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ONでもOFFでも本当に違和感のない、そんな魔法のバッグがあったらいいな

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最近「コーチショップ」へ行くたびに、メンズトートのコーナーを見ている。
いわゆる「ビジネストート」というやつだ。
ニューヨークの道の名前を付けた「ブリーカー」シリーズ。

このビジネストートは、なんと「ON・OFF兼用」だという。
「オン・オフ兼用」。
なんて素晴らしい響きなんだろう、と僕は思う。

子供の頃から「一粒で何度もおいしい」的な発想が大好きだった。

漫画雑誌の通信販売で買ったのは、様々な機能が一つになっている「サバイバルナイフ」だった。
一枚の薄い鉄板に、ナイフや缶切りなどたくさんの機能が詰め込まれている。
最初に木を切ってみようとしたら、鉄板が折れ曲がり使用不能となった。

大人になって買ったのは、「ビクトリノックス」で有名なスイスのアーミーナイフ。
僕は「フィッシャーマン」という商品を買って、一時期は常に携帯して歩いた。
ただし、ナイフとして使うのであれば、「オピネル」の普通のナイフの方が使いやすい。

初めて買ったプリンターは、スキャナとコピー機が一つになった3機能のやつだった。
まだ、Windows97のころで、この一台で一気にハイテクな機械が揃ったような気がした。
あまりの使いにくさに、すぐにプリンターだけを買い直したけれど。

根が貧乏性だから、僕は多機能なものを求めてしまうのだと思う。
あるいは、少年の本能として、多機能なものに対する憧れを持ち続けているのかもしれない。
ラジオにテレビとカセットレコーダーが付いたラテカセとか、ポケットカメラにラジオが付いた「ラジカメ」とか。

だけど、そんな人生経験から僕が学んだことは「機能はひとつだけでよい」ということである。
多機能は便利だけれど、多機能にこだわりすぎると、本来の機能さえも満足に手に入らないことになる。
本来的な機能を十分に満たしたものこそが本物なのだ。

「ON・OFF兼用」の言葉は、僕にそんな過去の苦い教訓を思い出させる。
ビジネスでもプライベートでも、いずれも満足できる鞄が本当にあるのだろうかと。
下手をすると、それは、いずれの場面でも中途半端なバッグとなってしまいかねないような気もする。

仕事帰りのスーツ姿で持ってみたビジネストートは、どこか頼りなく見えた。
斬新な色を選びたかったのに、黒や茶の方がぴったりと収まって見える。
週末、黒いPコートを着ていたときには、青色のトートがぴったり収まって見えたのに。

ONでもOFFでも本当に違和感のない、そんな魔法のバッグがあったらいいな。


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by kels | 2013-11-30 07:53 | ファッション | Comments(0)

「アトリエ・モリヒコ」でケーキをテイクアウト&季節の珈琲「ノエル」

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「お土産」と言いながら出てきたのは、カフェ「森彦」の珈琲豆とケーキだった。
聞けば、電車通りの「アトリエ・モリヒコ」で買ってきたという。
早速、コーヒーを淹れて、ケーキを食べた。

いろいろな喫茶店にケーキが置いてあるけれど、その中で、僕は「森彦」のケーキが一番好きだ。
もちろん、中途半端な洋菓子屋のケーキより、ずっとおいしい。
おそらく僕は、「森彦」のほとんどすべてのケーキを食べているに違いない。

特別にケーキが好きだというわけではない。
どちらかというと、甘い食べ物は苦手の部類である。
にもかかわらず、コーヒーを飲むときにはケーキを食べたい気持ちになる。

特に、深煎りの強いコーヒーを飲むときには、何か甘いものがあった方がいい。
喫茶店でケーキを食べる習慣が付いたのは、「森彦」へ行くようになってからかもしれない。
そのくらい僕は「森彦」のケーキが好きなのだ。

彼女は、僕が「森彦」のケーキを好きだったことを覚えていたのだろう。

それにしても、「森彦」のケーキがテイクアウトできることは、全然知らなかった。
テイクアウトしたいと思うことは何度もあったから、これはうれしい情報である。
店内が混雑しているときでも、ケーキはテイクアウトできる。

もう随分前に、円山の本店でケーキをテイクアウトできないか、訊ねたことがあるような気がする。
そして、きっとそのときは「テイクアウトはできない」と言われたのだと思う。
以来、「森彦」のケーキはテイクアウトできないものだとばかり思い込んでいた。

珈琲豆は季節のコーヒー「ノエル」だった。
「森彦」が毎年クリスマスの季節になると売り出すコーヒーである。
このコーヒーを、僕はもう何年飲み続けているだろうか。

北の街には雪が降り、いよいよ熱いコーヒーが恋しい季節となった。
そして、それは、コーヒーが美味しい季節ということでもある。
寒いのは苦手だけれど、熱いコーヒーを飲んでいると、ちょっとだけ幸せになれる。


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by kels | 2013-11-30 06:50 | カフェ・喫茶店 | Comments(0)

札幌の冬のイベント「ミュンヘン・クリスマス市」が始まった

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札幌の冬のイベント「ミュンヘン・クリスマス市」が始まった。
ホワイト・イルミネーションと合わせて、札幌は年末までこのイベントで盛り上がる。
クリスマスの似合う街ということなのかもしれない。

仕事を終えた夕方、ピヴォの「コーチ」でプレゼント用のバッグを買うついでがあったので、帰り道に大通公園に寄ってみた。
平日だからそれほどでもないだろうと思っていたら、意外にもそれなりの客で賑わっている。
どうやら観光客も相当数いたようで、さすがに定着した人気イベントだと思った。

気温はそれほど低くなくて過ごしやすい夜だった。
ここ数日で降り積もった雪が大通公園に残っていて、街は既に冬の景色である。
夜のイベントを楽しむには、まさしくぴったりの気候だ。

いろいろとゆっくり見たかったけれど、時間も遅いし、空腹でもあったので、会場を一巡して今夜は終わり。
冬は長いし、これからいつでも訪れるチャンスはある。
いつものように、ロシア雑貨も見てみたいな。


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by kels | 2013-11-29 21:37 | 冬のこと | Comments(4)

今夜 俺の中でさえ 俺の指にとまる俺は一人もいない

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今週に入って、長渕剛とSIONのCDばかりを聴いている。
実に久しぶりのことで、これは僕にとってはかなり良くない徴候である。
心が病んでいるのだ。

昔からストレスが溜まると激しい音楽を聴いて発散する癖があった。
ハードロックやパンクロックばかり聴いていた頃、僕のストレスは相当のものだったのだろう。
大きな音とうるさい音楽で、自分は救われるものだと信じていた。

大人になって、少しずつ大きな音の音楽を聴く機会が減っていった。
今、僕が大江慎也を聴きたい気持ちになったときというのは、ほとんどストレスの臨界点である。
限界が近くなったら、大きな音で爆発させた方がよいこともある。

その代わり、ちょっとしたストレスの発散には、長渕剛とSIONを聴くようになった。
これは意識的に選んだものではなくて、気が付けばそういう習慣が身に付いていたのだ。
大きな音よりも何気ない言葉に反応するようになったのかもしれない。

誰かのためと言い訳して 生きてくためと 目をつむって
まるで本当はすごいやつみたいに 今日をくぐる ふざけた俺だ
カラス鳴いて 夜が明けて 同じ朝に もう違う朝を

誰かを引き出して こきおろしてみても
何かを引き出して ごまかしてみても
今夜 俺の中でさえ 俺の指にとまる俺は一人もいない
カラス鳴いて 日が暮れて 同じ夜に もう違う夜を

「カラス鳴いて」SION(1994年)



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by kels | 2013-11-28 21:42 | 音楽 | Comments(2)

未来は意外と明るいかもしれないし、街は意外と希望に満ちているかもしれない

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札幌駅前通りが変わりつつある。
札幌の中心部であるこの通りには、札幌オリンピックの時代に建てられた建物が多いから、多くは老朽化の問題に悩まされているらしい。
あちこちで改築工事が始まっていて、駅前通りは新しい景観へと生まれ変わろうとしている。

東京にしても札幌にしてもオリンピックの開催が街を大きく変えたという。
あちこちでビルの建設工事が行われ、街は高度経済成長の時代をハード的に実感していた。
今、札幌では、様々な都市計画が進行中だけれども、高度成長という空気感は感じられない。

不景気の時代だから当たり前なんだろうけれど、ハード的に街が生まれ変わろうとしているのに、街はなんだか冷め切っている。
まるで都市計画なんてどこにも存在していないかのように。
街が生まれ変わるとき、僕はもっと街中が熱気に包まれるものだと思っていた。

誰もが新しい街並みに対する大きな期待を語り、未来の建築に対する憧れを抱くものだと思っていた。
少なくとも、僕の知っている歴史の中の昭和というのは、そんな期待と憧れに満ちた時代であった。

道庁前の北3条通りが公園になる。
南大通に新しい大きなビルが建つ。
駅前通に市電が走り、狸小路に停留所が誕生する。

そういう計画が同時進行しているというのに、街は何だか静かで、市民は何だか無関心なのだ。
不景気の時代に疲れきっているのか、街並みの変貌が、もはや市民の関心を惹かない時代となってしまったのか。
あるいは、何かに期待したり憧れを抱いたりすることが、切ない時代だと誰もが信じているのかもしれない。

とりあえず僕は、札幌の街並みの移り変わりを、きちんと観察し続けようと思う。
新しい街並みに対する期待もあるし、未来的な都市空間に対する期待もある。
未来は意外と明るいかもしれないし、街は意外と希望に満ちているものかもしれない。


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by kels | 2013-11-28 20:26 | 札幌のこと | Comments(0)

北海道的カルビーポテトチップスの「やきそば弁当味」

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何か北海道らしい食べ物はないものかとスーパーマーケットの食品売り場をブラブラしていたら、カルビーポテトチップスの「やきそば弁当味」というのを発見した。
「やきそば弁当」は確か北海道でしか販売していないということだったから、これはいかにも北海道的なポテトチップスである。
どう考えても美味しいとは思われなかったけれど、話のタネに一つだけ買ってみた。

最初は北海道限定発売かと思ったけれど、どうやら全国規模で発売しているらしい。
なぜなら、パッケージには「やきそば弁当」についての詳細な説明が記載されているから。
確かに「やきそば弁当」を知らない地域の人たちから見たら、「?」ものかもしれない。

それにしても、こういう商品を全国で販売するっていうのは、「やきそば弁当」がそれくらい人気商品だということなのだろうか。
その割に「やきそば弁当」は、いつまで経っても北海道限定商品のままである。
本体が北海道限定のままで、ポテトチップスは全国発売っていう関係性がおもしろい。

インターネットの普及する前、「やきそば弁当」は北海道限定販売の商品だという話は、都市伝説のように道民の間に伝えられていた。
なにしろ、道内ではメジャーすぎるくらいメジャーなカップ焼きそばなので、北海道限定販売というイメージが、なかなか理解できなかったのだ。
今では、「やきそば弁当」は、北海道限定発売ということ自体が一つの売り物となって、道民人気を強いものにしているような気がする。

さて、カルビーポテトチップスの「やきそば弁当味」は、なんだか懐かしい味がした。
子供の頃に食べた「たこ焼きスナック」と同じ味がする。
焼きそばの味というよりは、ソース味のポテトチップスで、これはまさしく「たこやきスナック」だと思った。

最初から分かっていた結論だけれど、カルビーのポテトチップスは、うすしおが一番で、次にコンソメパンチ、最後にのりしお味である。
僕は食べ物に関しては、とても保守的な人間なのだ。


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by kels | 2013-11-26 23:32 | 食べ物 | Comments(4)

A面とB面さえ間違えなければ、僕はそれぞれの世界において、いつもの僕のままだ。

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多くの人がそうなのかもしれないけれど、ビジネスとプライベートとの距離感が遠すぎる。
ビジネス社会ではプライベートの話題が通じないし、プライベートの場でビジネスの話題を持ち出すことはできない。
僕の中に別の人格を持つ人間が二人いて、ビジネスとプライベートを使い分けているかのようだ。

例えば、今このブログを書いているのは、プライベートの僕だ。
プライベートの僕は、僕の好きなものや僕の好きなことについて、僕の好きなように語ることができる。
ブログの中で、プライベートの僕はとても自由だ。

しかし、ひとたびビジネス社会へ出てしまうと、プライベートの僕は身動きすることができない。
その社会では、プライベートの僕が語りたい様々な物事が封印されている。
ビジネス社会において、プライベートの僕は、おそろしいくらいに不自由なのだ。

オールドノリタケやモダニズム建築や使用済みの外国切手の美しさについて語る機会はない。
人気カフェの季節の珈琲について語ることもなければ、ブルックスブラザーズの新商品について情報交換をすることもない。
昔好きだったSIONのレコードのことや古い二眼レフカメラで撮った写真のこと、山頂で過ごすキャンプの夜のことまで、全てはプライベートの僕の中で封印されている。

そして、同じようにプライベートの生活の中で、僕は、僕のビジネスについて語ることは想定されていない。
昼と夜とが共存できないように、プライベートの僕とビジネスの僕とが同時に登場する場面はない。
レコードにA面とB面があるのと同じことだ。

時々、そんな生活がとても窮屈に思える瞬間がある。
今の僕は、果たしてどちらの僕なのだろうかと、真剣に考え込んでいるときもある。
けれど、僕の中のそんな2面性について、誰も気づいたりはしない。

現代社会というのは、まったく複雑な世界らしい。
A面とB面さえ間違えなければ、僕はそれぞれの世界において、いつもの僕のままだ。
どらちも本当の僕自身だということを知っている僕は、どらちの僕をも否定することができず、2人の僕自身とうまく付き合っていくしかない。

多くの人が同じように悩んでいるのかもしれないけれど。


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by kels | 2013-11-26 22:57 | 随想 | Comments(4)

ジンギスカンのレシピ~タレに付け込んだ羊肉をモヤシと一緒に焼いて食べる

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北海道の郷土料理と言って、真っ先に思いつくのがジンギスカン鍋である。
北海道の郷土料理は、ジンギスカンに始まり、ジンギスカンに終わる。
これはきっと間違いではない。

ただし、これだけ道民の間に浸透しているジンギスカンだが、この細かいレシピは実に多彩である。
ジンギスカンの定義は「羊肉を野菜と一緒に焼きながら食べること」であり、細かい流儀は星の数ほどあるのが実態なのではないだろうか。
だから、一口にジンギスカンを食べると言っても、その内容は時と場所によって、実に様々なのである。

ということで、この冬の間に、北海道に伝わっているジンギスカンのいろいろな食べ方を、実際に紹介してみたいと思う。

本日は、その1回目で、タレに漬け込んだ厚切りの羊肉を、もやしと一緒に食べるというものである。
費用がかからないこともあって、我が家では、この方法のジンギスンカンがもっとも定番である。
また、僕の生まれ育った空知地方では、松尾ジンギスカンを始めとして、タレに漬け込んだ肉を焼いて食べるのがスタンダードだったという事情もあるかもしれない。

調理には、専用のジンギスカン鍋を使う。
カセットコンロで鍋を熱したら、一面にもやしを敷き詰め、その上に羊肉を乗せる。
肉はもやしを通して熱されるので、蒸し焼きのような状態になる。

表面の色が変わったら肉の食べ頃で、個人的にはレアに近い状態で食べる方が好きだけれど、これは個人差があるかもしれない。
もやしは、肉ダレで味が付いているので、あまり焼きすぎないうちに食べる。
肉も野菜も焦がすと美味しくないので、食べる分だけ焼き続けていくと、最後まで美味しい。

ご覧のとおり、食材は味付き羊肉とモヤシだけなので、非常に経済的な料理だ。
このレシピには、具材をいろいろと増やしていくバリエーションがあるので、それはまた別の機会に紹介したい。
純粋に羊肉をたくさん食べたいときには、ぴったりの料理だ。

タレに漬け込んだ羊肉は、「味付きジンギスカン」として、スーパーマーケットの肉売り場に、いろいろな種類のものを売っている。
多くは冷凍されているので、ジンギスカンを食べるときには、あらかじめ、肉を解凍しておかなければならない。
このレシピの最大の注意点は、肉の解凍を忘れないこと、である。

タレにも、メーカーそれぞれの個性があるが、実際にはどれも似たり寄ったりである。
家庭によっては、香辛料や果汁を足したりという一手間を加えるところも多い。
ちなみに、我が家ではレモン果汁を加えるのが定番になっているし、個人的には七味唐辛子を振りかけるのもお勧めである。

ジンギスカン鍋は、肉の脂が飛び散る料理なので、鍋の周りには新聞紙を敷かなければならない。
食事が終わる頃には、この新聞紙が大変な状況になっているから、新聞紙がなかったらと思うと、ぞっとする。
羊肉の匂いが充満するので、真冬でも窓を開けるのが北海道流だ。

昔に比べると、市販の「味付きジンギスカン」は、本当に多くの銘柄が揃うようになった。
スーパーでも安売り商品のレギュラーみたいになっているし、それだけ「売れる」商品ということなのだろう。
各メーカーの味付きジンギスカンを食べ比べるだけでも、しばらく楽しめそうな気がする(笑)


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by kels | 2013-11-25 21:53 | 食べ物 | Comments(8)

今回参考にしたダイエット法は、伊達友美さんの提唱する「伊達式ダイエット」である

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学生時代の体重に戻そうということで、体の絞込みをやって、ようやく体重が学生時代並に戻った。
3か月でマイナス7キログラム、BMIにして約4.0ポイントの減である。
「太り気味の普通体型」だったものが、「やせ気味の普通体型」になったということになる。

こんなに簡単に落とせるのだったら、もっとも早くやっておけばよかったと後悔している。
自己管理をしようとしていなかった自分の精神に、いかに問題があったかが分かるというものだ。
自分への戒めのために、ここ数か月の自己管理法について記録しておきたい。

まず、今回参考にしたダイエット法は、伊達友美さんの提唱する、いわゆる「伊達式ダイエット」である。
考え方は非常にシンプルで、食事の際は野菜から食べるという、糖質コントロール型のもの。
できれば、熱いスープから食べた方が効果はよいらしいので、そのとおりにした。

毎食、味噌汁かスープを飲んでから、野菜サラダを食べ、最後に動物性たんぱく質と白米を食べる。
白米を食べる頃にはそこそこの満腹感がきているから、ご飯を食べ過ぎることはない。
実際に、これで食べる米の量が激減したことが、今回のダイエットのポイントだったと思う。

併せて「スロージョギング」を導入したけれど、こちらはさほどの効果は感じられなかった。
というのも、寒くなってからはジョギングを止めてしまったのだけれど、それでも体重は落ち続けたからだ。
まあ、健康管理のためにもジョギングは楽しいくらいの気持ちで続けた方がよいのかもしれない。

朝食は季節のフルーツのみ、昼食は持参弁当、夜は普通の食事で、できるだけ肉を食べた方がよいらしい。
週に一度は、焼肉でがっつりと食べた(ただし、米は以前よりもずっと減った)。
間食は特に制限しなかったけれど、そもそも、あまり間食をするタイプではないので、参考にはならない。

結局、大きなポイントは「米の量」ということになるが、これは、僕がもともと米好きで、毎食大量の米を食べていたからに他ならない。
食べる米の量を減らせば、黙っていても体重は落ちるものだったわけで、そのことに気が付くと、体重管理は全然難しいものではなかった。
それにしても、食べる米の量は学生時代と何も変わっていないから、これはやはり代謝が落ちているということなのだろう。

問題は、体重は元に戻ったけれど、ボディシルエットは学生時代とはどこか違うということ。
つまり、シルエットは体重やウエストサイズなどといった数字だけの問題ではなかったらしい。
学生時代は筋トレが大好きだったから、やっぱり、筋トレもセットにしなければだめということか。

余談としては、相当のウエスト減をしたため、洋服サイズは完全に合わなくなってしまった。
これからは季節ごとに、今の体型に合ったものを、新たに揃えていかなくてはならない。
それでも、精神衛生的にはすごくよいし、実際に体調もよくなったような気がする。

驚いたのは、ずっと高めだった血圧が、ほぼ正常値に戻ったこと。
数年前に会社の定期健康診断で指摘されてから、時々病院へ通っていたけれど、ここ数か月で驚くくらいに数値が下がっていった。
ある程度の年齢になったら、やっぱり自己管理なくしては気持ちの良い生活っていうのは手に入らないものなのかな。


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by kels | 2013-11-25 21:21 | 随想 | Comments(2)

札幌市時計台は、もう少し札幌市民に近くてもいいんじゃないだろうか

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時計台の前を通ると、大抵の場合、たくさんの観光客がカメラを持って集まっている。
札幌駅からも近く、札幌中心部にあり、ホテルや商業施設も近い。
間違いなく、札幌観光の中心施設であり、観光客の関心の高い観光スポットである。

一方で、時計台はオフィス街の中に忽然と現れるから、観光客の失望度も高いという。
期待が大きすぎるだけに、事前のイメージとの違いが、大きな落差となって現れるのだろう。
時計台はオフィスビルの谷間に挟まれて残る、明治時代の遺構である。

ところで、こんなにも利便性の良い場所にあるにも関わらず、時計台を知らない地元市民は少なくない。
時計台そのものについての認識がないのではない。
時計台の歴史や意義やその内部についてきちんと理解している地元市民は、意外と少ないということだ。

あまりにも観光化されすぎたため、時計台は、逆に札幌市民にとっては敷居の高い施設である。
身近すぎる存在であるが故に、料金を払ってまで内部を見学したいと思う気持ちが弱い。
そもそも、札幌市民に対するアピールは、観光客向けのそれに比べて、それほど高くはない。

僕は市民だけれども、時々料金を払って内部を見学している。
機会があれば、館内の解説みたいなものを聞くこともある。
専門家の話を聞くことは楽しいし、新しい発見も毎回何がしかあるものだ。

解説者は、集まった客に向かって、どこから来ましたかみたいなことを尋ねる。
多くの人たちは観光客で、多くの場合は遠い地方からやってきた旅人である。
札幌市民ですなんて答えると、おかしな顔をされてしまうから、僕はただ黙り込んでいる。

そこは観光スポットであり、札幌市民の来るべき場所ではないのだという空気が、そこにはある。
札幌資料館のように、市民向けギャラリーがあるわけでもなく、全体が完全なる観光施設だ。
まして札幌中心部にある観光施設なので、ドライブがてら出かけてみようなんて考える市民はいない。

もう少し、札幌市民に近くてもいいんじゃないかなと、時々僕は考えている。
こんなに近くにあるのに、まるで外国みたいに遠い場所。
時計台には、そんに施設になってほしくないよな、やっぱり。

かつて、ここが市立図書館だった頃、この建物は間違いなく市民に近い建物だった。
図書館に戻るべきだとは思わないけれど、札幌市民のための時計台であってほしい。
別に、お金の問題だけじゃないとは思うけれど、市民は入館無料とか、何とか工夫できないのかなと思うんだけれど。


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by kels | 2013-11-25 20:30 | 建築 | Comments(4)