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昭和33年に発行された副読本「札幌のおいたち」

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小学生の頃、学校の授業で、自分の暮らしている街について学習をした。
授業では「副読本」と呼ばれる教科書が使われた。
副読本には郷土の歴史が、とても分かりやすくまとめられている。

だから、僕は札幌の歴史をまとめた副読本が好きで、古本屋で見つけると、つい買ってしまう。
いろいろな時代の副読本を読み比べてみるだけでも、なかなか楽しいものだ。
歴史は変わらないのに、歴史に対する評価は、時代とともに移り変わっていく。

写真は、昭和33年に発行された「札幌のおいたち」。
対象は小学3年生の子供たちで、札幌の成り立ちが非常にわかりやすく紹介されている。

札幌は、北海道で一ばん大きなまちです。
日本では九ばん目です。
札幌にすむみなさんは、まちのようすをいつも見ているので、なんでもよくわかっているように思うでしょう。
けれども何か、ほかのひとにきかれると、あんがいわかっていないようです。
そんなことでは、大札幌の子どもとして、ざんねんなことです。

「札幌のおいたち」井黒弥太郎(1958年)

一読してみると、意外と現代の大人たちでさえ知らないようなことも、多く含まれている。
札幌人としては、覚えておきたいような歴史も多く、いずれ、このブログでも紹介してみたいと思っている。
というか、こういう本は、ぜひとも復刻して、現代の札幌の人々に読んでほしいものだけれど。

札幌の歴史を知らないなんて、大札幌の大人として残念なことです(笑)


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by kels | 2015-03-30 20:42 | 札幌のこと | Comments(0)

大通ビッセにある「きのとやカフェ」でモーニングを食べた

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週末は朝早くから街をフラフラしていることが多い。
街の建物をのんびりと観察するには、やはり人の少ない早朝がいいのだ。
誰にも気兼ねせずに、古いビルの外観をじっくりと観察して回れる(笑)

お腹が空いたら、どこかのお店に入って、簡単な朝食を食べる。
ところで、札幌の街には、意外とちゃんとした朝食を食べさせる店がない。
以前から、ずっと不思議に感じていることの一つである。

駅前に一軒や二軒くらい、朝食を食べさせる食堂くらいあってもいいのにと思う。
多分「そんなニーズはない」ということなのだろう。
せいぜい喫茶店で簡単なパンを食べるのが、札幌の街の朝食というやつである。

だから、札幌のホテルに宿泊するときには、朝食付きのプランにした方が絶対にいい。
どうしても、スタバのサンドイッチを食べたいという人以外は。
ホテルの朝食は、大抵の場合きちんとしているし、コストパフォーマンスも高い。

さて、今日は、大通ビッセにある「きのとやカフェ」でモーニングを食べた。
パンとコーヒーにサラダと卵が付いて、550円である。
のんびりとブレックファストを食べるには、意外と悪くない選択肢かもしれない。

「きのとやカフェ」は、朝8時から営業開始である。
僕のように早朝派にとっては、朝7時から営業しているお店があればいいのにと思う。
それこそニーズがないのかもしれないけれどね。

週末の朝は、こんなふうに一人の旅人になって、札幌の街を歩く。
思ったよりも、知らないことの方が多いのだ、自分の住んでいる街のことって。
だから、どれだけ札幌散策をしても飽きるということがない。

そのうち、美味しい朝食を食べさせる店に巡り合いたいなあ。


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by kels | 2015-03-29 21:54 | カフェ・喫茶店 | Comments(2)

100万人都市という言葉には、190万人都市という言葉以上に、未来への明るい希望があった

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100万人都市・札幌という言葉は、既に懐かしいものになった。
なにしろ、現在札幌の人口は190万人であり、およそ200万人都市と言っても過言ではないのだから。
100万人を超えたと言って騒いでいた時代が嘘のようである。

札幌の人口が100万人を超えたのは1970年のこと。
1968年に創設100年を迎え、1972年の札幌オリンピック開催を目前に控えていた、まさしく激動の時代のことである。
100年だ、100万人だ、オリンピックだと、話題には事欠かない時代だった。

もちろん、日本社会全体が高度経済成長の時代である。
その日本にあってさえ、札幌の盛り上がり方は、今にして振り返ってみても尋常ではなかっただろう。
誰もが明るい未来を信じていたし、輝く将来を信じてやまなかった。

それにしても、明治初期に生まれた札幌が人口100万人を超えるまでに要した時間は約100年である。
その後、50年も経ずして、当時の2倍近い190万人を超えているのだから、100年以降の伸び率の著しいことがよく分かる。
原始林を開拓するのに100年を要したけれど、都市の形が整った後の成長には、さほどの時間を要しなかったということなのだろう。

果てしなく長い平成不況の中で、人口を論じる時代ではなくなった。
日本社会全体で人口減少問題が深刻化している世の中である。
大切なことは人口だけではないということに、世の中が気付き始めている。

僕が知りたいのは、人口が100万人を超えた時代の、この街の熱気のことである。
あの頃の人々が抱いていた熱気やエネルギー、明日への夢や希望は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。
僕たちは途方もない忘れ物を、どこかの時代でしてきてしまったような気がする。

100万人都市という言葉には、190万人都市という言葉以上に、未来への明るい希望があった。


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by kels | 2015-03-26 19:41 | 札幌のこと | Comments(0)

今、僕の集めているものは、紺色の無地のネクタイと白いシャツ。

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フランスの人たちはたった10着の服さえあれば、幸せな暮らしを過ごすことができるらしい。
いいなあ、こういうミニマムな考え方って。
僕の憧れは物を持たない、シンプルでミニマムな生活。

だけど、現実世界の中の僕は、いつでも何かを集めている。
収集癖という名前の病気持ちなのだ、きっと。
何かに固執しているわけではなく、何かを集める行為に取り付かれている。

今、僕の集めているものは、紺色の無地のネクタイと白いシャツ。
そう言うと、みんな笑うのだけれど、紺無地のネクタイと白いシャツは、僕にとって、毎日の暮らしに欠かせないものだ。
それが「集めるべきもの」なのかどうかはともかくとして。

紺色の無地のネクタイは、ネクタイを手がけているブランドであれば、おおよそどんなブランドからも発売されているだろう、永遠の定番のネクタイだ。
ブランドが最初に作るネクタイであり、誰もが最初に絞めるべきネクタイでもある。
一口に紺無地と言っても、グラデーションは実に幅広く、デザインは無限だ。

白シャツについても同じことが言える。
白シャツこそ永遠にして最大のスタンダードであり、オシャレの始まりにして終わりでもある。
襟の形やシェイプ、ボタン、素材感など、こだわればキリのないアイテム、それが白シャツなのだ。

などという勝手な理屈を見つけてきては、せっせと紺無地ネクタイと白シャツを買い集めている。
そして、僕は毎日、白いシャツに紺無地のネクタイを締めて出かけ、みんなは、僕がいつも同じ格好をしていると信じている。
今では、白いシャツと紺無地のネクタイが、僕の制服だ。

こんな暮らしも、ある意味ではシンプルでミニマムな暮らしなのかもしれない。


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by kels | 2015-03-25 21:44 | ファッション | Comments(0)

「10着しか服を持たない」というミニマムな考え方が、僕は好きだ

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「フランス人は10着しか服を持たない」という本を読んだ。
ファッション的な内容なのかと思ったら、フランス人のライフスタイル観がメインで、その中でファッション観についても触れているという構成だった。
まあ、「フランス人の暮らし方ってこんなにすごい!」というスタンスだけれど、それはそれで楽しく読むことができた。

大事なことは、どこの国にも特有の文化があり、特有のライフスタイル観があるということ。
そして、どんな文化やライスタイル観にも、見習うべき点は必ず存在する。
アメリカや日本がダメで、フランスが素晴らしいということではなくで、フランス人の良いところを自分たちの生活の中にも取り入れていこうということだと思う。

そもそも「10着しか服を持たない」というミニマムな考え方が、僕は好きだ。
それは、いつでも同じ格好をしているということではなくて、少ない服をどのように工夫して着回すかという発想につながる。
数を自慢するよりも工夫を誇れる生き方の方が、絶対にカッコイイに決まっている。

ところで、この春の僕はフレンチ寄りになっていて、週末はざっくりとした服装で過ごすことが多くなった。
もともとナチュラル系が好きだから、「ざっくり」にはまると抜け出せないような気がする。
「ざっくり」だけれどルーズになりすぎていないのが、何となくフレンチ。

せっかくだから、この春は10着の洋服に挑戦してみようか☆





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by kels | 2015-03-24 19:48 | 本・雑誌・古書 | Comments(0)

彼女は「ブクブク、ペッしてくださいねー」と言った

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街の歯医者を諦めて、僕は近所の歯医者に行った。
スーパーと同じビルに入っている、庶民的な歯医者だ。
もう夕方だったけれど、院内は子供たちの声で賑わっていた。

街の歯医者と同じことを問診表に書いて、僕は診察室に入った。
歯科衛生士の若い女性が、入念に歯をチェックしている。
やがて、歯医者が現れて、僕の口の中を点検し始めた。

「レントゲンを撮ってみないとわかりませんが」と、彼は言った。
「もしかすると、他にも治療の必要な部分があるかもしれませんが、どうしますか」
「詳しい検査は仕事の落ち着いている時期にしたい」と僕が言うと、彼は頷いた。

「じゃ、今日は被せ物を戻すだけにしましょう」
「やっても意味がありませんか?」と、試しに僕は訊いてみた。
彼は笑って、「落ち着いたら、また来てください」と言った。

やがて施術は終わり、彼は診察室を出て、小さな子供が待っている隣の診察室へと戻っていった。
歯科衛生士の若い女性が、僕の口の中を丁寧に洗浄した。
どうやら、被せ物は無事に元通りになったらしい。

洗浄を終えた彼女は、まるで小さな子供がそこにいるみたいに、「はい、それじゃあ、お口の中、ブクブク、ペッしてくださいねー」と言った。
癒されるんだけど、と僕は思った。
不愉快だった一日がすべて洗い流されたような気がして、僕は診察室を出た。

目があった瞬間、まるで母親みたいな笑顔を浮かべて、彼女は思い切り微笑んでみせた。


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by kels | 2015-03-23 20:10 | Snap Short Stories | Comments(0)

歯医者は驚いたように「被せ物は入れないの?」と言った

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先日、歯医者に行った。
歯医者に行ったことなんて、もう10年以上ないような気がする。
親知らずを抜いたのが最後だったかもしれない。

今回は、昔に作った奥歯の被せ物が、ガムをかんでいるうちに取れてしまったのだ。
痛みがないので、そのままにしておいてもいいような気がしたけれど、やはり、痛くなると困る。
仕事をちょっと抜け出して、街の歯医者へ出かけた。

立派なビルの歯医者だから混雑しているかと思ったけれど、全然客がいなくて、院内は静かだった。
問診表を書くと、すぐに診察室に通される。
口の中を見るなり、歯医者は「いろいろと直さなきゃダメだ」と言った。

取れた被せ物を入れてもらいに行っただけなのに、すごく大掛かりな話になっている。
歯医者はぶっきらぼうに「週に何回来れるんだ」と言った。
仕事が忙しいから、そうそう通うことはできないと言うと、歯医者は、ますます不機嫌そうな表情になった。

「他が悪いんだから、被せ物を戻したって意味がない」と、歯医者は言った。
歯医者に通うなら、きちんと時期を選んで、仕事と調整を図りながら計画的に通わなければならない。
「じゃあ、いいです」と、僕は言った。

歯医者は驚いたように「被せ物は入れないの?」と言った。
「だって、入れたって意味がないんでしょう?」と、僕は言った。
歯医者は少し黙った後で、「その可能性があるということです」と、つぶやいた。

結局、僕は黙って診察室を出た。
受付の女性は、申し訳なさそうに、初診料と診察料を取った。
まるでバカみたいだと、僕は思った。

久しぶりの歯医者だったので、オフィスに近いという理由だけで、病院を選んだのが失敗だった。
もっときちんと事前のリサーチをすべきだったのだ。
少なくとも、歯医者の対する予備知識くらいは、仕入れて。

そして、この話にはまだ続きがある。


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by kels | 2015-03-22 21:05 | 日記 | Comments(0)

原田知世の新譜「恋愛小説」を買ってきた

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原田知世の新譜「恋愛小説」を買ってきた。
短編小説の主人公を演じるように歌う、ラヴ・ソング、カヴァー・アルバム。

公式サイトの紹介は、こんな感じ。

等身大の大人の女性の恋愛を歌うその歌声は、これまでの凛とした輝きと芯の強さはそのままに、奥深い表情を湛えています。
シンガーとして新たな境地に達した絶好のタイミングでリリースする今作は、14年ぶりとなるカヴァー・アルバム。

「大人のラヴ・ソング」をテーマに、ポップス、ロック、ジャズ、ボサ・ノヴァといったさまざまなジャンルのラヴ・ソングから、歌詞を吟味し10曲を厳選。1曲ごとに異なる主人公を、異なる脚本で演じるように歌います。

プロデュース及び楽曲アレンジは、近年の原田知世作品を手掛けるギタリスト/作曲家の伊藤ゴローが担当。
前作のレコーディングやツアーに参加したメンバーに加え、堀江博久、坪口昌恭(東京ザヴィヌルバッハ/DCPRG)、吉野友加(tico moon)といった個性豊かなミューシャンがバックアップ。
ノラ・ジョーンズ「ドント・ノー・ホワイ」のカヴァーでは、作者であるジェシー・ハリスがデュエットで特別参加!

オーガニックでナチュラルなテイストの、大人のためのポップ・アルバムです。

ユニバーサルミュージックジャパンの公式サイトより

受け止め方は人それぞれだと思うけれど、これまで原田知世が好きだった人にとっては、裏切られない内容に仕上がっていると思う。
安定感のあるアルバムというか、いつもどおりというか。
アルバムの最初から最後まで、原田知世らしさ満載で安心した。

個人的には「カバーアルバム」というところに一番惹かれた。
もともと古い曲を現代風にアレンジして表現することが大好きなタイプなのだ。
古い音楽には素晴らしいものが多いし、名曲を今の音で聴きたいという欲求は常にある。

「カバーアルバム」で大切なものは、何よりも選曲だ。
本作の場合、特に「ラブ・ソング」という制約が付いている。
一歩間違うと、たちまち陳腐になってしまう危険性も高い。

ザ・ビートルズ、ノラ・ジョーンズ、ジュリー・ロンドン、ダスティ・スプリングフィールド、メロディ・ガルドー、エルヴィス・プレスリー、マルコス・ヴァーリ、レナード・コーエン。
原曲のアーチストを見ると、こちらも安定のチョイスで安心する。
プレスリーがちょっと意外だったけれど。

「ナイト・アンド・デイ」や「ブルー・ムーン」というスタンダードナンバーも良い選曲だ。
スタンダードナンバーだけで1枚のアルバムを作れてしまいそうだけれど、それではきっとやりすぎなのだろう。
いろいろなジャンルの曲が入っているからこその「短編小説集」みたいなアルバムなのだ。

ジャンルは多様だけれど、アレンジは「オーガニックでナチュラルなテイスト」に統一されているので、最初から最後まで違和感なく楽しむことができる。
太陽射し込む午後の部屋で紅茶を飲みながら「いいなー」と思ったけれど、明かりを落とした夜の部屋でコーヒーを飲みながら聴いてもいい。
原田知世の健康的なボーカルがあってこその安定感なのだろう。

「オーガニックでナチュラルなテイスト」の暮らしが好きな人にはお勧めの1枚(笑)
カフェBGMの好きな方、アコースティックなサウンドで癒されたい方、何だか毎日の暮らしに疲れたなーと感じている方にも。
まあ、原田知世ファンは必携ということで(笑)

当分の間は、このアルバムだけで過ごせそうです☆





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by kels | 2015-03-21 18:47 | 音楽 | Comments(0)

1970年代、「オヨヨ通り」は若者たちの街だった

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ハリネズミ珈琲店は興和産業ビルという古くて小さなビルの中にある。
その興和産業ビルが面する通りは、かつて「オヨヨ通り」と呼ばれた通りだ。
ある世代以上の人たちにとって、「オヨヨ通り」という言葉は、特別な意味を持っているものらしい。

端的に言ってしまうと、1970年代、「オヨヨ通り」は若者たちの街だった。
若い世代の集まる喫茶店や飲食店が、この小さな道の両脇に集まって来ていたのだ。
札幌の1970年代カルチャーを語るとき、「オヨヨ通り」は欠くことのできないキーワードになっている。

若者たちの集合体が新しい街を作り、新しい文化を生み出すことは珍しいことではなかった。
殊に、70年代という時代は、若者たちのエネルギーが常に試されている時代であったのかもしれない。
東京を始めとする全国の都市で、若者たちによる若者たちのための文化が、次々と誕生していった。

「オヨヨ通り」は、そんな時代に生まれた、札幌の若者たちのための街だったらしい。

もっとも、そんな逸話を神話のように残して「オヨヨ通り」は時代の移り変わりとともに消えた。
かつて若者の街だった通りには、無機質なホテルと駐車場だけが並び、そこが人々が集まる街だった時代の名残さえ残してはいない。
通りすぎることも虚しい砂漠のような街。

だが、路地の一角には、かつてこの通りが街だった時代を空想させるわずかな痕跡が見えた。
この通りのかつての賑わいを語り伝えるために残されたかのように建つビル。
それが「興和産業ビル」ではないかと、僕は思った。

今、「オヨヨ通り」が再び復活することはない。
けれども、「ハリネズミ珈琲店」の窓の外に、僕は、1970年代の空が見えるような気がしていた。
僕の知らない「オヨヨ通り」の上に広がる大きな空が。

古いビルが、今、何かを語り伝えようとしている。


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by kels | 2015-03-19 19:31 | 札幌のこと | Comments(6)

毎年のことだけれど、春になると、ボーダーのバスクシャツを着ている

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週末、思い切って装いを春にして出かけた。
気温はまだ低かったけれども、いつまでも冬に縛られたくはない。
というか、用意してある春の服を早く着てみたかったのだ。

屋外を歩き回るのでなければ、春コートでもどうにか過ごせそうな気候。
とは言っても、街はまだまだ冬の装い一色で、北海道の冬の長さを感じさせる。
春はゆっくりとゆっくりと少しずつ近付いてくるのだろう。

毎年のことだけれど、春になると、ボーダーのバスクシャツを着ている。
冬のニットとは違って、同じボーダーでもカットソーは気持ちが春らしくなるような気がする。

今年も、セントジェームスとオーチバルを1枚づつ買い足した。
中でも、ビューティー&ユース別注のオーチバルは、ものすごいお気に入りになりそうな気がする。
この週末に着ただけなのに、同じものをもう少し買い足すべきかどうか悩んでいるくらいだ。

このオーチバルは、白地に極薄い黄色のボーダーが入っている。
黄色がとても薄いので、光の加減によっては、白一色じゃないかと思えるほどだ。
ボーダーが主張しないところが、メチャクチャ気に入ってしまった。

週末は、このカットソーにベージュのフーデッドコートを着て出かけた。
コートがオーチバルなのは、まったくの偶然だけれど、さすがに雰囲気がぴたりと合う。
ボーダーシャツにフーデッドコートなんてカジュアルすぎるかと思ったけれど、全然ラフにならずに気持ちよく出かけられた。

札幌の春は、まだまだこれからが本番で、夏が来るまでは、このオーチバルコンビで過ごせそうな気がする。
いいね、こういう季節の変わり目って。
何をやっても新鮮に感じられるんだから。

雪解けの道がきれいになったら、新しいスニーカーを履いて出かけよう☆


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by kels | 2015-03-17 22:45 | ファッション | Comments(0)