女子学生が大学講師に御礼の手紙を書いたところ、自身のメールアドレスを記した返信が届いた

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遅くなって店を出てみると、まだ降り続いている粉雪に風さえ少しまじって、人通りの疎らになった夜の街は、古いフィルムのようにかすれて煙っていた。
仙子はコートの襟を合せながら、ふと、あの男はこの大雪でも、銀行の前に立っているだろうかと思った。

「凍原」船山馨(1955年)

新しいカフェでコーヒーを飲んでいるとき、隣の大学生の会話が聴こえてきた。
カフェと名乗っているけれど、店内はファーストフード店のように小さなテーブル席が並べられている。
両隣の客の会話が、本を読んでいる自分の耳にも、否応なしに飛び込んでくる。

二人の女性は、同じ大学に通っている学生らしい。
ゼミの仲間たちの話やサークル活動の話で盛り上がっている。
どんな話題でだって盛り上がれる年代なのだろう。

話題は、ふと、ゼミの講師の話になった。
ゼミ生の女子学生が講師に御礼の手紙を書いたところ、自身のメールアドレスを記した返信が届いたのだという。
何でも相談してくださいと、講師からの手紙にはしたためられていたらしい。

「どん引きだよねー」と、彼女たちは笑った。
大学講師の心の奥深くに潜む下心に、彼女たちは実に敏感らしかった。
「やっちゃダメだよね、そういうこと」

昔、僕たちは手当たり次第に女の子たちの電話番号を訊ね、自分の電話番号を配って歩いた。
あるいは、そこから何かが始まるかもしれないと、淡い期待と幻想を抱きながら。
もちろん、彼女たちは、そんな時代があったことなんて何も知らない。

やがて、大学講師はすぐに彼女たちの関心から外れ、話題は人気ドラマの筋書きへと移っていった。
大学講師が、本当に下心を抱いていたのかどうか、それは誰にも分からないだろう。
確かなことは、講師のそんな行為を許すことができないという、彼女たちの潔癖な思いだけだ。

時代が変わった今、僕たちも現代風に生きなければいけないらしい。


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# by kels | 2016-12-11 19:57 | Snap Short Stories | Comments(0)

これまで雪で運休したことのなかった札幌市電の歴史が奇跡みたいなものなのだ

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暁方(あけがた)の三時からゆるい陣痛が起り出して不安が家中に拡(ひろ)がったのは今から思うと七年前の事だ。
それは吹雪も吹雪、北海道ですら、滅多にはないひどい吹雪の日だった。
市街を離れた川沿いの一つ家はけし飛ぶ程揺れ動いて、窓硝子に吹きつけられた粉雪は、さらぬだに綿雲に閉じられた陽の光を二重に遮って、夜の暗さがいつまでも部屋から退(ど)かなかった。

「小さき者へ」有島武郎(1918年)

札幌や北海道を舞台にした文芸作品は古今無数にある。
そして、その多くの作品が、北海道の厳しい冬の暮らしを描いている。
北海道らしさを描こうとするとき、冬の凄まじさは決して忘れることのできない、北海道の風土だからだ。

無数の作家が北海道の冬を文章にしたためたけれど、その中で僕は、有島武郎の描く冬が一番好きだ。
特に、「小さき者へ」の冒頭部分にある吹雪の描写は、札幌の冬を簡潔に表現している。
心に沁み入る吹雪の情景だ。

その頃、有島の家は、菊水1 条1 丁目の豊平河畔にあった。
当時は住宅街というよりも、一帯は果樹園だったらしい。
明治の終わり頃のことである。

有島の暮らした住宅は、現在も開拓の村に保存されていて見学することが可能だ。
この住宅の前に立った時、この家がけし飛ぶほど揺れた吹雪の恐ろしさをリアルに想像することができるだろう。
現代のように、寒冷地住宅が十分に研究されてはいなかった時代の話なのだ。

吹雪に閉ざされて昼なお暗い冬の暮らしを、現代の僕たちは上手に思い描くことができない。
暖かい部屋の窓から眺める吹雪は、生命の安全が保証された吹雪だ。
明治時代の吹雪とは、きっと何もかもが違うのだろう。

そんな現代にあって、雪のために市電が終日運休したという事実は、人々をひどく驚かせた。

もっとも、JR北海道なんて大雪のたびに運休している。
鉄道の視点で考えてみれば、明治も平成も人間の非力さというのは、何も変わっていないのかもしれない。
これまで運休したことのなかった札幌市電の歴史が奇跡みたいなものなのだ。

さて、今日は市電、動くのかな?


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# by kels | 2016-12-11 07:39 | 冬のこと | Comments(2)

「札幌市電が走らなかった日」~雪の街から

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札幌の町に吹雪が襲来し、小学校ではいそいで学堂を下校させたが、中に一人行方不明になった子があった。
吹雪がやんでから手分けして探したところ、その子は雪の下でランドセルを枕にし、外套をかけて寝ていたので助かったという新聞記事を読んだのは、何年前のことだったろうか。
その記事を読む私の耳には、ひゅうっと空気を切るすさまじい風の音がきこえ、湯けむりのようにもうもうと視界をさえぎる雪の渦巻が見えた。

「ふるさと十二ケ月」森田たま(1967年)

大雪のために、市電が運休している。
札幌市電始まって以来のことではないだろうか。
雪のために市電が動かないなどということは、まったく考えられないことだからだ。

朝、目を覚ますと、窓の外が真っ白で何も見えなかった。
吹雪の日には珍しくない光景である。
いよいよ本格的な冬が始まったのだと、改めて実感させられる。

雪の中、電車通りを自動車で走りながら街に向かう。
除雪がしっかりとしているのか、考えていたよりも路面に雪はなかった。
思ったほど、積雪は多くなかったのかもしれない。

途中でササラ電車とすれ違った。
ササラ電車は、雪の中で一息ついて休んでいるように見えた。
そう言えば、街に到着するまで市電の姿を一両も見なかったような気がする。

買い物をしているときに、ラインが入った。
大雪のために札幌市電が全面運休しているという。
どおりで、まったく市電を見かけないはずである。

それにしても、札幌市電が全面運休するなんて、ただ事ではない。
過去、どれだけの豪雪に見舞われても、市電は走り続けてきた。
雪のために市電が止まることなんてあり得ないと、僕たちは信じてきたのだ。

実際、電車通り界隈の住人になって、もう随分長い時間が経つけれど、市電は常に走り続けていた。
渋滞の自動車が軌道を塞いで電車の通行を妨げることはあっても、積雪のために市電が止まることはなかった。
雪に負けないという関係者の強い思いが、市電の運行を支えていたに違いない。

その札幌市電が走らなかった。
この12月の一日を、僕はきっと忘れることがないだろう。


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# by kels | 2016-12-10 17:04 | 冬のこと | Comments(0)

思うに、街歩きというのは、どれだけ夢を見ることができるかということだ

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正月に入ると大阪から、はるばる水島爾保布がやってきた。
雪の札幌を大朝の漫画にするためだという。
まず馬橇にのって丸山公園へ雪見に出かける。
「人間をロシア人にとッかえたら、札幌はこのままロシアの町とまったく変わりがなくなるだろう」
「サニン」の校正をしてくれた彼はそんなことをいって、しきりに面白がっていた。

「因縁生」武林夢想庵(1918年)

かつて、内地の人たちは、北海道に遠いロシアを見たらしい。
札幌が「エキゾチックな街」と呼ばれた、ひとつの理由だろう。
雪景色さえ珍しい内地人には、北海道もロシアも同じようなものだったに違いない。

僕は、札幌の街に、遠い北欧の街を見ることがある。
夏の長い夕暮れや冬の早すぎる日暮れは、どこか北欧の小さな街を思わせるのだ。
中心部から少しだけ離れた、静かな街の片隅で夕暮れを迎えたとき、そんな気持ちがいよいよ強くなる。

思うに、街歩きというのは、どれだけ夢を見ることができるかということだ。
それは、遠い昭和初期の札幌の街でもいいし、遠いフィンランドの小さな田舎町でもいい。
想像力を存分に働かせて、僕は札幌の街に様々な夢を見ている。

そうして街を見ることで、何かしら新しい発見というものがあったりするのだから。


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# by kels | 2016-12-04 20:38 | 札幌のこと | Comments(0)

「異国の匂いがするね」と、通りすがりの女の子が言った

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北海道の風土や景色がどれほど自分の情念や感覚に影響をあたえているか、よくわからない。
家人から「熊のようだ」といわれるのは、ひとつのユーモアにすぎないのである。
北海道に出かけてくる「カニ族」はサイロや原野をみてエキゾシズムを触発されるようだが、ぼくはそんなにこの土地によそよそしくない代わりに、特に強いロオカリズムもない。

「豚殺せ犬走れ」李恢成(1973年)

夕方、大通公園までクリスマス市を観に出かけた。
地元の人間だから、特別に観光気分というわけでもない。
夏祭りの夜店を冷やかす感覚で、冬の散策を楽しんでいるのだ。

クリスマス市の会場は、相変わらず混雑していた。
多くは札幌市外からの旅人なのかもしれない。
聴き慣れない言葉が、あちこちから聞こえてくる。

「異国の匂いがするね」と、通りすがりの女の子が言った。
クリスマス市名物のアーモンド売り場には、シナモンの香りが漂っている。
この香りで、彼女は異国情緒を感じたらしい。

きっと彼女は、クリスマス市そのものに、遠い異国を見ていたのだろう。
見知らぬ国の見知らぬ街で開かれているささやかなクリスマス市。
昔の人たちは、そんな札幌の街を「エキゾチックな街」だと呼んだ。

明治から続く札幌の街の魅力は、形を変えながらも現代に受け継がれている。


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# by kels | 2016-12-04 20:16 | 冬のこと | Comments(0)