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「泣くな、おんな!」と、僕は叫びたい気持ちにかられた

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ここのところ、仕事の関係であちこちを飛び回っている。
旅行先は、東京であったり、道内の地方都市であったりする。
仕事の都合によって、日程は日帰りにもなり、泊まりがけにもなった。

その日、僕は2日がかりの仕事を終えて、とある小さな街の駅で、札幌行きの特急列車を待っていた。
日の暮れかけた駅には、カップルが1組と高齢の女性が一人、僕と同じように列車を待っていた。
予定時刻より少し遅れましたが、そろそろ列車が到着しますと、アナウンスが告げた。

荷物を持って改札に向かう僕の横にいたカップルのうちの女の子が、突然、隣にいた男の子の首に抱きついた。
彼女は彼の首を抱きしめたまま、何かを告げている。
男の子は、少し照れくさそうに笑っていたが、何も言わなかった。

待合室にいた人間は、駅員にうながされるようにして改札口を抜けてホームへ出た。
ビンク色の大きなスーツケースを持った女の子は、改札口で男の子と最後の挨拶をした。
やがて、列車が到着して、僕らは順番に指定席車両に乗り込んだ。

荷物を棚に載せて、僕は窓際のシートに座り込んだ。
続いて、ピンク色の大きなスーツケースを持った女の子が、僕の隣に座った。
スーツケースは前の座席のシートと彼女の両足との間に潜り込んでいる。

列車が動き出しても、彼女が窓の外を見ようとしなかったところを見ると、彼は既に駅を去ったのだろう。
彼女は、スマホを取り出して、小さな指をゆっくりとスライドさせている。
仕事の疲れも手伝って、列車が走り始めてすぐに、僕は心地良い眠りに落ちた。

どのくらいの時間が経ったのだろうか。
何か特別な気配を感じたような気がして、僕は目を覚ました。
ぼんやりとした頭の中、遠くで誰かが泣いているような気がした。

気が付くと、隣の女の子が、車内情報誌に顔を埋めるようにして泣いていた。
僕は、彼女が泣いているのだと気が付くまでに、随分と長い時間を要した。
彼女は、車内のほとんど誰にも気が付かれないようにして、小さくすすり泣いていた。

彼女の小さな嗚咽を聞きながら、僕は、遠い昔に存在した一人の女の子のことを思い出した。
彼女の恋人は、東京の会社へと就職して、東京の人間になっていた。
学生だった彼女は、夏休みや冬休みなどを利用して、男の子の部屋を訪れていた。

やがて、都会の人間となった男の子は、都会の女の子と新しい恋に落ちた。
安っぽい恋愛小説みたいに彼女は恋に傷つき、そして、彼女の知らないところで僕も傷ついていた。
いつの間にか、僕らは毎晩のようにして、深夜のドライブを繰り返すようになった。

ある雨の夜、信号待ちをしている自動車の中で、彼女は僕の肩に額を押し付けて泣いた。
「寂しいよ」と、彼女はつぶやいたような気がする。
僕は黙って、信号が変わるのを待ち続けていた。

「寂しいよ」とかすれた声で繰り返す彼女に、僕は何も言うことができなかった。
かけるべき言葉は無数にあるような気がしたけれど、まるで凍りついたように僕は、声を出すことができなかった。
彼女のすすり泣く嗚咽だけが、フロントガラスを叩く雨の音に溶け込んでいった。

あのとき、どうして僕は、彼女に言葉をかけることができなかったのだろう。
いつまでも、僕は、そのことを理解できずにいた。
けれど、今になって僕は、その理由を理解できるような気がしている。

あのときの僕は、重い責任に耐えうることができないような気がしていたのではないだろうか。
重い責任。
僕の将来や彼女の将来や二人を取り巻いている様々な物事の将来に対して。

気が付くと、特急列車は夜の闇の中を疾走していた。
彼女は、小さな嗚咽を必死でこらえるようにして泣き続けている。
「泣くな、おんな!」と、僕は叫びたい気持ちにかられた。

ずっと昔に言うことのできなかった古い言葉が、今も僕の心の中で、新しい傷跡のように疼いている。
そう思った。


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by kels | 2013-09-11 21:30 | 小さな物語
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