タグ:夏目漱石 ( 8 ) タグの人気記事

夏の準備が終わったら、いよいよ本格的な夏の到来だ

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何時の間にか、人が絽(ろ)の羽織を着て歩く様になった。
二三日、宅(うち)で調物をして庭先より外(ほか)に眺めなかった代助は、冬帽を被って表へ出てみて、急に暑さを感じた。
自分もセルを脱がなければならないと思って、五六町歩くうちに、袷(あわせ)を着た人に二人出逢った。
そうかと思うと新らしい氷屋で書生が洋盃(コップ)を手にして、冷たそうなものを飲んでいた。

「それから」夏目漱石(1909年)

別に何かを探すというわけでもないけれど、何となくセールを見てきた。
セールもこの季節になると、本当に売れ残りの商品が並んでいるという感じである。
「2点お買い上げでさらに10%オフ」みたいな文字が、あちこちの店に飾られている。

格別にセールに期待があるわけでもないので、逆に僕はこの時期のセールが好きだ。
誰にも買われなかったものの中で、もしかすると出会いがあるかもしれない。
「何か買わなくちゃ」という強迫観念がないから、店内を客観的に見て回ることができる。

札幌パルコのグランバザールは今日が最終日。
JRタワーバーゲンのファイナルは、7月24日まで。
夏の準備が終わったら、いよいよ本格的な夏の到来だ。


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by kels | 2016-07-18 18:55 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

いよいよ本格的な夏が始まるという季節には、夏のセールは終わっているのだ

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丁寧に礼を述べて穴倉を上がって、人の通る所へ出て見ると世の中はまだかんかんしている。
暑いけれども深い息をした。
西の方へ傾いた日が斜めに広い坂を照らして、坂の上の両側にある工科の建築のガラス窓が燃えるように輝いている。
空は深く澄んで、澄んだなかに、西の果から焼ける火の炎が、薄赤く吹き返してきて、三四郎の頭の上までほてっているように思われた。

「三四郎」夏目漱石(1908年)

札幌ではファイナルバーゲンセールが始まっている。
いよいよ本格的な夏が始まるという季節には、夏のセールは終わっているのだ。
夏に着る夏物を買う身にとってはありがたい話ではある。

もっとも、ファイナルセールというくらいだから、ほとんどが売れ残りなんじゃないかと思ってしまう。
誰かが買わなかったものばかりが、そこには並んでいるわけだ。
サイズやカラーなどは、もはや揃っていなくて当たり前の時期である。

そう思って見るせいか、どこの店でも客の姿は少ない。
逆に言うと、店内をゆっくりと見てあるくことができるので、つい、フラフラを入ってしまう。
サイズさえ残っていれば、上手な買い物をすることができるかもしれない。

セール初めの頃には行かなかったような店や、普段は入ったことのないような店を覗いたりする。
意外な発見があったりして、それはそれで楽しい体験である。
セールを機会に、新しいブランドで出会うこともあるに違いない。

それにしても、今回のセールも、あまり買い物をしなかった。
余計なモノを増やしたくないと思う気持ちが強くて、ほとんど衝動買いができないからだろう。
MHLのチノパンとアローズのシャツを1枚買ったくらいのものである。

そろそろ秋モノが気になり始める季節だ。


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by kels | 2016-07-17 05:29 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

夏になると読みたくなる作家の一人に夏目漱石がいる

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私は毎日海へはいりに出掛けた。
古い燻(くすぶ)り返った藁葺(わらぶき)の間を通り抜けて磯へ下りると、この辺にこれほどの都会人種が住んでいるかと思うほど、避暑に来た男や女で砂の上が動いていた。
ある時は海の中が銭湯のように黒い頭でごちゃごちゃしている事もあった。
その中に知った人を一人ももたない私も、こういう賑やかな景色の中につつまれて、砂の上に寝そべってみたり、膝頭を波に打たしてそこいらを跳ね廻るのは愉快であった。

「こころ」夏目漱石(1914年)

夏になると読みたくなる作家の一人に夏目漱石がいる。
深く考えたことがあるわけではないけれど、漱石の小説には夏の印象が強いのだろう。
明治から大正にかけての時代の日本の夏である。

「こころ」の冒頭は、まさしく夏の鎌倉から始まる。
一人で海水浴に来ている「私」が「先生」と出会うシーンだ。
都会の文化人が、夏の鎌倉の海岸で出会うシーンは印象的だった。

この部分の描写を読むと、大正時代の鎌倉が、いかに海水浴客で賑わっていたかが分かる。
そして、浜辺を賑わしているのは、やはり東京からやって来た「都会人種」だったらしい。
都会の人間が避暑のために海辺の街を訪れるというのは、今も昔も変わりはないのだろう。

さて、明日は海の日である。
たまには海にでも行きたいと思うけれど、果たして、それほど気温が上がるかどうか。


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by kels | 2016-07-17 04:56 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

ニューヨークあたりでは、都会と海辺の街とのデュアルな暮らしがトレンドだという

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宿は鎌倉でも辺鄙(へんぴ)な方角にあった。
玉突だのアイスクリームだのというハイカラなものには長い畷(なわて)を一つ越さなければ手が届かなかった。
車で行っても二十銭は取られた。
けれども個人の別荘はそこここにいくつでも建てられていた。
それに海へはごく近いので海水浴をやるには至極便利な地位を占めていた。

「こころ」夏目漱石(1914年)

時間があれば、鎌倉にでも行きたいと思っているけれど、夏の予定が全然立たない。
飛行機の切符を取るにしても、直前にならなければどうにも動けないだろう。
それに、今の自分であれば、貴重な夏休みをわざわざ移動に費やしたくないという気持ちもある。

ニューヨークあたりでは、都会と海辺の街とのデュアルな暮らしがトレンドだという。
夢のような生活だと思うけれど、可能ならば、自分もそんな生活をしてみたい。
24時間オフィスの中で暮らしているような生き方は、どうにも自分には似合わないのだ。

もっとも、札幌は海のない街である。
街そのものが自然の中にあるから、何を今さらデュアルライフという感じもする。
余分なものを捨ててしまえば、都市と自然のデュアルライフなんて、すぐ手に入る環境で生きているのだ。

問題は、余計なものを背負ってしまう自分の生き方である。
ビジネスとプライベートをもう少し整理しないと、現代的な都市生活者とは言えないらしい。


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by kels | 2016-07-10 21:02 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

北海道新幹線の開業は、北海道に莫大な恩恵をもたらすことだろう

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じいさんに続いて降りた者が四人ほどあったが、入れ代って、乗ったのはたった一人ひとりしかない。
もとから込み合った客車でもなかったのが、急に寂しくなった。
日の暮れたせいかもしれない。
駅夫が屋根をどしどし踏んで、上から灯のついたランプをさしこんでゆく。
三四郎は思い出したように前の停車場(ステーション)で買った弁当を食いだした。
車が動きだして二分もたったろうと思うころ、例の女はすうと立って三四郎の横を通り越して車室の外へ出て行った。
この時女の帯の色がはじめて三四郎の目にはいった。
三四郎は鮎の煮びたしの頭をくわえたまま女の後姿を見送っていた。

「それから」夏目漱石(1908年)

昨日、とうとう北海道新幹線が開通した。
こんなに大騒ぎするのかと思うくらいに、北海道では大騒ぎだった。
初めて新幹線が来るときというのは、どこでもこんなものなのかもしれない。

はじめに、その朝の朝刊を受け取ったとき、その重さに驚いた。
戦争が始まったって、こんなに重い新聞はないだろうと思うくらいに厚くて重い。
新幹線特集の別冊が付いているのだ。

札幌駅では、新幹線開業のイベントを始めようとしているところだった。
道行く人たちに、記念の何かを配っている。
新しい時代が到来するという、その瞬間の火花みたいなものを確かに感じた。

テレビニュース風に言えば、「新幹線フィーバーに沸く地元」といったところだろう。

一方で、札幌の街は案外と静かだ。
新幹線が通るのは札幌ではなくて函館までである。
多くの市民にとっては、300キロメートルも離れた遠い街のニュースの一つに過ぎないのかもしれない。

それにしても、と僕は思う。

昭和を振り返るとき、新幹線の誕生は間違いなくひとつの時代の節目だった。
文明がひとつの階段を上ったと思わせてくれる歴史的な事件だった。
鉄道の旅は、新幹線の登場によって新しい時代を迎えた。

同時に、失われていくものの多さを、人々はちゃんと知っていた。
それは、昭和への懐旧の気持ちというだけではなかったような気がする。
うまく説明することは難しいけれど。

なにはともあれ、北海道は新しい時代の幕を開けた。
北海道新幹線の開業は、内地と北海道との距離を縮め、北海道に莫大な恩恵をもたらすことだろう。
(と新聞に書いてあった)

北海道開拓の歴史のページが、またひとつ追加されたということか。


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by kels | 2016-03-27 06:18 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(2)

僕が思うのは、不倫の恋愛をするからには、自分のすべてを失う覚悟を持つべきだということだ

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「では云う。三千代さんをくれないか」と思い切った調子に出た。
平岡は頭から手を離して、肱ひじを棒の様に洋卓テーブルの上に倒した。
同時に、 「うん遣ろう」と云った。
そうして代助が返事をし得ないうちに、又繰り返した。

「それから」夏目漱石(1909年)

テレビのニュース番組を観ていると、「ゲス不倫」という言葉が飛び交っている。
ニュースだかワイドショーだか分からないけれど、これが現代の日本だ。
もう少し他に報道することがありそうな気もするけれど。

夏目漱石が「それから」を書いたのは、明治42年のことだ。
親友の妻に恋をしていた主人公は、その気持ちを、とうとう親友に告白してしまう。
二人は絶交し、主人公は家族からも絶縁されてしまう。

もとより、主人公と親友の妻との間に性的な関係は一切ない。
他人の妻に思いを寄せてしまうこと、それ自体が「不倫」として許されない時代であった。
大きな十字架を背負った主人公が、新しい仕事を探しに出かけるところで、物語は終わる。

僕が思うのは、不倫の恋愛をするからには、仕事や家族や財産や社会的地位など、自分のすべてを失う覚悟を持つべきだということだ。
すべてを失った上で、人は再びスタートラインに立つことができる。
漱石の「それから」は、まさしく主人公がスタートラインに立ったところで、ドラマの幕が降りる。

まあ、それはそれとして、もう少し他に考えるべきことがありそうだよね。
マスコミも僕たちも。


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by kels | 2016-02-14 07:37 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

集まったメンバーが、声を揃えて、「ススキノは久しぶりだ」と言った

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食物は酒を飲む人のように淡泊な物は私には食えない。
私は濃厚な物がいい。支那料理、西洋料理が結構である。
日本料理などは食べたいとは思わぬ。
もっとも此支那料理、西洋料理も或る食通と云う人のように、何屋の何で無くてはならぬと云う程に、味覚が発達しては居ない。
幼稚な味覚で、油っこい物を好くと云うだけである。
酒は飲まぬ。日本酒一杯位は美味いと思うが、二三杯でもう飲めなくなる。

「文士の生活」夏目漱石(1914年)

新年会というわけでもないのだろうけれど、今週は飲み会が多かった。
特に昨夜は金曜日ということもあって、とうとう終電を逃してしまった。
飲んでいると、時間はあっという間に過ぎてしまう。

タクシーに乗ると、運転手は「今夜は人が多いですね」と言った。
金曜日だからだろうと言うと、新年会かもしれませんねと、彼はつぶやいた。
「ススキノも本当に人が少なくなって」と、彼は言う。

実際、ススキノに出るのは、しばらくぶりのことだった。
最近は、札幌駅周辺や大通辺りにも飲食店は多いから、大抵は近場で済ませてしまう。
そういうビジネス街には、気軽で安い店も多い。

集まったメンバーが、声を揃えて、「ススキノは久しぶりだ」と言う。
ビジネスマンには、近場の安酒場がお似合いということなのかもしれない。
それなりに社会的地位のある人たちの集まりとは言え。


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by kels | 2016-01-23 21:16 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

コーヒーや紅茶には、砂糖を入れて飲むことが当たり前だった時代の話だ

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奥さんは飲み干した紅茶茶碗の底を覗いて黙っている私を外さないように、「もう一杯上げましょうか」と聞いた。
私はすぐ茶碗を奥さんの手に渡した。
「いくつ? 一つ? 二ッつ?」
妙なもので角砂糖をつまみ上げた奥さんは、私の顔を見て、茶碗の中へ入れる砂糖の数を聞いた。
奥さんの態度は私に媚るというほどではなかったけれども、先刻の強い言葉をつとめて打ち消そうとする愛嬌に充みちていた。

「こころ」夏目漱石(1914年)

コーヒーや紅茶に付きものの台詞が「いくつ?」。
コーヒーや紅茶には、砂糖を入れて飲むことが当たり前だった時代の話だ。
喫茶店の砂糖壺が、テーブルの上には置かれたままになっていた。

緊張している場面では、「いくつ?」と訊かれて自分の年齢を答えたりした。
その返事に、相手の女性が笑いだして緊張がほぐれる。
日本の映画やドラマでは、そんなシーンが多かったような気がする。

大正3年に発表された「こころ」の中にも、砂糖の数を訊ねる場面が登場する。
紅茶茶碗で紅茶を飲む習慣が、一般家庭の中にも定着していたということだろう。
そして、紅茶には砂糖が付きものの時代だったのだ。

こういう小説を読むと、僕は大正時代の紅茶茶碗がほしくなる。
実際に、明治時代や大正時代の食器を、ずいぶん集めてきた。
そうすることで、少しでも小説の世界に近づきたいと思っていたのかもしれない。


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by kels | 2016-01-23 07:15 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(2)