時間制限のない同窓会というやつは、どこまでも進もうとしている

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気が付けば、時計の針は午前0時を過ぎていた。
誰も、「もう解散しようよ」なんて言わない。
時間制限のない同窓会というやつは、どこまでも進もうとしている。

それは、長い時間的な空白があるとは思えないような、極めて自然な集まりだった。
記憶の中の僕たちが、ただ少しづつ年齢を重ねて、そこにいるだけだ。
学生時代の居心地の良さを、僕は思い出していた。

あの頃、まったくの他人の僕らは、まるで家族のような一体感を持って暮らしていた。
少年から大人になる一瞬の過程で、それはひどく貴重な連帯感だった。
あの時代に身に付けたものが、現在の僕の多くの部分を支えているような気がする。

そして、それは僕だけの問題ではないように思えた。
仲間たち一人一人の人生には、学生時代の彼らの姿が、しっかりと刻まれているような気がする。
目に見えないくらいに細すぎる年輪みたいに。

「また、集まろうや」と、誰かが言った。
昔の仲間たちも悪くないものだなと、僕は思った。


# by kels | 2017-08-06 20:21 | Snap Short Stories | Comments(2)

あるいは、人は、昔の仲間たちを大切にする生き物なのかもしれない

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金曜日の夜、久しぶりに学生時代の仲間と会った。
あまり昔を懐かしむタイプでもないので、昔の仲間と飲むことは多くない。
仕事で関係のある友人と、個別に会っているくらいのものだ。

だから、同窓会の案内が届いたときは、正直に言って少し面喰った。
今さら、昔の仲間とあって旧交を温めることに、どれくらいの意味があるのだろうと思った。
返事を先延ばしにしているうちに、約束の時間が近づいていた。

仕事で付き合いのある後輩から、仕事用のアドレスにメールが届いた。
「同窓会、行きましょうよ」と書いてある。
僕は、彼の短いメール文を読んで、少し意外な感じを受けた。

彼も、僕と同じで、過去を懐かしむタイプではないと、勝手に思い込んでいたのだ。
あるいは、人は、昔の仲間たちを大切にする生き物なのかもしれない。
昔話の中に、現在の自分にはない何か救いのようなものを探そうとでもするように。

結局、僕は約束の時間にススキノの待ち合わせ場所に向った。
北3条広場、通称「アカプラ」には、たくさんの人たちが集まって騒いでいた。
「さっぽろ八月祭」が、今年も始まったのだ。

8月には少し肌寒い夕暮れの風を受けながら、僕は祭りを人混みを通り過ぎた。
昔の仲間たちと会うために。


# by kels | 2017-08-06 20:01 | Snap Short Stories | Comments(2)

本当のさよならは、悲しくて、さびしくて、切実な響きを持っているからね。

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君はぼくを買ったんだよ、テリー。
なんとも言えない微笑や、ちょっと手を動かしたりするときの何気ない動作や、静かなバーで飲んだ何杯かの酒で買ったんだ。
今でも楽しい想い出だと思っている。
君との付き合いはこれで終わりだが、ここでさよならは言いたくない。
本当のさよならは、もう言ってしまったんだ。
本当のさよならは、悲しくて、さびしくて、切実な響きを持っているからね。

「長いお別れ」レイモンド・チャンドラー/清水俊二・訳(1953年)


とうとう「長いお別れ」を読み終えてしまった。
これで、清水俊二の訳による一連のフィーリップ・マーロウ・シリーズは終わりである。
最後に「長いお別れ」を読んで、本当に良かったと感じている。

チャンドラーのマーロウものは、若い頃から繰り返し読んできた愛読書だ。
ただ、このようにシリーズものを続けて一気に読むのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。
おかげで、この1か月の間、仕事で忙しいながらも、非常に充実した時間を過ごすことができた。

「長いお別れ」は、僕にとって、あらゆる文学作品を通じて特別だと思える小説のひとつである。
そもそも、若い頃から、大人の友情をテーマにした文学作品が好きだったような気がする。
「長いお別れ」も、また、大人の友情をテーマにした、優れた文学作品なのだ。

せっかくの機会なので、ここから先は、村上春樹の翻訳によるマーロウ・シリーズを読んでみようと思う。
最初の一冊は、昨日、清水訳を読み終えたばかりの「ロング・グッドバイ」である。
清水訳で得られた感動を、村上訳は与えてくれるのだろうか。

もっとも、僕は村上春樹の訳によるマーロウ・シリーズは、既に一読済みである。
一読した限りでは、文学作品としての感動は、古い時代の翻訳の方が勝ると思った。
今回は、じっくりと、村上春樹の文章と向き合ってみたい。

# by kels | 2017-07-17 17:41 | 文学 | Comments(0)

全道的には、3日連続猛暑日とか、11日連続真夏日とか、騒がれている

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札幌は昨日も真夏日となった。
今月2回目の3日連続真夏日である。
ちなみに、1回目は7日から11日まで4日連続の真夏日となっている。

確かに7月としては、かなりの暑さだ。
全道的には、3日連続猛暑日とか、11日連続真夏日とか、騒がれている。
ちなみに、7月の3日連続猛暑日は1989年以来、11日連続真夏日は1994年以来。

昨夜も蒸し暑い部屋を脱出して、夜の街に出たけれど、街の方が暑いくらいだった。




# by kels | 2017-07-16 07:55 | 夏のこと | Comments(0)

最近、小説は外国の古いハードボイルド小説しか読まない。

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しっかりしていなかったら、生きていられない。
やさしくなれなかったら、生きている資格がない。

「プレイバック」レイモンド・チャンドラー/清水俊二・訳(1958年)


6月の下旬に何となく「プレイバック」を読み返してから、清水俊二翻訳のマーロウシリーズにハマってしまった。
結局、「高い窓」「湖中の女」「さらざ愛しき女よ」と読了し、本日から最後の「長いお別れ」に取りかかるところ。
いずれも昔から書棚にキープしているものだが、今回も新鮮な気持ちで読み通すことができた。

最近、小説は外国の古いハードボイルド小説しか読まない。
大人になったということなのだろうか。

# by kels | 2017-07-09 07:16 | 文学 | Comments(0)