多くの小説を読みながら、人生をより深く生きるためのヒントを得てきた

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あと二週間たつと、一年中で一番日の長い日がくるのよ。
あんたたち、一年中で一番日の長い日をいつも待ちうけていながら、いよいよというときにうっかり過ごしてしまうことってあって?
あたしはね、一年中で一番日が長い日を待ちうけていながら、いつもうっかり過ごしてしまうんだ。

「華麗なるギャツビー」スコット・F・フィッツジェラルド/野崎孝・訳(1925年)


昨日からフィッツジェラルドの「ギャツビー」を読み始めた。
「ギャツビー」は一夏の物語である。
当然、僕にとっては、夏に読むべき物語のひとつとなっている。

良い小説というのは、作品の中のささいな文章のひとつひとつさえが啓示に満ち溢れている。
啓示に満ちた文章を読むとき、読者は、そのひとつの文章から、何かを学び取ろうとする。
そうやって僕は、多くの小説を読みながら、人生をより深く生きるためのヒントを得てきたように思う。

人生にはやはり読書が必要である。
そして、良質の読書は、きっと人生を豊かにしてくれる。
そういう意味で、僕は「ギャツビー」に出会うことができて良かったと信じている。

# by kels | 2017-06-10 06:12 | 文学 | Comments(0)

まさかホームページの開設を懐かしく振り返る時代が来るなんてね(笑)

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通信会社から郵便物が届いた。
「ホームページサービス終了」のお知らせとある。
これもひとつの時代の転換期なんだろうと思った。

僕が初めてホームページなるものを開設したのは1997年のことである。
当時は社会的に「パソコンブーム」なるものがあった。
自分のホームページを持つことは、かなり先進的な取組でもあったのだ。

なにしろ、その頃にホームページを開設することは、それなりの苦労を伴った。
インターネットに接続することが、初心者にとっては非常に専門的な知識と技術を必要とするように感じられた時代だ。
自分のホームページを開設するまで、いくつかの本を読んで勉強し、準備に1か月以上の時間をかけた。

1997年7月1日に「North Country」なる釣りとアウトドアのサイトを開設した。
北海道の釣り情報に関するホームページなんて、非常に限られていたから、アクセス数は順調に伸びた。
いくつかの新聞でも紹介され、BE-PALのウエブサイト特集でも取り上げられた。

とにかく、いろいろな技術を使うために知識が求められたから、パソコン雑誌を読んで一生懸命に勉強した。
自動的に流れる音楽、動くアニメーション、電光掲示のように流れるメッセージ、アンケートフォーム。
考えてみると、当時はホームページの更新に相当の時間を費やしていたように思う。

今、時代はスマホであり、SNSであり、難しい技術や知識を求められることはない。
誰もが簡単に一瞬で最新の情報を発信することができるようになった。
ホームページサービスの終了のお知らせは、ある意味で当然のことなのだろう。

それにしても、まさかホームページの開設を懐かしく振り返る時代が来るなんてね(笑)


# by kels | 2017-06-04 07:25 | 随想 | Comments(2)

ある日、僕は文章を書くことも写真を撮ることもできなくなっていた

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文章を書くことが、僕にとって生きることの一部だった。
自分の書いた文章を向き合うことで、僕は自分の生き方と向き合っていた。
自分の書いた文章に励まされながら、僕は生きた。

同じように、写真を撮ることが、僕にとって暮らしの中の一部だった。
自分の撮った写真を向き合うことで、僕は自分の暮らしと向き合っていた。
自分の撮った写真に慰められながら、僕は暮らした。

ある日、僕は文章を書くことも写真を撮ることもできなくなっていた。
何を書きたいのか、何を撮りたいのか、僕にはさっぱり分からなくなっていた。
僕はすっかりからっぼになっていたのかもしれない。

それから僕は、ひたすらに喫茶店に行ってコーヒーを飲んだ。
コーヒーを飲みながら、ひたすらにたくさんの本を読んだ。
渇き切った僕の中で、何かが満たされるのをひたすらに待ちながら。

きっと長い人生の中では、誰にでもそんな時期が訪れるのではないだろうか。
焦っても悩んでも苦しんでも、渇いた砂の中からは何も生まれない。
ただひたすらに、自分の心に水を与え続け、新しい芽が生まれてくるのを待つしかないと、僕は信じている。

# by kels | 2017-05-28 16:46 | 随想 | Comments(6)

紫陽花ほどではないかもしれないが、ライラックも雨が似合う花である

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ライラックの花が満開である。
先週末にはまだ五分咲き程度の木が多かったが、この週末はまさしく満開である。
札幌は、ライラックの見頃を迎えているのだ。

僕は、ライラックの花は民家の庭先に咲いているものが一番美しいと思っている。
大通公園などで仰々しく眺めるものではない。
季節になれば、札幌市内のあちこちの住宅には、ライラックの花が咲いているものなのだ。

満開のライラックを撮りに行こうと思っていたら、あいにくの雨降りとなった。
紫陽花ほどではないかもしれないが、ライラックも雨が似合う花である。
雨の中、2017年のライラックの花に挨拶をした。

# by kels | 2017-05-28 05:54 | 夏のこと | Comments(0)

「札幌1957」の表表紙と裏表紙には、札幌中心部の空撮写真が見開きで使われている

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札幌を北海道の首都にする考えは既に江戸時代の探検家たちの脳裏にうかんだ。
建設は明治二年からはじまり、担当者は島判官、岩村判官、さらに西村権監事へと移ったが、その間に都市計画の輪郭は固まった。
開拓使次官黒田清隆が米国からつれてかえったケプロンをはじめ、雇外人76人が都市建設に加わり、当時としては類のないモダンな都市ができた。

「札幌1957」岩波写真文庫(1957年)

「札幌1957」の表表紙と裏表紙には、札幌中心部の空撮写真が見開きで使われている。
写真の左手に大通公園が東に向かって走っている。
キャプションには「西から見た札幌市街」とある。

大通公園の南側に札幌三越と札幌丸井今井の二大百貨店がある。
その向こう側に創成川が南北に走っているのが見える。
西一丁目にある高いタワーは、三岸好太郎の作品にも登場する消防望楼だ。

特徴的なのは、平屋建ての建物がびっしりと建ち並んでいることである。
三越や丸井今井のような大規模なビルはともかく、ビルらしいビルというものは決して多くない。
この時代、中心部の建物は、商家であってもまだ平屋建が普通だったらしい。

おもしろいのは、札幌中心部に札幌駅周辺が入っていないことである。
札幌中心部と言えば、長く大通公園周辺の一帯を差していたからだろう。
現代であれば、札幌駅から南に向かって臨む風景が札幌中心部と紹介されるかもしれない。


# by kels | 2017-05-14 05:51 | 札幌のこと | Comments(0)