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神宮マーケット~札幌パルコ~ごまそば八雲~ダックス

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日曜日の朝、北海道神宮まで出かけた。
今年初めての神宮マーケットが開催されるのだ。
6時30分に会場に到着すると、既にたくさんの来場者でいっぱいだった。

小雨模様だというのに、実に人気のあるイベントである。
今までの中で、一番混雑していたのではないだろうか。
「テンダーハート」で、朝食用のクロワッサンを買って帰る。

午前中に髪を切る。

夏のバーゲンセールが今週から始まるが、その前に必要なものを買っておこうと思った。
考えてみると、夏らしいものをほとんど買っていないような気がする。
6月の天候がイマイチだったからかもしれない。

久し振りに、札幌パルコでゆっくりとショップを見た。
オーチバルの半袖ボーダー、ガイモのエスパドリーユ、ターコイズのビーズネックレス、ゴールドのバングルを購入。
あとは、バーゲンが始まってから、またゆっくりと考えよう。

パルコの「ごまそば八雲」で、鴨セイロの昼食。

丸井今井の「ダックス」で、母親の誕生日プレゼントを購入。
4月から7月まで、家族の誕生日が続くので、毎月誕生日プレゼントを買っているような気がする。
だけど、誰かのための贈り物を探すのって、案外悪くないなと思う。

街の人々の服装は夏らしくなってきたけれど、札幌の気温はイマイチだ。
本当の夏が来るまで、あともう少し時間がかかるのかもしれない。


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by kels | 2015-06-28 20:43 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

サッポロファクトリーの札幌開拓使ジンギスカンビアガーデン

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朝、髪を切りに行った。
ヘッドマッサージをしてもらっていると、隣で店の女の子と客の男性とが、ビアガーデンの話をしていた。
「ノルベサとかファクトリーとか、もうビアガーデンやってるんだよね~」。

僕がファクトリーのビアガーデンに行ったのは、金曜日の夜である。
仕事が忙しくて、なかなか付き合いで出かけることがなくなってしまった。
この日は、実に久し振りの集まりだった。

人気があるのか、最近のビアガーデンは夏より早く営業を始めるところが多い。
実際、この夜も、広いテーブル席には、そこそこに客が入っていた。
北海道の人たちは、外で飲んだり食べたりすることが好きなのだろう。

食べ放題メニューに、豚肉とか鶏肉が入っていて驚いた。
羊肉が高騰して、ジンギスカン食べ放題の業界は大変らしい。
それにしても、ジンギスカンでまさか豚とか鶏とは。

追加注文は好きな肉をオーダーできるが、ラム肉は半人前づつの提供となるらしい。

夏至を過ぎたばかりで、空はいつまでも明るかった。
屋外でジンギスカンを食べるには、よい季節には違いない。
ただし、気温は低くて、夜9時を過ぎると、さすがに落ち着いて飲めなくなった。

帰りは、ブラブラと札幌駅までみんなで歩いた。
気心の知れた仲間と集まるビアガーデンは、やっぱりいいなと思った。
夏が終わるまでに、あと何度、集まれるだろうか。


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by kels | 2015-06-28 19:28 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(2)

病気というのは、不思議なことに休日にやってくることが多いような気がする

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土曜日の夜、と言うよりも、正確には日曜日の午前2時過ぎだった。
胸のあたりの気分が、何となく気持ち悪いような気がして目を覚ました。
気のせいかと思ったけれど、錯覚ではなかった。

猛烈な吐き気がこみ上げてきて、僕は激しく嘔吐した。
昨夜に食べたものを、すべて吐き出してしまったように思える。
ベッドの上で、僕は激しく深呼吸をして、どうにか気持ちを落ち着かせようとした。

しかし、それは終わりではなく、すべての始まりだった。
それから夜が明けるまでの間に、僕は合計7回の嘔吐を繰り返した。
嘔吐は潮の満ち引きみたいに、ゆっくりと行ったり来たりした。

吐くものが何もなくても嘔吐はやってきた。
嘔吐の後には、激しく胃が痙攣し、僕は廊下の冷たいフローリングの上で丸くなった。
体温は38℃を超えていた。

朝一番で病院に行って診断を受けると、「ウイルス性の胃炎」と診断された。
それ以外に診断のしようがないのです、と医者は言った。
とりあえず脱水症状に気を付けることが一番重要らしい。

僕は、とにかく翌日の月曜日には仕事があるから、少しでも症状を軽減してほしいと言った。
医者は、解熱剤と吐き気止めを出してくれた。
明日までに体調が元に戻るかどうかは、運次第ということだったらしい。

日曜日を僕は、とにかくベッドの中で眠って過ごした。
何も食べられなかったけれど、ポカリスエットで水分補給にだけは気を付けた。
体温が39℃を超えたときに、解熱剤を飲んだ。

眠ったり目を覚ましたりを繰り返しているうちに、月曜日の朝はやって来た。
体温は37℃になっていた。
とにかく、これで仕事に行けると思った。

月曜日は、朝から走り回るくらいに忙しい一日だった。
相変わらず何も食べることができず、水分補給だけで夜まで過ごした。
不思議なことに、夜になる頃には、熱はすっかりと平常に戻っていた。

夜遅くになってから、僕は久し振りに蕎麦だけの軽い食事をした。
声が出ない以外は、いつもあまり変わらないような気がした。
少なくとも、朝よりも体調は復活していることは確かだった。

病気というのは、不思議なことに休日にやってくることが多いような気がする。
疲れた体と疲れた心の隙間みたいなものを、病気に狙われるのかもしれない。
強制的に休養を取ることになった、そんな日曜日だった。


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by kels | 2015-06-27 20:13 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(2)

札幌の山鼻公園に童謡「赤い靴」の碑が設置された

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山鼻公園に童謡「赤い靴」の碑が設置された。
札幌市内に新しい文学碑が設置されるのは、久し振りのことのように思う。
こういう明るいニュースは、どんどん歓迎したい。

それにしても、山鼻公園に「赤い靴」と聞いても、ピンと来る人は少ないのではないだろうか。

「赤い靴」の作詞者である野口雨情が、明治後期の一時期に、札幌で暮らしていたことは有名な話である。
当時、雨情は札幌市内の新聞社に勤めていて、函館からやってきた石川啄木とも面会している。
二人は、その後、連れだって小樽市内の新聞社へと転職していく。

札幌で雨情は、岩崎かよという女性と出会う。
かよは、開拓農家となるため、静岡県から留寿都村へと移住した女性だった。
移住の際、3歳の娘きみが一緒だった。

函館に上陸したとき、きみはひどく衰弱していた。
娘を留寿都まで連れていくことは難しいと考えたかよは、函館市内の宣教師に娘を養女として託した。
その後、かよは留寿都で鈴木志郎と結婚するが、開拓農家の生活は非常に厳しく、夫婦は札幌の山鼻地区へと移住する。

市内の新聞社で鈴木志郎と出会った雨情は、その妻である岩崎かよから、函館で別れた娘の話を聞き、童謡「赤い靴」の着想を得たと言われている。
つまり、「赤い靴」の主人公である女の子の母親が山鼻で暮らしていたことが、今回の記念碑設置へとつながっているということらしい。
札幌の小さな歴史にスポットライトが当たったみたいでうれしい話である。

ところで、娘のきみは宣教師に連れられて横浜へ移住するが、外国に渡ることはなかった。
アメリカへ帰国することとなった宣教師は、結核に冒されていたきみを連れていくことができず、東京都内の孤児院へと置いて行くことになるからだ。
残されたきみは、9歳で亡くなったという。

雨情に娘の話をしたとき、母のかよは、娘が横浜の波止場からアメリカへと渡り、幸せに暮らしていると信じていたのかもしれない。
そして、雨情もまた、異国で暮らす少女の幸せを祈っていたことだろう。


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by kels | 2015-06-20 22:29 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(2)

嵐や小波はいくつかあったけれど、僕たちの大いなる夏は続いている

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そうだった。
村上春樹の初めての短編集『中国行きのスロウ・ボート』が安西水丸の洒落たカヴァーで出版されたのは、1983年の初夏のことだった。
僕たちは我れ先にと取り合い、結局、二冊買って、どっちがよけいにボロボロにするか競ったものだ。
あれから三年弱、1986年が明けて早々、その文庫本が出た。
この小さな書物が、新たなどんな思い出を作ってくれるのだろうか。
嵐や小波はいくつかあったけれど、僕たちの大いなる夏は続いている。

「中国行きのスロウ・ボート」中公文庫裏表紙(1986年)

村上春樹の「中国行きのスロウ・ボート」を読み返している。
最近になって、近所の古本屋で見つけてきたものだ。
2008年発行の中公文庫だった。

裏表紙には、本の紹介コメントがあった。
おそらく、普通の小説のものとは少し異なるだろう、ポパイ的で80年代的シャレオツなコメント。
1986年の村上春樹っていうのは、やっぱり、そういうスタンスで扱われていたのだ。

そして、僕のもっとも好きな村上春樹が、この時代の村上春樹である。
ポパイ的で、80年代的シャレオツな幻想と希望を与えてくれた村上春樹の小説。
振り返りたくなったとき、僕はそっとあの頃の村上春樹を手に取るのだろう。





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by kels | 2015-06-20 08:30 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

大人になった今も僕は、自分の居場所を求め続けている

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既に30歳を超えた一人の男として、もう一度バスケットボールのゴール・ポストに全速力でぶつかり、もう一度グローブを枕に葡萄畑の下で目を覚ましたとしたら、僕は今度は何と叫ぶのだろう?
わからない。
いや、あるいは、こう叫ぶかもしれない。
「おい、ここは僕の場所でもない」と。

「中国行きのスロウ・ボート」村上春樹(1980年)

自分の居場所を探すことって、簡単なようでいて、実際はかなり難しいことだと僕は思う。
辿り着いたかと思えば旅の途中だったということなんて、人生には何度でもある。
所詮、人生は終わりのない旅であり、人は一人の旅人に過ぎない。

子供の頃から友達の多い人生だった。
いつでも誰かが僕の隣にいたし、おかげで僕は寂しい思いをすることが少なかった。
いくつかのトラブルや偶発的な事故はあったとしても。

だけど、どれだけ多くの友達に囲まれていても、僕は常に自分の居場所を探し続けていたような気がする。
もっと居心地の良い、もっと満たされる世界。
もちろん、そんな居場所はどこにもなかったけれど。

大人になった今も僕は、自分の居場所を求め続けている。
もっと居心地の良い、もっと満たされる世界。
現状に満足するようになったら、そこで終わりなのかもしれない。


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by kels | 2015-06-20 07:56 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

14日の宵宮が日曜日だったので、中島公園は大変な賑わいだった

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サッポロのお祭りは、六月十五、十六の二日間に行われる。
お祭りといえば、おれたちは、まず見世物を見たり、買い食いしたりすることだと思っていた。
その大好きな見世物は、そのころ、創成川の岸に建ち並ぶのである。

「桐の花」石森延男(1968年)

お祭りの会場が、創成川の岸辺から中島公園に変わっても、祭りの楽しみは見世物と買い食いである。
今年は14日の宵宮が日曜日だったので、中島公園は大変な賑わいだった。
一度、人の流れに乗ってしまうと、脱出することは不可能に近い。

その混雑ぶりこそが、祭りの醍醐味には違いない。
とはいえ、カメラを持って会場入りしたものの、あまりに人が多すぎてスナップ写真どころではない。
お祭りは写真を撮るよりも、祭りそのものを楽しんだ方がよいらしい。


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by kels | 2015-06-14 21:26 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

今は、1分1秒が本当に貴重だ。

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毎日が忙しすぎるから、ちょっとした自由時間も濃厚に過ごせるような気がする。
自由な時間というのは、与えられるものではなく、自ら生み出すものなのだろう。
今は、1分1秒が本当に貴重だ。


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by kels | 2015-06-14 20:02 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

よさこい~もぐら~スタバ~A.P.C~バリスタートコーヒー~札幌まつり

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朝、目を覚ますと青空が広がっていた。
アカシアの白い花の写真は、朝陽の射す青空の日が美しい。
慌ててカメラを持って、アカシアの写真を撮りに出かけた。

アカシアだけ撮ってから帰宅。
朝風呂に入ってから、ヨーグルトとメロンの簡単な朝食を済ませる。
きちんと着替えてから、改めてカメラを持って、街に出かけた。

よさこい期間中なので、街はいつもよりもザワザワしている。
僕は、こういうザワザワしている街が大好きなのだ。
いつもと違う街に、誰もがドキドキしている。

新しいデニムが欲しくてパルコを覗いてみるけれど、なかなか見つからない。
お気に入りのデニムっていうのは、みんなどうやって見つけるのだろう。
試着を繰り返しているうちに、何だか疲れてしまった。

久し振りに、ススキノの札幌ラーメン横丁で昼食。
ラーメン屋でラーメンを食べるのが、そもそも久し振りなのだ。
懐かしい「もぐら」で、大盛りの味噌ラーメンを食べた。

食後のコーヒーは、南2条のスタバで。
目の前がヨサコイ会場で、みんなそっちに行っているせいなのか、店内は空いていた。
日曜午後のスタバが、こんなに空いているなんて奇跡だ(笑)

午後から再びデニム探し。
結局、定番「A.P.C」のPETIT NEW STANDARDを購入。
無事に、デニム問題が解決してよかった(笑)

オープンしたばかりの「BARISTART COFFEE」を覗いてみる。
人気のジャージー牛乳は売り切れだったので、お店のお勧めラテを購入。
札幌で初めてのコーヒースタンドらしいので、今後も期待大だ。

そう言えば、今日から「札幌まつり」が始まっている。
中島公園まで移動して、夕暮れの露店を冷やかして歩いた。
何だかんだと忙しい一日だったなあ。


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by kels | 2015-06-14 19:53 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

土曜の夜のススキノの街には、人が溢れていた。

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土曜の夜のススキノの街には、人が溢れていた。
ヨサコイの季節なのだ。
歩行者天国になった駅前通りの舞台を観ようと、たくさんの人が集まっている。

夜の街が賑わうようになると、札幌はいよいよ夏に突入したという感じがする。
イベントのシーズン。
短い季節だからこそ、札幌の夏には、次々とイベントが繰り返されていくのだ。

僕自身、夜のススキノをこんなふうして歩くのは、実に久し振りのことだった。
札幌特有の長い黄昏が消えていくと同時に、ススキノらしい暗闇が現れてくる。
夕暮れから夜へと変わる街が、僕は一番好きらしい。

人垣の向こう側で、賑やかな音楽が流れて、夜は一層深まっていった。


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by kels | 2015-06-14 19:21 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)