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嵐や小波はいくつかあったけれど、僕たちの大いなる夏は続いている

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そうだった。
村上春樹の初めての短編集『中国行きのスロウ・ボート』が安西水丸の洒落たカヴァーで出版されたのは、1983年の初夏のことだった。
僕たちは我れ先にと取り合い、結局、二冊買って、どっちがよけいにボロボロにするか競ったものだ。
あれから三年弱、1986年が明けて早々、その文庫本が出た。
この小さな書物が、新たなどんな思い出を作ってくれるのだろうか。
嵐や小波はいくつかあったけれど、僕たちの大いなる夏は続いている。

「中国行きのスロウ・ボート」中公文庫裏表紙(1986年)

村上春樹の「中国行きのスロウ・ボート」を読み返している。
最近になって、近所の古本屋で見つけてきたものだ。
2008年発行の中公文庫だった。

裏表紙には、本の紹介コメントがあった。
おそらく、普通の小説のものとは少し異なるだろう、ポパイ的で80年代的シャレオツなコメント。
1986年の村上春樹っていうのは、やっぱり、そういうスタンスで扱われていたのだ。

そして、僕のもっとも好きな村上春樹が、この時代の村上春樹である。
ポパイ的で、80年代的シャレオツな幻想と希望を与えてくれた村上春樹の小説。
振り返りたくなったとき、僕はそっとあの頃の村上春樹を手に取るのだろう。





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by kels | 2015-06-20 08:30 | 文学 | Comments(0)

大人になった今も僕は、自分の居場所を求め続けている

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既に30歳を超えた一人の男として、もう一度バスケットボールのゴール・ポストに全速力でぶつかり、もう一度グローブを枕に葡萄畑の下で目を覚ましたとしたら、僕は今度は何と叫ぶのだろう?
わからない。
いや、あるいは、こう叫ぶかもしれない。
「おい、ここは僕の場所でもない」と。

「中国行きのスロウ・ボート」村上春樹(1980年)

自分の居場所を探すことって、簡単なようでいて、実際はかなり難しいことだと僕は思う。
辿り着いたかと思えば旅の途中だったということなんて、人生には何度でもある。
所詮、人生は終わりのない旅であり、人は一人の旅人に過ぎない。

子供の頃から友達の多い人生だった。
いつでも誰かが僕の隣にいたし、おかげで僕は寂しい思いをすることが少なかった。
いくつかのトラブルや偶発的な事故はあったとしても。

だけど、どれだけ多くの友達に囲まれていても、僕は常に自分の居場所を探し続けていたような気がする。
もっと居心地の良い、もっと満たされる世界。
もちろん、そんな居場所はどこにもなかったけれど。

大人になった今も僕は、自分の居場所を求め続けている。
もっと居心地の良い、もっと満たされる世界。
現状に満足するようになったら、そこで終わりなのかもしれない。


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by kels | 2015-06-20 07:56 | 文学 | Comments(0)

村上春樹の作品の中で、もっとも好きな短編が「中国行きのスロウ・ボート」だった

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僕は28になっていた。
結婚以来6年の歳月が流れていた。
6年の間に3匹の猫を埋葬した。
幾つかの希望を焼き捨て、幾つかの苦しみを分厚いセーターにくるんで土に埋めた。
全てはこのつかみどころのない巨大な都会の中で行われた。

「中国行きのスロウ・ボート」村上春樹(1980年)

村上春樹の作品の中で、もっとも好きな短編が「中国行きのスロウ・ボート」だった。
確か、村上春樹最初の短編小説だったような気がする。
あの頃、僕は何歳だったのだろう?

ドラマチックな展開はないけれど、深い啓示と希望に満ちた小説だった。
何でもない当たり前のことが、まるで教訓に満ちているみたいに感じられた。
教訓とか哲学とかいうものに憧れていた世代だったのかもしれない。

あれから、どのくらいの時が経っただろうか。
僕は何百もの希望を焼き捨て、何百もの苦しみを土に埋めたはずだ。
この街で生きる多くの人たちと同じように。


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by kels | 2015-06-13 06:16 | 文学 | Comments(0)

僕がブルックスブラザーズを好きになったのは、その伝統に惹かれたからだ

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たとえば洋服でいえば、ブルックスブラザーズ、ポール・スチュアート、Jプレス、こういう店に一歩足を踏み入れると、心が何となくうきうきしたものだった。
青少年時代をVANジャケット一辺倒で送った世代としては、そういう本場アイヴィー・リーガーズ御用達服飾店のブランド・マークを見ただけでも胸がときめいたし、また実際に服をまとめて買って帰りもした。
最初にアメリカに行ったときに、ボストンのブルックス・ブラザーズに入ってシャツを選んでいたら、ばりっとしたブルックス・スーツに身を包んだ上品なおじいさんの店員が僕の相手をしてくれたのだが、この人の英語がいかにもニュー・イングランド風の立派なのもので、洋服屋の店員というよりは、まるでハーヴァード大学の教授みたいに見えた。

「やがて悲しき外国語」村上春樹(1993年)

僕は村上春樹が好きで、ブルックスブラザーズが好きだから、村上春樹の文章の中にブルックスブラザーズという言葉が出てくるとドキッとする。
いささかミーハーだなあとは自分でも思うけれど、こういうミーハー的な感情というのは、意外と楽しいものだ。
暮らしの中にミーハー的な要素が何もなくなったら、それはそれでつまらないだろう。

僕は別にVANジャケットとかアイヴィーとかの洗礼を受けて育った世代ではない。
実際、僕の周りでアイヴィーとかアメリカン・トラッドとかに関心のある友人は少ない。
と言うよりも皆無に等しいような気がする。

僕がブルックスブラザーズを好きになったのは、やはり、その伝統に惹かれたからだろうと思う。
スコット・フィッツジェラルドやジョン・F・ケネディの伝説は、僕にとって、そのままブルックス・ブラザーズの伝説になっているのだ。
いささかミーハーに過ぎるけれども。

もっとも、好きなものと似合うものとは別物という言葉もある。
大柄なアメリカ人に向けて作られた洋服のシルエットは、はっきり言って、僕には似合わない。
トラウザーズだと、そもそもウエストがマッチしないという根本的な問題が発生する。

サイズ感さえ解決できれば、僕はもっとブルックズブラザーズと近くなれるんだけどね。


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by kels | 2015-06-07 20:16 | ファッション | Comments(0)

春は一度も後戻りしなかった。三月とは全然違うのだ。

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一週間が過ぎた。
春が地歩を固め、確実に前進していく一週間だった。
春は一度も後戻りしなかった。
三月とは全然違うのだ。
桜が咲き、そして夜の雨がそれを散らせた。

「ダンス・ダンス・ダンス」村上春樹(1988年)

噂によると、札幌市内でも花の咲いている桜の樹があるらしい。
全然進んでいないように見えて、季節はやっぱり進んでいるのだ。
目にはさやかに見えない前進かもしれないけれど。

どうでもいいけれど、「ダンス・ダンス・ダンス」を読んでいると、何だかドーナツを食べたくなるんだよね(笑)


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by kels | 2015-04-21 19:32 | 春のこと | Comments(0)

VANジャケットのダッフルコートを13年間も着続けた村上春樹さんはすごい

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僕はダッフルコートというのが好きで、この13年くらいずっと同じものを着ている。
VANジャケット製のチャコール・グレイのもので、買ったときは1万5千円だった。
それ以来、冬になるとこれで寒風をしのいでいる。
そのあいだに世の中では実にいろんなコートが流行った。
マキシのコートが流行り、アフガン・コートが流行り、皮ジャンが流行り、毛皮が流行り、ランチ・コートが流行り、スタジアム・ジャックが流行り、ピー・コートが流行り、ダウン・ジャケットが流行った。
そのあいだ僕はずっとダッフル・コートを着ていた。

「村上朝日堂」村上春樹(1984年)

今年になってダッフルコートを2着買った。
1着は老舗定番ブランドのニューモデルで、もう1着はドメブラの昨季モデルである。
おかげで、いつも以上に暖かい冬を過ごせそうな気がする。

本当に欲しくて買ったのは、もちろん、老舗の定番ブランドの最新モデルである。
ただし、スタンダードモデルではなくて、ショート丈のニットダッフルという、思い切りの変化球。
考えてみると、昨シーズンも2着のダッフルコートを買っているので、ダッフルコートが増殖中である。

ドメブラのものは、サンプルセールでジャストサイズが安かったので、勢いで買ってしまった。
衝動買いだけれど、普段使いとして大いに活用できそうな気がしている。
案外こうやって勢いで買ったものがレギャラーに定着したりするからね。

もともと、ダッフルコートマニアというわけでもないけれど、近年はなぜかダッフルコート好きだ。
4着あれば、オンとオフとでの使い回しにも便利。
そもそもダッフルコートなんてジャケットスタイルでも違和感ないので、コストパフォーマンスは高いと思う。

ところで、村上春樹と言えばダッフルコートというイメージがあった。
安西水丸さんの描いたイラストが、あまりにも本人そっくりなので、村上さんも街を歩くときに困ったとか。
僕の中の村上さんは、だから今でもあの頃のままのダッフルコートを着て歩いている。

それにしても村上さんは流行に関係なく一着のダッフルコートを着続けた。
やがて流行が一回りしてダッフルコートに戻ってきたらしいけれど、デザインのトレンドはきっと変化していたんだろうなあ。
僕も古いダッフルコートを持っているけれど、あまりにもロング丈で今着るのは難しいもんね。

VANのダッフルを13年間も着続けた村上さんは、やっぱりすごいなあと思う。


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by kels | 2014-11-20 20:45 | ファッション | Comments(0)

村上春樹は今回もノーベル文学賞の受賞を逃したらしい

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その頃に覚えた例文は今でもいくつか覚えている。
たとえばサマセット・モームの「どんな髭剃りにも哲学はある」という言葉もそのひとつである。
その前後にわりと長く文章がついていたのだが、そちらの方は忘れてしまった。
要するに、どんな些細なことでも毎日続けていれば、そこにおのずから哲学は生まれるという趣旨の文章である。
女の人向けに言うと「どんな口紅にも哲学はある」ということになる。

「ランゲルハンス島の午後」村上春樹(1986年)

ニュース速報によると、村上春樹は今回もノーベル文学賞の受賞を逃したらしい。
取れそうで取れないのがノーベル賞というものなのだろうか。
一村上春樹ファンとしては、ちょっと残念である。

とは言え「受賞を逃す」という表現はちょっと引っかかる。
何かを取ろうとして失敗したのであれば「逃す」という表現で間違いないかもしれない。
だけど、候補になったかどうかも知らされず、ただ発表を待っているだけの場合も「逃した」ということになるのだろうか。

期待が大きいだけに、そのような表現になるのかもしれないが、案外本人はあまり気にしていないのかもしれない。
あまり文学賞なんかに執着するタイプという印象がないんだよね、村上春樹って。
デビューしたばかりの頃のイメージしか持ってないけれど。

関係ないけど、安西水丸さんとの共作「ランゲルハンス島の午後」は名作ですね。






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by kels | 2014-10-09 21:23 | 文学 | Comments(0)

そしてある年の夏(いつだったろう?)、夢は二度と戻っては来なかった。

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僕は5分ばかりそれを眺めてから車に戻り、シートを倒して目を閉じ、しばらく波の音に混じったそのボールを打ち合う音をぼんやりと聞き続けた。
微かな南風の運んでくる海の香りと焼けたアスファルトの匂いが、僕に昔の夏を思い出させた。
女の子の肌のぬくもり、古いロックンロール、洗濯したばかりのボタン・ダウン・シャツ、プールの更衣室で喫った煙草の匂い、微かな予感、みんないつ果てるともない甘い夏の夢だった。
そしてある年の夏(いつだったろう?)、夢は二度と戻っては来なかった。

「風の歌を聴け」村上春樹(1979年)


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by kels | 2014-07-23 22:54 | 文学 | Comments(0)

村上春樹の「風の歌を聴け」を読むことは、僕にとって夏の風物詩となっている

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今年もまた「風の歌を聴け」の季節がやって来た。
村上春樹の「風の歌を聴け」を読むことは、僕にとっては既に夏の風物詩となっている。
この小説を読まないことには、僕の夏が始まらないような気がしているのだ。

若い頃にこの小説に出会って以来、夏が来るたびに何度も何度も、僕はこの小説を読んだ。
筋書きだって覚えているし、一つ一つの文章さえ体の中に沁み込んでいる。
それでも、今年の夏もまた、僕はこの小説を読みながら、少年のように目を輝かせている。

毎年のように、決まったページのところで僕はため息をついた。
何度読んでも何十回読み返しても、いつまでも好きなフレーズ、というものがあるのだ。
そして、いくつになっても共感することのできるフレーズというものが。

そんなわけで、今年も僕は「風の歌を聴け」のフレーズを書き記しておこうと思う。
まだピュアだった作者が、まだピュアだった時代に書いた、もっともピュアな小説。
まだピュアだった僕は、いとも簡単に、この小説の魅力にやられてしまった。


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by kels | 2014-07-23 22:49 | 文学 | Comments(0)

村上春樹翻訳による「言い出せなくて」を聴きながら

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村上春樹といえば小説家だけれど、僕は彼のエッセイが好きだ。
エッセイには、いろいろな話題があるけれど、僕は彼の音楽に関する話が好きだ。
そして、音楽の話にもいろいろあるけれど、僕は彼が翻訳する洋楽についての話がとても好きだ。

2003年に発行された「アルネ3号」にも、そんな村上春樹の音楽に関するエッセイが掲載されている。
エッセイのタイトルは「言いだしかねて」だった。
昔の音楽っていうのは、こういうタイトル一つで、胸をキュンとさせる仕掛けになっているらしい。

僕は飛行機で世界一周もした
スペインの革命も調停した
北極点も踏破した
でも君相手だと なぜかうまく切り出せないんだ

1929年には僕は株を売り抜けた
英国に行けば、僕は王室に招待される
でも君の前では僕の心はつらく切ない
それというのも、君にどうしても言い出せないから

「言い出しかねて」村上春樹・訳(1937年)

僕は古い時代の音楽が好きなので、レコードやCDを見つけては買ってきて聴いている。
特に1930年代から40年代にかけての、いわゆる戦前の音楽を聴くと、どういうわけか胸がキュンとなってしまうことが多い。
歌詞もメロディもアレンジも演奏も素朴で単純なのに、人の心の奥底深くに響く音楽とでも言うべきか。

そして、村上春樹のエッセイには、そういう古い音楽が取り上げられることもあって、僕はそういう古い音楽に関する話を、とても楽しみにしているのだ。
それは高名な小説家の難しい音楽論を聴いているというよりは、近所の音楽好きの老人が語る昔話を「へー、そんなことがあったんすね」とか笑いながら聴いているのに近い。
古い音楽の話というのは、やっぱり人生の先輩から聴くべきものだと、僕は考えている。

それにしても、世の中すべてのものが手に入るようなすごい男であっても、好きな女性の前では何も言い出せなくなってしまうっていうのは、いつの時代においても共通している恋愛の本質をとらえたものなのだろう。
1930年代以降、世界中でどれだけの男たちがこの歌を聴きながら「そうなんだよ!」と共感し、涙を流したことか(笑)
男性だったら分かりますよね、この気持ち。





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by kels | 2014-04-13 07:37 | 音楽 | Comments(0)