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1970年代、「オヨヨ通り」は若者たちの街だった

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ハリネズミ珈琲店は興和産業ビルという古くて小さなビルの中にある。
その興和産業ビルが面する通りは、かつて「オヨヨ通り」と呼ばれた通りだ。
ある世代以上の人たちにとって、「オヨヨ通り」という言葉は、特別な意味を持っているものらしい。

端的に言ってしまうと、1970年代、「オヨヨ通り」は若者たちの街だった。
若い世代の集まる喫茶店や飲食店が、この小さな道の両脇に集まって来ていたのだ。
札幌の1970年代カルチャーを語るとき、「オヨヨ通り」は欠くことのできないキーワードになっている。

若者たちの集合体が新しい街を作り、新しい文化を生み出すことは珍しいことではなかった。
殊に、70年代という時代は、若者たちのエネルギーが常に試されている時代であったのかもしれない。
東京を始めとする全国の都市で、若者たちによる若者たちのための文化が、次々と誕生していった。

「オヨヨ通り」は、そんな時代に生まれた、札幌の若者たちのための街だったらしい。

もっとも、そんな逸話を神話のように残して「オヨヨ通り」は時代の移り変わりとともに消えた。
かつて若者の街だった通りには、無機質なホテルと駐車場だけが並び、そこが人々が集まる街だった時代の名残さえ残してはいない。
通りすぎることも虚しい砂漠のような街。

だが、路地の一角には、かつてこの通りが街だった時代を空想させるわずかな痕跡が見えた。
この通りのかつての賑わいを語り伝えるために残されたかのように建つビル。
それが「興和産業ビル」ではないかと、僕は思った。

今、「オヨヨ通り」が再び復活することはない。
けれども、「ハリネズミ珈琲店」の窓の外に、僕は、1970年代の空が見えるような気がしていた。
僕の知らない「オヨヨ通り」の上に広がる大きな空が。

古いビルが、今、何かを語り伝えようとしている。


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by kels | 2015-03-19 19:31 | 歴史・民俗
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