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フォークゲリラ

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暇があると、ギターを持ち出して歌を歌った。
そう言えば、不思議とギターの好きな友人が多かった。
僕は音楽系のサークルに入っていたわけではなく、特にそうした交友関係が広かったわけではなかったから、、おそらく偶然なんだろうけれども、ギターが好きで歌うことが好きだという友人が多かったのだ。

一口にギターが好きだと言っても、音楽の趣味は様々であった。
ブルースの好きな友人がいた。
クラプトンやジミー・ペイジやジェフ・ベックが好きな友人だった。
地下鉄から学校までの道のり、時折一緒になると、彼は最初から最後までヤードバーズの話をしていた。
ヤードバーズは僕も好きだよと、僕は言った。
僕はサンハウスが日本語で訳したヤードバーズの曲から、本当のヤードバーズという音楽に入っていった人間だった。

サンタナの好きな人間がいた。
サンタナのギターは最高だと彼は言った。
小学生の頃、サンタナのギターを聴いていて、俺は勃起した。
官能的なギターだったと彼は言った。
それが本当の話かどうかは僕は知らない。
でも、サンタナの音楽が官能的であるという表現はその通りだと思った。

ストーンズしか聴かない友人もいたし、日本のロックバンドしか聴かない友人もいた。

僕はその頃出会ったばかりの日本の60年代のフォークというのに夢中だった。
60年代の末期に社会的なメッセージを抱えて登場した新しい音楽を、プロテストフォークとか反戦フォークとかアングラフォークとか呼んで、若者たちはみなギターを抱えて歌ったと言われている音楽だった。
新宿公園前広場でのフォークゲリラによって歌われていたような音楽だ。

僕は札幌市内の中古レコードを扱う店で、そうした関係のレコードを少しずつ買い求め、古本屋などで当時のギターブックなどを手に入れて、自分でコピーしたりしてみた。
刺激的な歌詞と素朴なメロディが斬新だった。
社会的な意味よりも、そのスタイルに強く惹かれるものがあった。
僕はいつの間にか何人かの仲間たちと、そうした時代遅れのフォークソングを歌って、時代遅れの時間を過ごすようになっていた。

蒸し暑い夏の夜に、僕たちは街に出た。
ギターを抱えて大通公園やすすきのの路上に座り込むと、心地良い開放感が身体を包んだ。
別に誰かに聴かせたいとか聴いてほしいとかいう気持ちは全くなかった。
僕たちはただ空の下で、あるいは街の中でギターを弾きたかっただけだった。
フォークとは大体そういう音楽だと信じていた。

夜の路上には大抵の場合、何人かの若者たちが歌を歌っているもので、ビートルズやボブ・ディランなどの有名な曲で人目を引きつけてから、自分の持ち歌を歌うというスタイルが多いようだった。
僕たちは誰かに聴かせるためでも何でもなかったから、最初から好きなように好きな歌を歌った。
ほとんどは放送禁止になったような刺激的な歌詞のものばかりだった。
黙っていたって僕たちは注目を集めることになったし、その時代にそぐわない危険な香りのする歌は、新しい時代の人々の目に奇異に映っていたに違いない(もっともな話である)。

それでも時折サラリーマン風の男性が何を思ってか、お金を置いていったりすることさえあった。
そうしたお金で僕たちは酒や煙草や食べ物を買って、好きなようにギターを弾いた。
気楽で日々の生活に困っていないという状況が、僕たちをあんなにのんきにさせていたのだろうとは、当時からわかっていた。

僕はその頃からウディ・ガスリーという人間を知っていたし、シオンというストリート・シンガーも聴いていた。
ただ僕たちは自分を開放したかっただけなのだと思う。
それはコミュニケーションとかメッセージとかいう面倒くさいものではなくて、ただ好きなようにやりたいという、人間としてのわがままだけだったからだ。

今でも僕は当時に買いそろえたレコード盤を時々聴いている。
CDの時代になって、レコードプレイヤーの手入れさえ面倒になってしまったけれども、アナログ盤に針をおろすと、僕の中には当時の様子が浮かび上がってくるということは確かだからだ。
学生時代、僕は相当数のアナログ盤を買い込んだし、相当数の量を売り払ってしまった(生活に困ったときなど)。

それでも、当時のボロボロになってしまったギターを手に取ると、無性に落ち着いた気持ちになってしまうのは性分なのかもしれない。

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by kels | 2008-07-31 21:03 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(2)

ワンダフル・ワールド

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突然、長い休みを取ろうと思いついて、仕事の調整をしてみたら、たった一週間程度の休みを取ることがおそろしく困難だということに、改めて気付かされた。
とにかく我々の人生はモグラの穴掘りのように止まることが許されないらしい。
それでも一度決めたことは引っ込められない性格で、思いつく限りの手段で仕事の調整に挑戦してみる。

ボロボロになった頭と体を休めるには、部屋で静かに音楽を聴くことが一番。
ただし、あまりにも疲れすぎていて、いちいちCDを交換するのも面倒なときには、一晩中同じCDを繰り返し繰り返し聴き続けることになる。
昨夜は、エディ・コクランの「ロックンロール・ヒーロー」、そして今夜はサム・クックの懐かしいリズム&ブルース。

職場の仲間たちで出かけた支笏湖のキャンプの夜。
焚き火を囲みながら人生について話し込んでいるとき、僕はそっとこのCDをかけた。
暗闇の中に溶け込むように流れ始める「ユー・センドー・ミー」を聴きながら、僕はあまりにもできすぎた情景に感動した。
星空と焚き火と友人たちとサム・クック。
年下の女の子たちは、その渋すぎる選曲にちょっと戸惑いながらも、サム・クックの完璧なメロディに酔いしれていた。
そんな夜を思い出しながら、繰り返しサム・クックばかりを聴く夜だ。

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by kels | 2008-07-31 20:50 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

虎杖浜の夜

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虎杖浜というのは胆振管内白老町にある温泉地の名称である。
海に面していて気持ちの良い温泉地であるが、温泉以外にこれといった観光資源がないことから、地味な印象の温泉地となっていた。

大学3年の秋に、20人程度の仲間たちで虎杖浜の一角にある小さな民宿に泊まった。
特別な目的というのは何もなかった。
大学祭の終わった余韻を、あるいは憂さをどこかで発散したいと思っただけだった。

民宿には僕たちのグループの他に、二つほどの家族連れが宿泊していて、僕たちは昼間から風呂に入り、ぼんやりとして時間を過ごした。
青空の下で入る露天風呂というのは、いくらでも入っていられるものである。
他に何もすることがないという理由だけで、僕らはひたすらに風呂に入った。

夕食を終えて、僕たちは与えられた広い和室でお決まりの宴会を開いていた。
仲間たちとは言っても、みなそれぞれにいろいろなトラブルを抱えていることもあって、僕たちは相当に荒れた酒を飲んだ。

仲間内で一人の女の子を巡ってトラブルが起きていた。
一つのカップルが壊れて、女の子は別の男の子と新しい恋を始めていた。
けれども、男の子はまだ彼女との恋を終えることができなくて、3人は青春にありがちなトラブルの中で旅行に参加しているわけだった。

夜の10時を過ぎた頃に、一人の先輩が酒が足りないと言いだし、酔いの少ない僕が自動車を出して買い物に出かけた。
そのとき、新しい恋を始めていた二人が僕と一緒に民宿を出た。
買い物はすぐに終わったけれども、僕らはそのまま虎杖浜の砂浜に出て、しばらく星空を見ていた。

抱えてしまったトラブルの中で、みんな悩んでいたのだ。
僕は年下の2人のカップルを眺めながら、自分がそれまでに経験してきたトラブルについて考えてみた。
考えてみると、女の子と付き合うということはトラブルの連続だったような気がする。
僕らはトラブルを承知で女の子を好きになったし、トラブルは僕らを確実に一歩ずつ大人にしていったのだ。

2時間ほど夜風に吹かれてから帰ると、「酒が足りない」と叫んだ先輩は酔いつぶれ、みな寝床についてしまった後だった。
波の音を聴きながら、僕は隣で小さな寝息を立てている一つのカップルのことを思った。
トラブルは二人を成長させていくのだと信じていた。
やがて、二人は一つの恋を実らせ、そして別れた。

傷だらけに成長してきた彼らを、僕は僕なりの視点で見つめてきたと思う。
それは、僕自身の傷であり、成長であったからだ。

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by kels | 2008-07-29 19:36 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

青春18きっぷの旅

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若い頃は金がなく、時間だけはたっぷりとあったから、青春18きっぷを利用した鉄道の旅をよくやった。
実家が関東にあるから、夏冬の帰省といえば、旅行を兼ねて青春18きっぷを使うのが当たり前だった。

鉄道乗り継ぎの旅なんていうと、なにやらマニアックな感じがして、おそろしく敷居の高いような気持ちになるけれど、鉄道マニアでもなんでもなく、というよりも、ロクに時刻表も読んだことのない僕にだって、北海道から東京まで移動するくらいは簡単なことだった。
とりあえずは全国版の時刻表を買うことから始まって、あとは行きたい場所の駅を通る列車の時刻を調べるだけだった。
真剣になって、最大限に効率良くとか、最長距離を走ろうなんて考えると頭が痛くなってしまうから、宿泊場所に困らない程度に乗り継ぎに気をつければ、たいていの場合はのんびりとした旅をすることができたものである。
昨今のように、「急行はまなす」の自由席獲得競争とか「ムーンライト」の指定席獲得競争なんていうのを見ると、青春18きっぷの旅というのも大変な時代なんだなあと、つくづく思う。

僕は思いつくままに行動することが多かったから、あらかじめ計画を決めて、列車や宿を予約して、スケジュールにしたがって行動するというのが苦手だった。
旅の計画を立てることは、旅の醍醐味のひとつだけれど、多くの場合、計画はその当初で大きな変更を余儀なくされたし、道道の気分に素直に従って移動するというのも、それはそれで楽しいものである。
日が暮れかけて、宿も決まらないときなど、不安な気持ちでいっぱいになるが、それはそれ、その不安さえも旅の醍醐味には違いない。

時間もなく、そのうえ金もないという現在の暮らしから考えれば、あの頃はずいぶんと豊かな旅をしていたんだなあ。

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by kels | 2008-07-29 19:31 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

夏の旅

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思い立ったら、即行動ということで、早速、夏の旅に出るべく準備を始めた。
なにより、まずは仕事を調整しなければならない。
たかだか一週間程度の休みを取るためにも、現代人は多大な労力を費やさなければならない。
その一週間を完全に空白にすることを意識しながら、仕事をバタバタとこなす。

人によっては、旅行客が多い夏を外して、秋にかけて夏休みを取るという考え方もある。
それも理にかなった考えではあるけれど、僕はあくまで「夏の旅」を楽しみたいと思っているから、旅はどうしても夏でなければならない。
北海道の夏は短いから、せいぜいお盆まで、できればお盆の前に遊んでおきたいものだ。

仕事の調整をする一方、遊びのメニューをいろいろと考える。
青春18きっぷを使って内地まで行くのもいいし、道内を鈍行列車で旅するのもいい。
久しぶりに、釣り道具を積んで、自動車で車中泊というのもいいし、テントを背負って、大雪を縦走するという手もある。
古い建物の写真ばかりを撮り歩くというマニアックなメニューもある。
地元の北海道とはいっても、遊びのメニューは豊富にあるから、まずはなにをすべきかということをじっくりと考えるのだ。
もちろん、どんな形にしたって、カメラを忘れてはならない。
夏の旅の思い出は、カメラによって一層鮮やかなものとなるものなのだ。

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by kels | 2008-07-29 19:15 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

トイデジ日和

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週末は久しぶりの青空で、久しぶりのトイカメラ日和だった。
青空が久しぶりだったので、いろいろと撮りたいものをたくさん撮って回った。
持ち歩くのも久しぶりだったキーチェーンカメラのVQ1005でも、街の風景をパチリパチリ撮りまくる。

実際、街のスナップ写真を撮るにしても、このくらい存在感のないカメラというのもすごい。
たとえ、かまえて撮ったにしても、誰も写真を撮っているなんて信じないのではないだろうかという稀薄な存在感には脱帽する。
もともとファインダーなんて存在しないようなものなので、僕は胸のあたりでブレないようにじっくりと構えて、シャッターを押すようにしている。
シャッターを押してから2秒間くらいは動けないから、その間、じっと息を殺しているのだ。
当然、動くような被写体には不向きだけれど、逆に、被写体の動きを予測してシャッターを押す楽しみ方もある。

100%ノーファインダーだから、構図にあれこれと苦しまないのも、このカメラの優れた点である。
ファインダーしろ、液晶画面にしろ、四角い枠があると、ついいろいろと構図のことを考えしまいがちだけれど、街のスナップでは構図よりもその場の空気を大切にしたい。
となると、究極はやはりノーファインダーでの撮影ということになる。
その場の空気を切り取ったノーファインダーの写真には、その場の空気がきちんと反映されているものだと信じたい。

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by kels | 2008-07-28 19:55 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(2)

アウトドア雑誌

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アウトドアのホームページをやっていた頃は、いろいろな方面からいろいろなことを頼まれたりしたけれど、その中で、雑誌の記事と写真を任されるというのが結構楽しい仕事だった。
ほとんど無報酬に近い仕事だったけれど、こっちも趣味みたいなことを書いたり撮ったりしていたから、十分に楽しませてもらったと思っている。

アウトドアの中でも、一応釣りをメインにしていたから、道内各地の釣り情報と自然保護の状況みたいなことをテーマにしていた。
観光振興を中心に考える地元の人や釣りの愛好家にとっては、おもしろくない記事も多かっただろうと思う。
(たとえば、ニジマスの放流は在来生態系に良くないからやめましょう、みたいな)
どうせ、部数の少ないローカル雑誌だったから、あんまり影響はないんだけど。

でも、そうやって物事をじっくりと考えたり、自分の知らないことを勉強したり、実際にフィールドに出て取材したりという一連の作業は、いろいろな仕事に共通するなあとつくづく思う。
今は趣味で街に出るだけで、十分楽しいんだけれど。

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by kels | 2008-07-28 19:35 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

夜逃げする人々

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札幌で暮らしていると、実にいろいろな人間に出逢うことができた。
その頃、僕は大学を卒業して人並みにサラリーマンをしていたのだけれども、札幌の中心部を流れる豊平川にほど近い平岸という街に部屋を借りていて、独り暮らしをしていた。
アパートは一階部分が個別の車庫になっていて、2階3階部分が居住空間だった。
同じ形状のアパートが二つ向き合うように建っていたから、部屋のドアとドアが向かい合い、車庫と車庫とが向かい合う恰好となっていた。

僕の部屋は3階にあったのだけれども、ちょうど真向かいには記憶に深い2人組の男性が住んでいた。
彼らのうちの一人は僕と同じか少し上くらいの年齢で、もう一人の若い男の子から、いつも「アニキ」と呼ばれていた。
僕が彼らと会うときには必ずといって良いほど派手な服装をしていて、一見して彼らが真っ当な商売をしている人間ではないことを知らせてくれた。
銀色のネックレスとロレックス(だと彼は言っていた)の腕時計が、彼のトレードマークだった。
本当のところ、僕と彼らとの間に接点なんていうものは何一つなくて、僕らは普通の都会に住む住人たちのように、言葉一つ交わすことなく生活していくはずだった。

けれども、僕らは否応なく接点を設けることになっていた。
それは、彼の自慢の自動車がいつも僕の車庫の入り口辺りに駐車されていたためで、そんなとき僕はいつもクラクションを鳴らして、彼のローレルを移動してもらわなければならなかった。
僕がクラクションを鳴らしていると、彼はいつも屈託なく笑い、「悪い悪い」と言いながら自動車を移動させた。
彼にとってクラクションを鳴らされて自動車を移動させることは、そんなにも苦ではない様子だった。

そんなふうにして、僕らは少しずつ言葉を交わすようになった。

良く晴れた日曜日に、彼らは時々冷蔵庫を洗っていた。
彼らが冷蔵庫を洗うときには、必ずドアの外に冷蔵庫を持ち出して、ホースで引っ張ってきた水をじゃぶじゃぶ流して洗うのが常だったから、彼らが冷蔵庫を洗っていることはすぐにわかった。
それにしても、どうして冷蔵庫をそんなに頻繁に洗わなくてはならないのかは、僕には良く分からなかった。

ある日、僕は朝マズメの釣りをするために、午前2時頃に部屋を出た。
僕の車庫の入り口には、いつものようにローレルが駐車されており、一瞬僕は躊躇した。
そんな夜中に自動車のクラクションを鳴らすわけにもいかなかったからで、仕方なく僕は彼らの部屋のドアをノックすることにした。
部屋を何回かノックしたみたけれども、反応がなく、これは眠っているに決まっていると僕は思った。
けれども、部屋の明かりがついていることだけは分かっていたから、僕は思いきって部屋のドアを開けてみた。
すると、そこには何人かの男女が雑魚寝の状態で熟睡しているところだった。
そして、どういうわけか彼らのうちの何人かは服を着ていないような恰好だったので、僕は女の子たちの乳房や何かを突然見せつけられることとなった。

入り口に眠っていた若い男の子を起こすと、彼は「悪いけれど、アニキが眠っているんだ。自動車を移動させてくれないかな」と言って、ローレルのキーを持って外に出てきた。
「オレ、免許持っていないんだよ」と、彼は眠そうな、あるいはとても申し訳なさそうな顔で僕に言った。
「頼むからぶつけないでくれよ。オレが兄貴に怒られるからさ」と、彼は何度も僕に念を押した。
こんな真夜中に起こされても、全然怒らないあたり、ずいぶんと人がいいやと、僕は思った。
彼は、本当に僕に対して申し訳ないと思っていたようだった。

僕らはこうして自動車を媒介として不思議な交流を続けていたけれども、ある夜遅くに、僕が部屋まで戻ってみると、彼らは小型トラックに荷物を積み込んで引っ越しの準備をしているところだった。
彼らは、僕を見て少し照れたように笑った。
「行っちゃうのかい」と僕が言うと、銀のネックレスをした彼は、「ああ」とだけ簡単に答えた。

彼らが不法に去っていこうとしていることは、すぐに分かった。
けれども、それは僕には全然関係のないことだったし、僕は彼らと最後に話ができて良かったとだけ思っていた。
「元気でね」と言うと、二人は手を挙げて僕を見た。
夜逃げしていく人たちをそんなふうに見送ったのは、それが初めてのことだった。

彼らが今頃どうしているのか、非常に興味深いことだけれども、おそらく、僕は永遠にそれを知ることはないだろう。

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by kels | 2008-07-28 19:24 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

夏道楽

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仕事帰りに当麻町の「でんすけスイカ」を買ってきた。
先週も富良野スイカを食べたばかりだけれど、どれだけ食べても飽きないのが夏のスイカだ。
北海道の夏は短いから、束の間の夏をたっぷりと楽しむために、僕は全力を注ぎたいと思っている。
「まったく、夏道楽だね」と笑われた。
夏にしかできないこと、夏の間に楽しむべきことは、すべて夏の間にやってしまわなければならない。

サクランボも食べた。
富良野メロンも食べたし、夕張メロンも食べた。
積丹半島のウニも食べたし、朝イカも食べた。
鰻丼も食べたし、ビアガーデンの焼きそばも食べた。
かき氷も食べたし、アイスキャンデーも食べた。
まるで食べることばかりだけれど、それが僕の夏の楽しみ方だ(笑)
まったく、夏になるとどうしてこんなにも食べたり飲んだりすることが楽しくなるのだろう。

もちろん、食べてばかりで夏が終わってはいけない。
夏の音楽を聴きながら、夏の俳句を詠み、夏の小説に酔いしれる。
高山植物咲き乱れる山を登り、冷たい渓流のヤマメやイワナを釣り、ヒグマに脅えながらテントの中で眠る。
全身で北海道の夏を楽しむことこそが、僕の夏の楽しみ方であり、誰にも譲ることのできない僕の生き方だ。
今の仕事に一段落がついたら、僕は夏の旅に出よう。
大きなバックパックにテントや着替えを詰め込んで、鈍行列車の旅に出よう。
風の吹くまま、気の向くまま。
それが僕の夏の旅だ。

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by kels | 2008-07-28 19:16 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(2)

アイスクリーム

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「今日の料理」を読んでいたら(笑)、京極杞陽の俳句が紹介されていて、おっ、と思った。
以前に、このブログでも取り上げた「アイスクリームおいしくポプラうつくしく」という句だ。
そして、記事の中でもうひとつ、これは知らない俳句が載っていて、これがまた素晴らしい作品だと思った。

ふとアイスクリームといふことばいで 京極杞陽
この俳句には、「終戦」という前書きがあったそうである。
長く苦しい戦争が終わった瞬間、作者の頭の中には冷たいアイスクリームのことが思い浮かんだのだろうか。
終戦の日、その日の日本はとても暑かったと伝えられている。
ギラギラと灼ける太陽の下で、アイスクリームのことを思い出したとしても決して不自然ではないし、戦争という長い精神的束縛から解き放たれて、アイスクリームは新しい平和の時代の象徴でもあったのかもしれない。

簡単な言葉だけで綴られた俳句の中には、激動の時代の移り変わりが見事に封じ込められていて、これこそ俳句の醍醐味ではないかと思った。
もっともっと素晴らしい俳句に出会いたい、そんな夏だ。

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by kels | 2008-07-27 22:09 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)