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本物のコーヒーは全自動のコーヒーメーカーで淹れるものだと、僕は信じていた

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ぼくは、コーヒーを一杯、淹れてきた。
オートマティック・ドリップ・コーヒーメーカーを使って淹れたコーヒーだ。
粉はマクスウエル・ハウスの、オートマティック・ドリップ用のコーヒーで、粉の量はほんの少しでいい。
かたむけたコーヒー・カップから例によって最後の一滴が落ちていこうとするところが、缶に貼ったラベルに描いてある。
マクスウエル・ハウスの標語のようになっている、「最後の一滴までおいしい」(グッド・トゥ・ザ・ラスト・ドロップ)という文句が、その最後の一滴に添えてある。

「コーヒーもう一杯」片岡義男(1980年)


日曜日の早朝、僕は淹れたてのコーヒーをゆっくりと飲んでいる。
コーヒーはもちろんハンドドリップで淹れたばかりのものだ。
買ってきたばかりの豆を、コーヒーミルで丁寧に挽いた自家焙煎珈琲。

子どもの頃、本物のコーヒーは全自動のコーヒーメーカーで淹れるものだと、僕は信じていた。
片岡義男の小説に登場する都会的な暮らしに、コーヒーメーカーはとても良く似合っていた。
そして、珈琲豆は、本場アメリカのもの以外は、みんな嘘のような気がした。

今でも僕は、あの頃のコーヒーメーカーには夢があったような気がしている。
ブリキ缶の中に入った焦げ茶色の粉コーヒーと全自動コーヒーメーカーのある暮らし。
都会的で洗練された生活が、僕たちの憧れの時代だった。
by kels | 2017-06-18 05:48 | カフェ・喫茶店 | Comments(0)

スタバ~ホールステアーズカフェ~紅虎餃子房~味覚園すすきの本店~パフェ、珈琲、酒 『佐藤』

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「それでは、そういうことに決めよう」と、ジョーが言った。
「離婚を成立させよう。もめごといっさいなしで、すっぱりときれいにいこう」
夏の雨雲の上を飛行機で飛んでいる間ずっと、ふたりは、かねてより進行中の別れ話を続きをおこなった。

「いい旅を、と誰もが言った」片岡義男(1980年)

朝イチで札幌グランドホテルの「スターバックスコーヒー」へ。
サンドイッチとブラックコーヒーの簡単な朝ごはん。
スタバのフードは、大抵の場合、どれを食べても美味しいと思う。

札幌パルコの裏にある「ホールステアーズカフェ」で、お代わりのコーヒー。
本当に美味しいコーヒーを飲むのであれば、やはり安心できる喫茶店へ行った方がいい。
深煎りのフレンチコーヒーを、やはり砂糖とミルク抜きで。

午前10時、いつものヘアサロンで髪を切ってもらう。
春から少しずつ伸ばしてきて、ようやくちょうどよい長さになったような気がする。
しばらくは現状維持といこう。

札幌パルコの中華料理店「紅虎餃子房」でランチ。
中華料理なんて実に久しぶりに食べた。
美味しくてご飯をお代わりした。

街は歩行者天国で賑わっている。
7月。
夏は、まだまだこれから、とても良い季節だ。

麦わら帽子を探して「ビームス」を覗いてみるも、好みのものは見つからず。

夕方、ススキノにある「味覚園すすきの本店」で夕食。
七論の焼き肉は、意外と久しぶりかもしれない。
常連客で、店はあっという間に満席となる。

「パフェ、珈琲、酒 『佐藤』 」で締めパフェ。
メロンとライムミントの贅沢なパフェで一日を締めくくる。
あ、最後にアイスコーヒーをオーダーしたので、本当の締めはやっぱりコーヒー。

仕事のストレスを一気に発散したかのような土曜日の一日。
明日は、もう少し静かにしていよう(笑)


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by kels | 2016-07-09 21:33 | 随想・日記 | Comments(0)

髪を切ってもらいながら、僕はスタイリストさんとの世間話を楽しんでいる

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女が髪を切るとき、という平凡な言葉に、私は過剰な意味を持たせたくないです。
切りたくなれば切る。
ただそれだけのことですけど、切ることに意味が託されている場合というものも、確実にあるのよ。

「道順は彼女に訊く」片岡義男(2001年)

月に1度、髪を切りに出かけている。
僕の髪を切るのは、いつでも同じスタイリストさんだ。
この店に通うようになって、もうすぐ2年が経とうとしている。

「本当は先生になりたいと思っていたんですよね」と、彼は言った。
大きな鏡の中で彼は、真剣な表情でハサミを動かし続けている。
「だけど、高校のときに、全然勉強ができなくって」

髪を切ってもらいながら、僕はスタイリストさんとの世間話を楽しんでいる。
日頃、とても狭いビジネスの世界で生きているから、仕事に関係のない話がとても楽しい。
彼と会話をしていると、頭の中がとてもクリアにリフレッシュされるのが分かる。

「高校を卒業して、すぐに働きたいとは思わなかったんですよね」と、彼は笑う。
「気軽な気持ちで専門学校に行って、気軽な気持ちで、この業界に入りました」
そうしてもう10年が経とうとしている。

彼の仕事は、とてもプロフェッショナルだ。
流行の研究だけではなく、経営に関する分析も、実にしっかりとしている。
髪を切ってもらいながら、僕は美容室経営に関するいろいろなことを彼から学んでいる。

「気軽に始めた分だけ、長続きしているのかもしれません」と、彼は言った。
「職業に対する期待と現実とのギャップみたいなものもありませんでしたから」
大きな夢を抱いてプロになった若者ほど、期待と現実とのギャップに耐えられないのではないかと、彼は考えている。

生きている世界も、世代も違うけれど、僕は彼を尊敬している。
あるいは、職業も世代も違うからこそ、僕らは互いを認め合えるのかもしれない。


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by kels | 2016-04-16 21:50 | 随想・日記 | Comments(0)

ずっと昔、一度だけ、僕も二十三歳だった。

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「ジ・イアリングス・クッド・ルック・アウト・オヴ・プレイス・オン・ア・ガール・オヴ・セヴンティーン。
ゼイ・メイ・テンド・トゥ・スタンド・アウト」
「二十三歳の人です」
「ずっと昔、一度だけ、私も二十三歳だったのよ。
でもあと三年で時代は一九六〇年で、私は五十歳よ。
ブリング・ザ・ガール・ヒア。」

「東京青年」片岡義男(2002年)

23歳になったとき、僕はビジネスマンだった。
社会人となって、まだ数か月で、生きることが手探りだった時代。
学生のころとは、確かに違う世界がそこにはあった。

自分なりに一生懸命に頑張って生きていたと思う。
少しづつ仕事を覚え、仲間たちと親しくなり、ガールフレンドも何人かできた。
心にもないおべんちゃらを言うことも、酔っ払って上役の悪口を言うことも、取引先の女の子を口説くことも覚えた。

きっと、何もかもに一生懸命だったのだと思う。
生きることに自信がなくて、生きていくための自信を得るために必死だったのだ。
学生時代の友人たちが、次々と社会に溶け込んでいく様子を隣で見つめながら。

結局、「そこが自分の居場所ではない」と気が付くまでに、2年かかった。
2年かかって積み上げたものを、僕は全部放り出して逃げだした。
会社という仕組みの中からも、社会という枠組みの中からも。

あれから、随分と長い時間が経った。
人生に正解なんてないと知っているけれど、少なくとも後悔だけはしなかった。
難しい場面では、いつでも自分自身で決断したからだ。

ずっと昔、一度だけ、僕も二十三歳だった。


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by kels | 2016-04-16 07:12 | 随想・日記 | Comments(2)

片岡義男、時代の空気とリズム「どう書くか」に腐心

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夕刊の文化欄に、片岡義男についての記事が掲載されていた。
こういう記事を読むと、片岡義男が過去の作家ではないことを、改めて感じさせてくれる。
むしろ、現在こそ、この小説家を評価すべき時代なのかもしれない。

物語のきっかけを探すことはしない。
心を開いていれば自然とやってくる。
作家の片岡義男さんは約40年間、そうやって小説を書いてきた。

「別に書かなくてもいい。
でも書いた方が楽しいから。
もっとたくさん書きたいんです。」

「ああ、漫画だ。漫画を言葉で書けばいいんだ」
すぐに書き上げた「スローなブギにしてくれ」は、野生時代新人文学賞を受けた。
「誰にも分かりやすい、少年少女のファナティック(熱狂的な)話。
しばらくはそういうものを書いていました」

「会話というのは純粋に『言葉』なんです。
人物それぞれが論理を持っていて、そこから外れたせりふは言わせられない。
言葉がもう一人の言葉とかみ合うわけです」

小説には「メッセージもテーマもない」。
だから、いくらでも書ける。
腐心するのは「どう書くか」だ。
書き方にこそ、小説を書く意味がある。

一貫して書いてきたのは、時代のリズムと空気だ。
「それしか書けないし、楽だから。
昔のことを書いても、記憶は全然性格じゃない」

時代の移ろいと軌を一にして、作品世界も変わり続ける。

「片岡義男さん、小説の書き方」2014年6月12日北海道新聞夕刊掲載



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by kels | 2014-06-12 20:50 | 文学 | Comments(0)

特集「私たちは今日も、片岡義男を読む」というリトルプレス

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電車通り沿いの古いビルの2階にある古書店「トロニカ」で、リトルプレスを何冊か買ってきた。
開店当初には「雑誌専門古書店」を盛んにアピールしていたような気がするけれど、最近は、幅広い商売を展開しているらしい。
特に、リトルプレスは主力商品として定着したように見える。

「リトルプレスみたいなものを、わざわざお金を出して買うの?」と訊かれることも多い。
自分でも、そう思わないでもないことがある。
要は、お金を出してでも読みたいものが稀にある、ということなのだ。

特集に惹かれて買ってきたのが「BOOK5 no.11」。
安心と信頼のトマソン社発行で、定価は900円。
これって、メチャクチャちゃんとした書籍の値段だ。

特集は「私たちは今日も、片岡義男を読む」。
そう、僕は、片岡義男という作家のファンなので、この特集を素通りするわけにはいかなかったのだ。
それにしても、どうして今、片岡義男の特集なのだろう。

僕の中には、3人の片岡義男がいる。

一人は、1980年代にブレイクした、80年代カルチャーの牽引者としての片岡義男。
もう一人は、東京の路上スナップを撮り続ける写真家としての片岡義男だ。
そして、最後の一人は、文房具や音楽や食べ物などについての文章を綴るコラムニストとしての片岡義男だ。

しかし、この特集は、そのどれでもない4人目の片岡義男の存在を、僕に気づかせてくれる。
それは、21世紀の今もなお、新たな作品を発表し続ける現代作家としての片岡義男だ。
意外にも、片岡義男の小説は、今も一定の人気を保ち、静かにファンを魅了し続けているのだ。

そう言えば、「暮しの手帖」編集長の松浦弥太郎さんも、片岡義男の小説を好きらしい。
何かのエッセイで、そんなことを書いていたのを読んだような気がする。
僕のように、80年代の亡霊みたいな小説を読むばかりが、片岡義男の楽しみ方ではないのだ。

もしも、4人目の片岡義男と仲良くすることができるようになったら、僕の中の片岡義男的世界は、さらに広がっていくだろうな。
それでなくても「ブルータス」や「ポパイ」などといった雑誌に、片岡義男が書いた文章を見つけただけで、とても幸せな発見をしたような気持ちになる。
新刊本を待つ楽しみが一つ増えるだけでも、日々の充実度はきっと異なるに違いない。

何はともあれ、片岡義男を好きな人たちが集まって、片岡義男についての文章を綴った。
ただ、それだけのリトルプレスだけれど、片岡義男を好きな人にとっては、やっぱり手に取ってみたい1冊なんだろうなと思った。
よかった、「トロニカ」でこの本を見つけて(笑)


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by kels | 2014-03-23 21:33 | 本・雑誌・古書 | Comments(2)

1980年代の赤い雑貨を並べてみた

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クリスマスが終わったら、部屋の中のディスプレイコーナーが寂しくなった。
正月らしいものを飾るのも、なんだかなあ。
そこで今回は「紅白でおめでたい」ということで、赤い雑貨を飾ることにした。
しかも、赤は赤でも1980年代の赤色である。

今でこそ、木の優しいイメージのナチュラルスタイルとか、白と黒、金属とガラスのモダンスタイルなんていうのが主流だけれど、1980年代のトレンドといえば、ポップカラーとブラスチックだった。
特に僕は赤が大好きで、80年代といえば、今でも赤いプラスチックを反射的に思い出してしまうほどだ。

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メインのダブルラジカセはナショナル製。
カセットテープからカセットテープへのダビングができる優れものだった。
もちろん、イコライザー付きのハイテク機械だ。

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ラジカセをもうひとつ、こちらはソニー製。
タッチパネルと違って、ガチャンガチャンと押すタイプのスイッチ類には安心感があったと思う。
カセットテープが終わりまで来ると、裏面を再生するオートリバース機構付き。

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80年代は角川文庫の時代もあった。
そして、角川文庫の赤い表紙と言えば、時代の寵児・片岡義男である。
クールでドラマチックな生き方に、当時の若者たちは誰もが憧れた。

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角川文庫、女性版の赤い背表紙は森瑤子だ。
80年代らしいカッコイイ女性の生き方が支持された。
表紙デザインが洗練されていたのも角川文庫だった。

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80年代の赤いプラスチックは、カメラでも活躍した。
コニカの「トマト」は若い女性をターゲットにして登場。
ネーミングまで思い切り80年代だった。

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さらに、コニカの「ファンタジー」。
カメラ業界にとって女性層の開拓は長年の大きな課題だった。
カメラ女子がこうまであっさりと増加するなんて、当時は誰も想像できなかっただろう。

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またまた、コニカの「C35 EF3D」。
青色や黄色、白色など、カラーバリエーションが豊富だった。
まさしくポップカラーの時代である。

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リコー「YF-20」。
赤いカメラばかり買っていた僕を見て、カメラ屋のオヤジは渋い顔をして「いろんな集め方があるな」と呟いたものである。
そのカメラ屋も、今はもうないのが寂しい。

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フジカの「DL-20」いわゆる「オートメイト」。
1983年当時、定価は28,500円だった。
簡単に使えるカメラだけれど。決してオモチャではなかったのだと思う。

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謎のカメラ「ESPOIR DC40AF」。
赤いというだけで買ったけど、おそらく1980年代のもの。

なんだか後半はカメラばかりになってしまったけれど、こうやって80年代グッズに囲まれていると、気持ちがどんどん後ろ向きになっていく。
けれど、これは決して暗い後ろ向きではなくて、気持ちだけはバブリーに盛り上がっていくかのようだ(笑)

せめて松が取れるまでの間は、ささやかなバブルに浸っていよう。


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by kels | 2013-01-03 00:42 | 雑貨・アンティーク | Comments(4)

砂浜に書いた愛の文字

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パット・ブーンというアメリカの男性歌手が歌った「砂に書いたラブ・レター」が日本でヒットしたのは、1957年のことだった。
僕は高校生だった。
当時の自分、あるいはその周辺をめぐって、いまでも鮮やかに記憶していること、思い出すと強烈に懐かしいこと、あるいはひときわ嬉しかったこと、悔しく残念なことなど、いっさいなにもない。
記憶はいまやすべて淡く、その輪郭はぼやけている。
要するに、僕はごく平凡な高校生だった、ということだ。

「砂浜に書いた愛の文字」片岡義男(2008年)





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by kels | 2012-08-27 21:07 | 文学 | Comments(0)

札幌の街

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昨夜、片岡義男の本を読みながら思い出したのは、僕が自分でも写真を撮りたいと思うようになったのは、森山大道と片岡義男の2人に大きく影響されたということだった。
もちろん、好きな写真家などは他にもたくさんいたのだけれど、「自分で写真を撮りたい」と思わせられたのは、結果的にこの2人だったと思う。

ストリート・スナップという言葉を覚え、街行く人々を「街そのもの」ととらえて写真に撮る考え方は、まさしく森山大道のスタイルであったし、ショーウィンドゥなどに表現された「仮想的な街」を撮る考え方は、片岡義男のスタイルであった。
だから、僕は広角のコンパクトカメラで街行く人々を撮ることと、ショーウィンドゥのマネキンなどを撮ることのふたつを、自分の写真の基本としている。
そこに、建築という観点と、レトロという歴史的な観点のふたつが加えられて、自分の写真のテーマになっているのだろう。

別に、何か新しいものを開拓しようとか、そういうことではなくて、僕はただ自分が好きになった人たちの真似をしてみたいという、子どもみたいな発想から歩き始め、そして、今もそのままだ。
ただ言えるのは、森山大道も片岡義男も、札幌の街で継続的に写真を撮り続けることはできないから、こればかりは札幌で生きる僕たちの仕事である、ということ。

まさしく、「撮って」と札幌の街が囁いている、のだ。

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by kels | 2010-12-05 19:36 | 札幌のこと | Comments(0)

ポケットラジオ

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フリーマーケットで見つけたポケットラジオ。
まだ幼かった頃、こんな小さなラジオを抱いて、ベッドの中で聴いた音楽たち。

あの頃、「恵美子の長いつきあい」というラジオ番組があって、真っ暗な部屋の中で、僕は毎晩のように中山恵美子のトークを聴いていたものだ。
♪なんとなく長いつきあいになりそうな~、という、あのメロディは今も覚えている。

小さなトランジスタラジオひとつで、僕らはどこへでも行ける。
時間を超えた旅をすることができる。




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by kels | 2009-08-24 23:12 | 雑貨・アンティーク | Comments(2)