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夏はこれから始まるんだし、僕は僕の夏を僕なりに過ごそう。

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夏だ、と僕は思った。
「これからどうするつもりなの?」とユキが訊いた。

「ダンス・ダンス・ダンス」村上春樹(1988年)

夕方、すすきのに出かけて食事をしてきた。
味覚園すすきの本店。
すすきのでも老舗の焼き肉屋になるだろう。

開け放した戸口から気持ちの良い夕風が入ってくる。
七輪の焼き肉をつつきながら、僕は夏を感じた。
おそらく、今年初めての。

考えてみると、ここ数週間はまったく余裕がなかった。
部屋で過ごす時間がほとんどなくて、仕事以外のことを考える暇もなかった。
夏が近づいていることにさえ、僕は気が付かなかったのかもしれない。

でも、大丈夫。
夏はこれから始まるんだし、僕は僕の夏を僕なりに過ごそう。


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by kels | 2016-07-09 21:08 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

今年も北大のお祭りを観ることができて、僕はほっとしている

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「実はシャンパンがあるんだよ」と、彼は真剣な顔つきで言った。
「フランスから持って帰ってきた上物なんだけど、飲まないか?」
「どこかの女の子用なんだろ?」
彼は冷えたシャンパンの瓶と新しいグラスをふたつ、テーブルの上に置いた。
「知らないのかい?」と彼は言った。
「シャンパンには用途なんてない。栓を抜くべき時があるだけさ」

「ニューヨーク炭鉱の悲劇」村上春樹(1981年)

日曜日になって、ようやく晴れたので、北大祭を観に出かけた。
週末晴れなければ、恒例の祭りを観ることができなかったかもしれない。
昨日の土曜日とは、打って変わったような青空だ。

実は、木曜日に仕事で北大まで出かけたときに、一通りの露店は観て歩いた。
木曜日の札幌も気温は低くて、屋外で露店を営業するには悲しい天候だった。
もちろん、学生には、そんなことは大きな問題ではなかったが。

「この時期は、毎年雨が降って気温が低いのです」と、大学教授は笑った。
「それでも、毎年この時期に学園祭を続けているのですよ」
新緑が気持ち良い季節ですから、と僕は答えた。

相変わらず、今年も寒い学園祭だった。
だけど、覚悟していたせいか、今日の寒さはそれほど悲惨なものではなかった。
オーチバルのパーカーを羽織って、ちょうど良いくらいの寒さだった。

寒いけれど、天候は最高の快晴だったから、人出も最高だった。
まっすぐに歩くこともできないくらいに、露店のまん中の通りは混雑している。
はっきり言って、写真なんか撮っている場合ではなかったくらいだ。

それでも、今年も北大のお祭りを観ることができて、僕はほっとしている。
札幌の季節のメルクマークとして、それはとても大切な存在だからだ。
6月の、新緑の、札幌の、学園祭。


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by kels | 2016-06-05 19:29 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

北海道文化放送で、「橋本奈々未の恋する文学」の放送が始まった

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「旭川に行くのよ。ねえ、旭川よ!」と彼女は言った。
「音大のときの仲の良かった友達が、旭川で音楽教室をやっててね、
手伝わないかって、二、三年前から誘われてたんだけど、
寒いところ行くのが嫌だからって断ってたの。
だって、そうでしょ。やっと自由の身になって、行き先が旭川じゃ、ちょっと浮かばれないわよ。
あそこ、なんだか作りそこねた落とし穴みたいなところじゃない?」

「ノルウェイの森」村上春樹(1987年)

北海道文化放送で、「橋本奈々未の恋する文学」の放送が始まった。
http://uhb.jp/program/koisurubungaku/

第1回目の紹介作品は、村上春樹の「ノルウェイの森」。
旭川西高校出身の橋本奈々未が、作品の朗読を交えて紹介していく。
小説の中にわずかに登場する旭川市を舞台にしているあたりがおもしろい。

村上春樹の作品には、意外と北海道の実在の都市が登場している。
代表作「ノルウェイの森」では、登場人物の会話の中で、旭川に触れられている。
いわゆる「なんだか作りそこねた落とし穴みたいなところ」だ。

昔の話になってしまうが、僕も旭川では数年間を暮らしたことがある。
人口規模では、札幌市に次ぐ北海道第二の都市であり、地方自治法に定める中核市でもある。
もっとも、実際に暮らしてみれば、北海道の地方都市らしい街だということがわかるだろう。

札幌のように人を集めようとしたけれど、人口は簡単には増えない。
一生懸命に落とし穴を掘っても、まるで誰も落ちてはくれないように。
街の人たちは、そんな「作りそこねた落とし穴」の中で、静かで平和な暮らしを守り続けている。

そんな旭川の街を、橋本奈々未は、ちょうどよく暮らしやすい街だと感想を述べている。
故郷の街を「作りそこねた落とし穴みたいなところ」と表現されて、うれしい者はいない。
彼女自身、きっと時間をかけて、この作品を自分の中で消化していったのではないだろうか。

若い世代が文学について語る場面っていいなあと思う。

ところで、番組を観ていて驚いたのは、「ノルウェイの森」が発表されたのは、今から30年近くも昔のことだったという事実。
作品の舞台は、1970年前後だから、実に今から50年近くも昔のことということになる。
さらに、そんな古さを、今もって感じさせないというところに、この作品の本当の凄さがあるのかもしれない。


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by kels | 2016-02-21 18:25 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

「ライ麦畑」という安住の地に馴染むことができなかった子どもたち

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でもとにかくさ、だだっぴろいライ麦畑みたいなところで、
小さな子ども達がいっぱい集まって何かのゲームをしているところを、
僕はいつも思い浮かべちまうんだ。
何千人もの子どもたちがいるんだけれど、他には誰もいない。
つまりちゃんとした大人みたいなのは一人もいないんだよ。
僕のほかにはね。

それで僕はそのへんのクレイジーな崖っぷちに立っているわけさ。
で、僕がそこで何をするかっていうとさ、
誰かがその崖から落ちそうになる子どもがいると、かたっぱしからつかまえるんだよ。

つまりさ、よく前を見ないで崖の方に走っていく子どもなんかがいたら、
どっからともなく現れて、その子をさっと「キャッチ」するんだ。
そういうのを朝から晩までずっとやっている。
ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ。

「キャッチャー・イン・ザ・ライ」J.D.サリンジャー/村上春樹・訳(1951年)

この2週間くらいは、どうにも体調が良くなかったので、本ばかり読んでいた。
と言っても、新しいものを読む気にはなれなくて、古い小説を思い出したようにめくって。
何度読み返しても新しい発見のある小説というものが、世の中にはある。

「ライ麦畑でつかまえて」も、おそらくそういう小説のひとつだろう、と僕は思う。

ところで、こういう名作というのは、題名を知っていても内容を知らないという人は、意外と多いらしい。
「ライ麦畑でつかまえて」という作品名が、何を意味しているのか。
それは、この小説を読んでみなくては、やはり理解することはできないものだ。

それにしても、「ライ麦畑」が、僕たちにとって安住の地であるのだとしたら、そこから落ちていくことは、やはりきっと寂しいことに違いない。
そして、僕たちの周りでは、いつでもたくさんの子どもたちが、この「ライ麦畑」から消え続けているのかもしれないのだ。
「ライ麦畑」という安住の地に馴染むことができず、溶け込むことができず、受け入れてもらうことができず。

そんな子どもたちを救うことができるのは、やっぱり彼らの気持ちを理解することのできる者だけなんだろうなあ。
例えば、「ライ麦畑のキャッチャー」なんていうね。


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by kels | 2016-02-13 08:32 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

僕は、「朝活」とかいう言葉が出るずっと前から、「朝型人間」である

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生まれてこのかた、一度として会社と名のつくところに勤めたことがない。
とはいってもべつに、会社勤めを拒否して生きてきたというわけではなくて、なんとなく成りゆきでそうなってしまっただけのことである。
僕はときどき思うのだけれど、もし人生を構成している要素のひとつひとつをカラー・マーカーか何かで塗り分けていくとしたら、「成りゆき」を塗るための色のマーカーは、かなりの量が必要になるだろう。

「ランゲルハンス島の午後」村上春樹(1986年)

考えてみれば、何から何まで計画的にきちんと生きている人間なんて、そう多くはないだろう。
ある意味、成りゆきに身を任せることが人生だと言ってもいいくらいだ。
計画とか決断とかいうのは、求められたときに活躍するのかもしれない。

それはそうとして、僕は早朝の活動が好きだ。
「朝活」とかいう言葉が出るずっと前から、「朝型人間」である。
実際、朝というのは、一日の中で、もっとも調子の良い時間帯なのだ。

世の中には、そういう朝の時間帯を有効に活用して生きている人たちも多いらしい。
でも僕としては、時間が許してくれるなら、その朝の時間帯を、最もゆったりと過ごしたいと思う。

のんびりと珈琲を淹れて、クラシック音楽を聴いて、雑誌をめくって、みたいな。
そして、頭がすっきりとしてきたところで、簡単な筋トレをしてから朝風呂に入る。
風呂から上ったら朝刊を読んで、さあ、朝ごはんだ。

もちろん、ビジネスマンの日常の朝に、そんな余裕はない。
目を覚ましてから家を出るまでの90分を、いかに有効に活用するかが命題である。
毎朝5時に起床しても、時間のゆとりなんて、どこにもないんだから。

まあ、今日は代休を取っているので、ゆっくりとブログなど書いているわけですが。


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by kels | 2016-02-12 05:48 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

二軍選手を買わないと決めてから、洋服を買う回数はかなり減った

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もちろんサンタクロースは本当にいるよ。
でもひとりきりじゃとても仕事が片づかないから私たちみんながサンタクロースなのさ。
私もそうだし、お前だってそうだよ。いとこのビリー・ボブだってね。

「あるクリスマス」トルーマン・カポーティ/村上春樹・訳(1982年)

街をフラフラしながら、何か用事を見つけようと思って、セレクト・ショップをいくつか覗いてみた。
だけど、結局のところ、僕の買うべきものは、特に見当たらなかった。
つまり、セールが始まっても、僕の買うべきものは特に見当たらないということになる。

二軍選手を買わないと決めてから、洋服を買う回数はかなり減った。
「値段が安い」ということは、洋服を買う理由にはならなかった。
必要なものを必要なときに買う、それだけだ。

ひとつひとつの値段は高くなっているかもしれない。
それでも、トータルでは、そんなに無駄遣いをしているという感じはしていない。
何より余計なものを買わなくなって、クローゼットがすっきりとした。

もう、この冬に冬物を買うことは、きっとないだろう。
そして僕は、年が明けたら新しい春物のことだけを考えて過ごすのだ。
セレクトショップの新しいカタログを心待ちにして。


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by kels | 2015-12-23 20:56 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

明日はクリスマス・イブだというのに、札幌の街には雪がなかった

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そして僕はクリスマス・イブを、胸ときめく太っちょサンタの到来をいつものように心待ちにした。
もちろん僕はそのじゃらじゃらと音を立てるでっぷりした太っ腹の大男が煙突からどすんと落ちてきて、楽しげにクリスマス・ツリーの下に贈り物を並べていくのを見たことはなかった。

「あるクリスマス」トルーマン・カポーティ/村上春樹・訳(1982年)

クリスマスの空気を感じたくて、用事もないのに街へ出かけた。
何の用事もないのに。
考えて見ると、いつだって僕は、用事もないのに街をふらついている。

地下街の書店で文庫本を一冊買って、そのままスターバックスコーヒーに入った。
ホワイトモカのコーヒークリームラテを注文して、黙って本を読んだ。
祝日だというのに、カフェは意外と空いているような気がした。

そう言えば街全体が、意外と落ち着いていたような気がする。
クリスマスのざわめきはあったけれど、それ以上でもそれ以下でもないというか。
おかげで僕はゆっくりと小説を読み、コーヒーを飲み干し、街を眺めることができた。

あるいは、それは、街に雪がないせいかもしれなかった。
明日はクリスマス・イブだというのに、街には雪がなかった。
札幌のクリスマスとしては、それが季節感を少し損なわせていたのかもしれない。


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by kels | 2015-12-23 20:46 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

村上春樹の作品にはよく北海道が登場する。代表例が「羊をめぐる冒険」と「ダンス・ダンス・ダンス」だ。

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「羊をめぐる冒険」(1982年)の舞台とされるのが、道北の上川管内美深町仁宇布である。
鉄道で塩狩峠を越え、たどり着くのが「札幌から260キロメートル」「主要産業は林業と木材加工」である「十二滝町」の「日本で第3の赤字路線」の終着駅。
旧国鉄美幸線の終点だった仁宇布に重なる。

そこに羊450頭を飼う松山農場がある。
主人公が訪れる羊牧場にロケーションが酷似しているとして、国内外の村上文学ファンが集まる「聖地」となっている。

ところが、農場主の柳生佳樹さんは、「80年ごろに農場を開いたが最初は肉牛。羊を始めたのは87年で、小説が出たときは、まだ羊牧場じゃなかった」と打ち明ける。
96年に羊飼い仲間から初めて小説のことを知らされ、読んでみて驚いた。
「ここにそっくり。なんという偶然なんだろうと」

村上さんは81年に滝川や士別で羊を取材したが、美深に来たかは不明だ。
ただ、村上文学に詳しい札幌大の山崎真紀子教授(日本近現代文学)は、「作者は学生時代から何度も道内を旅行。美深も訪れていたはずで描写にリアリティ-がある。作家として記憶の抽斗から最もふさわしい場所を選んだのでは」と推し量る。

「羊をめぐる謎」和田年正(北海道新聞2015年10月17日付け夕刊)

村上春樹の作品には、よく北海道が登場する。
その代表例が、「羊をめぐる冒険」と「ダンス・ダンス・ダンス」だ。
札幌をはじめとして、道内各地の実在地名が登場する。

ところが、「羊をめぐる冒険」の重要な舞台となる「十二滝町」は架空の町だった。
開拓の歴史など詳細に描かれる背景が、舞台が架空の町であることを求めたのだろう。
実際、十二滝町が架空の町であることで、小説は小説として成り立っている。

一方で、この架空の町のモデルを巡って、様々な憶測が広がることになる。
そして、その結論のひとつが上川管内美深町仁宇布だった。
この推論は、今や定説として、すっかりと定着したらしい。

作品の舞台を訪ねて回ることは、文学を楽しむ方法のひとつである。
架空の町のモデルを想像しながら旅をするのも、また文学の楽しみ。
そう、文学というのは作品の中だけで終わらせてはもったいないものなのだ。

僕たちは身近な文学散歩をもっともっと楽しむべきなんだろうなあ。


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by kels | 2015-10-17 19:37 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

恋の夢を見ることができるほどには、僕にもまだ希望はあるらしい(笑)

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なあ、年月というのは、人をいろんな風に変えていっちゃうんだよ。
そのときに君と彼女との間で、何があったのかは知らない。
でも、たとえ何があったにせよ、それは君のせいじゃない。
程度の差こそあれ、誰にだってそういう経験はあるんだ。

「国境の南、太陽の西」村上春樹(1992年)

懐かしい夢を見た。

僕はまだ高校生で、好きな女の子に、その恋を打ち明けられないでいた。
二人とも微妙な距離を保ちながら、お互いの気持ちを測りかねている。
そんな幼い恋だったのだろう。

「どうして、そんなことを言うのよ」と、彼女は大きな声で言った。
大きな瞳が怒りで満ちていた。
身に覚えのないことで、僕は怒られているのだ。

「僕は何も言っていないよ」と、僕は言った。
それから長い時間をかけて、僕は彼女の誤解を解いた。
疑わしい表情をして、それでも彼女は最後には、僕を信用してくれたらしい。

いつもはおとなしい彼女だったけれど、友達のことになると、いつでも真剣だった。
正確に言えば、誰に対しても平等で公平だった。
うっかり冗談も言えやしないぜ、と僕は思った。

放課後、校舎からバス通りへと続く帰り道で、僕は彼女に追いついた。
夕闇が街を包み始めていて、僕は黙って彼女と手をつないだ。
彼女が、また怒るのではないかと思ったけれど、何も言わなかった。

坂道を登ってきた顔見知りの教師が、夕闇の中、すれ違い様に何か言った。
「何て言ったの?」と、僕は彼女に小さく訊ねた。
「また、女を変えたのかって」と、彼女は無表情に言った。

そこで目が覚めた。

知らない街の、知らない学校で、僕は知らない女の子に恋をしていたらしい。
あるいは、そういう人生もあったのかもしれないなと、僕は思った。
世の中には、星の数と同じくらいの恋に満ち溢れているのだから。

何はともあれ、恋の夢を見ることができるほどには、僕にもまだ希望はあるらしい(笑)


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by kels | 2015-09-23 22:01 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

Apple Musicが配信されて以来、生活の中の音楽は、Apple Musicが中心になった

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それから秋がやってきた。
秋がやってきたときには、僕の心はもうほとんど定まっていた。
こんな生活をこのままずっと続けていくことはできないと、僕は思った。
それが僕の最終的な結論だった。

「国境の南、太陽の西」村上春樹(1992年)

7月にApple Musicが配信されて以来、生活の中の音楽は、Apple Musicが中心になった。
こうしてブログを書いている今も、Apple Musicでシューベルトの歌曲集を聴いている。
ディースカウとムーアのシューベルト歌曲集を、全部ダウンロードしたのだ。

おかげで、どこにいても作業用のBGMはシューベルトになった。
全部で463曲もあるから、おそらく、絶対に飽きることはない(笑)
これだけでも、Apple Musicに登録した価値はあるのではないだろうか。

最近では、わざわざコンポまで歩いていって操作するのが面倒なくらい(笑)
もう長年愛用しているステレオコンポだから愛着はあるんだけれどね。
ゆっくりと音楽を聴くという生活ができていないということなんだろうな。

まあ、のんびりとレコードを聴く楽しみは、将来のために取っておこうか。


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by kels | 2015-09-23 05:04 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)