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今、僕は、東京から札幌まで24時間を要した時代の日本を旅してみたいと思っている

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東京から札幌までは二十四時間で着く。
そんなに早いのか、と初めての人は驚くであろう。
しかし、上野で汽車に乗ると、青森までは実に長い。
急行で十二時間かかる。
仙台までが六時間、そこから先が六時間である。
(略)
青森で連絡船に乗ると、ほっとする。
四時間の船の旅の後に、函館が見えてくる。
(略)
函館から急行で八時間ほどで小樽に着く。
そこから四十分ほどで札幌に着く。

「夏の北海道」伊藤整(1940年)


昭和15年当時、東京から札幌までは24時間を要したらしい。
まさに、丸一日の大旅行である。
もっとも、当時の人たちは「そんなに早いのか」と驚いたようだから、東京の人たちにとって、いかに北海道が遠い存在であったかが分かる。

なにしろ、中国大陸の満州が日本国だった時代である。
その満州に比べれば、北海道なんて近いに決まっているような気がする。
それでも、東京の人たちの感覚的には、満州も北海道もあまり違いはなかったのだろうか。

それにしても、東京から札幌までの24時間の移動を、人々は何を考えながら過ごしていたのだろうか。

札幌から東京まで寝台列車が走っていた時代、僕は何度かこの列車を利用したことがある。
(という言い方ができるようになってしまった)
その頃、札幌から上野までの所要時間は16時間であった。

寝台列車だから、夕方に札幌を出発して、翌朝に東京到着である。
ほとんど寝ているだけの移動だけれど、それでも、この移動時間は非常に長く感じられた。
長い移動時間を楽しむことに、札幌から東京まで列車を使うことの意義があったのだろう。

今、僕は、東京から札幌まで24時間を要した時代の日本を旅してみたいと思っている。

by kels | 2017-05-07 18:05 | 旅行 | Comments(2)

一番気に入っているフレーズは、「あれからニシンはどこへ行ったやら」

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燃えろ篝火 朝里の浜に 海は銀色 ニシンの色よ
ソーラン節に 頬染めながら わたしゃ大漁の網を曳く
あれからニシンは どこへ行ったやら
オタモイ岬のニシン御殿も 今じゃ錆びれて
オンボロロ オンボロボロロー
変わらぬものは古代文字
わたしゃ涙で娘ざかりの夢を見る

「石狩挽歌」北原ミレイ(1975年)

昨夜から「石狩挽歌」ばかり聴いている。
テレビで「男はつらいよ」を観たせいだ。
後藤久美子が、この曲を歌うシーンが、やけに記憶に残ったのだろう。

1975年、世の中にはまだ御当地ソングに対する熱気が生き残っていたらしい。
日本海に面した石狩地方のキーワードが、次々に登場してくる。
「やん衆」「にしん曇り」「にしん御殿」などは、みな、漁村の方言だ。

一番気に入っているフレーズは、「あれからニシンはどこへ行ったやら」。
ニシン漁の経験はなくても、この台詞は、道民として共感できるフレーズだ。
歴史に疎くても、ニシンが支えた北海道開拓の歴史は、記憶に刷り込まれているのかもしれない。

それにしても、最近は古い演歌にハマるなあ。
冬が近いっていうことと無関係ではないんだろうなあ。


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by kels | 2015-11-15 08:56 | 音楽 | Comments(0)