<< 缶コーヒー わるいうわさ >>

いやなやつ

b0103470_22202034.jpg

「いやなやつだぜ」と誰かが言った。
オフィスの中で、彼だけがどこか孤立していることを、勤め始めてすぐに僕は知った。
なにしろ、誰もが彼について話をするときには、「いやなやつだぜ」と言って、顔をしかめたからだ。
彼は、僕より2つ年上の先輩だった。
同年代の仲間たちで飲みに出かける夜にも、彼が参加することはなかった。
「やつには関わるなよ」
誰かが、僕にそう忠告した。
とんでもなく、いやなやつ、それがオフィスにおける彼のすべてだった。

入社して数ヶ月が経った頃、僕は偶然に同じ地下鉄駅を利用していた彼とばったり会った。
その日、珍しく僕はどこにも寄り道をせずに、まっすぐに会社からアパートの部屋へと戻るところだった。
駅を出たところで、偶然に僕を見つけた彼は、オフィスでは見せない笑顔で言った。
「珍しいなあ」
何となく僕らは近くの焼き鳥屋に入り、夜が更けるまでいろいろな話をした。
そんなにいやなやつでもない、と僕は思った。

僕が彼と二人きりで飲んだという話に、職場の仲間たちはひどく驚いたようだった。
「それほど悪い人でもないですよ」と、僕は言った。
誰もが疑わしそうな顔をしたけれど、少し時間が経てば、みんなの誤解は解けるだろうと思った。
不思議なのは、なぜ彼が入社してから2年間もの間、それほど「いやなやつ」としてのレッテルを貼られたのかということだったが、それは誰にも分からなかった。
ただ「いやなやつ」という評価だけが、彼を孤立させ、閉じ込めていったらしい。

ある夜、僕は職場の仲間たちを連れて、彼の部屋へ遊びに行った。
彼が遊びに来いと言ったのだ。
仲間たちはみな嫌がったけれど、僕はむりやり何人かを口説いて、彼の部屋へと連れて行った。
彼の部屋には、もう何年も同棲しているという女性がいて、鍋料理と酒の準備をして待っていた。
彼が職場の仲間を連れて来るなんて珍しいと言って笑った。
どうやら、オフィスでの彼に関する評価について、彼女は何も知らないようだった。
夜遅くまで、みんなでバカ話をして酒を飲み、鍋料理をつついた。
帰り道、仲間の誰かが言った。
「それほど悪いやつでもないみたい」

20代前半の頃の僕は、そんなふうにして、少しずつ仲間の繋がりを広げていった。
それは会社を辞めてしまうまでの、たった2年間だけのことだったけれど、そこには同世代の仲間たちがたくさんいて、様々な価値観や考え方をお互いにぶつけ合っていた。
そんな仲間たちとの付き合い方こそが、僕が学んだ社会というもののすべてだったかもしれない。

にほんブログ村 写真ブログ スナップ写真へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑↑
「スナップ写真ランキング」への参加を始めました。1日1回、クリックをお願いします☆
by kels | 2010-12-10 22:24 | 日記・つぶやき | Comments(0)
<< 缶コーヒー わるいうわさ >>