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今年の10月は何だか10月らしくなかったような気がする。

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ああ、マリラ、世界に十月という月のあることが、あたし、うれしくてわまらないわ。
この楓の枝を見てちょうだい。
スリルを感じないこと? ぞくぞくっとしないこと?
あの古い青いつぼにさして、あたしの部屋のテーブルの上に置こうと思うのよ。

「赤毛のアン」L.M.モンゴメリ/村岡花子・訳(1908年)

アンの大好きだった10月も今日で終わり。
今年の10月は何だか10月らしくなかったような気がする。
なにしろ、今年の10月は寒すぎたから。

10月だというのに毎日のように、11月上旬並みとか11月中旬並みとか11月下旬並みの気候ばかり。
本当の10月がどこに行ったのか分からないうちに10月が終わる。
こんな10月もきっと珍しいだろうなあ。

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by kels | 2015-10-31 23:17 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

とにかく僕は、おばけの顔になった女の子と一緒に、カボチャのお菓子を食べている

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生まれてはじめて算術の教科書を手にした。
小型の、まっくろい表紙。
ああ、なかの数字の羅列がどんなに美しく眼にしみたことか。
少年は、しばらくいじくっていたが、やがて、巻末のペエジにすべての解答が記されているのを発見した。
少年は眉をひそめて呟いたのである。
「無礼だなあ」

「葉」太宰治(1934年)

街はハロウィンで賑わっている。
だけど僕は、ハロウィンについて何も知らない。
そもそも昔は「ハロウィーン」ではなかったか。

1983年発行の「日本大歳時記」に「ハロウィン」の文字はない。
当時、ハロウィンはまだ、季節の言葉として定着はしていなかったのだ。
「バレンタインデー」を掲載するのが精いっぱいだったのかもしれない。

結局僕は街に出て「ハロウィン」を観察するしかない。
おばけの仮装行列、カボチャのおばけ、溢れるオレンジ色。
分かったようで分からないような札幌のハロウィン。

とにかく僕は、おばけの顔になった女の子と一緒に、カボチャのお菓子を食べている。
どうしてって、それがハロウィンというものだから。


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by kels | 2015-10-31 22:54 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

2015年、ハロウィンはいよいよ大きなイベントとして、札幌に登場してきた。

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10月31日、札幌の中心部で仮装をした女の子たちの姿を見た。
ハロウィンなのだ。
どうやら、新しい季節の催しが、札幌にも定着しようとしているらしい。

昨年の10月31日の夜だっただろうか。
僕はススキノで仲間たちと遅くまで飲み歩いていた。
混雑する真夜中の交差点に、コスプレをした女の子たちが集まっていた。

「なんだろう」と僕が言うと、誰かが「ハロウィンさ」と言った。
10月31日の夜には、仮装をしてパーティーをするのだという。
札幌にもハロウィンがあるのだと、僕は思った。

2015年、ハロウィンはいよいよ大きなイベントとして、札幌に登場してきた。
明らかに昨年以上に、ハロウィンの熱が札幌の街を包み込んでいる。
仮装をした女の子とすれ違うたびに、僕はそう考えていた。

南一条通りの歩行者天国では、ハロウィンのイベントが開催されていた。
ステージの上では地元のアイドルが踊り、会場には仮装をした女の子たちが集まっている。
誰かが盛り上げようとしているのか、みんなが盛り上がりたいと思っているのか。

イベントの黎明期に特有の初々しさも、いずれ洗練されてしまうのだろうな。


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by kels | 2015-10-31 21:24 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(1)

今年新しく購入した洋服の多くはフランスのものだったような気がする

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全身きれいめな格好に、ヴィンテージのバッグを合わせる。
あるいは、コンバースのスニーカーでハズす。
そんなパリでは小気味良くてセンス良く見える格好が、東京の街中では貧相に映ることがある。

ケイト・モスやシエナ・ミラーを、特に私たちキャリア世代では輩出しづらいのかもしれない。
逆に、パリのカフェなどで、東京での隙のないスタイル、そのままを貫いた人を見かけると、どうにも浮いて見える。
場所には場所によって似合うスタイルがあると、強く思う瞬間だ。

「雨上がりのパリ」雨宮塔子(2011年)

最近はずっとフランスが好きだ。
ある程度の年齢になってからは、きれいめを維持するようにしているけれど、休みの日にまできっちりした格好だと、息がつまるような気がする。
フランスのきれいめは、きれいめの中に適度な抜け感があるようで、不思議とリラックスできる。

何かを意識したわけではなくて、気が付くと、フランスのブランドばかり集まっていた。
清潔感があって、動きやすくて、だらしなくないから、大人にもちょうどよいのかもしれない。
今年新しく購入した洋服の多くはフランスのものだったような気がする。

そんなわけで、最近はフランスに関するエッセイもいろいろと挑戦中☆


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by kels | 2015-10-30 22:58 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(4)

紅葉の写真を撮るならば、撮りたいと思った瞬間がチャンスである

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札幌の街なかにある紅葉さえ、どこか素っ気なく無愛想である。
人に愛されることなど、初めから考えてもいない。
葉が紅くなって枯れて散るのは、わたしの勝手、と言っているようでもある。

よく紅葉は、寒さが急に訪れたときの方が美しいという。
秋が温かいと、色の鮮やかさが落ちると言われている。
だが、これも本州のことで、北海道の紅葉には関係ない。

「北国通信」渡辺淳一(1981年)

この季節は、街の風景がめまぐるしく変わる。
冗談ではなく、紅葉が、日一日と変化しているのだ。
夜のうちに雨でも降ったりすると、景観ががらりと違っていることさえある。

秋が深まるにつれて、街路樹は色づいていく。
そして、あるピークを境にして、街路樹は葉を落とし、どんどん寂しくなっていく。
その移り変わりは、朝と夜とでも違うというくらいに激しいものだ。

だから、紅葉の写真を撮るならば、撮りたいと思った瞬間がチャンスである。
後で撮ろうと思っても、その紅葉が次の機会にもあるとは限らない。
それが札幌の紅葉だ。


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by kels | 2015-10-29 21:36 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

その冬を、どうしても嫌いになれないのが、北海道の人間というやつだ

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俺にはもう「これから」なんてものはないんだよ。
一冬かけて消えるだけさ。
その一冬というのがどの程度長いものなのか、俺にはわからないが、とにかく一冬は一冬さ。

「羊をめぐる冒険」村上春樹(1982年)

この季節になると、「一冬」という言葉の重さに打ちのめされる。
すごく簡単に言って、北海道の冬は11月に始まって3月に終わる。
つまり5か月だ。

12か月のうちの5か月間が冬だという事実。
おまけに、10月は冬への移行期間みたいものだし、4月は冬を引きずったままで過ぎる。
1年の半分は冬みたいなものなのだ、この北海道にとって。

今さら、そんなことで文句を言ってみても始まらないが、「一冬」は言葉では言い得ぬほどに長い。
しかも、北海道の冬は、「長い」うえに「重い」ときている。
もし、もう一言付け加えるとすれば、それは「暗い」だ(笑)

長くて重くて暗い北海道の冬。
その冬を、どうしても嫌いになれないのが、北海道の人間というやつだ。
こればかりは、この街で暮らしてみなければ理解できないだろうな。

熱い紅茶でリンゴのタルトを食べながら、僕はそんなことを考えている。


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by kels | 2015-10-28 20:56 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(4)

だけど僕は、スマホでLOMOと同じ写真を撮ることはできないと思う

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そしてこれがもっとも重要なルールです。
...ルールを気にしないこと!
他人の言うことなんて聞くことはありません。
真実をあなた自身の中に残して、あなたの内なるロモグラフィックな声に従いましょう。
輝く写真はゴールデンルールが全てではないことを決して忘れないで下さい。
あなたの今までの教育、社会性、洗脳、知識、そして学んだこと全て、そして、写真を学んでいないことも全て忘れて、あなた自身のロモグラフィーを発見して下さい。
あなたの心の奥の欲望に自由になって、動きを止めることなく、あなた自身が信じるロモグラフィーを辞めることなく、重要なことにもそうでもないことにも焦点を当て、全ての変化において人生を楽しみましょう。
カメラを手にしていることなんて忘れる位、あなたの目が光る間中ずっと撮り続けて下さい!

ロモグラフィー10ゴールデンルールより

初心に帰って、ということではないけれど、最近の週末はLOMO LC-Aを持って出かけている。
シンプルなフィルムカメラでしか撮れないものを撮ってみようと考えたからだ。
こんなにLOMOを使っているのは、実はかなり久しぶりだったりする。

一眼レフカメラを使うときには、シャッターを切るまでに、いろいろなことを考える。
ところが、LOMOを持つと、どういうわけか考える時間が少なくなる。
何となくの感覚でシャッターを切ることが多くなるのだ。

LOMOの場合、いくら考えても考えたとおりにはならないということがある。
考えたとおりにならないからおもしろいのだ。
そういうLOMOのペースに慣れると、写真を撮る行為そのものが、とても楽しくなる。

スマホでだってLOMOみたいな写真を撮ることができる、と言う。
だけど僕は、スマホでLOMOと同じ写真を撮ることはできないと思う。
フィルムカメラみたいな写真も、トイカメラみたいな写真も、スマホで代用できるものではないのだ。

たまには、思いどおりにならない写真を撮ってみるのも悪くないと思うのだけれど。


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by kels | 2015-10-26 20:24 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

大人の男が読む小説といえば、古いハードボイルドだと、僕は思う。

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彼女は二十歳かそこいらだった。
小柄できゃしゃだが、しんは強そうだ。
淡青色のスラックスをはいていた。
水面を流れるみたいな歩き方だった。
美しい黄褐色の髪は、先端を内側へ巻き込むいま流行の侍童型にはできないほど、短く刈ってあった。
目は濃い灰色で、私を見てもほとんど表情が浮かばなかった。

「大いなる眠り」レイモンド・チャンドラー/双葉十三郎・訳(1939年)

秋はハードボイルドを読むのに適した季節である。
夜は長いし、外は寒いから、部屋の中でじっくりと本と向き合うことができるからだ。
おまけに、夏みたいに通りを叫びながら通り過ぎて行く与太者の声もない。

大人の男が読む小説といえば、古いハードボイルドだと、僕は思う。
古い小説の文章の一つ一つには何かしらの教訓が含まれているし、ハードボイルド小説には現代では失われた男の美学がある。
現代では役に立たないだろう男の美学も、古い小説の中ではリアルに輝いている。

だから僕は秋が深まってくると、古いハードボイルド小説を読むことにしている。
こだわりをもうひとつ言えば、古い外国小説はできるだけ古い翻訳で読みたい。
時代が遠くなるほどに、翻訳は造られた飾りみたいに感じられてくるから。

例えば、レイモンド・チャンドラーの「大いなる眠り」を双葉十三郎が翻訳出版したのは、1956年のことだ。
原作の発表から20年も経ていない時代で、その訳には原作のリアリティがしっかりと息づいていたのではないだろうか。
現在から60年近くも昔のことだから、この翻訳さえ既に古典の仲間入りをしていると言っていい。

秋は古い小説を読むのに適した季節である。
落ち葉やみぞれ交じりの雨が、時の流れを忘れさせるからだ。
一冊の本を読み終える頃には、少しだけ大人になった自分を見つけられるに違いない。


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by kels | 2015-10-25 22:12 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(4)

落ち葉の中に、札幌軟石で造られた古い裁判所の建物がある

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ふと、窓外に目をやったときの紅葉の美しさには驚嘆した。
この建物は、例の旧高裁であるが、とりどりに紅葉した庭木が、軟石造りの重厚で滋味あふれる市資料館を囲んでいるさまは、一幅の絵と言ってよい。
大通公園では、もっとも美しい晩秋の風情ではなかろうか。

「紅葉の風情」木原直彦(1976年)

1970年代、札幌資料館の周囲の紅葉は、非常に美しい光景だったらしい。
当時の文章をもとに、晩秋の札幌資料館を訪ねてみた。
初雪の降る一週間前のことである。

10月中旬の資料館の裏庭は、美しく秋色に彩られていた。
黄色い落ち葉が、裏庭一面を埋め尽くしている。
秋でなければ出会うことのできない風景に違いない。

落ち葉の中に、札幌軟石で造られた古い裁判所の建物がある。
落ち葉と札幌軟石に囲まれていると、一体今がいつの時代なのか、分からなくなる。
とても、ここが札幌の中心部とは思えない静けさがある。

街の中心部に、こんな空間のあることが、いかにも札幌らしいと思った。
そして、この空間は非日常的な空間ではなく、市民の日常的な空間である。
人々の暮らしの中に、古い建築物と季節の移ろいがあるのだ。

おそらく、ここは、1970年代と何も変わっていないに違いない。
そう思った。


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by kels | 2015-10-25 20:19 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

初雪。吹雪。僕にとっての冬が、今日始まった。

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手紙を受け取った翌日、初雪があった。
雪がきて装いを変えた大通りを、私たちはまた二人で歩いた。
私はもう純子を疑ってはいなかった。

「阿寒に果つ」渡辺淳一(1973年)

風の音で目が覚めた。
時計を見ると午前4時過ぎだった。
まるで嵐のように、風が吹き荒れているのだ。

とうとう今年初めての暖房を付けた。
僕にとっての冬が、今日始まったということになる。
今はまだ10月だから、今年の冬は思っていたよりも早いらしい。

コットンの秋コートを着て仕事に出かけた。
みぞれ交じりの雪が降っている。
もう秋のコートでは寒すぎる。

古いビルのオフィスは、予想どおりに寒かった。
10月のうちから寒いと言っているようでは、先が思いやられる。
寒さから逃れるようにして、オフィスを後にした。

冷えた体を温めようと、「アトリエ・モリヒコ」に駆け込む。
熱いダージリンとリンゴのタルトを注文。
窓の外の電車通りは、すっかりと吹雪模様だった。

早起きして眠かったので、帰宅して軽く昼寝する。
昼食後、コタツに入っていると、ついウトウトとしてしまうのだ。
これからの季節、コタツで過ごす時間が増えそうだなあと思った。

午後、札幌ステラプレイスに出かける。
雪が降ったら着ようと思って、秋の初めのうちに買っておいた新しいモッズコートをおろした。
ショート丈だから、本格的に雪が降り積もるようになったら寒いかもしれない。

特段のあてもなくお店を眺めているうちに、オーシバルのコートを発見した。
札幌の真冬も耐えられそうなメルトンのPコートである。
オーシバルとは相性が良いので、こういうコートをみつけると嬉しくなってしまう。

街は、夕方まで雪が降ったりやんだりのひどい天気だった。
夕食後に食べようと、「スターバックスコーヒー」でスコーンを買って帰る。
秋が深まるほどに紅茶が美味しくなっていく。

冬は、これから少しづつ深まっていくことだろう。
雪が降ったり溶けたり、また降ったりを繰り返して。


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by kels | 2015-10-25 19:24 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(2)