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本っていいなあと思う瞬間のひとつに、古い話を読んだ時というのがある

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ゆく春の一夜、私は不意にお迎えのくるまを頂いて、ある家へ行った。
久保田万太郎さんが、小宮(豊隆)先生のために設けた席であった。
「ナニ、酒も飲まない、煙草も吸わない、だからあんなものしきゃ書けないんだ」
既に十分の御機嫌であったらしい久保田さんは、お酒の飲めないという私に、いきなりそう言ってななめに睨みすえられた。

「随筆歳時記」森田たま(1940年)

本っていいなあと思う瞬間のひとつに、古い話を読んだ時というのがある。
自分の知らない昔の話も、本として残されることで、現代に伝えられる。
本ってすごいなあ。

古本集めなんていう趣味も、世の中にはあるらしい。
古い時代を探しまわることも、魅力のひとつくらいには入っているのかもしれない。
本っていうのは、実にリアルなタイム・カプセルなんだから。

上の文章は、昭和15年に発行された、森田たまの随筆集に掲載されていたもの。
文壇のビッグネームが、次々に登場してきて、戦前の文学界の息遣いを教えてくれる。
文壇が文壇らしかったのって、戦前までなんだよね、きっと。


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by kels | 2015-11-23 07:25 | 本・雑誌・古書 | Comments(0)

真冬のとても冷え込んだ朝には、蜃気楼を見ることができた

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或る冴えた晩秋の朝であった。
霜の上には薄い牛乳のような色の靄(もや)が青白く澱んでいた。
私は早起きをして表戸の所に新聞紙を拾いに出ると、東にあった二個の太陽を見出した。
私は顔も洗わずに天文学に詳しい教授の所に駆けつけた。

「解放」有島武郎(1921年)

オホーツク海に面した小さな街で暮らしていたころ、僕は毎朝、流氷の海を撮りに出かけた。
寒がりの自分が、よくそんなことを毎日続けられたものである。
あの頃は、まだ実戦的ネイチャー派の人間だったのだ(笑)

真冬のとても冷え込んだ朝には、蜃気楼を見ることができた。
遠い海の向こう側に、さかさまになった街が見えるのである。
蜃気楼は一度ならず何度も見ることができた。

友人たちは、写真を地元の新聞社に提供したらいいと言ったが、僕は新聞社に報告したりしなかった。
新聞社の記者は顔見知りだったから、すぐに僕の写真を掲載しただろう。
小さな街だから、あっという間に僕はモノ好きな写真家として有名になること請け合いなのだ。

あの頃は、まだフィルムの一眼レフカメラを使っていた。
毎朝のように、ガシガシとフィルムを消費していた。
真冬の趣味と言えば、写真くらいしか思いつかないような街の暮らしだった。


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by kels | 2015-11-21 07:15 | 写真・カメラ | Comments(0)

冬が来るというのは憂鬱なことだけれど、新しい季節の訪れは、いつでも新鮮だ

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ムーミントロールは、戸口に立って、谷間が真っ白い冬の毛布でおおわれていくのを、じっと見ていました。
ムーミントロールは、心の中で思いました。
「いよいよ今夜は、きっと僕たち、長い冬の眠りにつくんだぞ」

「たのしいムーミン一家」トーベ・ヤンソン/山室静・訳(1948年)

天気予報によれば、札幌は今夜から雪になるらしい。
秋と冬との境界線。
こういう瞬間というのが、実は意外と楽しいものである。

冬が来るというのは憂鬱なことだけれど、新しい季節の訪れは、いつでも新鮮だ。
それがたとえ、暗くて長くて厳しい冬の始まりであったとしても。
北海道の人間って不思議だなあ(笑)

いよいよ冬が訪れるというので、ようやく、自動車のタイヤを交換した。
ツイードの手袋も買った。
冬の準備は整っている。

ひとつの季節の訪れに、こんなに準備が必要なのって、やっぱり冬だけなんだろうなあ。


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by kels | 2015-11-20 20:56 | 冬のこと | Comments(0)

最近は、LOMO LC-Aを持ち歩いている。これも冬が近いせいかもしれない。

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ある灰色に曇った日のことです。
ムーミンたちの住む谷間に、その冬での初雪が降ってきました。
雪は静かに降りつもって、みるみるうちに、何もかも、真っ白にうずめてしまいました。

「たのしいムーミン一家」トーベ・ヤンソン/山室静・訳(1948年)

最近は、LOMO LC-Aを持ち歩いている。
これも冬が近いせいかもしれない。
なにしろLOMOは、冬の厳しい極東ロシア製のカメラなのだ。

LOMOの良いところは、何も難しいことがないことだ。
大体のフォーカスゾーンを合わせたら、シャッターを切るだけ。
ピットとか構図とか露出とか難しいことを考えたって、あまり意味はない。

こういうカメラを使っていると、写真にこだわりがなくなってくる。
もっと正確に言えば、技術的なことにこだわりがなくなってくる。
撮りたいものを撮りたいように撮るだけだ。

いろいろなカメラを使っているけれど、やっぱり僕はフィルムカメラの方が好きらしい。
カメラにこだわりがあるわけではない。
あまり完全とは言えない古いカメラに親近感を感じてしまうのかもしれない。

僕は完全な人間じゃないから、完全な写真なんか撮れるわけがない。
だったら、あまり追い求める必要はないということになる。
大切なことは、そこに何かが写っているということだけだ。

そういう意味では、LOMOは僕にはちょうどいいカメラなのかもしれない。

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by kels | 2015-11-15 18:32 | 写真・カメラ | Comments(0)

一番気に入っているフレーズは、「あれからニシンはどこへ行ったやら」

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燃えろ篝火 朝里の浜に 海は銀色 ニシンの色よ
ソーラン節に 頬染めながら わたしゃ大漁の網を曳く
あれからニシンは どこへ行ったやら
オタモイ岬のニシン御殿も 今じゃ錆びれて
オンボロロ オンボロボロロー
変わらぬものは古代文字
わたしゃ涙で娘ざかりの夢を見る

「石狩挽歌」北原ミレイ(1975年)

昨夜から「石狩挽歌」ばかり聴いている。
テレビで「男はつらいよ」を観たせいだ。
後藤久美子が、この曲を歌うシーンが、やけに記憶に残ったのだろう。

1975年、世の中にはまだ御当地ソングに対する熱気が生き残っていたらしい。
日本海に面した石狩地方のキーワードが、次々に登場してくる。
「やん衆」「にしん曇り」「にしん御殿」などは、みな、漁村の方言だ。

一番気に入っているフレーズは、「あれからニシンはどこへ行ったやら」。
ニシン漁の経験はなくても、この台詞は、道民として共感できるフレーズだ。
歴史に疎くても、ニシンが支えた北海道開拓の歴史は、記憶に刷り込まれているのかもしれない。

それにしても、最近は古い演歌にハマるなあ。
冬が近いっていうことと無関係ではないんだろうなあ。


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by kels | 2015-11-15 08:56 | 音楽 | Comments(0)

今、札幌の街は、秋の終わりの、最後の場面にあるらしい

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いちだんと日が短くなり、寒さも増してきました。
雨はほとんど降らず、毎日お昼ごろ、ほんのしばらく、ちらっと日の光が谷底に射しました。
すると、地面がぱっと明るくなって、裸の木の影が、黒々と浮かび上がります。

でも、昼前も昼過ぎも、夕方のように薄暗くて、そのうちにとっぷりと、暗闇につかってしまいます。
入り日は、もう、まるっきり見られなくなりました。
日の沈む頃は、空が黄色に染まって、周りの山々が影絵のように、くっきり浮き出て見えるきりです。
毎日が、井戸の中の一日のようなんです。

「ムーミン谷の十一月」トーベ・ヤンソン/鈴木徹郎・訳(1970年)

札幌の秋は短いと言うけれど、それなりに長いような気もする。
だって、オータムフェストの始まった9月から数えて、もう3か月。
札幌の秋が3か月もあるなんて、僕は全然知らなかった。

そして、この3か月は、めまぐるしく季節が変わる3か月だった。
ひとつの季節の中で、季節が移り変わっていく様子が目に見えるのだ。
初秋から晩秋へと、札幌の風景は大きく変わっていった。

今、札幌の街は、秋の終わりの、最後の場面にあるらしい。
もうひとつドアを開ければ、そこには新しい季節が待ち受けている。
我々は、ドアノブに手をかけたまま、ただ「そのとき」が来るのを待ち続けているだけだ。

まるで焦りにも似た気持ちを抱えて。


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by kels | 2015-11-15 06:42 | 秋のこと | Comments(0)

今の僕に残された冬支度と言えば、自動車のタイヤを交換することくらいだ

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やがて来る冬の支度に、冬の間、雪に降り込められている間中に焚く薪を買い込むときが来た。
どこの家でも薪を買う。
安い、しかも質の良い薪を買うには、朝早く、まだ夜の明けない中に、大通りの外れに毎朝開かれる朝の市へ出かけて行かなくてはならぬ。

「私の青春物語」宇野千代(1947年)

時代が変わったなあと思うのは、冬の準備の少なくなったことである。
かつて、北海道で冬を迎えるということは、想像を絶するくらいに重大なことであった。
文字どおり命を賭けて、人々は冬を乗り越える準備をしたものだ。

僕の記憶にある北海道は、もちろん既に、そんな開拓時代ではなかった。
それでも、山峡の炭鉱街で暮らす祖父母の暮らしの中には、古い時代の名残が、まだいくらかは残っていたらしい。
祖父母の暮らしは、冬の北海道と真剣に戦っているように思えた。

木造の粗末な小屋で暮らしていた僕の祖父は、冬が近くなると、家中の窓にビニールのシートを貼った。
隙間風を防ぐと同時に、積雪で窓ガラスが割れるのを防いでいたのだ。
透明とは言え、ビニールで包まれた祖父の家は、昼間でも薄暗くなったような気がした。

同時に祖父は、石炭ストーブに煙突を付けた。
その頃はどこの家も石炭ストーブで、冬以外の季節には、煙突は外して片付けておいた。
冬の来る前に煙突を付けるのが、ひとつの風物詩だったのだ。

家の前には石炭庫があって、秋の終わりにはひと冬分の石炭が届けられた。

祖母は、たくさんの野菜を買い込んできて、漬物を付けた。
冬の北海道では、どうしても野菜が不足するから、どこの家でも野菜を漬物にして冬をしのいでいた。
漬物とは店で買うものではなく、我が家で漬けるものだったのだろう。

冬は買い物が容易ではなくなるから、買いだめできるものは買いだめするようにしていた。
夏の間、物置の奥に仕舞われていた除雪道具が、家の前に並んだ。
雪かき用のスコップが出てくると、雪はもうすぐそこだった。

今の僕に残された冬支度と言えば、自動車のタイヤを交換することくらいだ。
石炭庫も隙間風の入る窓も漬物樽も、僕の家にはない。
僕はただ、雪が降る前にタイヤを交換しなければならないのだ。


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by kels | 2015-11-14 23:13 | 冬のこと | Comments(2)

札幌の秋が終わろうとしている。冬が来る直前の、この季節が、僕は好きだ。

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雲がむくむくとわいてきて、じわじわと、海の上に広がっていきました。
空一面に、雲が重たく垂れこめました。
ひと目で、雪をいっぱいつんだ雲だということがわかります。
もう二、三日したら、谷間はすっかり冬らしくなってしまうでしょう。
冬は、長いこと待ちかまえていて、いよいよやってきたのです。

「ムーミン谷の十一月」トーベ・ヤンソン/鈴木徹郎・訳(1970年)

札幌の秋が終わろうとしている。
街の人々は、そのことをよく知っていて、本格的な冬に準備に入った。
あと一週間か二週間で、長い冬が訪れるのだ。

冬が来る直前の、この季節が、僕は好きだ。
みんな、何かを覚悟したように、何かをあきらめたように無言になる。
「そのとき」が来るのを、ただじっと待ちかまえている。

秋でもなくて冬でもないような中途半端な季節。
深い雪に閉ざされてしまうまで、人々は奇跡みたいな夢を信じているのかもしれない。
雪のない冬というものが、この街には存在しないことを知っていながら。


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by kels | 2015-11-14 20:53 | 秋のこと | Comments(0)

「ムーミン谷の十一月」で始まった僕の11月。昨夜ようやく読み終えた。

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ちっとも困ることなんてないのだ。まるっきりないのだ。
気持ち良く眠れるあなぐらを見つけて、眠ってしまうことだ。
その間に、世の中は世の中で、勝手にどんどん日が経っていけばいいのだ。
そうして目が覚めたときには、もう何もかも、ちゃんと、そうでなければいけないようになっているはずだ。

「ムーミン谷の十一月」トーベ・ヤンソン/鈴木徹郎・訳(1970年)

「ムーミン谷の十一月」で始まった僕の11月。
その「ムーミン谷の十一月」を、昨夜ようやく読み終えた。
なんと2週間もかかってしまった。

僕が本を読むのに遅い理由は、同時にたくさんの本を読み進める癖があるためだろう。
一日の中のいろいろな場面に合わせて、僕は読む本を変えてしまう。
一冊の本を読み終えないうちに、次から次へと新しい本に手を付けてしまうのだ。

極端な話、僕はこの2週間の間に、さらに別のムーミン物語も読み始めてしまった。
ムーミンだけでも、2冊同時進行していたわけだ。
シリーズものを読んでいると、こういうことが珍しくない。

その他に、雑誌や実用書や文学書なども読んでいるから、一日に読み進めるページはとても少ない。
本というやつは音楽やおやつと同じで、そのときの気持ちに合わせることが大切なんだろうなあ。

ところで、引用の文章は、スクルッタおじさんが冬ごもりに入る場面のものである。
冬の長い地方で生きる人たちにとって、冬ごもりというのは本当に永遠の夢なんだろう。
そんな国の物語だからこそ、北海道の季節と重ね合わせてしまうのかもしれない。

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by kels | 2015-11-14 07:05 | 文学 | Comments(1)

北海道らしい食べ物を味わいたければ冬に来い、と言いたいくらいだ

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北海道の郷土料理は、断然冬に限る。
北海道らしい食べ物を味わいたければ冬に来い、と言いたいくらいだ。
食べ物で北海道を知るには、冬でなければならない。

札幌ラーメンは、冬に食べるのが一番うまい。
降りしきる雪の中、たどりついたラーメン屋で、熱いラーメンをすする旨さを超えるものはない。
なぜ札幌ラーメンが名物になったかを教えてくれる味だ。

鍋料理は、もちろん冬でなければいけない。
かじか汁、ごっこ汁、三平汁。
北海道の冬の魚を使った鍋料理には、北海道の歴史が染み込んでいる。

名もなき細かい料理にも、北海道の冬の旨さが凝縮されている。
ニシン漬け、ニシンの切り込み、鮭の筋子、かすべのぬた、タコの刺身、カレイの煮付け。
大袈裟な料理よりは、酒の肴みたいな一品料理にこそ、北国らしさがあるような気がする。

大切なことは、冬の料理は、厳しい冬の気候の中で食べなければならない、ということだ。
氷点下の気温、しんしんと降り続く雪、暗くて静かな夜、激しいくらいの孤独。
そういう中で食べる料理にこそ、北海道の本当の姿が見えてくるだろう。

今年は、北海道の冬の食べ物をしっかりと記録してみようかな。


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by kels | 2015-11-08 21:52 | 食べ物 | Comments(4)