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軍都月寒に残る「営門の松」を見てきた

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かつて軍都としての名を馳せた月寒地区だが、もちろん現在は軍隊の面影を残すものはほとんど残されていない。
ただ街を歩けば、かつてそこに軍隊が存在したことの記憶みたいなものは、街の随所に刻まれている。
住宅街の交差点に残る「営門の松」もそのひとつだ。

月寒地区に軍隊が置かれたのは、日清戦争が行われていた明治28年のことで、その母体となったのは開拓のために設置されていた屯田兵だった。
この第七師団は、歩兵・工兵・砲兵からなる野戦独立隊だったが、その一部は明治33年に旭川へと移転している。

「営門」とは軍隊の正門のことで、つまりここから先が軍隊だというその入り口を示していたことになる。
松は2本植えられていたが、そのうちの1本が今も残されている。
かつての軍隊の面影はどこにもないが、多くの兵士の出征を見送って来た松だけは、戦争の記憶を今も抱き続けているはずだ。

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「とよひらふるさと再発見」のプレート設置あり。

明治29年、独立歩兵大隊が置かれ後に歩兵第25連隊に改編された。この兵営正門(営門)前に植えられた2株の松の1つが今に残っている。この門から多くの兵士が出征、凱旋するのを見守った松である。



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by kels | 2011-04-03 21:13 | 歴史・民俗 | Comments(2)
Commented by arale at 2011-04-04 08:43 x
はじめまして、とても身近な風景だったので、コメントさせていただきました。この松は、娘の通う月寒高校のすぐそばにあります。月寒高校ではPTA向けの公開講座を開いています。その中の一つに、地歴の先生が周辺を観て歩くというものがあり、人気の講座です。私も参加し、軍都月寒の歴史を感じました。忘れてはならない風景だと思います。
Commented by kels at 2011-04-04 22:53
araleさん、こんにちは&はじめまして。
さすが月寒高校、いろいろな地域活動があるんですね~。
こういう歴史は、やはり地域からどんどん発信していくべきですよね。
たかが松の木一本ですが、そこから子どもたちに伝えられる歴史があると思っています☆
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