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デジカメ★故障中

かなり、どよーんときてますが、デジカメが故障してしまいました。
朝、いつものように電源スイッチを入れて、撮影しようとしたら、オートフォーカスが動かないんです。
ジジジって異常音がして、それきり。
「あゆは28ミリ」に惹かれて、これからは28mmの時代だって自信満々で買ったばかりのデジカメだったのに(泣)
やっぱり、パナソニックっていうのが良くなかったのかな。
これまでのデジカメで故障なんてことはなかったのに。

販売店に持っていったら、修理には通常2,3週間かかりまして、メーカーが夏休みに入りますと、さらにもっと、、、
えー、来週末から夏休み取って東京に行く予定なのに、デジカメなしですか~。
デジカメなしでは生きていけない生活なので、これは本当にピンチです。

とりあえず、東京の間はカメラ付き携帯で頑張るしかないかな。
こうなったら、ヤケでモブログしまくるとか(笑)

ということで、今日のブログ更新はお休みです(つぶやきだけ)。
by kels | 2006-07-31 22:31 | 日記 | Comments(0)

「この道」のモデルとなった道

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札幌時計台が建ち、アカシア並木が匂う札幌の北一条通りは、北原白秋によって書かれた童謡「この道」の舞台であるといわれています。

この道はいつか來た道、
 ああ、さうだよ、
あかしやの花が咲いてる。
 
あの丘はいつか見た丘、
 ああ、さうだよ。
ほら、白い時計臺(時計台)だよ。
 
この道はいつか來た道、
 ああ、さうだよ。
お母さまと馬車で行つたよ。
 
あの雲もいつか見た雲、
 ああ、さうだよ。
山査子の枝も垂れてる。


今日は久しぶりに「この道」を歩きながら、北原白秋がこの詩を作った時のことを思い浮かべてみました。

詩人・北原白秋が北海道を訪れたのは大正14年のことです。
当時40歳だった白秋は、鉄道省主催の「樺太観光団」に参加した帰りに北海道に入り、8月24日、札幌駅前にあった山形屋旅館に到着しました。
白秋の在札期間はわずか4日間でしたが、この間に、北大植物園や北海道大学構内、月寒種羊場(現在の羊ヶ丘牧場)、真駒内牧場、定山渓温泉などを観光したといいます。
札幌を去った白秋が、「この道」を「赤い鳥」に発表したのは、翌大正15年8月のことでした。

「あかしやの花が咲いてる」や「白い時計台だよ」などの部分から、この歌は白秋が札幌を訪れた時のイメージを元に作られたといわれていますが、実際には、白秋が札幌を訪れた8月には既にアカシヤの花は散ってしまっていることや、白秋を案内した人の証言により、白秋がこの「北一条通り」をほとんど歩いていないことなどが指摘されています。
ただ、白秋がこの札幌での旅行体験を基礎として、「この道」のイメージを膨らませていたことは、きっと確かだったのではないでしょうか。

「この道」は北原白秋の心の中に続く道であり、夏の札幌から白秋の故郷である福岡県柳川まで続く道であったとしたなら、それは詩人としての白秋らしい「道」であったような気もします。
結局のところ、札幌の「道」が白秋の心の中に眠っている故郷の「道」を思い起こさせたのかもしれませんね。

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ところで、「この道」の重要なアイテムとして描かれている北一条通りの「アカシヤ」は、大正5年に植採されたもので、初夏には花が咲き匂い、札幌の風物詩として親しまれていたものでした。
しかし、平成に入って北一条通りの道路拡張工事のために大部分が伐採されてしまい、現在では当時の面影をほとんど感じることはできません。

さらに、札幌で「アカシア」と呼ばれている木は、実は「ニセアカシア」の名を持つ外来種なのですが、これが環境省が定める特定外来生物の「要注意リスト」に入ったということで、アカシア並木の前途はまだまだ多難のようです。

白秋の「この道」の舞台となったといわれる北一条通りのアカシア並木も、札幌市民の心の中の道として生き残るだけなのかもしれませんね。
by kels | 2006-07-30 18:03 | 札幌のこと | Comments(6)

おたる潮まつり

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海が見たくなって小樽まで行ってみると、ちょうど潮まつりが開かれているところでした。
小樽の夏を楽しむ恒例のお祭りで、日曜日の夜に行われる花火大会がフィナーレ。
祭り気分を味わいながら、週末の小樽の町を歩いてみました。

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港で行われていたYOSAKOIソーラン。
最近はどこのイベントに行っても、YOSAKOI踊りが組み込まれているみたいです。

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観光客のメッカともいえる小樽運河は、今日も観光の人たちでいっぱいでした。
デジカメ片手にウロウロしていたら、一人旅らしいお姉さんに「写真を撮って頂けますか?」と声をかけられました。
自慢ではありませんが、どこに行っても記念写真のシャッター押しを頼まれます。
世の中には、そういうタイプの人っているんですね、きっと(笑)

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小樽の町中を歩くと、相変わらず歴史的建造物が目に付きます。
ひとつひとつ紹介していくことはできないので雰囲気だけでも。
どこに行っても観光の人たちが歩いています。

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吹きガラスの工房にて。
夏のガラス工房って、めちゃくちゃな熱気がこもっていて、それがすごい魅力です。
ここは体験工房なので、自分でオリジナルの吹きガラスを作ることもできます。
ガラスの街・小樽では、ぜひとも体験してほしいメニューですね。

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小樽の街には、こういう風格のある建物が良く似合います。
あてもなくブラブラしながら、とりあえず建物の写真をひとつひとつ撮っていきます。
でも、この辺りの風景は、戦前からほとんど変わっていないのではないでしょうか。

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札幌から最も近い海は、銭函海岸でしょう。
銭函は「ぜにばこ」と読みます。
つまり「ドル箱」ですね。
江戸時代末期にこの地を旅した松浦武四郎も、ここはいつでも漁が好調なので、銭函という地名が付いたのだろうみたいなことを言っています。
戦前の札幌の絵葉書などでは、銭函海岸が札幌の海水浴場として紹介されているものがあるように、ここは札幌市民にとっての浜でもあったようですね。
ということで、JR銭函駅の駅舎です。

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銭函駅前をブラブラしてみました。
海水浴場が近くにあるため、こういうお店がありました。
浮き輪やビーチボールなどが所狭しと並べられていますが、本業は呉服屋さん。

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古い造りの建物が印象的な床屋さん。
昔のお風呂屋さんや床屋さんの建物には、魅力的なものが多いのです。

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古い石蔵に、チョウザメの骨が!
どうやら、現在はお店として利用されているようです。

たまに、札幌から離れて町歩きを知ると、新鮮な気持ちになります。
旅の原点というのは、こういう気持ちにあるのでしょうね。
by kels | 2006-07-29 21:17 | 旅行 | Comments(0)

札幌資料館

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大通公園の端っこにある札幌資料館は、ずっと工事中です。
これまで、「札幌資料館」として公開されていましたが、今後は司法資料館として公開する予定だとかで、現在はその準備が進められているところなのです。
この時期に訪れた観光客の方にとっては残念ですが、新しい資料館の公開を楽しみに待ちたいところです。

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さて、この建物は大正15年に建てられた札幌控訴院で、札幌軟石造りの重厚な姿は、大通公園のランドマークともなっています。
札幌控訴院は現在でいう高等裁判所の役目を果たしていたところで、入り口に取り付けられた目隠しをした女神像が、ここが裁判所であることを示唆しています。
また、女神像の両隣には公平を示す天秤と、正義の剣が彫刻されていて、これもこの建物の見所のひとつといえるでしょう。

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札幌資料館時代の内部の写真はたくさん撮ってあるのですが、館内については、新しく生まれ変わった時に、改めて紹介してみたいと思います。

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ところで、「のだめカンタービレ」第8巻で、やっと飛行機に乗れるようになった千秋くんが北海道へ来たときに訪れた場所は、この札幌資料館の前でした。
具体的には、札幌資料館から札幌テレビ塔方向を見た風景で、女性の彫刻の後ろ姿がポイントになっています。
この辺りは、ヨーロッパの庭園風に水路や噴水、バラ園などが整備されていて、大通公園の中でもちょっと西洋風の変わった空間になっています。
とにかく大通公園は、札幌テレビ塔のある西1丁目から、この札幌資料館がある西13丁目まで、直線的な公園になっていて、見晴らしよく気持ちの良いスペースですよ。
by kels | 2006-07-28 22:09 | 建築 | Comments(4)

喫茶グッドアワー

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壁に付けられたリング文様の印が印象的な喫茶店「GOOD HOUR」。
かつて、金岩商店の蔵として建てられたもので、明治時代の建築といわれています。
都心部に、こうした札幌軟石造りの建物が現役で働いていることが、そもそも奇跡的な話ですよね。
実際に、札幌市内の状況を考えてみると、この札幌軟石で作られた建物は、どうやら長寿と言えるようです。
古いものは壊してしまおうという考え方が主流ですが、いつまでも使える建物ならば、いつまでも使い続けるべきなんですよね。

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さて、この喫茶店、札幌グッドアワー教会の牧師が改造して完成したもので、教会に集まる人々の憩いの場として利用されているとか。
教会に指輪の文様、実に洒落た明治浪漫だと思いませんか?
by kels | 2006-07-26 19:53 | 建築 | Comments(2)

豊平神社の青空骨董市

今日は毎月恒例の豊平神社の骨董市に行ってきました。
旭川の競りと重なったということもあってか、いつもより若干お店は少なかったような気がします。
それでも、札幌で一番大きな骨董市、ぶらぶらと楽しんできました。

9時過ぎに到着すると、「十一月」の店長さんが帰ろうとしているところ。
いつも早いな~。

本格的な夏ということもあるのか、ガラスものが特に目に付きました。
最近はあまり見なくなっていた色被せガラスの切り子コップも、いくつかのお店に並んでいたようです。
今日はどういうわけか、いつくかのお店で「買うモノ変わったね~」みたいな話になりました。
確かに、以前だったら絶対に買わなかった昭和レトロのオモチャみたいなモノを買ったり、以前は見つけると必ず買っていた古いガラスコップやカップ&ソーサを買わなくなったり、その変化は如実です。
あまり、ひとつのジャンルのモノを、集め続けられない性格なんでしょうね、きっと。

結局、本日のお買い物は、ハワイアンセンターのお土産と思われるフラダンス人形(昭和40年代)と、常磐ハワイアンセンターの絵葉書(昭和40年代)、雪印の空き缶の3点でした。
そんなに古いわけでもないのに、昭和レトロでおもしろいものを見つけるのも、それなりに大変みたいです。
by kels | 2006-07-23 20:02 | 雑貨・アンティーク | Comments(0)

日本基督教団札幌教会

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創成川にそって走る石狩街道は、自動車の通行量の多いとても賑やかな道路ですが、この道路に面して、古い石造りの教会が静かに佇んでいます。
北1条東1丁目という極めて都心にありながら、この建物は明治時代からずっとこの場所で札幌の移り変わりを傍観してきました。

この建物は、明治37年に建築された札幌メソジスト教会(札幌美以教会)です。
設計者は北海道庁の職員で、キリスト教の信者でもあった間山千代勝が請け負ったものでした。
札幌では珍しい中世ロマネスク風建築で、威圧感に似た畏れさえ感じさせる重厚な造りです。

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札幌は、かつて日本の3大バンドと呼ばれた「札幌バンド」が存在するなど、日本でもキリスト教の布教が早くから進んだ都市のひとつでした。
札幌農学校の教頭として招かれたクラーク博士が熱心なキリスト教信者であったことから、初期の農学校生は大きく影響を受けましたし、彼らが積極的にキリスト教を市民に広めたという事情もあります。
また、札幌の都市建設がアメリカを手本とし、洋風文化が積極的に導入されたことも、札幌におけるキリスト教の布教を進めたという考え方もできます。

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「さっぽろ・ふるさと文化百選」の記念碑もきちんと保管されていて、とても気持ちの良い空間です。
都心に突然現れる異空間みたいな感じ、でしょうか。
by kels | 2006-07-23 08:22 | 建築 | Comments(2)

フィンランド雑貨の「vaasa」

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この写真だけで、ここがどこのお店か分かった方は、きっとかなりのツウです(たぶん)。
この暗い階段を降りていくと、フィンランド雑貨のお店「vaasa(ヴァーサ)」があります。
透明感のある雑貨というイメージのフィンランド雑貨は、不思議に北海道に似合うような気がします。
このお店では、実際にフィンランドに買い付けに行って仕入れてきた商品を店頭に並べているそうで、それだけにリアリティがたくさん。
最近人気の北欧雑貨のお店ということもあって、若い女性中心にちょっとした人気となっているようです。

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以前は、東屯田通でカフェを営んでいたのですが、店舗にしていた古い建物が取り壊しされることになり、やむなく移転、カフェからセレクト・ショップへと転向して現在のお店になったそうです。
フィンランドのカップ&ソーサ、フィンランドのボタン、フィンランドの切手、フィンランドのアンティーク。
何もかもがフィンランド的で、透明感に満ち溢れています。
行ったこともないのに、フィンランドをイメージで物語っていますが(笑)
なんとなく「喫茶と古物 十一月」と似たような空気を感じさせます。

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場所はいわゆる裏参道、南1条西20丁目、PASS BY ビル B1F。
これって、かつて「ブルーハウス」があったあたり?
駐車場はなく、路上駐車もできないので、近くの有料駐車場を探すのがベター。
ビルの前は他のお店の駐車場になっていますので、ご注意を。
営業時間は12:00~22:00まで。
ただし、7月末から8月末まで仕入れのためお休みになるそうです。
行くなら今がチャンス、ですね☆

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フィンランドの切手
vaasa
vaasa
フィンランド雑貨のvaasa
札幌の中のフィンランド
by kels | 2006-07-22 22:45 | 雑貨・アンティーク | Comments(0)

旧北部軍司令官官邸

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札幌市豊平区にある月寒地区は、かつて「軍都」であったことで知られる地域です。
ちなみに、「月寒」は「つきさむ」と読みますが、かつては「つきさっぷ」という呼び方が標準でした。
いかにも、アイヌ語地名らしい音ですよね。

その月寒地区には「歩兵第25連隊」が置かれ、月寒といえば「軍隊の街」として知られていました。
月寒の真ん中を走る国道36号線が、戦後に「弾丸道路」と呼ばれていたのは、この道を通って弾丸が運ばれていたから、という説もあるほどです。
(ちなみに、「弾丸道路」は戦前までは「室蘭街道」の名前で親しまれていました)。

月寒が、かつて「軍都」であったことを示す痕跡のひとつに、この「旧北部軍司令官官邸」があります。
昭和15年に建てられた、赤レンガ造りのこの洋館は威厳を漂わせて、いかにも兵隊さんの街にふさわしい姿を見せています。
札幌の戦時がここを舞台としていたことを想像するだけで、なにか感慨深いものを感じてしまうくらいです。

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月寒地区の歴史を語る上で欠くことのできない歴史的建造物として、この建物は「さっぽろ・ふるさと文化百選」の選定を受けました。
敷地内には、今でも当時の記念碑が残されています。

戦後、進駐軍の接収を受けた後、長く北海道大学の寮として利用されていましたが、現在は「つきさっぷ郷土資料館」として、郷土資料を多数展示する施設となっています。
さすがに、月寒らしく戦時資料に関するものが多いような気がしますが、札幌市内では貴重な施設ですね。

最近、「さっぽろ郷土を掘る会」が、札幌の戦跡マップを作成するなど、札幌における戦争を確認する作業が大きく進んでいるようです。
戦争遺跡は、案外身近にも残っていたりするので、これから少しずつ紹介していきたいですね。
by kels | 2006-07-21 22:21 | 建築 | Comments(0)

二条市場

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札幌を訪れた観光客の多くがチェックするという観光名所のひとつに、この「二条市場」があります。
南2条に位置するため「二条市場」という名前がありますが、その発祥については詳しいことは分かっていません。
ただ、明治32年頃に、創成川を行き来する搬送船の人々を相手に商いをする店が増えたのが始まりだと考えられています。
確かに、二条市場は、現在でも創成川横を走る石狩街道に面しているので、何となく分かるような気がします。

当時は、創成川を利用した水運が主要な運送でしたから、海岸部からの商品は創成川を溯って、この二条市場あたりまで来ていたそうです。
そして、その荷を求めて、馬車でやって来た商売人達が各地から集まっていたと言いますから、その頃からこの一帯は賑やかな場所だったのでしょうね。
ちなみに、その頃は店の2階部分を宿泊所として、各地から集まった商売人に利用されていたとも。
もっとも、当初の店舗は火災で焼失してしまったため、現在の二条市場はそれらの店が移転してできたものなんだそうです。

海からの商品を商っていたということで、戦前までは魚介類を扱う店がほとんどで、「魚町」と呼ばれたといいます。
現在でも、観光客の目当ては、やはりカニを中心とした魚介類なのでしょうけれど。

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ところで、二条市場が「札幌市民の台所」と呼ばれたのは昔の話。
現在の札幌市民は、ここを台所代わりに使ったりはしないでしょうね。
かつて、地下鉄が開通する前までは、ここのすぐ近くにあるバスターミナルが札幌の交通の要所であり、この界隈は通勤する人々で賑わっていたそうです。
そんな時代には、仕事帰りの人たちがちょっと二条市場に寄って夕食のオカズを買って帰るということも珍しくはなかったようですね。
今では地下鉄駅が通勤する人々の中心となっているため、創成川より東側であるこの辺りまで足を運ぶ人も限られています。
結局、北海道観光ブームにあやかる形で市場は生き残りを図り、「二条市場」という名前を定着させました。
なにしろ、ここの正式名称は「札幌二条魚町商業協同組合」、つまり未だに「魚町」なんです。

札幌市民のふるさと的な市場として、ここは「さっぽろ・ふるさと文化百選」に選定されましたが、先日、その記念碑を確認するために市場を訪れてみると、この「百選」について知っている人は皆無状態で、記念碑も見つかりませんでした。
後から確認したところ、記念碑は当初に設置されていたようですが、どこかの時点で紛失してしまったようです。
それにしても、あんな記念碑がどうして「紛失」するんでしょうね(笑)

「二条市場」は札幌では珍しく客引きの声の絶えない市場です。
滅多に行かない地元の人間が、たまに訪れるとひどく驚いたりするくらいですから。
意志を強くもって買い物に臨みましょう☆
by kels | 2006-07-20 20:23 | 建築 | Comments(2)