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昭和的アパート

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たとえば、あまり案内のない町に迷い込んでしまったときに、あっちの路地こっちの路地を行ったり来たりしていると、どうかするととても懐かしい風景に出会ったりすることがあります。
それは、今では遠い昔の話となってしまった昭和時代の風景だったりするわけで、そういう風景は胸にじんと来るようなものもあります。
昭和といってもモボモガの時代からバブル景気まで、その文化や社会はとても変化に富んだものだったわけですが、僕が昭和と聞いて一番しっくり来るのは、やっぱり昭和中期、そう、昭和30年代から40年代にかけての時代です。
僕は昭和40年代生まれなので、そのほとんどは僕が生まれる以前の光景だったりするわけですが、リアルタイムでは知らない時代の中にも、昭和中期という時代は、なにか日本人としてのノルタルジーを湧き起こすようなものがあるような気がします。
日本の風景は、高度経済成長からバブル景気にかけて、もうほとんど違う国といってもいいくらいに大きく変わってしまったわけですが、でも、中にはそういう時代をどうにか生き延びて現在まで活躍している、名も知れぬ光景があったりするわけです。
その町にも、懐かしい昭和の風景はまだ残っていました。
僕はぼんやりとカメラを手にしたまま、その昭和の生き残りのような風景を眺めていました。
いつか、札幌のそんな写真集を作ってみたいですね。
by kels | 2006-09-30 22:21 | 建築 | Comments(0)

猫とハーモニカ

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朝夕の風がいよいよ冷たくなってきました。
もうじき10月なのだから、それも当然ですよね。
札幌はもう本当に本格的な秋です。

さて、写真の彫刻、果たしてご存知でしょうか?
まるで、札幌不思議発見の旅みたいな感じですが、この彫刻は、札幌市民の方にとってはとても身近な場所に飾られているものです。

答えはこちら
by kels | 2006-09-28 21:34 | 音楽 | Comments(4)

北海道大学の銀杏並木

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深まる秋の北海道では、既にイチョウも金色に輝いています。
銀杏並木で有名な北大構内でもギンナン拾いの人たちで賑わい……なんてウソです。
さすがの北海道でも、銀杏並木はまだこんなに色づいてはいません。
例年、銀杏の見頃は11月に入ってからで、初雪前後がもっとも美しい色になるようです。
写真は昨年の北大銀杏並木のもの。
どうしてこんなに古い写真を出してきたのかというと、ブログ更新をしていない日にもホームページの更新をしていたりする場合があるので、時々ホームページの方へもお越しくださいというPRのためです(笑)
昨日・今日と「季節の札幌」のコーナーで、「北大の銀杏並木」と「ホワイト・イルミネーション」の写真を掲載しました。
ホームページ充実のため、しばらくはブログよりホームページ優先の作業が続くと思います。
ブログ更新されていないなーと思ったときには、たまにホームページの方も覗いてみてください。

公式ホームページ「もっと! 札幌ウォーカー」
http://kels.nobody.jp/

今度から、ホームページ更新したら、ブログでもPRしようかな。
by kels | 2006-09-26 22:02 | 秋のこと | Comments(4)

空知の田園風景

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お盆に行けなかったので、お彼岸に合わせてお墓参りへ行きました。
僕の生まれ故郷は空知地方の炭鉱町で、炭鉱がなくなって以降、町はすっかり寂しくなってしまいました。
それでも、故郷に帰るというのは、なんとなく楽しいものです。

故郷へ向かう途中の道は、写真のような田園風景です。
稲穂が金色に輝き、頭を垂れていました。
赤とんぼが飛び交い、すっかり秋の空。

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空知の浦臼町の市街地は、歴史的建造物が残るリレトロな街並みです。
国道沿いに、こんな建物が並んで、しかもそれが未だに現役で活躍しているというのはすごい話ですよね。
思わず自動車を止めて、写真を撮るのが習慣になっています(笑)

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北村の牧場に建てられた石川啄木の記念碑。
函館の学校で同僚教師だった橘智恵子に啄木は心惹かれ、札幌の実家に智恵子を訪ねたりもしますが、二人の間に進展もなく、啄木は小樽、釧路、東京と転々とします。
東京で働きながら、智恵子のことを忘れられない啄木は、歌集「一握の砂」の中で、智恵子に対する深い愛情を表現しますが、智恵子は北村牧場へ嫁いでしまいます。

 石狩の空知郡の
 牧場のお嫁さんより送り来し
 バタかな

嫁ぎ先の牧場から送られてきた啄木が歌ったその歌は、啄木が智恵子を歌った最後のものとなりました。
そして、彼女の嫁ぎ先には、今、啄木が智恵子を歌ったその歌が、記念碑として残されているのです。

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炭鉱町の名産品「塊炭飴」。
石炭の形をしたニッキ味の飴で、炭鉱町といったら必ずこの飴が登場します。
今でもちゃんと売っているのが素晴らしい。

無事にふたつのお寺を回って、お墓参りも終了。
秋の空知地方をドライブするのも、久し振りだと楽しかったです。
by kels | 2006-09-25 23:59 | 旅行 | Comments(0)

北海道百年記念塔

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野幌森林公園にある百年記念塔です。
名前のとおり、北海道開道100年を記念して建設されたもので、100年にちなみ、100メートルの高さがあります。
北海道開道100年は昭和43年、記念塔の完成は昭和45年のことでした。

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内部は展望台になっており、無料で見学が可能。
ただし、階段を上らなければならないため、これがかなり大変です。

付近は、野幌森林公園になっており、北海道開拓記念館や北海道開拓の村などがあります。
これからの紅葉の季節にも見応えのあるスポットですね。
by kels | 2006-09-21 23:59 | 札幌のこと | Comments(6)

有島武郎記念碑

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昨日、遠友夜学校について書いたばかりですが、遠友夜学校に関わった文学者として、有島武郎の存在を忘れることはできません。
有島といえば、学生として札幌農学校に在学したときと、教師として東北帝国大学農家大学(現在の北海道大学)に勤務したときの2度に渡り、遠友夜学校との関わりが推測されていますが、、例えば日記の中に次のような記述があります。

道に貧民窟なる豊平に出て夜学校に来りし時、優美なる唱歌の聞こえぬ。余は思はず月隈なき軒下に佇みて雙耳は全く唱歌に奪ひ去られ、之を聞くことなく稍々久しくて去り、二三間を歩み出でたる時、左側の茅屋より夜学校にて歌へる「夕空晴れて……」を微吟せるものあり。女の声なり。
当時、有島は現在の菊水の豊平河畔に暮らしていた頃で、川沿いに豊平橋まで出てから川を超えて、夜学校へ歩いていったことがわかります。

もっとも、有島と夜学校との関係は、有島が東北帝国大学農家大学の教授として赴任していた時代に、夜学校の代表となった時にもっとも注目されることになるようです。
このあたりの経緯については、いずれホームページの方でゆっくり書いてみたいですね。

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さて、写真は大通公園に設置された有島武郎の記念文学碑です。
碑文には「小さき者へ」の一節が刻まれ、藤川基(叢三)の製作によるレリーフが飾られています。
ちなみに、題字は農学校時代の同級生であり、夜学校の代表を務めたこともある半澤洵によるものです。

札幌における有島武郎の活動には注目すべきものが多く、多くの研究書があるほどですが、確かに有島武郎の持つセンチメンタリズムには、札幌的なものを感じるような気もします。

札幌の街並みに残る歴史の痕跡を探して歩くのも、また札幌ウォークの楽しみなのです。
by kels | 2006-09-20 19:56 | 札幌のこと | Comments(2)

遠友夜学校

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国道36号線が豊平橋を渡るその手前、豊平川にほど近いところに「レッツ中央(札幌市中央勤労青少年ホーム) 」があります。
そして、この場所はかつて札幌の歴史に残る「遠友夜学校」が建っていた場所でした。

新渡戸稲造夫妻が恵まれない子ども達のために始めた「遠友夜学校」は、札幌におけるボランティア精神の象徴として、平成の現代にまで語り継がれる存在となっています。
現在、レッツ中央の館内には「遠友夜学校記念室」が設置されていて、遠友夜学校に関する史料などが展示され、当時を偲ぶことができます。
私財を投資して学校を設立した新渡戸夫妻の信念や、その意志に賛同して手弁当で学校運営に当たった札幌農学校の教師や学生達の熱意は、クラーク博士が札幌に遺した精神的遺産のひとつであると言っても間違いではないでしょう。

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ところで、この「遠友夜学校」のことを考えていると、僕の中に何となく小さなわだかまりが残ることがあります。
それは、新渡戸夫妻がこの学校を設立した、その本当の意義を、自分は理解しているのだろうかという疑問です。
ボランティアによる学校運営と言いますが、実際には僕は当時の恵まれない人々の暮らしが、どれだけ厳しいものだったのかを、きちんと理解していないような気がするのです。

たとえば、札幌遠友夜学校創立百年記念事業会による「思い出の遠友夜学校」の中で、高倉新一郎は、遠友夜学校が誕生した当時の地域の状況を次のように記しています。

南五条東四丁目、今でこそ札幌を東西に横断する国道に近く、中央繁華街はすでにこの付近に延びてきているが、当時は豊平川近く河原に臨んだ場末で貧民の集合所であった。
また、さっぽろ文庫18「遠友夜学校」にも、高倉新一郎の次のような記述があります。

当時この辺は豊平川原で、塵芥捨場であり、またその後も長く、貧民窟とか武士(さむらい)部落※などとかいわれたような札幌の貧民の溜りでもあった。殊に札幌豊平河畔は北海道の貧民の溜り場であり、北海道自体は既開地で生活して行けなくなった者が集まっただけに、そして又冬の生活がむずかしかっただけに、その実状は最も悲惨なものであった。
「飽食」といわれたバブル景気を生き、失われた90年代と呼ばれた不況の中にあっても、我々の生活レベルは、バブル時とほとんど変化していないような気がします。
そのような社会状況の中で、遠友夜学校の本当の意味での意義を理解するには、明治から昭和初期にかけて、貧困が象徴的に存在していた時代の社会を、きちんと理解することが必要であるように思われるのです。

最近は、ずっとそんなことを考えながら、ホームページ作りに取り組んできました。
札幌はとても美しくてアカシヤの町で詩の都で、まるで悪い部分なんか何もなかったかのような、そんな札幌の描き方に自分自身ちょっと疑問を感じていたんですね。
ということで、近いうちに札幌の負の部分、といっていいのかどうか分かりませんが、最近ではあまり語られることのなくなってしまった貧しかった時代の記憶と、そんな時代をきちんとバックアップしてきた社会福祉について、ゆっくり整理してみようと思っています。

写真は、初代遠友夜学校の校舎です。
物質ではなく精神的な豊かさを説いた新渡戸稲造らしい校舎ですよね。

※「武士(さむらい)部落」について、補足説明ですが、ここでいう「部落」とはいわゆる被差別部落を意味するものではありません。
北海道において、「部落」とは単に集落を意味する場合が多く、この場合も家屋の集合体を意味する言葉として考えられており、札幌市教育委員会が発行する歴史書「さっぽろ文庫」の中でも使用されているものです。


<関連記事はこちらです>

メアリーのハルニレ
http://poros.exblog.jp/8152571/

北星女子高校の女教師館
http://poros.exblog.jp/5248481/

東京の下層社会
http://poros.exblog.jp/8916877/
by kels | 2006-09-19 21:29 | 札幌のこと | Comments(8)

札幌アリオのフリーマーケット

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フリーマーケットついでに、札幌アリオまで出かけてきました。
フリマ会場の「煙突広場」は、札幌アリオとサッポロビール園との境目にある広い空間で、明治時代の歴史的建造物である旧札幌製糖会社工場の大きな煙突が目印です。

今にも雨が降り出しそうな空の下、それでも結構なお客さんがいました。
何か古いものがないかな~とブラブラしてみましたが、結局買い物なし。
出品者も若い方が多くて、ファッション関係が中心なんですね。

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フリマの後は、札幌アリオでブラブラ。
敬老の日のお祝いモノを見たりしているうちに、外では雨が降り始めました。
フリマの人たち、大変だったでしょうね~。
でも、久し振りの雨は、なんとなく気持ち良い感じです。

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さて、この赤レンガで造られた大きな煙突、明治23年に札幌製糖会社の工場として建てられたものの一部です。
大きな工場は現在サッポロビール博物館として利用されていて、内部を見学することも可能。
やっぱり、札幌の街には赤レンガの建物がよく似合いますね。
それから、ポプラの木も。
by kels | 2006-09-18 17:55 | 雑貨・アンティーク | Comments(0)

平和の滝

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札幌の滝といってすぐに思い出すのは、やはりこの「平和の滝」ではないでしょうか。
手稲西野をどんどん山の奥に入り、さらに手稲平和地区を山の突き当たりまで上っていきます。
この辺りまで来ると、もう札幌市内とは思われないような懐かしい日本の風景が広がっていて、とても開放的な気持ちになってしまいます。
「平和の滝」は、手稲山登山道の入り口にある滝で、古くから札幌の景勝地として有名な場所でした。
もっとも、最近はミステリースポットのような形で紹介されることも多く、景勝地としてのPRもあまり聞かないように思います。
でも、紅葉時期には素晴らしい紅葉スポットともなるので、ぜひとも景勝地として復活してほしいところ。
滝壺は美しく、いかにもイワナなどの渓流魚が棲んでいそうな雰囲気ですが、おそらく釣りはほとんどダメでしょうね。
静かに滝の音に聞き入るというのも、ここの楽しみ方だと思います。
広い駐車場あり。
by kels | 2006-09-17 17:02 | 札幌のこと | Comments(0)

西野神社のお祭り

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各地の神社で秋祭りが賑やかな中、今日は西区西野にある西野神社まで遊びに行ってきました。
秋の北海道は青空の広がることが多く、今日も爽やかな秋晴れのお祭り日和です。
西野神社といっても、住所は平和になるんですね~。

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by kels | 2006-09-17 16:26 | 札幌のこと | Comments(0)