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2013年、BSチャンネルがたくさんあることを初めて知った

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部屋にいるときには、あまりテレビを観たりしない。
レコードを聴いているか、ラジオを聴いているか、CDを聴いているか。
いずれにしても、古いステレオコンポがないと生活できないくらいに愛用している。

ステレオに比べると、テレビの稼働率は著しく低い。
地デジ化ということで、エコポイントが付くときに、テレビも買い替えた。
そんなことでもなければ、新しいテレビを買うことなんて、ほぼなかっただろう。

ところで、節電の冬である。
テレビの見過ぎに注意しましょうとか言われても、見過ぎることはない、と思っていた。
我が家のテレビなんて、あるんだかないんだかわからない存在なんだから。

だけど、あまり節電節電と言われているうちに、何となくテレビの存在が気になってきた。
もしかしたら、世の中には自分の知らない素晴らしい番組が、たくさんあるのではないだろうか。
ということで、ほとんど触ったことのないリモコンをいろいろいじっていると、知らない番組が本当に次々と出てきた。

恥ずかしい話だけれど、僕はテレビ番組のことについては、ほとんど無知だ。
ということを初めて知った(笑)
こんなにたくさんのBSチャンネルがあるということさえ、僕はきちんと理解していなかったのだ。

いつの時間でも、どこかのチャンネルで列車の旅の番組をやっている。
フィンランドもあれば、北海道もある。
テレビの情報ってすごいんだなあと、2013年になってようやく気が付いた。

北海道横断の列車の旅が終わったと思ったら、キヤノンのミラーレスカメラで撮り歩く列車の旅が始まった。
こんなことしていたら、音楽を聴く時間も、本を読む時間も、ブログを書く時間もなくなってしまいそうだ。
うーん、テレビは魔物だなあ(笑)


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by kels | 2013-01-31 22:33 | 随想・日記 | Comments(2)

前向きに生きることは、絶対に損にはならない

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「ネガポ辞典」というのがある。

「全国高等学校デザイン選手権大会(通称デザセン)」で第三位に輝いた提案「ネガポ辞典」。
ネガティブな単語をポジティブな単語に変換するユニークなこのAppを考案した札幌平岸高校の3人が紹介します。
デザセン審査員長で放送作家の小山薫堂氏も絶賛する“みんなが元気になれる、心のアプリ”の魅力をぜひ実感してください。

公式サイトより

テレビや新聞などでも話題になるほど、今、彼女たちの活動は注目されている。
そもそも、ネガティブな言葉をポジティヴな言葉へと変換しようとする、逆転の発想は素晴らしい。

悪趣味
自分の世界を持っている

ひきこもり
蝶になる前のさなぎ、戦士の休息

三日坊主
三日間も集中して物事にとりくむことができる

言葉遊び的な要素も多分にあるけれど、本当に大切なことは、物事を受け止める姿勢だと思う。
ピンチになったときに、ピンチをチャンスに変える、その鍵が、ここにはあるのではないだろうか。

少なくとも、前向きに生きるっていうことは、絶対に損にはならないからね。
たとえ、どんな人生であっても。


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by kels | 2013-01-31 20:55 | 随想・日記 | Comments(2)

昭和25年、第1回「さっぽろ雪まつり」が開催された

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札幌は、いよいよ来週から「雪まつり」シーズンを迎える。
その歴史については、ネットでも語られつくしている感があるが、ムードを盛り上げる意味でも、改めて、さっぽろ雪まつりの思い出を振り返ってみたいと思う。
ちょうど手元に「さっぽろ雪まつり30年誌」という本があるので、この本を参考にして過去のさっぽろ雪まつりを見てみよう。

第1回雪まつりは、昭和25年2月18日と19日に開催された。
会場は大通西7丁目のみで、雪像は、札幌東高校、向陵中学校、北海高校、札幌西高校、啓明中学校などが製作した。

当時は、雪像よりもイベントが中心の行事だったという。
例えば、「歌謡コンクール」「タンブリング」「スクエァーダンス」「小学生唱歌大会」「屋外映画」「花火大会」「ドッグレース」などが記録に残っている。

会場にはステージが作られたほか、電飾行燈、投光器、色電球などで賑やかに装飾された。
また、夜には、雪像の周囲で「かがり火」を焚いたという。

まだ、戦後を引きずる時代で、人々は憩いに飢えていたのだろう。
一日の来場者数は5万人で、会場はたくさんの市民で埋め尽くされた。

特に、スクエアーダンスには人気が集中。
氷点下10℃の中、殺到した市民でダンス会場は溢れ、警官30人が整理に当たったものの、押し合う群衆の中、凍結路面で転倒者が出て、わずか30分で中止となった。

また、映画会にも観衆が押し寄せ、映写台が押し潰されたために、こちらも途中で上映中止となったという。

このときのPRポスターは、仔熊の雪像の周りを人々が踊っている図柄で、デザインは商業デザイナーの栗谷川健一が担当した。
ドイツでは同じポスターを毎年使っているという話から、このポスターも第8回まで続けて使われることになったらしい。
個人的にも、ぜひ入手したいポスターのひとつである(笑)
ちなみに、当時のポスターは、羊ヶ丘展望台にある「さっぽろ雪まつり資料館」で見ることができる。

さて、初めての「さっぽろ雪まつり」は、このようにして盛況のうちに終了した。
当時の人々は、このイベントが、現在のように大規模なものへと発展するとは、誰も想像しなかったという。
戦後の暮らしや厳しい冬の生活といった、荒涼とした社会の中で、なんとか市民に明るい話題を届けたいという思いがすべてだったのではないだろうか。

娯楽など何もない時代、人々がいかにこのイベントを楽しみにしていたか。
その気持ちを考えると、「さっぽろ雪まつり」は、しかるべき時代に、しかるべき方法で登場したのだろうと納得させられるのである。


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by kels | 2013-01-30 23:30 | 冬のこと | Comments(2)

IKEAさん、早く札幌へ来てください

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書店に行くと、雑誌コーナーをチェックする。
特に、インテリア関係の雑誌が並んでいる棚は、丁寧にチェックする。
自分の知らない雑誌があったら、宝物でも掘り当てたような気持ちになるのだ。

そういうインテリア雑誌のコーナーを見ていると、「IKEA(イケア)」に関するムック本や特集記事が多い。
北欧大好きニッポン人には、こういう雑誌が売れているのだろう。
実際、こういう雑誌はカタログ感覚で眺められるし、何より夢が詰まっている。

インテリアを買い揃えるのは大変だけれど、雑誌を読みながら夢を見る分にはお金はかからない。
誰かの部屋が紹介されていたりすると、うーん、なるほどと、思わず唸ってしまうこともある。
やっぱり、いいなー、イケア(実物を見たことないけど)。

ということで、問題は、その「イケア」が札幌(北海道)にはないということだ。
北海道に進出という噂はずっとあるけれど、一体いつになったら実現するのだろうか。
やっぱり、「ニトリ」の地元ということが障害になっているのだろうか。

個人的には、「イケア」と「ニトリ」とは、比較対象にはならないと思っている。
インテリアはデザイン性で選ぶものだし、それぞれの個性が全然違うような気がするから。
だから、早く来てください、札幌へ。

おかしな言い方だけれど、チープな北欧インテリアというところに惹かれる。
高級品ではないところに、リアルな北欧を感じるというか。
まあ、こういうのも庶民感覚って言うのかもしれないね(笑)





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by kels | 2013-01-30 21:56 | 雑貨・アンティーク | Comments(6)

安岡章太郎と「サーカスの馬」

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「第三の新人」安岡章太郎が亡くなった。
終戦直後に登場した文学者たちが「第一次戦後派」、その後の時代に登場した文学者たちが「第二次戦後派」と呼ばれたのに対して、安岡章太郎たち、1950年代の前半に登場した文学者たちは「第三の新人」と呼ばれた。
安岡章太郎のほか、吉行淳之介や遠藤周作などが、その代表と言われている。

戦後派が壮絶な戦争体験を文学の根底に持っていたのに対して、第三の新人は、政治的ではない、個人に焦点を当てる作品を世に送り出した。
ともすれば、難解とも称される戦後派の作品に比べると、彼らの作品は、文学史的にもあまり重きを置かれてこなかった。
「第三の新人」という言葉には、現代の「第三のビール」のごとき揶揄があったのかもしれない。

もっとも、安岡章太郎の作品は、中学校の教科書にも掲載されるなど、親しみやすい面を持っていることは確かだ。
教科書作品「サーカスの馬」は、ストレートに伝わりやすい作品だった。

自分に自信の持てない主人公は、ある日、サーカスの馬と出会う。
馬は、とても役立ちそうには見えない、かわいそうな馬だった。
しかし、サーカスの舞台で、馬は見事な芸を見せる。
その馬を夢中で応援しながら、主人公も自信を取り戻していく。
そういう物語だった。

シンプルなストーリーだけれど、自信を喪失しがちな少年少女たちにとっては、勇気を与えてくれる物語だとも思った。
作者の安岡章太郎自身が、非常に辛い少年時代を送っていたことを知ったのは、この物語を読んでから、ずっと後のことだった。
(読売新聞では「劣等生の孤独」と表現している)

物語には、やっぱり希望があってほしいと思う。
読む者を勇気付けてくれる明るい希望があってほしいと思う。
子どもながらに、良い小説だなあと感じていたのは、もうずいぶん昔のことになってしまった。

こういう機会に「第三の新人」の作品を読みなおしてみるのもいいかもしれない。





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by kels | 2013-01-30 20:32 | 文学 | Comments(0)

彼女たちは「札幌で何を食べるか」真剣な討議を行った

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東京から北海道へと向かう飛行機の中。
僕の隣には、女の子が2人座っていた。
完全な静寂の機内で、彼女たち2人の話し声だけが響いている。

僕は二人の話を聞くともなしに聞いていた。
なにしろ、とても眠たかったし、かといって、熟睡するには二人の声は大きすぎた。
まどろみの中、途切れ途切れに彼女たちの声が聞こえてくる、そんな感じだ。

二人はどうやら北海道へ旅行に向っているらしい。
2泊3日の旅行の行程について綿密な計画を協議している。
主にリーダーシップを取っているらしい女の子が言った。

今夜は、ススキノの居酒屋で海鮮丼を食べましょう。
明日の朝食はホテルのバイキングで。
大丈夫、中央卸売市場の朝市は、3日目の朝食で考えているから。
昼は、ラーメン横丁で味噌ラーメン。
夜はジンギスカンでいいよね。
え、スープカレー?
3日目のランチは、お寿司を食べたかったんだけれど。
じゃあ、スープカレーを明日の夕食にして。
となると、問題はジンギスカンをどこへ持っていくかよね。

僕は何度か眠りに落ちては、何度か目を覚ました。
そして、目を覚ますたびに、彼女たちは、札幌で何を食べるかについての真剣な討議を行っていた。
結論はなかなか出ないように思えた。

やがて、飛行機は新千歳空港へ到着した。
仕方ないわね、とリーダーが言った。
続きは海鮮丼を食べながら検討しましょう。

食べ物の話ばっかりかよ!と、僕は思った。
そして、話に参加したい気持ちを必死でこらえた自分を褒めてやりたいと思った。
なんて、うらやましいんだ、旅行者たち(笑)

一緒に付いて行きたかったなあ、ほんとに。


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by kels | 2013-01-29 22:25 | 食べ物 | Comments(2)

将来「文士」になったら骨董について書こう

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「文士」という言葉を現代語に置き換えると「作家」ということになる。
言葉の重みとしては「文士」の方がずっと重いし、職業としての格好良さでは、「文士」の方が絶対的にカッコイイ。

けれども、「文士」という言葉が通用したのは戦後までで、いつの間にか「文士」は古臭い職業というイメージが定着して、やがて使われなくなってしまった。

いつの日か、自分が文壇デビューするようなことがあったら、職業欄には、やっぱり「文士」と書きたいな(笑)

かつての文士は、古美術を愛でる趣味を持つ人も多かった。
手元に「文士と骨董」という本があるけれど、実に様々な文学者たちが骨董についての文章を残している。

ざっと拾っただけでも、志賀直哉、加藤楸邨、井伏鱒二、白洲正子、小林秀雄、青山二郎、大岡昇平、立原正秋、山本健吉、水原秋桜子などなど、実に多様な顔ぶれである。

文学を極める中で、骨董は何がしかの影響を、文士たちに与えていたのかもしれない。
だから、僕も将来、文士になることができたら、骨董についての文章を書いてやろうと思っている。

もっとも、美術品みたいものは何も持っていないから、非常にチマチマとした雑貨についての文章になってしまって、最終的には採用されないものになるような気もする。
まあ、今から、そんな心配をする必要もないのだけれど(笑)

今から二十年ほど前、井伏鱒二氏が、彼をモデルに「珍品堂主人」という作品を書かれた。
ベストセラーで、映画にもなったから、覚えている方は多いと思う。
秦さんのまわりには、文士が大勢いたので、井伏さんはそういう人たちから取材され、私まで呼ばれて何やかや喋ったことを思い出す。

「珍品堂主人 秦秀雄」白洲正子(1981年・『文士と骨董』所収)

文学者の生き様の研究を「文壇史」と呼ぶが、骨董というモチーフからとらえた文士たちの素顔も、また興味深いものである。
文章を書いて、骨董三昧。夢のような生き様だ(笑)




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by kels | 2013-01-29 21:39 | 文学 | Comments(0)

昨日よりも美味しく、先刻よりも美味しく

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夕食後にコーヒーを淹れて飲んでいる。
本当は、毎朝、目覚めのコーヒーを飲みたいところだけれど、残念ながら、そんな時間はない。
だから、コーヒーや紅茶は、平日の夜あるいは週末の楽しみとなっている。

夕食を終えて一休みしたところで、古いコーヒーミルを取り出す。
木で作られた手挽きのコーヒーミル。
電動式の大きな機械が欲しいけれど、古くても手挽きでも使えないことはない。

珈琲豆は3日に1度、近所の自家焙煎の店で買ってくる。
最近は、いろいろなお店の珈琲豆を飲み比べている。
少しずつ店の個性が分かってきたので、今後は段々と絞られていくのだろうと思う。

ミルのハンドルを回しながら、珈琲豆をゴリゴリとする感覚は、やっぱり楽しい。
あるいは、この時間さえも、コーヒーを飲む幸せの一つに数えられるのかもしれない。
ぜひとも、子どもたちの世代にも伝えてほしい珈琲文化だ。

豆を挽いたら、ドリッパーに入れる。
KONO式2人用ドリッパーで淹れると、ちょうどマグカップ2杯分になる。
ボコボコやってる熱湯をコーヒーポットに移して一呼吸置く。

お湯は、できるだけ細いやつを、珈琲粉の中心部にゆっくりと注いでいく。
僕がコーヒーを淹れるときにもっとも神経を使うのは、この細いお湯をキープすることである。
とにかく、可能なかぎり細いお湯を、珈琲粉の中心に向って、ゆっくりと注ぎ続けるのだ。

温めておいたマグカップにコーヒーを入れて、香りを確かめ、ひと口すすってみる。
余計な味が混じっていないことを確かめて、ようやく気持ちはリラックス。
よかった、失敗しなくて(笑)

絶対に大丈夫だと思いながらも、コーヒーを淹れるときは、いつも緊張する。
だって、ちょっと油断すると、たちまちコーヒーの味が変わってしまうんだから。
昨日よりも美味しく、先刻よりも美味しく。

こういう、どうでもいいことにこだわる生き方って、我ながら幸せだと思う。
早く引退して、毎日毎日コーヒーを淹れて暮らしたいなあ。


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by kels | 2013-01-29 19:52 | カフェ・喫茶店 | Comments(0)

生まれて初めて、僕は目に見えない何かに対して強く祈ろう

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「願掛け」という言葉がある。
目に見えない何か偉大なものに対して強く祈るという風習は、「お百度参り」や「千人針」「雨乞い」など、日本では古くから庶民の間で継承されてきた。

強く念じることによって願いが成就すると信じていた庶民の気持ちには、切羽詰った悲壮感さえ感じられることが多い。
多くの伝統的な風習が廃れた現代社会だが、目に見えない何かに対して強く祈るという気持ちは、今も多くの日本人が持っているのではないだろうか。

村上春樹の古いエッセイに、大学受験のときの願掛けに対するエピソードがあった。
村上春樹の大学受験を祈願して、母親が破魔矢を買ってきてくれるのだが、神頼みを信じない村上春樹は、それを折ってしまうという話だったように記憶している。
(内容を確認していないので確かではないが)

これを読んだとき、願掛けを一切気にしたことのない自分自身の話のように感じたものだった。
けれど、今、僕は何かに対して強く祈るという気持ちを、少し理解できるような気がしている。
それは、自分自身の欲望のために祈るということではなく、「誰か他の大切な人のために祈る」という気持ちのことだ。

考えてみると、日本の伝統的な願掛けの多くは、誰か大切な人の無事を祈るために行われてきたものではなかったか。
そう考えると、僕は、目に見えない偉大な何かに対して強く祈るという、非科学的な「願掛け」の意味が、少しは理解できるような気がする。

なぜなら、今、僕は大切な誰かのために強く祈りたいと思っているからだ。
そのために、僕は、何か自分の好きなものを断っても構わないとさえ考えている。
根拠も理屈もない非科学的な話だと思うけれど、せめて、そうすることでしか、僕は自分自身の気持ちを納得させることができないように思える。

だから、せめて一年間だけでいいから、僕は強く祈ろうと思う。
おそらく生まれて初めて、目に見えない何かに対して強く祈ろう。
強く祈ることで新しい道が開かれるのであれば、僕は何だって断つことができるような気がする。

大切な人のことを思うって、きっと、そういうことなんだろうな。
これが自分のためだったら、こんなにも強く祈ったりはできないはずだもの。


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by kels | 2013-01-28 23:04 | 随想・日記 | Comments(0)

なぜか、東京は僕を懐かしい気持ちにさせる

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仕事で東京まで出かけたときには、首都高を利用して都内を移動することが多い。
自由時間はまったくないけれど、自動車に乗って移動している時間だけは、何となく気持ちが落ち着く。
車内でも打ち合わせをしていることが多いけれど、それでも何となく空白の時間帯は生じるものだ。

渋滞気味の高速道路から東京の街を眺めていると、なぜか昔のことをぼんやりと思い出す。
前夜、青山の街で夜更けまで飲み歩いていたときもそうだった。
高いビルに囲まれた街の中を歩きながら、どうしてか僕は、自分が懐かしくて仕方がなかった。

僕は東京生まれでも都会育ちでもないから、東京を懐かしむ理由なんて何一つない。
なのに、なぜか、東京は僕を懐かしい気持ちにさせる。
そして、僕をそんな気持ちにさせる風景は、都会的なビルディングに囲まれた無機質な空間であることが多い。

そんなとき、僕はいつでも「カメラがあればなあ」と思う。
懐かしいと思う風景に出会ったとき、僕はいつでも写真を撮りたいと思うのだ。
そして、そんなときに撮った写真は、後から見ても、やっぱり僕を懐かしい思いへと導いてくれる。
どれだけ新しい街並みへと変貌しても、いや、新しい街へと変貌していくほどに、東京は、僕にとってノスタルジーを与えてくれる街なのだろう。

もしかすると、それは、少年の頃に見た夢を思い出させるからなのかもしれない。
幼い少年の心の中で膨らんでいた東京への憧れのようなもの。
それが、今もまだ僕の中に根付いていて、それが東京を懐かしい存在へと感じさせているのだろうか。

通り過ぎていく車窓の風景を眺めながら、僕はそんなことをぼんやりと考えていた。


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by kels | 2013-01-28 21:47 | 旅行 | Comments(0)