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飲屋街

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かつて、軍隊があったという街で、戦争の遺跡を探し歩いていたら、突然にそれが姿を現しました。
まるで、戦後のあの時代のままに何も変わっていないかのような飲屋街。
一帯は、かつて軍隊があったことさえも幻想であったかのように、美しい公園があり、大きな公共施設が建ち、近代的なマンションが建ち並んでいるというのに、どうしてこの一画だけが、かくもきれいに取り残されているのでしょうか。
僕はてっきり、戦後の街並みを保存するための区域が、もしかしてここなのかもしれないと思いました。
太陽はまだ高く、小さなネオンに灯りが灯る瞬間を、僕は見届けるに至らなかったのですが、夜にはきっと懐かしい明かりをぼんやりと照らしていることでしょう。
もう少し年を取ったら、こういう一画に通うのも悪くないなと、なんとなく思ったのです。
by kels | 2007-05-31 22:59 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

北部軍司令部正門門柱

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かつて、北部軍司令部で門柱として使われていた赤いレンカの固まり。
司令部は、元々、現在の月寒中学校の場所にありましたが、戦後、門柱は月寒の平和公園へと移築され、現在に至っています。
軍都であっただけあり、月寒地区には戦争に関する遺跡が少なからず残っているようです。

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司令部は、昭和15年に設置されているので、この門柱もその頃に製造されたものでしょう。
その時代、この赤い門をくぐるということは、とても大変なことだったんでしょうね。
by kels | 2007-05-31 22:42 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

元北部軍司令部跡

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月寒地区に置かれた北部軍の中心は、もちろん軍司令部本部です。
司令部本部は、現在、月寒中学校がある場所に置かれていました。
今の状況からは、ちょっと想像がつかないような感じですが、月寒中学校の前庭には、ここに、かつて軍隊があったことを示す記念碑が設置されています。

「元北部軍司令部跡」と記された赤レンガ造りの記念碑は、昭和42年に建立されたもので、かつての門柱の一部を記念碑として利用したものだそうです。
現在の平和な住宅街が、かつての軍隊の上に成り立っているなんて、考えてみるとなんだかすごい話ですよね。

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記念碑は、前庭の草むらの中にひっそりとありました。
同じく草むらの中で静かに佇んでいる二宮金次郎の足下を探すと、その赤レンガの碑はすぐに見つかることでしょう。
月寒中学校で、この記念碑を利用した平和教育が行われているのかどうか分かりませんが、学校の中に、かつて軍隊があったことを示す痕跡があるなんて、北海道ではきっと珍しいんじゃないかと思います。
戦争の痕跡は、意外と身近にあるものなんですね。
by kels | 2007-05-28 20:10 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

さっぽろライラックまつり

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金曜日から崩れていた天気が、日曜日の午後になってようやく少しずつ回復してきたので、最終日の「さっぽろライラックまつり」を見に、大通公園まで行って来ました。
まだ早いのかなーと思っていたけれど、大通公園のライラックは結構見頃になっていました。

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どうにか初夏らしくなってきたと思っていた天候が突然に崩れて、気温の低い日が続くのは、「リラ冷え」とも呼ばれるとおり、北海道の恒例行事みたいなものです。
だから、ライラックの咲く季節には、気温の変化に十分気をつけなければなりません。

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ライラックまつり会場に登場した「ライラック娘」の女の子達。
会場のあちこちでパンフレットを配ったり、ガイドをしたりしています。
こういう演出は、観光客の方にも好評みたいで、札幌のイメージ向上に活躍しているなーと感じました。

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大通公園内には、カメラを抱えた人たちの姿がたくさん見られました。
やっぱり、花は被写体として人気のモチーフのようです。

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毎年思うことなのですが、このライラックの碑の周囲には肝心のライラックがあまりありません。
しかも、ベンチ横のゴミ箱が密集している場所でもあり、せっかくのライラックまつりに、これはないよなーという感じ。
もっと、こういう文学碑なんかを積極的に活用してほしいものです。

なにはともあれ、今年も無事に大通公園のライラックを見ることができました。
まだ、しばらくは、市内各地でライラックの花を楽しむことができそうだし、札幌はいよいよ爽やかな季節に入ったというところですね。
by kels | 2007-05-27 18:34 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

北部軍司令官官邸

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ブログ・タイトルも落ち着いたので、久しぶりにきちんとした勉強をしてみたいと思います。
今回のテーマは、「札幌の戦争遺跡」です。
「戦争」と聞くと、なんとなく重いので、敬遠されがちなテーマかもしれませんが、戦争を知らない世代が中心となっていく社会では、郷土と戦争との関わりをきちんと見つめ直す必要があるような気がしています。
それは、戦争反対とか戦争賛成とかいう思想的な問題ではなくて、郷土が歩んできた歴史をきちんと受けとめる姿勢が必要だということ。
札幌なんて、戦争とは無縁でしょ、と言ってしまう前に、まずは札幌市内に残る戦争の痕跡を探して歩いてみましょう。

さて、初回の今回は、月寒にある北部軍司令官の官邸です。
昭和15年に建てられた赤レンガ造りの洋館で、現在では「つきさっぷ郷土資料館」として利用されています。
札幌と戦争との関係で、もっとも忘れることができないのは、やはり月寒に置かれていた軍隊「歩兵第25連隊」の存在でしょう。
歩兵第25連隊は、東北、北海道、樺太、千島にある師団を統率するために、昭和15年に設置されたもので、軍隊が置かれた月寒地区はまさしく「軍都」としての機能を果たしていました。

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現在の月寒地区は、すっかり住宅街となってしまいましたが、ここに司令官の官邸が残っていることからも分かるように、この一帯には敗戦まで軍隊がありました。
北部軍の司令部(本部)があったのは、現在の月寒中学校の辺りで、この本部を中心に司令部が置かれていたため、周辺では当時の痕跡を現在も見つけることができます。

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この旧司令官官邸は、現在郷土資料館となっており、歩兵第25連隊に関する当時の資料を実際に見学することも可能です。
札幌の戦争遺跡を巡る旅は、やはりこの辺りからスタートするのがちょうど良いのかもしれません。
それでは、次回以降、札幌に残る戦争遺跡を少しずつ探してみたいと思います。
by kels | 2007-05-27 06:32 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

北星女子高校のライラック

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実は、今週の月曜日から金曜日まで、東京にいました。
えー、ブログ更新したじゃんと言われるかもしれませんが、あらかじめ書いておいた記事を、旅先で公開しただけ(笑)
今週の東京は、またえらく暑い日が多くて、おまけに出かける前から風邪なんかひいたりしていたものだから、調子が悪くて困ったです、ほんと。
でも、東京の何気ない町を歩くというのは、本当に楽しいものですね。

さて、東京にいながら、気になっていたのは、北海道のライラックの状況です。
札幌ではライラックまつりが始まっているはずだし、帰ったら早速ライラックの写真を撮りに行こう~と思っていたら、金曜日以降はあいにくの雨模様。
おまけに東京都の気温差もあり、北海道、なんて寒いんだ~!という感じでした。

それでも、毎年ここだけは欠かせないという北星女子学園の庭に咲くライラックの花だけは、ちゃんと見てきました。
咲いてる咲いてる。
まだ、ちょっと蕾が多い感じですが、ライラックの香りがすごいです。

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どうして僕が北星女子高校のライラックにこだわるのかというと、札幌の(というよりも日本の)ライラックは、明治時代にここから始まっているからです。
前回もちょっと書いたとおり、日本にライラックの樹を初めて持ち込んだのは、北星学園の創始者であるサラ・クララ・スミス女史です。
スミス女史は、1890年(明治23年)、故郷であるアメリカのエルマイラからライラックの樹を持ち帰り、北星女学校(現在の北星女子高校)と札幌農学校(現在の北海道大学)附属植物園に植えたとされています。
成長したライラックの株は、市内のあちこちに移植され、やがてライラックは札幌のシンボルともなる樹となりました。

本来であれば、日本最初のライラックの樹は、北星女子高校と北大植物園の2ヶ所にあるはずですが、北星女子高校のライラックは太平洋戦争中に「敵国の樹木である」ことを理由として伐採されてしまい、北大植物園に残るライラックの樹だけが、日本で最初のライラックということになりました。
ただ、北星女子高校の庭には、北大植物園から株分けされたライラックが今も花を咲かせ、同校のシンボルともなっています。
日本で最初のライラックの樹は、北大附属植物園の宮部金吾記念館の前で、大きな姿を見せています。

毎年、この季節になると、ライラックが初めて日本にやってきた時代の札幌の様子や、女子教育に尽力されたスミス女史の苦労などが偲ばれるわけで、ライラックは黎明期の札幌を語るうえで、どうしても欠かせないものなんだなーと思ってしまうのです。
by kels | 2007-05-26 18:59 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

北海道大学のポプラ並木

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札幌で暮らしているのに、というか、北海道で生まれ育ってきた人間なのに、未だにポプラ並木に対する憧れみたいなものが、僕の中にはあります。
それは、昭和40年代の北海道観光ブームの中で育まれた、幻想的でドラマチックなポプラ並木の風景なのですが、そういうお伽噺みたいな北海道が僕の中にはずっとあるようです。

子どもの頃に、松山千春の「良生ちゃんとポプラ並木」という歌を聴いて、ポプラ並木というのは足寄にあるのかな~と、ぼんやりと考えたことを思い出します。
考えてみると、ポプラ並木というのは、実に札幌的な景観のひとつなんですよね。

観光素材としては、北海道大学の構内にあるポプラ並木がダントツで有名ですが、札幌市内には他にもポプラ並木があります。
たとえば、創成川沿いに立つポプラ並木は、さっぽろ・ふるさと文化百選にも選ばれているほど、市民に根付いているものですし、真駒内のポプラ並木も長い歴史を持つものに成長しました。
ポプラ並木は、黎明期の札幌にとって貴重な存在だったのでしょうね。

さて、季節は爽やかな風吹く初夏です。
ポプラもいよいよ青くなって、札幌は最高の観光シーズンになってきました。
5月から6月にかけての札幌は、本当に爽やかですよ☆
by kels | 2007-05-22 19:12 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

北海道大学で牛を発見!

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石山通を自動車で走っていたら、突然牛が現れました。
おー、牛だ~、ということで、早速記念撮影です(笑)
ちゃんと、バックにポプラ並木がありますね。
間違いなく、ここは北海道大学の農場内なのです。

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そういえば、何年か前に、同じ場所でひまわりの写真を撮ったことがありました。
なんでも、この場所では実験的なことが毎年行われているとかで、その年によって利用方法が異なるのだとか。
ということは、今年は牛で勝負?

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内部的な事情はよく分かりませんが、街からこんなに近くて牛が見られるというのも、なんだか牧歌的でいいです。
北大側から来るときは、ポプラ並木を通って農場を横切って来てください。
勇敢な学生達は、農場内を自転車で突っ走っていますが、観光客の方は足下にお気をつけください☆
by kels | 2007-05-21 23:11 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

ゆがんだサイロ

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強い風にあおられながらシャッターを切ったら、こんなに歪んだ写真になってしまいました。
なんだ、これ(笑)
手ブレにしても、こんな歪み方するんだ~と、なんだか感心です。
カメラはトイデジカメのD'zign DZ-320。
ゆるい写真をデジカメで撮りたいときには、これを持って出かけています。
予想外の写真が撮れたりするんですよね~。
by kels | 2007-05-20 21:58 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)

牧場風景

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青空の下で、露出補正をプラスにして撮ると、全体にコントラストが低くて、ゆるい写真になりました。

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さらに、正方形のトリミングをすると、ポラロイドカメラで撮ったような雰囲気が加わります。
いわゆる「ましかく写真」ですが、安定感があっていい雰囲気です。

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デジカメで、トイカメラみたいにちょっと遊んでみるのも楽しいですね~。
by kels | 2007-05-20 20:00 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)