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随分昔のことだが、深夜の遠軽駅を訪れたことがある

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雪の国の停車場は人の心を何か暗くする。
中央にはストーヴがある。
それには木の柵がまわされている。
それを朝から来ていて、終列車の出る頃まで、赤い帽子をかぶった駅員が何度追ツ払おうが、又すぐしがみついてくる「浮浪者」の群れがある。

雪が足駄の歯の下で、ギユンギユンなり、硝子が花模様に凍てつき、鉄物が指に吸いつくとき、彼等は真黒になつたメリヤスに半纏一枚しか着ていない。
そして彼等の足は、あのチヤツプリンの足なのだ。
――北海道の俊寛は海岸に一日中立つて、内地へ行く船を呼んでいることは出来ない。
寒いのだ!

「北海道の「俊寛」」小林多喜二(1929年)

随分昔のことだが、深夜の遠軽駅を訪れたことがある。
氷点下20℃にもなろうかというほど寒い真冬の夜だった。
僕は札幌に帰る一人の女の子を夜行列車に乗せるために、この駅まで送り届けに来たのだ。

深夜の駅は静かだった。
待合室の真ん中にストーブがあって、やかんのお湯がシャンシャンと沸騰している。
どれだけストーブを焚いたところで、待合室が暖かくなるような夜ではなかった。

ストーブの周りには、4、5人の待合客がいた。
客はどれも中高年の男たちばかりで、みんな身体を崩して眠っていた。
ベンチの上に寝転がっている者もいた。

僕と彼女は切符を購入した後、ストーブから少し離れたベンチに座った。
なんて寒い夜なんだろうと思った。
どれだけ身体をくっつけあっても、二人はいつまでも寒いままだった。

正直に言って、真冬の深夜の駅が、これほどまでに寂しいということを、僕は知らなかった。
ストーブの周りで倒れている男たちを眺めながら、僕は小林多喜二の古い文章を思い出していた。
昭和初期の駅の空想が、頭の中から離れなかった。

「帰りたくない」と、彼女は言った。
あまりにも寂しすぎる別れだと、彼女も感じていたのだ。
列車が到着するまで、まだ時間はたっぷりとあった。

誰も何も言わなかった。
ストーブの上のやかんだけが、シャンシャンと鳴っていた。
部屋はいつまで経っても暖まらなかった。

僕は買ったばかりの切符を持って窓口に行った。
「払い戻しをお願いします」
駅員は何も言わずに、無表情のまま、キャンセル料を差し引いて金を返してよこした。

駅を出ると、夜はいよいよ寒さを増していた。


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by kels | 2016-12-18 07:49 | Snap Short Stories | Comments(0)

小林多喜二には北海道の冬が似合うと思う

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十一月の半ば過ぎると、もう北海道には雪が降る。(私は北海道にいる。)
乾いた、細かい、ギリギリと寒い雪だ。
――チヤツプリンの「黄金狂時代ゴールド・ラツシユ」を見た人は、あのアラスカの大吹雪を思い出すことが出来る、あれとそのままが北海道の冬である。

北海道へ「出稼」に来た人達は冬になると、「内地」の正月に間に合うように帰って行く。
しかし帰ろうにも、帰れない人達は、北海道で「越年(おつねん)」しなければならなくなるわけである。
冬になると、北海道の奥地にいる労働者は島流しにされた俊寛のように、せめて内地の陸の見えるところへまででも行きたいと、海のある小樽、函館へ出てくるのだ。

「北海道の「俊寛」」小林多喜二(1929年)

小林多喜二には冬が似合うと思う。
北国の夏は、格差社会の現実までも覆い隠してしまうくらいに過ごしやすい。
みんな、世の中の格差という現実さえも忘れて、短い夏を謳歌するのだ。

だが、北国の厳しい冬は、誰もが目の前の現実と向き合わなければならない。
突きつけられた寒さと飢えとが、今と明日とを考えざるを得なくしている。
多喜二の文章は、そんな北の人々の現実を容赦なく突きつけてくる。

北海道は、明治以降に開拓された歴史の短い島だ。
この島に渡ってくる人たちは、最初、誰もが過酷な条件の中で生きなければならなかった。
格差社会で原野を切り拓くことはできなかったのだ。

少しずつ街が大きくなって、少しずつ生活が安定してくると、少しずつ格差が生まれ始めた。
開道50年目を迎える頃には、この未開の地であった北海道にさえ、新しい格差が根付いていた。
そして、大正から昭和初期にかけて日本を襲ったデモクラシーの波が、北の果てにまでやってくる。

この「北海道の「俊寛」」は、昭和5年1月9日の大阪毎日新聞に掲載されたものである。
ノート原稿から、前年の12月21日に書かれたことが明らかとなっている。
昭和初期の年の暮れの北海道を描いた短い文章だ。

ハレの正月は、一年の中で最も格差社会を浮き立たせる瞬間かもしれない。
出稼ぎの労働者たちでさえ、故郷へ帰る者と帰れない者とに分けられる。
激しい吹雪と帰郷さえできない正月が、厳しい現実を彼等に突きつけているのだ。

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by kels | 2016-12-18 07:24 | 文学 | Comments(0)