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復活するなら、やはり、この季節しかないと思った

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昨日の土曜日からずっと天気が悪い。
雨が降ったりやんだりの微妙な天候である。
気温も20℃を下回ったままだ。

旭ヶ丘のスタバで簡単な朝食。
店を出る頃には、雨が強くなっていた。
たまに写真でも撮ってみようかと思うと、この悪天候である。

街をあきらめて、部屋で本を読んで過ごす。

午後から「花と雑貨ひととき」。

いつの間にか雨が上っているので、そのまま写真を撮りに出かけた。
大通公園から南に向ってブラブラと歩く。
こんなふうに写真を撮るために歩くのは久し振りのことだ。

「ブラウン・ブックス・カフェ」でひとやすみ。

天気が良くないなりに、街は多くの人で賑わっている。
なにしろ、もう6月で、札幌は少しずつ夏の気配を強くしているのだ。
個人的には、今が札幌でいちばん良い季節だと信じている。

復活するなら、やはり、この季節しかないと思った。

by kels | 2017-06-11 16:43 | 日記 | Comments(0)

今、僕は、東京から札幌まで24時間を要した時代の日本を旅してみたいと思っている

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東京から札幌までは二十四時間で着く。
そんなに早いのか、と初めての人は驚くであろう。
しかし、上野で汽車に乗ると、青森までは実に長い。
急行で十二時間かかる。
仙台までが六時間、そこから先が六時間である。
(略)
青森で連絡船に乗ると、ほっとする。
四時間の船の旅の後に、函館が見えてくる。
(略)
函館から急行で八時間ほどで小樽に着く。
そこから四十分ほどで札幌に着く。

「夏の北海道」伊藤整(1940年)


昭和15年当時、東京から札幌までは24時間を要したらしい。
まさに、丸一日の大旅行である。
もっとも、当時の人たちは「そんなに早いのか」と驚いたようだから、東京の人たちにとって、いかに北海道が遠い存在であったかが分かる。

なにしろ、中国大陸の満州が日本国だった時代である。
その満州に比べれば、北海道なんて近いに決まっているような気がする。
それでも、東京の人たちの感覚的には、満州も北海道もあまり違いはなかったのだろうか。

それにしても、東京から札幌までの24時間の移動を、人々は何を考えながら過ごしていたのだろうか。

札幌から東京まで寝台列車が走っていた時代、僕は何度かこの列車を利用したことがある。
(という言い方ができるようになってしまった)
その頃、札幌から上野までの所要時間は16時間であった。

寝台列車だから、夕方に札幌を出発して、翌朝に東京到着である。
ほとんど寝ているだけの移動だけれど、それでも、この移動時間は非常に長く感じられた。
長い移動時間を楽しむことに、札幌から東京まで列車を使うことの意義があったのだろう。

今、僕は、東京から札幌まで24時間を要した時代の日本を旅してみたいと思っている。

by kels | 2017-05-07 18:05 | 旅行 | Comments(2)

雨の降らないビアガーデン、雨の降らないライジングサン。

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夏休み、毎日夏らしい青空が広がっていた。
雨の降らないビアガーデン、雨の降らないライジングサン。
こんな夏も珍しいねと、彼女は笑った。

大通公園の渇いた芝生にも、夏の人々が集まっている。
ビアガーデンの喧騒から逃れてきた人たちなのかもしれない。
何もない大通公園が、この季節にはとても貴重な存在となる。

またカラカラが出たよと、彼女は笑った。


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by kels | 2016-08-15 21:07 | 夏のこと | Comments(0)

石川啄木像は、多くの観光客が訪れる大通公園3丁目に設置されている

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札幌の秋の夜はしめやかであつた。
そこらはもう場末の、通り少なき広い街路は森閑として、空には黒雲が斑らに流れ、その間から覗いてゐる十八九日許りの月影に、街路に生えた丈低い芝草に露が光り、虫が鳴いてゐた。
家々の窓のあかりだけが人懐かしく見えた。

石川啄木「札幌」(1908年)

石川啄木が札幌で暮らし始めるのは、明治40年9月14日のことである。
札幌の新聞社に勤務するのだが、すぐに小樽の新聞社へと移ってしまう。
9月27日、啄木は小樽へと向かい、わずか2週間の札幌生活を終えた。

わずか2週間滞在したに過ぎないのに、札幌における啄木人気は絶大である。
市内のあちこちに文学碑があって、啄木ファンを集めている。

代表作「一握の砂」の中には、札幌に関する作品が4首収録されている。
その中でもっとも有名な歌が、例の「とうもろこしの焼くる匂い」だろう。
実際、この歌は、大通公園内の石川啄木像にも刻み込まれている。

しんとして幅広き街の
秋の夜の
玉蜀黍(たうもろこし)の焼くるにほひよ

「一握の砂」石川啄木(1910年)

この啄木像は、多くの観光客が訪れる大通公園3丁目に設置されている。
公園脇にひっそりとあるので、啄木と気付かない旅行者も多いらしい。
明治の世とはすっかり変わってしまったが、とうもろこしの焼ける匂いに、僕はいつも啄木の生きた時代を夢見ている。


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by kels | 2016-05-01 05:44 | 文学 | Comments(0)

札幌は地下街が多いから、あえて厚着をする必要がないのかもしれない

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彼等は二三日前の吹雪がどんなに酷かったかと言うことを話し合っていた。
ラッキョウ漬けの水がめが寒さのために亀裂したことを話していた。
これで雪解けには行倒れの足の腐った乞食共が、この街だけでも五六人は上ってくるだろう、ということを話していた。

「人間の意企」宇野千代(1923年)

昨日は、この冬初めての真冬日になったらしい。
実際、昨日は寒かった。
初めて冬らしい寒さを感じたと言っていいくらいだ。

もちろん、こんなことはただの序章に過ぎないことは分かっている。
真冬日と言っても、最高気温・最低気温が氷点下4℃である。
いずれ、氷点下10℃を超える日が続くのだ。

もっとも、街に出ると、人々は思ったほど厚着ではない。

高校生くらいの女の子は、ニットカーディガンにマフラーを巻いただけで、平然と歩いている。
カナダグースのダウンなんかを着ていると、まるで観光客のように見えてしまう。
札幌は地下街が多いから、あえて厚着をする必要がないのかもしれない。

ちなみに、宇野千代が「人間の意企」を書いた年の記録を調べてみた。
1923年の冬、札幌で最も寒かったのは1月27日のマイナス20.5℃である。
札幌でマイナス20を超えると、さすがに寒いだろうなあ。

さて、今日も真冬日で、どうやら今日の方が寒くなるらしい。
少しずつ氷点下の世界にも慣れていかなければ。


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by kels | 2015-12-27 06:20 | 冬のこと | Comments(0)

今、札幌の街は、秋の終わりの、最後の場面にあるらしい

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いちだんと日が短くなり、寒さも増してきました。
雨はほとんど降らず、毎日お昼ごろ、ほんのしばらく、ちらっと日の光が谷底に射しました。
すると、地面がぱっと明るくなって、裸の木の影が、黒々と浮かび上がります。

でも、昼前も昼過ぎも、夕方のように薄暗くて、そのうちにとっぷりと、暗闇につかってしまいます。
入り日は、もう、まるっきり見られなくなりました。
日の沈む頃は、空が黄色に染まって、周りの山々が影絵のように、くっきり浮き出て見えるきりです。
毎日が、井戸の中の一日のようなんです。

「ムーミン谷の十一月」トーベ・ヤンソン/鈴木徹郎・訳(1970年)

札幌の秋は短いと言うけれど、それなりに長いような気もする。
だって、オータムフェストの始まった9月から数えて、もう3か月。
札幌の秋が3か月もあるなんて、僕は全然知らなかった。

そして、この3か月は、めまぐるしく季節が変わる3か月だった。
ひとつの季節の中で、季節が移り変わっていく様子が目に見えるのだ。
初秋から晩秋へと、札幌の風景は大きく変わっていった。

今、札幌の街は、秋の終わりの、最後の場面にあるらしい。
もうひとつドアを開ければ、そこには新しい季節が待ち受けている。
我々は、ドアノブに手をかけたまま、ただ「そのとき」が来るのを待ち続けているだけだ。

まるで焦りにも似た気持ちを抱えて。


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by kels | 2015-11-15 06:42 | 秋のこと | Comments(0)

僕たちは、過去を懐かしむときでさえ、流行という時間の流れの中にいる

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秋になると、旅に出る者と、残る者とにわかれます。
いつだって、そうでした。
めいめいの、好き好きでいいのです。
でも、ぐずぐずしていて、取り返しのつかなくならないうちに、どちらにするのか、決めなくてはなりません。

「ムーミン谷の十一月」トーベ・ヤンソン/鈴木徹郎・訳(1970年)

冬が近くなると、古いものが恋しくなる。
どうしてなのかは分からない。
振り返りたくなる季節なのかもしれない。

古い物の話だったら、きっといくらでもできる。
だけど最近は、それだけじゃダメなんだとも思う。
現在や近い未来を見据えた末で、僕たちは過去を懐かしむべきなのだろう。

ヴィンテージ・アイテムにも流行がある。
つまり、そういうことだ。
僕たちは、過去を懐かしむときでさえ、流行という時間の流れの中にいる。

さて、季節は本格的に晩秋で、本格的に冬が近づいている。
そして僕は、これからの長い冬籠りに向けて、古い物を探す旅に出かけよう。
冬という季節は、古い時代と向き合うのにぴったりの季節なのだ。


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by kels | 2015-11-01 19:46 | 雑貨・アンティーク | Comments(2)

紅葉の写真を撮るならば、撮りたいと思った瞬間がチャンスである

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札幌の街なかにある紅葉さえ、どこか素っ気なく無愛想である。
人に愛されることなど、初めから考えてもいない。
葉が紅くなって枯れて散るのは、わたしの勝手、と言っているようでもある。

よく紅葉は、寒さが急に訪れたときの方が美しいという。
秋が温かいと、色の鮮やかさが落ちると言われている。
だが、これも本州のことで、北海道の紅葉には関係ない。

「北国通信」渡辺淳一(1981年)

この季節は、街の風景がめまぐるしく変わる。
冗談ではなく、紅葉が、日一日と変化しているのだ。
夜のうちに雨でも降ったりすると、景観ががらりと違っていることさえある。

秋が深まるにつれて、街路樹は色づいていく。
そして、あるピークを境にして、街路樹は葉を落とし、どんどん寂しくなっていく。
その移り変わりは、朝と夜とでも違うというくらいに激しいものだ。

だから、紅葉の写真を撮るならば、撮りたいと思った瞬間がチャンスである。
後で撮ろうと思っても、その紅葉が次の機会にもあるとは限らない。
それが札幌の紅葉だ。


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by kels | 2015-10-29 21:36 | 秋のこと | Comments(0)

今もまだ、炬燵で札幌の秋の終わりを乗り越えようとしている

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真冬の北海道では、そんな小さなストーヴひとつで過ごすことはできない。
石油ストーヴを使うにしても、煙突付きのがっしりしたストーブを部屋に据えねばならない。
私の家では、十月半ばに据え付けることにしている。
十一月に入るまでは、ポータブル式のストーヴで間に合うのだけれど、早めに据えておかねば心配なのだ。

「雪のくる前」原田康子(1969年)

今日、髪を切ってもらいながら、スタイリストさんとストーブの話をした。
彼の家では、もうストーブを焚いているという。
ストーブを焚いても、全然不思議ではない気候なのだ。

そう言えば、古い本を読むと「ストーブを据える」という表現が出てくる。
つまり、冬が終わると、ストーブを取り外して、物置にでも仕舞っていたということなのだろうか。
自分自身に、あまりそういう記憶がないので、この表現は新鮮なような気がした。

子どもの頃、我が家にも大きな石油ストーブがあったが、冬が終わってもストーブを片付けるようなことはなかったように思う。
そもそも、ストーブを片付ける場所なんかなかっただろうけれど。
だから、ストーブは、夏の間も居間の片隅に、ずっと置かれていたのではないだろうか。

あるいは、煙突くらいは取り外して仕舞っていたかもしれない。
そして、冬が近くなると、家族総出で煙突の取り付け作業を行うのだ。
古い住宅では、今でもそのような作業が行われているような気もする。

我が家では、昨冬からコタツを導入した。
だから、今もまだ、炬燵で札幌の秋の終わりを乗り越えようとしている。
せめて、初雪が降るまでは、コタツだけで我慢したいところだが(笑)


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by kels | 2015-10-24 22:06 | 秋のこと | Comments(0)

早春の明るさを撮りたくて、僕はLOMOと一緒に街に出かけたのだろう

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この半年間は本当に忙しくて、ゆっくりと写真を撮る気持ちにもなれなかった。
ピークを過ぎたかもしれないと感じたのは、つい最近のことである。
ブログの更新が少しづつ復活していることから、そう感じた。

だから、フィルムカメラを使うようになったのも、最近になってからである。
気持ちにゆとりがないときは、カメラを持とうという気持ちにもなれなかった。
写真を撮るということは、僕にとって本当に楽しい遊びなのだろう。

昨日、久しぶりにLOMO LC-Aを持って散歩をしようと思った。
棚の奥からカメラを発見すると、フィルムカウンターが回っている。
フィルムを入れたままの状態で止まっているらしい。

いつ頃にフィルムを入れたか全然思い出せないが、考えても仕方がない。
とりあえず、フィルムを撮りきってから、新しいフィルムを入れることにした。
現像すれば、何を撮ったのかということは分かるのだから。

フィルムを撮り終えて裏蓋を開けると、アグファが出てきた。
随分久しぶりにアグファのフィルムを見て、僕はまぶしいような気持ちになった。
フィルムカメラっていいよなあと、そのとき感じた。

もっとも、現像後に現れた写真は、全体が黄色に染まった写真だった。
長い間、カメラの中で放置したためにフィルムが感光してしまったのだろう。
まるで数十年も昔に撮影されたみたいに、写真はセピア色に見えた。

写真は今年の春に撮影されたものだった。
早春の明るさを撮りたくて、僕はLOMOと一緒に街に出かけたのだろう。
そして、中途半端なフィルムをカメラの中に残したまま、僕の生活は一変してしまったのだ。

僕の中の時間は春で止まったままだったらしい。


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by kels | 2015-10-18 06:45 | 写真・カメラ | Comments(0)