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裏参道の「and coffee」

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日曜日の夕方、円山裏参道にある「and coffee」へ行ってきました。
「裏参道」という言い方も、なんとなく懐かしい雰囲気がありますね。

1980年代後半には、「アートとマーケットのハイセンス・スポット」と呼ばれるくらいに、オシャレなお店が次々と集まり、札幌では先端を走るエリアだと言われていたんですよね、裏参道って。
モダンなデザインの近代ファッションビルが次々に建築されていく中に、「トマトムーン」が堂々と並んでいたりして。

フィンランド雑貨の「Vaasa」が入っているパスバイビルも、そんなオシャレなファッションビルのひとつでした。

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さて、夕方の「and coffee」はなかなかの賑わいで、テーブル席にもカウンター席にも、お客さんが座っています。
カウンター横のテーブル席に座って、「フィンベリーソーダ」をオーダー。

店内のほとんどが一人客なので、人数の割にはお店の中はとても静か。
といって、話をするのがはばかられるわけでもなく、スタッフとお客さんの世間話が、カウンター席から自然と聞こえてきます。

いわゆる、居心地の良い空間というやつが、この店では完成されているようです。


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by kels | 2012-02-29 22:42 | カフェ・喫茶店 | Comments(2)

エドウィン・ダンが競馬場をつくった

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エドウィン・ダンといえば、北海道の「酪農の父」とよばれた偉い人。
しかも、真駒内の中央公園には、功績をたたえた銅像が建てられているほどの人。
そんな人が、またどうして競馬場を!
きっとそうお思いでしょうね。
実はこれには深いワケがあります。

明治9年5月のことです。
ダンは酪農事業の伝習と、馬匹(ばひつ・馬のこと)改良の命をうけて札幌にやってきます。
ところが、そのとき彼が連れてきた馬は、ヒョロリとして弱々しく、乗るのにハシゴが必要ではないかと思えるほど背が高いのです。
ドサンコを見なれた北海道の人々には、たとえその馬がサラブレッドの改良馬であったとしても、これでは頭をタテにはふれません。
これはどうあっても実力のほど、ご披露してみせるしかない!と、ダンが考えたのも当然。

そこで登場するのが、問題の競馬場、というワケ。
北大の構内につくられた競馬場は、一周約800メートル。
現在の札幌競馬場のほぼ半分の規模ですが、ダ円形のれっきとしたもの。
当時国内には、東京、横浜、富山の三ヶ所にしかありませんでしたから、つくるだけでも画期的なことでした。

ところが、疾走方法はというと、現在とは似ても似つかなくて、速歩とか立ち乗りなど、サーカスのような競技がほとんどだったそうです。
しかし、ともかくこれを契機に、日本の馬の改良が進められたのですから、ダンの競馬場もあだやおろそかにはできません。

「広報さっぽろ(豊平区版)1981年3月号・さっぽろ意外史」より


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by kels | 2012-02-29 21:30 | 札幌のこと | Comments(0)

最後の「nano cafe」

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土曜日の夜、自分自身にとって最後の「nano cafe」へ行ってきました。
ガタガタ鳴っているドアを無理やり開けて店内に入ると、女子2人組がおしゃべりに夢中。
入口側のカウンターに腰かけて、ポット紅茶を注文しました。

BGMには、渋いモダンジャズ、なのですが、隣のカラオケスナックの歌声の方が大きくて、ご機嫌なオジサンの歌声が鳴り響いています(笑)
「東京」「岬めぐり」「虹と雪のバラード」、1970年代のフォークソングが延々と続いています。

思わず「水割り」を注文しちゃいそうになりました(笑)

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熱い紅茶を飲みながら、持参した文庫本をゆっくりと読みました。
女子2人組は、相変わらずおしゃべりに夢中。
隣の店のオジサンは「青春時代」を熱唱中。

ドアをガタガタ鳴らして、新たに女子が一人ご来店。
人気の「フレンチトースト」をオーダーしています。
女の子が、一人でふらりと入ってきてコーヒーを飲める夜カフェ。

瞬間湯沸かし器が着火する音。
女の子たちの笑い声と、酔っ払ったオジサンの歌声。
静かに雑誌をめくる音。

まるで、時間が止まっているかのような空間の中で、それでも時間は確かに少しずつ過ぎていったようです。
女子2人組が、それぞれの会計を済ませると、ドアをガタガタ鳴らして店を出て行きました。

隣の店のカラオケも、どうやら一段落したみたいです。
フレンチトーストを待っている女の子が雑誌をパラパラとめくる音だけが、小さな店内に聞こえています。

一冊の文庫本を読み終えて、ポットティーを飲み干すと、僕は席を立ちました。
ドアをガタガタと鳴らして外に出ると、また雪が降り始めています。
隣の店では、ご機嫌なオジサンのカラオケが、再びスタートしたようでした。


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by kels | 2012-02-28 22:57 | カフェ・喫茶店 | Comments(2)

太田和彦「ニッポン居酒屋放浪記(望郷篇)」

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日本全国の居酒屋を飲み歩くという、太田和彦さんの「居酒屋放浪記」シリーズは、各地域の特徴がお酒を通して語られているという、大変におもしろい紀行文です。
「ニッポン居酒屋放浪記(望郷篇)」(新潮文庫・2001年)では、我が街・札幌も登場し、旅行者の目で見た札幌の酒場が綴られています。

札幌市内から少し離れたここ月寒の木立に囲まれた、八紘学園農場にある山小舎風の「じんぎすかんクラブ」は、青々とした草原の起伏が美しく、テラスは風が吹き抜け肉の煙も気にならない。
終戦前、学園理事長・栗林元二郎が満州から持ち帰った鍋で牧場の羊の肉を焼き、客にふるまったのが好評を博し、昭和28年、当時の北海道を代表する政財界マスコミ人の社交機関「成吉思汗倶楽部」が誕生した。
その味は全国的評判となり、会員制倶楽部から一般にも門戸を開いたレストランとして現在に至った。
「これがジンギスカン料理の発祥と言われています」
「ふうん、ここがオリジナルか」
鉄鍋は櫛状に切れ目と筋目が入り、焼けた肉の脂の半分は炭火に落ち煙を上げて肉を燻し、半分は周囲に流れてモヤシやキャベツの焼野菜に風味をつける。

大都市札幌の歓楽街は言わずとしれたすすきのだ。
天婦羅「天一」や鰻「竹葉亭」、そば「よし田」など東京銀座の老舗が支店を出し、今や銀座と変わりがないそうだ。

運転手の話では、すすきのから菊水に移ってきた遊郭は、十年ほど前までは面影が残っていたそうだ。
菊水会館、吟月会館など、単純な作りの大きな家に飲み屋やスナックが割部屋下宿のようにぎっしり入っているのは、厳しい冬対策のためか。

外に出るとススキノ大歓楽街は、人人人ですごいことになっていた。
日立信販、プロミス、サッポロビール、北の誉、、、。
ビル壁面をおおい尽くす巨大なネオンまたネオンは大阪道頓堀もびっくりだ。
歩道では「2年ぶりにインポテンスが直りました」と看板を出したおっさんが♪好きです、サッポロ、とマイクを握り、また一方ではお下げ髪の男が黙々と踊っている。
「ラーメンですかソープですか」
ピンクサロンの呼び込み兄ちゃんがしきりに声をかける。

「ジンギスカンはどこがうまいですか」
「ウーン、、、」
マスターは深々と腕を組み、片手をあごに当てた。
「、、、『さっぽろジンギスカン』か『だるま』か、これは好み分かれますね。これは何とも言えません」

札幌に来てサッポロビール園に来なければはじまらない。
つたの茂る見事な赤レンガの元工場にも、もちろん「赤い星」が鮮やかに輝く。
サッポロビールの前身は官営の開拓使麦酒醸造所で、北極星マークはそれ以来のものなのだ。
工場出来たての「サッポロビール園オリジナル・デュンケル生」は芳香、喉ごし、五味甘辛酸苦
鹹、すべてにおいて最高で、私は日本一うまいビールと断定した。

夕方出かけた「さっぽろジンギスカン本店」は二階建ての工事現場用仮設プレハブで、一階は釣具店だ。
外の鉄階段を上った極めて狭い店内はコンロが並びヤカンが置かれ、まるで飯場だ。
ここで一日四時間しか営業しないという。
やや深めのジンギスカン鍋におかれた白い脂がゆるんでくると赤身の肉が一皿出た。
「あまり焼かなくていいんですよ」
眼鏡の主人は声をかけながら、まな板の大きな肉塊を小さなナイフでせっせと切り分け、よけいな脂や筋をはねている。

札幌といえばラーメンと、昨日から三回食べたけど、脂まみれで胃にもたれうまくない。
タクシー運転手や店など色んな人に、うまいラーメン店を訊いたが、一様に「札幌ラーメンはとんこつ系が入ったり、マスコミに踊らされたりで、今はとてもすすめられない。ラーメン横丁なんて絶対行っちゃダメです。昔の本当の醤油味札幌ラーメンはなくなりました」と言われたのは、そのとおりだった。
札幌ラーメンは有名になりすぎ、すっかり退廃したそうだ。


「さっぽろジンギスカン本店」の風景が、今と全然変わらないのはさすが(笑)

札幌ラーメンに対する厳しい評価が切ないですね。
(あながち間違っていないだけに)


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by kels | 2012-02-28 22:26 | 芸術 | Comments(0)

有明の里にともった電気のあかり

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札幌で初めて電気が実用化されたのは、明治22年。
帝国製麻札幌工場が自家発電装置を電燈に用いたものであった。
2年後の明治24年、札幌電燈社が火力発電による電気の供給を開始した。
当初の利用者は36戸63灯で、ほとんどが官庁と大商店であった。
電気は高価なものではあったが、その便利さが買われて、急速に普及していった。

旧豊平町における電燈の普及は、旧札幌市街に遅れること5年、明治29年であった。

豊平地区の「電燈のつき始め」は、

札幌市街(明治24年)、月寒(明治29年、ただし十五連隊兵舎、一般は明治37年)、平岸・美園(明治29年)、厚別(昭和20年)、西岡・福住(昭和22年)、里塚(昭和23年)、有明(昭和24年)

このように、中心部には比較的早くから電気が普及した一方で、遠隔地域への普及は遅れていた。
町の全域に普及したのは、戦後、月寒の兵舎にあかりがついてから、実に50余年の後である。

「月寒まで来ている電気を、なんとか早くもってきたいというのは、住民の総意でした」と語る高橋岩太郎さん(真栄二番地・80歳)。

「昭和10年ころから、毎年、署名を集めて、厚別産業組合名で電気会社へ陳情しましたが、なしのつぶて。昭和15,6年ころ、私自身も毎日のようにお願いに行きましたが、当時は戦争の混乱期。良い返事をもらえるわけがありませんでした。
昭和20年、終戦後やっと電気会社から通知があり、電柱資材と労力を地元で負担すること、会社の株券を購入することなどを条件に、電気が引かれることになりました。
これが、清田方面へ電気を導く第一歩でした」

高橋さんらの努力は、4年後、有明の里にも、みのりをもたらすことになる。

清田地区に電気が引かれてもなお、有明の里は取り残されていた。
人々があきらめかけていた電気への夢を持ち続けたのは、当時の部落長・川瀬茂吉さん(有明百四十二番地・77歳)であった。

当時を思い出しながら、川瀬さんは、「昭和18年ころから高橋さんたちとともに陳情しましたが、清田地区と同時にというわけにはいきませんでした。
御料林から電柱の切り出しまでして待機していた部落のみんなはがっかりでした」

その後も、川瀬さんらの「有明へ電気を」の陳情は続いた。
手の届くところまで来ている電気への思いを、どうしても断ち切ることができなかったと言う。

陳情を始めてから7年目の夏、川瀬さんに朗報がもたらされた。

「突然の話で、今年中につけると言うんです。
うれしいやらありがたいやらでしたが、困ったのは百万円もの工事負担金でした。
電気がつくのは良いけれど、部落のみんなが負担金倒れするのではないかということが、一番心配でした。
幸いその年の豊作と、みんなの努力が実を結んで、心配は取り越し苦労に終わりました」

真栄からおよそ6キロメートルの電柱架設工事は、部落総出の突貫工事であった。
着工から50日余り、昭和24年の暮れ。
電気のあかりが有明の里にともった。

「おかげで明るい電気の下で死んでいける、と言ってくれた、村の長老の言葉が一番印象に残っています」と川瀬さん。
ランプ生活から最後に解放された有明の里。
そこにかがやいた電気のあかりは、どこにも増して明るかったに違いない。

「広報さっぽろ(豊平区版)1981年3月号」より


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by kels | 2012-02-28 20:27 | 札幌のこと | Comments(2)

「アトリエ・モリヒコ」とオリンパスOM-10

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日曜日の朝、電車通りにある「アトリエ・モリヒコ」へ行ってきました。
青空が広がっていたとはいえ、氷点下の寒い中を歩き回って、すっかり冷え切った体を温めるには、やっぱりホットコーヒーが一番です。

ちょうど10時の開店直後だったこともあり、店内には他のお客さんの姿もありませんでした。
「朝のコーヒー」を注文すると、ほっと一息です。

日曜日の朝に、どうして寒い中を歩き回っていたのかというと、、、

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買ったばかりの「オリンパスOM-10」の試し撮りをしていたからなんです。
ちなみに、一番上の写真も、このOM-10で撮影したものです。

OMシリーズは、「OM-1」と「M-2N」を持っているのですが、初心者用の「OM-10」も使ってみたいと思っていたところに、動作未確認のジャンク品を発見したので、衝動買いしてしまいました。
標準レンズ付きで格安ゲットだったので、本当に使えるかどうかは、実際にプリントしてみるまで分かりませんでした。

結論としては、趣味で楽しむ分には、全然オッケーの可動品で、気軽に一眼レフを使いたいときには、役立ってくれそうです。

好きだというかわりに、シャッターを押した。
オリンパスOM-10、新登場。
これからは気楽に撮ろうよ。



大場久美子さんが懐かしいですね☆


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by kels | 2012-02-27 22:54 | カフェ・喫茶店 | Comments(2)

「札幌ラーメンの作り方」暮しの手帖版(昭和30年)

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1955(昭和30)年発行の「暮しの手帖32」に掲載された「札幌ラーメンの作り方」です。
昭和30年代の札幌ラーメンブームのきっかけとして、この記事は今も重要な位置づけとなっています。

材料
5人前として、支那そば玉5個。
豚生肉50匁。アブラ身少々。
玉ねぎ大1個。もやし。
にんにくのすりおろしたもの茶匙1。
別に、スープの材料。トリのガラ一羽。
玉ねぎ1個、にんじん1個。
野菜なんでも。にんにく一片。

まずスープを用意します。
水を2、3升鍋にとり、この中にスープ材料をあまり切らないように入れて、水からたき上げてスープを作ります。
グラグラ煮たててにごらしてもかまいません。

豚肉はスキヤキのように切ってもらっておきます。
鍋にしょう油を2合ほど煮立て、この中に肉を入れ、中火でゆっくり煮ます。
肉が煮えたら上げて、この中に砂糖茶匙山3杯入れて、とけたら火をとめます。
このしょう油はタレに使うのですが、のこったら野菜の煮ものなどなかなかいいものです。

シナタケノコも好み、甘からく煮ておき、たまねぎを薄切りに、ねぎも小口からミジンに刻みます。
豚のアブラ身をとかしてラードを作ります。

一方でそばをゆでる湯をたぎらしておきますが、こりは深めの鍋、一番いいのはふかし釜です。
二つ一緒だとまざったり、片方がゆですぎたりします。
この中にそば玉をほりこみます。
一たん沈んだ玉が浮き上ったらゆだったのです。
強い火で、よくたぎった湯なら一分とすこしです。
湯がたっぷりの方が、そば玉のカンスイ(ソーダ分)気がよく抜けます。

その前に、丼にタレを1.5勺から2勺(好みで)入れ、ネギのみじん切り、味の素を入れておき、そば玉を釜に入れたら、すぐフライパンを強火にかけ、ラードを流れる位とかし、煙の出る寸前、ジージーいってきたら玉ねぎ、もやし、にんにく(ほんの少し、好みに)を一人分入れ、玉ねぎに火が通ったと思ったら、スープ一合あまり入れます。
ザーッとすぐ煮立ちます。

野菜はそのままフライパンに残し、スープだけ用意の丼に移し(ここまでが約1分間、手早くやってください)ちょうどゆで上った、そばをあみですくって、よくよく水気を切ってから、丼に入れます。
その上に、フライパンに残った野菜、べつに煮ておいた肉、タケノコを乗せます。


以上が、「暮しの手帖」で紹介された札幌ラーメンの作り方の全行程です。
この記事掲載後、全国的に札幌ラーメンへの注目度が高まり、ブームが盛り上がっていくことは、皆様ご案内のとおり。

さて、黎明期の札幌ラーメン、どんな味だったのでしょうか。
次の休みにでも作ってみようかな~。
っていうか、誰か、試してみてください(笑)


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by kels | 2012-02-26 19:22 | 食べ物 | Comments(0)

「暮しの手帖32 札幌のラーメン」

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札幌ラーメンが全国的に有名になったきっかけとして、「暮しの手帖」編集長であった花森安治氏による紹介があったことは、今では有名な話です。
「暮しの手帖32」(1955年)の中にも、「札幌のラーメン」についての記事が掲載されていました。

札幌のラーメンは、そう歴史の古いものではない。
およそは戦後引揚げてきた人たちが、生きるために、はじめた、素人の仕事である。
ほとんどが、屋台であった。
そのなかから、うまい店だけが生き残った。
残ったのは、すこしは店らしくなった。
年期を入れたわけでもなく、一子相伝のむつかしい秘伝をふりまわすわけでもない。
いってみれば、おぼつかない素人の包丁の筈でありながら、しかも、たべて、これくらいうまいラーメンは、よそにはない。
ふしぎである。

札幌のラーメン屋は、申し合せたように、大きな赤い長提灯を、ラーメンと白く筆太に抜いて軒先に下げている。
雪の深い夜、誰かが、入口をあけると、ぼうとあたたかい湯気が、大きく外に動いて、その赤提灯をつつむ。
ついそそられて、いましまった戸に、手をかけてしまうのである。

いちど作ってごらんなさい。
どういう味か、およその見当はおつきになる筈だし、病みつきになる人もある筈である。

実は、この記事は、札幌ラーメンの作り方を紹介しているもので、次のページから見開き2ページで、札幌ラーメンの作り方が詳細に解説されています。

それにしても、「一子相伝のむつかしい秘伝をふりまわすわけでもない」ものこそが、本来の札幌ラーメンなんだということが、伝わってくるような文章です。
まあ、長い歴史の中で、札幌ラーメンもいろいろと変化してきたということなのだと思いますが。

上の写真頁に登場しているラーメン店は、大宮守人さんの「三平」(南七西四)。

札幌ラーメンの作り方については、次の記事でゆっくりとご紹介しましょう。


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by kels | 2012-02-26 18:50 | 食べ物 | Comments(2)

北海道大学写真部の写真展

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青空の午前中、大通公園あたりの写真を撮り歩きながら、札幌市資料館で開催されている北海道大学写真部の写真展を観てきました。
いくつかある展示室を複数使っての展示で、見応えばっちりです。

こういう写真サークルの展示を観て、いつも思うことは、写真っていうのは、本当に撮る人によって撮るものがそれぞれ違うんだなあということ。
自然の風景が好きな人もいれば、街の風景が好きな人もいる。
カラー写真が好きな人がいれば、白黒写真が好きな人がいる。

いろいろな人たちの写真が集まって展示されているから、こういう写真展って楽しいんでしょうね、きっと。

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会場には自分好みの写真もたくさんありました。
僕の場合は、ストリート・スナップが好きなので、ついそういうスナップ写真に目が行ってしまいます。
ちゃんと、こういう写真が好きな人っているんですね。

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本日、一番のお気に入りはこちら(笑)


年度末ということで、いろいろな大学の写真サークルの卒業展示が開催される季節です。
街に写真が溢れているみたいで、なんだか良いですね。


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by kels | 2012-02-26 12:17 | 写真・カメラ | Comments(0)

青春の残像「IN ROCK CAFE」

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社会人になったばかりの頃、いつも通っていたカフェのひとつに「IN ROCK CAFE」があります。
道立近代美術館にも近く、D&DEPARTMENTの向かい側と、文化的な香りのするエリアですが、あの頃は夜ばかり、この店を訪れていたような気がします。
仕事帰りに、自動車でふらっと寄るのに、ちょうど良いお店だったのだと思います。

初めて、「IN ROCK CAFE」を訪れたのは、職場の先輩に連れられてのことでした。
男3人に女1人という、いつものメンバーで、ススキノでしたたかに飲んだ僕らは、その先輩の運転する自動車で、この店まで移動してきました。

既に、真夜中だったような気がしますが、店内にはたくさんのお客さんがいました。
テーブル席に座った瞬間に、スピーカーから流れてきたのは、クラプトンの「レイラ」。
当時、ホワイトブルースにハマっていた僕は、酔いが醒めるくらいに感動したことを覚えています。

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土曜日の午後、僕は久しぶりの「IN ROCK CAFE」で、のんびりと本を読んでいました。
相棒は、懐かしの喜多嶋隆。

古い小説を読みながら、僕はなんとなくあの頃にあったいろいろなことを思い出していました。
青春の残像みたいなカフェ。
僕にとって「IN ROCK CAFE」は、そんな喫茶店のひとつなのかもしれません。


IN ROCK CAFE
札幌市中央区大通西16丁目2-4
12:00~24:00(月曜定休)


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by kels | 2012-02-25 23:33 | カフェ・喫茶店 | Comments(0)