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【欠航上等】冬の北海道旅行で注意したい交通リスクを知っておこう【運休ですが何か?】

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札幌では12月としては50年ぶりの大雪の到来で、街はまさしくパニック状態に陥っています。
特に交通事情はかつてないほど最悪で、連日大きく報道されるなど、雪害の影響の大きさを改めて理解しなければならない状況でしょう。
もっとも、冬の北海道に雪は当たり前で、「12月」としては異例の大雪だとしても、シーズン通して考えてみると、いわゆる「ドカ雪」そのものは決して珍しい気象現象ではありません。

そこで、今回は冬の北海道旅行で注意したい交通リスクについて考えてみたいと思います。

◆飛行機による移動は一種のギャンブル?

仕事の関係で、僕も一冬の間に何度かは東京へ出かけます。
移動手段はどうしても飛行機になりますが、冬に飛行機を利用した計画を立てる場合、「行けない場合もある」と想定することが前提になります。
実際、飛行機の移動はギャンブルみたいなもので、飛ぶか飛ばないかは、そのときの運次第という部分が非常に大きいです。

だから、冬に飛行機を使って北海道まで出かけようと考えるときは、当然、行けない場合もある、それもかなり高い確率であり得ると心得るべきです。
逆もまたしかりで、帰りの便が飛べないような事態も、事前に考えておくべきでしょう。

翌日に大切な用務がある場合、僕はできるだけ東京出張を組まないようにしています。
飛行機が欠航した場合、その用務に支障を来してしまうからで、計画は、とにかく「欠航ありき」で考えましょう。

◆JRを信用すると痛い目に遭う?

一昔前は、飛行機やバスと比べてJRは冬でも安心して利用できる、そんなテレビCMもガンガン流れていましたが、もちろん現在は、そんなCMもありません。
そんなCMを流すなんてとんでもないくらいJRは運休するし、遅延します。
大雪はもちろん、設備の不具合みたいなトラブルも日常茶飯事なので、道内旅行でJRを利用する場合は、JRが動かない場合の計画も考えておいた方が無難です。

一番危険なのが、札幌と新千歳空港を結ぶエアポートで、ちょっと予想しない事態で簡単に運休してしまうので、飛行機利用の方は特に要注意です。
(なにしろ、雪が降っていなくても運休するので、油断するとエライ目に遭います)

正直に言って、僕も新千歳空港まで移動するときは、JRにしようかバスにしようか、いつも迷います。
本当はJRの方が楽なんですが、運休のリスクがあまりに大きいので、特に朝早い移動の場合は、最初からリスク回避して空港連絡バスをチョイスすることが多いです。

長距離の移動に関しても、函館までは新幹線でたどり着けるとしても、そこから先はJR北海道のホームグラウンドなので、一寸先は闇状態です。
仮に将来的に札幌まで新幹線が走ったとしても、この不安定さが解消されるとは考えにくいので、結局、冬の移動は改善が期待できない部分なのではないでしょうか。
(どうしてこんなに信用できない存在になってしまったんでしょうか、JR北海道。謎すぎる)

◆電車通りの除排雪が市電の運命を左右する?

観光客が市電を利用する場面は、それほど多くないと思いますが、藻岩山ロープウェーを利用するときは、やはり市電が便利です。
(というか、他にはタクシーくらいしか選択肢がないので)
市電の走る電車通りは、比較的除排雪がしっかりとしているので、意外と市電は冬でも信頼できる交通機関だと思います。

ただ、今回のように除排雪が十分ではない状況があると、たちまち、市電も危険な乗り物と化してしまいます。
市電が走る電車通りは自動車の交通量も多い道ですが、その割に片側一車線道路なので、除排雪が十分ではなく道幅が雪のために狭くなってしまうと、自動車が道路からはみ出して市電の軌道内に入ってしまいます(道路が狭くなっているので当然ですが)。

そんなときは道路も渋滞になりますから、渋滞の自動車の列が市電の軌道を塞ぐ状態となってしまい、こんなときは市電はまったく動くことができません。
だから、大雪の日や、特にその直後などは、除排雪が十分ではないことも想定されるため、市電も動かなくなる可能性を頭に入れておくべきでしょう。

ササラ電車が走ったりして、市電自体はかなり信頼できる乗り物なんですが、路面電車が安心して走ることのできる環境が保たれなければ、いくら優秀な乗り物でも走り続けることはできないですよね。

◆進むも地獄、降りるも地獄の渋滞、路線バス

もっとも渋滞の影響を受けるのが路線バスです。
札幌の冬の渋滞は、雪のために道幅が狭くなってしまうという物理的な状況が、その根底にあります。
それに、路面が凍結していて速度を上げることができないなどの要因が加わるわけですが、ほとんどは平常より狭くなった道路に自動車が溢れている状態というものでしょう。

当然、路線バスは、この狭くなった渋滞の道路を走ることになりますから、定刻通りには動きません。
最初10分程度の遅れだったものが、次々と遅れを積み重ねて1時間遅れとか2時間遅れとかになっていきます。
別ルートに迂回するという裏技もなく、しかも、乗ったら最後、途中で降りるに降りられないという地獄の苦しみを感じることにもなりかねません。
渋滞が予想されそうなときは、地元の人たちもバスをあきらめるか、渋滞のない早朝や深夜の時間帯を選んで利用しているようです。

◆一体どうしたらいいんだ、冬の北海道旅行!

いろいろと冬の北海道の交通リスクについて書いてきましたが、地元の人間として言えることは、このような不便な交通状況も含めて冬の北海道の真実だということです。
観光パンフレットでは冬の北海道の魅力がたくさん紹介されていますが、正直に言って、冬の北海道なんてひどく寒いし、あらゆるものが凍り付くし、道路は凍結して滑るし、吹雪で迷子になってしまう可能性はあるし、日照時間は少ないし、まして交通機関は当てにならないしで、全然暮らしやすい場所ではありません。
ただ、だからこそ感じられる魅力というものもあるわけで、こうしたマイナス面の裏側にある魅力を探して楽しむことが、冬の北海道旅行の楽しさなのではないかと、僕は考えています。

とにかく、欠航上等、運休当然、渋滞日常、そんな交通リスクを考えながら、冬の北海道旅行の計画を立てましょう。


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by kels | 2016-12-29 05:53 | 札幌のこと | Comments(0)

長年札幌に暮らしていてさえ、雪の朝の景色の美しさには感動するくらいだ

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十一時の汽車にて札幌に来る。
小樽より雪尠く、ゴム輪の車通ず。馬橇はやはり沢山あるが。
八重さんにあげる切符を買い、父上の代理にて宮部氏のところを訪ねる。
家移り、北小路というところ、小さい教授連の家らしいもの多くあるところ、
令嬢嫁し、博士全く独り、雇人と暮される由、或感動を与えられた。
樹木多き札幌の雪は、小樽より風情多し。

「日記(1926年2月1日)」宮本百合子(1926年)

樹の多い札幌の街は、殊更に雪化粧が美しいと思う。
長年札幌に暮らしていてさえ、雪の朝の景色の美しさには感動するくらいだ。
生活の不便さと引き換えにある札幌の冬の風景だろう。

ただ、美しい雪景色を見るチャンスというのは、意外と少ないような気がする。
雪が積もると街が真っ白に包まれて、この一面銀世界の都市風景が一番美しい。
しかし、樹木の雪は、いつまでも樹木を白く包み込んでいるわけでもない。

厳寒の季節に降る雪はサラサラとした雪で、樹木や電線には積もりにくい。
強い風でも吹けば、雪はあっという間に飛ばされてしまうから、雪景色は一瞬である。
真冬でも昼近くには気温が上がるから、太陽の光でも浴びると樹上の雪はすぐに溶けてしまう。

結局、美しい雪景色を見ようと思ったら、夜の間に雪の降った翌日の早朝が一番である。
それも多少気温が高くて湿った雪が降った翌朝には、雪が風に飛ばされることもない。
そういう朝が、季節に何度かはきっとある。

今回の大雪は、まさにそんな風景を見せてくれる大雪であった。


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by kels | 2016-12-25 06:45 | 冬のこと | Comments(0)

除雪や排雪システムが行き届かなかった昭和初期の札幌を見ているような気がする

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小樽に下車したときでございました。
十二月のさなかなので町はすっかり雪、この雪のことも、くわしくおしらせしたいのですが、三尺も四尺も雪がつもったら歩けはしまいとおっしゃいましたけれど、立派に歩けますのですよ。
しかも下駄ばきで歩けるのでございます。
そのかわり、雪がすっかりふみかためられて鏡の面のように硬くなっておりますので、氷の上を歩くと同じなのでございます。
はじめて小樽の街でその雪道に出ましたときは、どうにも滑って歩けず、とうとう停車場の前で立往生いたしてしまいました。

「早春箋」辻村もと子(1944年)

朝イチで街に出かける。
今日は4週間に1度の髪を切る日なのだ。

昨日までの大雪はすっかりと止んで、青空が広がっている。
もっとも、積もった雪は街をすっかりと埋め尽くしていて、街の規模が何だか小さくなったような気がする。
自動車が走る道路も歩道も、夏よりずっと狭く小さくなっていた。

ミンガスコーヒーでチーズトーストの朝食を食べてからヘアサロンに向かう。
寒くなってから、ずっと伸ばしていたので、そろそろ切らなければならない。
マッシュショートベースにツーブロックを組み合わせてもらって、かなりさっぱりとした。

髪を切り終わると、もう昼近くになっていたので、地下鉄大通駅の居酒屋「魚力」で昼食を食べる。
この店では、いつも焼いたホッケの定食を食べている。
と言うよりも、ホッケが食べたくなったとき、僕はこの店に来るのだ。

大丸札幌店の「Folli Follie」でクリスマス・プレゼントを購入。

夕方まで時間があるので、南3条の「ムジカホールカフェ」に顔を出してみる。

要予約の季節限定クリスマスパフェを食べることができるという。
この大雪で来店キャンセルとなったお客さんが相次いでいるらしい。
期せずして、クリスマスのパフェを食べることができた。

丸井今井で夕食の食材を買い込み、地下駐車場から自動車を出す。
円山のジェラート専門店「Gelateria cremerice(ジェラテリア クレメリーチェ)に、クリスマスケーキを予約しているのだ。
しかし、大通から円山までは決して簡単な道のりではなかった。

この大雪で街の交通網は大混乱に陥っている。

幹線道路の除雪はどうにか済んでいるものの、寄せられた雪が高く積まれて道路の半分を占領している。
2車線が1車線になっている上、三連休のクリスマスイブで交通量も多い。
東西の通りを中心にして、近年見たことのないような渋滞が、どこまでも続いている。

渋滞を嫌って住宅街の中の小道に入ると、幹線道路以上に道が狭く、自動車がすれ違うこともできない。
幹線道路と並行して走る道まで渋滞しているから、どうにも動きようのない自動車が、あちこちで立ち往生している。
運転席から降りて相談し合う運転手の姿を何度も見ることができた。

結局、通常の数倍・数十倍もの時間を費やして、どうにか帰宅。
除雪や排雪システムが行き届かなかっただろう昭和初期の札幌を見ているような気がした。
ある意味で、貴重な経験だと思う。

願わくば、このような都市機能のマヒ状態が恒常化しないでほしいと思うのだけれど。


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by kels | 2016-12-24 18:21 | 冬のこと | Comments(0)

札幌の街は1966年以来50年ぶりの大雪で都市機能が麻痺しつつあるようだ

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札幌市では23日午後11時現在の積雪が96センチとなり、12月としては1966年以来の大雪になった。
千歳市の新千歳空港では23日夜までに284便が欠航し、過去に例のない6000人が空港内に足止めされ、JR北海道でも特急など計478本が運休して約5万人近くに影響した。
利用客らは「もううんざり」という表情を浮かべた。

毎日新聞(2016年12月24日)

札幌は雪のクリスマスイブの朝を迎えた。
もちろん、ロマンチックな話ではない。
市民生活を直撃しかねない自然災害の話である。

北海道の冬と言えば、雪が降ったり積もったりするのは当然のことである。
ただ、雪は冬の間、均等に降り続けるのではなく、季節の中でも移り変わりを見せる。
雪が多く降るのは1月下旬から2月にかけてで、特にドカ雪というのは2月から3月にかけて降ることが多い。

一定程度の雪が積もったら、道路の端に雪を寄せる「除雪」と行う。
道路の端に積まれた雪は、冬の間にどんどん高く積み上がっていくわけだ。
このままでは、自動車の通行の邪魔だし、なにより視界が悪くなって危険だから、積み上げられた雪をトラックに乗せて遠くへ運ぶ「排雪」が行われる。

このような作業を行うことによって、札幌の市民生活は冬の間も安定的に保たれている。
もっとも、こうした作業は多額の予算を伴うものだから、無計画に行われることはない。
雪の降る時期、積もる時期に合わせて、計画的に実施される作業なのだ。

逆に言うと、計画で想定していない状況に遭遇すると、街はたちまち混乱する。
除雪が間に合わずに市電が全面運休したり、いつまでも排雪作業が行われずに道路が雪に埋もれたままで交通渋滞が恒常化したりする。
交通渋滞は流通を乱れさせ、市民生活を乱れさせる。

それがクリスマスのようなイベント時期に重なると、被害はいよいよ深刻なものとなっていく。
雪との戦いに敗れた時点で、札幌は経済的にも生活的にも破れてしまうという宿命を抱えているのだ。
それだけに、雪害対策は慎重に行われなければならないし、それこそが札幌の街に暮らす者の使命であると、僕は思う。

良い意味でも悪い意味でも、札幌の街に雪は欠くことのできない存在なのだ。


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by kels | 2016-12-24 06:58 | 冬のこと | Comments(0)

随分昔のことだが、深夜の遠軽駅を訪れたことがある

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雪の国の停車場は人の心を何か暗くする。
中央にはストーヴがある。
それには木の柵がまわされている。
それを朝から来ていて、終列車の出る頃まで、赤い帽子をかぶった駅員が何度追ツ払おうが、又すぐしがみついてくる「浮浪者」の群れがある。

雪が足駄の歯の下で、ギユンギユンなり、硝子が花模様に凍てつき、鉄物が指に吸いつくとき、彼等は真黒になつたメリヤスに半纏一枚しか着ていない。
そして彼等の足は、あのチヤツプリンの足なのだ。
――北海道の俊寛は海岸に一日中立つて、内地へ行く船を呼んでいることは出来ない。
寒いのだ!

「北海道の「俊寛」」小林多喜二(1929年)

随分昔のことだが、深夜の遠軽駅を訪れたことがある。
氷点下20℃にもなろうかというほど寒い真冬の夜だった。
僕は札幌に帰る一人の女の子を夜行列車に乗せるために、この駅まで送り届けに来たのだ。

深夜の駅は静かだった。
待合室の真ん中にストーブがあって、やかんのお湯がシャンシャンと沸騰している。
どれだけストーブを焚いたところで、待合室が暖かくなるような夜ではなかった。

ストーブの周りには、4、5人の待合客がいた。
客はどれも中高年の男たちばかりで、みんな身体を崩して眠っていた。
ベンチの上に寝転がっている者もいた。

僕と彼女は切符を購入した後、ストーブから少し離れたベンチに座った。
なんて寒い夜なんだろうと思った。
どれだけ身体をくっつけあっても、二人はいつまでも寒いままだった。

正直に言って、真冬の深夜の駅が、これほどまでに寂しいということを、僕は知らなかった。
ストーブの周りで倒れている男たちを眺めながら、僕は小林多喜二の古い文章を思い出していた。
昭和初期の駅の空想が、頭の中から離れなかった。

「帰りたくない」と、彼女は言った。
あまりにも寂しすぎる別れだと、彼女も感じていたのだ。
列車が到着するまで、まだ時間はたっぷりとあった。

誰も何も言わなかった。
ストーブの上のやかんだけが、シャンシャンと鳴っていた。
部屋はいつまで経っても暖まらなかった。

僕は買ったばかりの切符を持って窓口に行った。
「払い戻しをお願いします」
駅員は何も言わずに、無表情のまま、キャンセル料を差し引いて金を返してよこした。

駅を出ると、夜はいよいよ寒さを増していた。


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by kels | 2016-12-18 07:49 | Snap Short Stories | Comments(0)

小林多喜二には北海道の冬が似合うと思う

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十一月の半ば過ぎると、もう北海道には雪が降る。(私は北海道にいる。)
乾いた、細かい、ギリギリと寒い雪だ。
――チヤツプリンの「黄金狂時代ゴールド・ラツシユ」を見た人は、あのアラスカの大吹雪を思い出すことが出来る、あれとそのままが北海道の冬である。

北海道へ「出稼」に来た人達は冬になると、「内地」の正月に間に合うように帰って行く。
しかし帰ろうにも、帰れない人達は、北海道で「越年(おつねん)」しなければならなくなるわけである。
冬になると、北海道の奥地にいる労働者は島流しにされた俊寛のように、せめて内地の陸の見えるところへまででも行きたいと、海のある小樽、函館へ出てくるのだ。

「北海道の「俊寛」」小林多喜二(1929年)

小林多喜二には冬が似合うと思う。
北国の夏は、格差社会の現実までも覆い隠してしまうくらいに過ごしやすい。
みんな、世の中の格差という現実さえも忘れて、短い夏を謳歌するのだ。

だが、北国の厳しい冬は、誰もが目の前の現実と向き合わなければならない。
突きつけられた寒さと飢えとが、今と明日とを考えざるを得なくしている。
多喜二の文章は、そんな北の人々の現実を容赦なく突きつけてくる。

北海道は、明治以降に開拓された歴史の短い島だ。
この島に渡ってくる人たちは、最初、誰もが過酷な条件の中で生きなければならなかった。
格差社会で原野を切り拓くことはできなかったのだ。

少しずつ街が大きくなって、少しずつ生活が安定してくると、少しずつ格差が生まれ始めた。
開道50年目を迎える頃には、この未開の地であった北海道にさえ、新しい格差が根付いていた。
そして、大正から昭和初期にかけて日本を襲ったデモクラシーの波が、北の果てにまでやってくる。

この「北海道の「俊寛」」は、昭和5年1月9日の大阪毎日新聞に掲載されたものである。
ノート原稿から、前年の12月21日に書かれたことが明らかとなっている。
昭和初期の年の暮れの北海道を描いた短い文章だ。

ハレの正月は、一年の中で最も格差社会を浮き立たせる瞬間かもしれない。
出稼ぎの労働者たちでさえ、故郷へ帰る者と帰れない者とに分けられる。
激しい吹雪と帰郷さえできない正月が、厳しい現実を彼等に突きつけているのだ。

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by kels | 2016-12-18 07:24 | 文学 | Comments(0)

女子学生が大学講師に御礼の手紙を書いたところ、自身のメールアドレスを記した返信が届いた

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遅くなって店を出てみると、まだ降り続いている粉雪に風さえ少しまじって、人通りの疎らになった夜の街は、古いフィルムのようにかすれて煙っていた。
仙子はコートの襟を合せながら、ふと、あの男はこの大雪でも、銀行の前に立っているだろうかと思った。

「凍原」船山馨(1955年)

新しいカフェでコーヒーを飲んでいるとき、隣の大学生の会話が聴こえてきた。
カフェと名乗っているけれど、店内はファーストフード店のように小さなテーブル席が並べられている。
両隣の客の会話が、本を読んでいる自分の耳にも、否応なしに飛び込んでくる。

二人の女性は、同じ大学に通っている学生らしい。
ゼミの仲間たちの話やサークル活動の話で盛り上がっている。
どんな話題でだって盛り上がれる年代なのだろう。

話題は、ふと、ゼミの講師の話になった。
ゼミ生の女子学生が講師に御礼の手紙を書いたところ、自身のメールアドレスを記した返信が届いたのだという。
何でも相談してくださいと、講師からの手紙にはしたためられていたらしい。

「どん引きだよねー」と、彼女たちは笑った。
大学講師の心の奥深くに潜む下心に、彼女たちは実に敏感らしかった。
「やっちゃダメだよね、そういうこと」

昔、僕たちは手当たり次第に女の子たちの電話番号を訊ね、自分の電話番号を配って歩いた。
あるいは、そこから何かが始まるかもしれないと、淡い期待と幻想を抱きながら。
もちろん、彼女たちは、そんな時代があったことなんて何も知らない。

やがて、大学講師はすぐに彼女たちの関心から外れ、話題は人気ドラマの筋書きへと移っていった。
大学講師が、本当に下心を抱いていたのかどうか、それは誰にも分からないだろう。
確かなことは、講師のそんな行為を許すことができないという、彼女たちの潔癖な思いだけだ。

時代が変わった今、僕たちも現代風に生きなければいけないらしい。


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by kels | 2016-12-11 19:57 | Snap Short Stories | Comments(0)

これまで雪で運休したことのなかった札幌市電の歴史が奇跡みたいなものなのだ

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暁方(あけがた)の三時からゆるい陣痛が起り出して不安が家中に拡(ひろ)がったのは今から思うと七年前の事だ。
それは吹雪も吹雪、北海道ですら、滅多にはないひどい吹雪の日だった。
市街を離れた川沿いの一つ家はけし飛ぶ程揺れ動いて、窓硝子に吹きつけられた粉雪は、さらぬだに綿雲に閉じられた陽の光を二重に遮って、夜の暗さがいつまでも部屋から退(ど)かなかった。

「小さき者へ」有島武郎(1918年)

札幌や北海道を舞台にした文芸作品は古今無数にある。
そして、その多くの作品が、北海道の厳しい冬の暮らしを描いている。
北海道らしさを描こうとするとき、冬の凄まじさは決して忘れることのできない、北海道の風土だからだ。

無数の作家が北海道の冬を文章にしたためたけれど、その中で僕は、有島武郎の描く冬が一番好きだ。
特に、「小さき者へ」の冒頭部分にある吹雪の描写は、札幌の冬を簡潔に表現している。
心に沁み入る吹雪の情景だ。

その頃、有島の家は、菊水1 条1 丁目の豊平河畔にあった。
当時は住宅街というよりも、一帯は果樹園だったらしい。
明治の終わり頃のことである。

有島の暮らした住宅は、現在も開拓の村に保存されていて見学することが可能だ。
この住宅の前に立った時、この家がけし飛ぶほど揺れた吹雪の恐ろしさをリアルに想像することができるだろう。
現代のように、寒冷地住宅が十分に研究されてはいなかった時代の話なのだ。

吹雪に閉ざされて昼なお暗い冬の暮らしを、現代の僕たちは上手に思い描くことができない。
暖かい部屋の窓から眺める吹雪は、生命の安全が保証された吹雪だ。
明治時代の吹雪とは、きっと何もかもが違うのだろう。

そんな現代にあって、雪のために市電が終日運休したという事実は、人々をひどく驚かせた。

もっとも、JR北海道なんて大雪のたびに運休している。
鉄道の視点で考えてみれば、明治も平成も人間の非力さというのは、何も変わっていないのかもしれない。
これまで運休したことのなかった札幌市電の歴史が奇跡みたいなものなのだ。

さて、今日は市電、動くのかな?


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by kels | 2016-12-11 07:39 | 冬のこと | Comments(2)

「札幌市電が走らなかった日」~雪の街から

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札幌の町に吹雪が襲来し、小学校ではいそいで学堂を下校させたが、中に一人行方不明になった子があった。
吹雪がやんでから手分けして探したところ、その子は雪の下でランドセルを枕にし、外套をかけて寝ていたので助かったという新聞記事を読んだのは、何年前のことだったろうか。
その記事を読む私の耳には、ひゅうっと空気を切るすさまじい風の音がきこえ、湯けむりのようにもうもうと視界をさえぎる雪の渦巻が見えた。

「ふるさと十二ケ月」森田たま(1967年)

大雪のために、市電が運休している。
札幌市電始まって以来のことではないだろうか。
雪のために市電が動かないなどということは、まったく考えられないことだからだ。

朝、目を覚ますと、窓の外が真っ白で何も見えなかった。
吹雪の日には珍しくない光景である。
いよいよ本格的な冬が始まったのだと、改めて実感させられる。

雪の中、電車通りを自動車で走りながら街に向かう。
除雪がしっかりとしているのか、考えていたよりも路面に雪はなかった。
思ったほど、積雪は多くなかったのかもしれない。

途中でササラ電車とすれ違った。
ササラ電車は、雪の中で一息ついて休んでいるように見えた。
そう言えば、街に到着するまで市電の姿を一両も見なかったような気がする。

買い物をしているときに、ラインが入った。
大雪のために札幌市電が全面運休しているという。
どおりで、まったく市電を見かけないはずである。

それにしても、札幌市電が全面運休するなんて、ただ事ではない。
過去、どれだけの豪雪に見舞われても、市電は走り続けてきた。
雪のために市電が止まることなんてあり得ないと、僕たちは信じてきたのだ。

実際、電車通り界隈の住人になって、もう随分長い時間が経つけれど、市電は常に走り続けていた。
渋滞の自動車が軌道を塞いで電車の通行を妨げることはあっても、積雪のために市電が止まることはなかった。
雪に負けないという関係者の強い思いが、市電の運行を支えていたに違いない。

その札幌市電が走らなかった。
この12月の一日を、僕はきっと忘れることがないだろう。


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by kels | 2016-12-10 17:04 | 冬のこと | Comments(0)

思うに、街歩きというのは、どれだけ夢を見ることができるかということだ

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正月に入ると大阪から、はるばる水島爾保布がやってきた。
雪の札幌を大朝の漫画にするためだという。
まず馬橇にのって丸山公園へ雪見に出かける。
「人間をロシア人にとッかえたら、札幌はこのままロシアの町とまったく変わりがなくなるだろう」
「サニン」の校正をしてくれた彼はそんなことをいって、しきりに面白がっていた。

「因縁生」武林夢想庵(1918年)

かつて、内地の人たちは、北海道に遠いロシアを見たらしい。
札幌が「エキゾチックな街」と呼ばれた、ひとつの理由だろう。
雪景色さえ珍しい内地人には、北海道もロシアも同じようなものだったに違いない。

僕は、札幌の街に、遠い北欧の街を見ることがある。
夏の長い夕暮れや冬の早すぎる日暮れは、どこか北欧の小さな街を思わせるのだ。
中心部から少しだけ離れた、静かな街の片隅で夕暮れを迎えたとき、そんな気持ちがいよいよ強くなる。

思うに、街歩きというのは、どれだけ夢を見ることができるかということだ。
それは、遠い昭和初期の札幌の街でもいいし、遠いフィンランドの小さな田舎町でもいい。
想像力を存分に働かせて、僕は札幌の街に様々な夢を見ている。

そうして街を見ることで、何かしら新しい発見というものがあったりするのだから。


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by kels | 2016-12-04 20:38 | 札幌のこと | Comments(0)