるのかもしれない。

それにしても、コロポックルがアイヌの人々の前からも姿を消してしまって、実に長い時間が経った。
彼らがどこへ移動していったのか、大いに興味のあるところである。


by kels | 2011-05-01 21:00 | 歴史・民俗
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