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008 デートの前にはイエローページで情報収集する

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ネットのない時代、トレンドスポットを共有するのは、なかなか大変な技術と苦労が必要だった。
トレンドに詳しい友人との情報網をどれだけ築けるかが、ある意味では重要な時代だった。
業界で働いている友人とのネットワークは、特に貴重だったはずである。

ネットワークのない者たちにとっては、タウン誌などと呼ばれる紙媒体の情報誌がすべてだった。
デート前には、イエローページみたいなタウン誌で、人気のレストラン情報なんかを必死にチェックしたものである。
時代の移り変わりとともに、紙媒体は少しずつネット情報への移行していった。

ウインドウズ98の登場によって、サルでもネット情報を扱うようになった時代、イエローページも雑誌ではなく単行本として存続していた。
今からちょうど20年前の時代のトレンドが詰め込まれた情報のタイムカプセルである。
この本に掲載されて、今も続いているお店は、つまり老舗ということになる。

ちなみに、現在大人気の「茶房 森彦」(当時は円山本店のみ)の情報も掲載されている。
「本を読んだり、手紙を書いたり、「ひとり」を楽しみたい人に。」
当時の森彦は、静けさを楽しむことができる喫茶店だった。コーヒー500円。


 
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by kels | 2018-01-14 15:10 | 暮らす | Comments(0)

002 卓上カレンダーはお気に入りカフェのものを使う

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壁にカレンダーは貼らない主義である。
そもそも、スマホ時代になって、カレンダーなんか必要なのかという疑問もある。
生活の中の大抵のことは、スマートフォンが処理してくれる時代なのだ。

それでも、人間味のある暮らしを送りたくて、机の上には何となく卓上カレンダーがある。
卓上カレンダーは、月替わりで写真を楽しめるものが多い。
季節に合わせて、暦の中の写真が移り変わっていくのもいいものだ。

今年のカレンダーは、お気に入りの喫茶店「森彦」のもの。
夏の写真を眺めながら、新しい季節の到来を楽しみにしている。


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by kels | 2018-01-13 18:58 | 暮らす | Comments(0)

「カフェイン摂り過ぎて手が震えないですか?」と、彼女は言った

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とある仕事帰りの喫茶店で、僕はコーヒーをお代わりした。
コーヒーはポットで注文していたので、同じコーヒーを同じポットでお代わりした。
おいしいコーヒーというのは、お代わりしたくなるものなのだ。

帰り際に、お店の人がこんなことを言った。
「カフェイン摂り過ぎて手が震えないですか?」

彼女にそんなことを言われるまで、僕にはカフェインの過剰摂取などという意識はまったくなかった。
ただ、好きなコーヒーを好きなだけ飲んでいるに過ぎない。
そもそも、コーヒーにカフェインが含まれているということさえ、僕は全然忘れていたのだ。

大丈夫だよと答えた僕に、彼女は重ねて訊いた。
「夜、眠れなくなったりしないんですか?」

コーヒーを飲み過ぎると眠れなくなるということも、僕には新鮮な響きに思えた。
僕は毎晩寝る直前までコーヒーを飲んでいる。
それでも、ベッドに入った瞬間には熟睡することができた。

もちろん、カフェインには覚醒効果があると、僕は思っている。
仕事で徹夜が続くときなどは、常にコーヒーを欠かさないようにしている。
食事を摂らなくてもコーヒーを飲むだけで、どうにか一日をやり過ごすことができた。

気持ち次第で効いたり効かなかったりする。
それが僕にとってのコーヒーであり、カフェインであるのかもしれない。
都合の良い飲み物という点では、やはり、コーヒーは生活に欠かせない飲み物である。
by kels | 2016-11-12 18:25 | 旧・コラム・随想 | Comments(0)

「ブルックスブラザーズ」のすぐ目の前で、桜の花が咲いていた

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武田神社は、武田信玄を祭ってあって、毎年、四月十二日に大祭があり、そのころには、ちょうど境内の桜が満開なのである。
四月十二日は、信玄が生れた日だとか、死んだ日だとか、家内も妹も仔細らしく説明して呉れるのだが、私には、それが怪しく思われる。
サクラの満開の日と、生れた日と、こんなにピッタリ合うなんて、なんだか、怪しい。
話がうますぎると思う。
神主さんの、からくりではないかとさえ、疑いたくなるのである。

「春昼」太宰治(1939年)

札幌パルコの「ビューティー&ユース」で買い物をしてビルを出ると、雨が降っていた。
小走りで「ワールドブックカフェ」まで走った。
昨日の暑さが嘘みたいに寒い土曜日だ。

誰もいない店内で紅茶を飲んで、店を出ると雨はあがっていた。
雨上がりの匂いをかぎながら、僕は「ブルックスブラザーズ」へ向かった。
雲の切れ間から、太陽の光が射し始めていた。

2番街は、桜並木で有名な通りである。
「ブルックスブラザーズ」のすぐ目の前で、桜の花が咲いていた。
札幌の桜は、中心街から咲き始めていくのだ。

写真を撮りたいと思ったけれど、僕はカメラを持っていなかった。
GR2は小さなデジカメなのだから、いつでも持ち歩けばいいのに、いつでも僕は大切なことを忘れてしまう。
桜の花を前にして、僕はデジカメを忘れたことを後悔した。

スマホで撮ろうかと、一瞬考えた。
けれども、多くの人通りがある中で、スマホを構えて写真を撮るのは恥ずかしい。
大きな一眼レフカメラであれば、全然人の目なんて気にしないのに。

結局、僕は写真を撮らずに「ブルックスブラザーズ」へ向かった。
写真は一期一会である。
縁がなかったのだ。

札幌にも、ようやく遅い春が到着したんだなあと思った。


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by kels | 2016-04-23 20:59 | 旧・札幌散策 | Comments(0)

カフェでお気に入りのBGMを見つけたときにはスマホでお持ち帰りします

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何かものを考へるのに善いのはカツフエの一番隅の卓子(テエブル)、
それから孤独を感じるのに善いのは人通りの多い往来のまん中、
最後に静かさを味ふのに善いのは開幕中の劇場の廊下、……

「都会で――或は千九百十六年の東京――」芥川龍之介(1917年)

僕の場合、カフェに行って何か考え事をするということは、あまりない。
どちらかと言うと、何も考えたくないときに利用するのがカフェという空間だ。
日頃、考え事ばかりしているような仕事だから、休日くらいは何も考えたくないのかもしれない。

カフェでの楽しみは、BGMの音楽を聴くことである。
コーヒーを飲みながら、ただ、じっと、BGMの音楽に耳を澄ませている。
そして、よほどお気に入りの曲を見つけたときには、それを持ち帰る。

だから、カフェは、僕にとって、新しい音楽との出会いの場所である。

気に入った音楽の持ち帰り方。

たくさん流れている音楽の中で、「いいな」と思う曲を見つけたら、スマートフォンの「Shazam」というアプリを起動して、その音楽の曲名とアーチストを調べる。
「Shazam」で検索できないものは、ここの時点で終了(あきらめる)。
店内が、客の話し声などでうるさい場合には、検索できないことも多い。

見つけた曲を「Apple Music」で聴く。
「Shazam」は、「Apple Music」と連携しているから、「Shazam」の画面から直接「Apple Music」に行くことができる。
「Apple Music」に曲がない場合は、この時点で終了(あきらめる)。

僕の場合、「Apple Music」には「カフェ」というプレイリストを用意している。
「Shazam」で見つけた曲は、そのまま「カフェ」というプレイリストに入れてしまうのだ。
だから、カフェで「いいな」と思ったBGMは、みんな、このプレイリストの中にまとめられていることになる。

「Apple Music」での整理は、いつでもできるから、とりあえず「Shazam」で検索だけしておくことが大切だ。
検索した曲は、「Shazam」に記録されているので、いつでも「Apple Music」に入れることができる。
「Shazam」で検索した曲は、僕の好きな曲ばかりということになる。

そんな生活だから、BGMがつまらないカフェに入ると、失敗したなあと思うのだ。


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by kels | 2016-04-10 06:16 | 旧・コラム・随想 | Comments(2)

休日はほとんど「オーチバル」と「MHL.」と「A.P.C」だけで完成してしまう

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気が付けば、もう3月である。
何もしないうちに2月が過ぎ去ってしまったような気がする。
本当に短いんだなあ、2月って。

とりあえず、月が変わったので、2月の買い物を振り返っておこうと思う。

最近は断捨離を進めたりしているので、買い物が本当に少なくなった。
モノが少ないと、余計なモノを増やすことが損のように思えてくる。
中途半端な洋服を増やすことも、イヤだなあと思うようになってきた。

それでも、いくつかの春モノは購入したので、ちょっと記録を。

まずは、春用のコート。
できるだけ細身のものを探して、結局「STUDIOUS」の紺色のコートを購入。
初めてのブランドだけれど、細身のデザインが多いらしい。

春用のカットソーとして、「オーチバル」と「セント・ジェームス」のバスクシャツを購入。
どちらも、白無地の超シンプルなもの。
最近は、本当にシンプルなものが好きになってしまった。

ついでに、「オーチバル」のグレーパーカー。
昔はあまり好きじゃなかったけれど、最近はパーカーコーデにも抵抗がない。
北海道は年中寒いから、ずっと活躍してくれそう。

それから、「MHL.」の白いショルダーバッグ。
これは実は自分で買ったのではなくて、バレンタインデーのプレゼントにもらった。
前から欲しかったやつなので、すごくうれしい。

シンプルなスタイルが多くなって、ナチュラル系のブランドと付き合うことが増えた。
と言うか、休日はほとんど「オーチバル」と「MHL.」と「A.P.C」だけで完成してしまう。
おかげで、コーデを考えるのに時間がかからなくなった(笑)

早くパーカー一枚で外出できる季節にならないかなあ。


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by kels | 2016-03-06 07:29 | 旧・コラム・随想 | Comments(0)

ミニマリストって、シンプルライフの本なんか読まないんだろうなあ。

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狂ったみたいに忙しい毎日だけれど、部屋に戻ると「断捨離」のことばかり考えている。
モノを集めることしか知らなかった人間が、今度はモノを処分しようと考えているのだ。
仕事中心の生活になって、遊びのことにまで気持ちが向かないせいかもしれない。

なにしろ、僕の暮らしの中には、生活に不必要なものが溢れている。
「生活に不必要なものしかない暮らし」と言っても良いくらいだ。
不必要なモノに囲まれている暮らしに、気持ちのゆとりを求めていた。

最近は、モノから離れて軽くなりたいという気持ちが強くなった。
アレコレと、いろいろなことを考えることに疲れてしまったのかもしれない。
人生をリセットしたい瞬間というものが、誰しもあるみたいに。

とりあえず僕は、洋服と本とCDとレコードを処分しようと思う。
暮らしの中で、大きな面積を占めているのもが、洋服と本とCDとレコードだからだ。
どう考えても、僕の「断捨離」はそこから始めなければならない。

というわけで、この週末は思い切って部屋の片づけをしようと思う。

ところで、僕は本が好きだから、断捨離とかミニマリストとかシンプルライフとか書いてある本を買ってきて読みたいと思っている。
だけど、そんなものを買ってきたら、またモノが増えるだけだ。
ミニマリストって、シンプルライフの本なんか読まないんだろうなあ。


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by kels | 2016-03-05 07:03 | 旧・コラム・随想 | Comments(0)

昨夜、円山の「森彦本店」で「北の珈琲屋かるた」を発見しました

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昨夜、円山の「森彦本店」で「北の珈琲屋かるた」を発見しました。
カフェ森彦オリジナルのカルタです。
おもしろかったので、早速ご紹介したいと思います。

このカルタ、読み札は、喫茶店「森彦」に関する言葉が綴られています。
コーヒー哲学のことだったり、喫茶店経営の一面だったりと、なかなかユニークで奥が深い(笑)
まずは、読み札を一通り読むだけで楽しめます。

そして、さらに楽しいのが、取り札のイラストです。
インスラグラムでも好評のイラストが、カフェ「森彦」を舞台に描かれています。
かなり、味のあるイラストなので、これを眺めているだけでも、時間があっという間に過ぎてしまいそう。

カルタとして遊ぶのはもちろん、札の一枚一枚を作品として鑑賞するのもお勧めです。
カフェでは見本も飾られているので、実際に手に取って、ぜひ、ご覧になっていただきたいと思います。
コーヒーとか北海道とか札幌の街に対する愛情たっぷりのカルタです。

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個人的に、一番のお気に入りはこれです。
「リラ冷えの街は、コーヒーの街」。
札幌らしさに溢れた一枚ですね。


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by kels | 2016-02-14 18:45 | 旧・コラム・随想 | Comments(0)

死を持って償うしかありえないところに、「不倫」の愛の壮絶さを、僕は感じる

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愛したものの死ほど心安い潔いさぎよい死はない。
その他の死は凡て苦痛だ。
それは他の為めに自滅するのではない。
自滅するものの個性は死の瞬間に最上の生長に達しているのだ。
即ち人間として奪い得る凡てのものを奪い取っているのだ。

「惜みなく愛は奪う」有島武郎(1920年)

「ゲス不倫」でもうひとつ思い出したことがある。
あれは、有島武郎の心中事件だ。
近代日本文学史を揺るがした、大きなスキャンダルのひとつとして、人々の記憶に残されている。

有島武郎の妻は、幼い子どもたちを残して病死している。
有島38歳のときのことだった。

その後、一人暮らしを続けていた有島は、45歳のときに、「婦人公論」の記者である波多野秋子と出会う。
人妻であった秋子の夫は、有島の責任を厳しく問い詰める。
愛を清算するために二人が選んだ道は「心中」という選択肢だった。

不倫の果てに情死事件を起こした有島は、その後、日本文壇からも完全に抹殺されてしまう。
有島の再評価がようやく始まったのは、戦後しばらく経ってからのことだった。
一人の文学者を歴史の奥深くに沈めてしまうほどに、「不倫」という言葉の持つ意味は重い。

たとえ、「死」がすべてを清算しようとも、社会は決して「不倫」を許容することはないだろう。
そう知っていても、死を持って償うしかありえないところに、「不倫」の愛の壮絶さを、僕は感じる。
そこまで壮絶な気持ちがあってこそ、初めて、「不倫」の愛は成立するのではないだろうか。

雨がひどく降っている。
私達は長い路を歩いたので濡れそぼちながら、最後のいとなみをしている。
森厳だとか悲壮だとかいえばいえる光景だが、 実際私たちは戯れつゝある二人の小児に等しい。
愛の前に死がかくまで無力なものだとは此瞬間まで思わなかった。
恐らく私達の死骸は腐乱して発見されるだらう。

有島武郎の遺書の一節より

どれだけ美しくても「ゲス不倫」は「ゲス不倫」。
救いようはないのだけれど。


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by kels | 2016-02-14 17:59 | 旧・コラム・随想 | Comments(0)

「ライ麦畑」という安住の地に馴染むことができなかった子どもたち

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でもとにかくさ、だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、
小さな子ども達がいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、
僕はいつも思い浮かべちまうんだ。
何千人もの子どもたちがいるんだけれど、他には誰もいない。
つまりちゃんとした大人みたいなのは一人もいないんだよ。
僕のほかにはね。

それで僕はそのへんのクレイジーな崖っぷちに立っているわけさ。
で、僕がそこで何をするかっていうとさ、
誰かがその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。

つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、
どっからともなく現れて、その子をさっと「キャッチ」するんだ。
そういうのを朝から晩までずっとやっている。
ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。

「キャッチャー・イン・ザ・ライ」J.D.サリンジャー/村上春樹・訳(1951年)

この2週間くらいは、どうにも体調が良くなかったので、本ばかり読んでいた。
と言っても、新しいものを読む気にはなれなくて、古い小説を思い出したようにめくって。
何度読み返しても新しい発見のある小説というものが、世の中にはある。

「ライ麦畑でつかまえて」も、おそらくそういう小説のひとつだろう、と僕は思う。

ところで、こういう名作というのは、題名を知っていても内容を知らないという人は、意外と多いらしい。
「ライ麦畑でつかまえて」という作品名が、何を意味しているのか。
それは、この小説を読んでみなくては、やはり理解することはできないものだ。

それにしても、「ライ麦畑」が、僕たちにとって安住の地であるのだとしたら、そこから落ちていくことは、やはりきっと寂しいことに違いない。
そして、僕たちの周りでは、いつでもたくさんの子どもたちが、この「ライ麦畑」から消え続けているのかもしれないのだ。
「ライ麦畑」という安住の地に馴染むことができず、溶け込むことができず、受け入れてもらうことができず。

そんな子どもたちを救うことができるのは、やっぱり彼らの気持ちを理解することのできる者だけなんだろうなあ。
例えば、「ライ麦畑のキャッチャー」なんていうね。


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by kels | 2016-02-13 08:32 | 旧・コラム・随想 | Comments(0)

こだわりの札幌シティライフを実現するために実践している100のこと


by kels