カテゴリ:食べ物( 222 )

僕の両親は、握り寿司のことを「生寿司(なまずし)」と呼んだ

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僕の両親は、握り寿司のことを「生寿司(なまずし)」と呼んだ。
父が「今夜は生寿司でも食べに行こう」と言えば、子供たちも喜んだものだ。
今にして思うと、あれも北海道特有の言葉の使い方の一つだったのかもしれない。

高校を卒業して一人暮らしをするようになると、僕は「生寿司」という言葉を、いつの間にか使わなくなっていた。
北海道で「寿司」と言えば「握り寿司」のことだったから、わざわざ余計な形容句を付ける必要もなかったのだ。
「今夜は寿司を食べに行こう」と言えば、それは「握り寿司を食べに行こう」という意味になった。

とは言え、今でも「生寿司」という言葉は、北海道民の生活の中に根付いている。
そのことを僕は、札幌市内のスーパーの寿司売り場で知った。
スーパーの寿司売り場では、ちゃんと「生寿司」を今も売り続けているのだ。

注意して見ると、「生寿司」はいろいろなところにあった。
新聞の折り込みチラシにも「生寿司一人前」と書いてあったし、居酒屋のメニューの中にさえ「上生寿司」はあった。
どうやら「生寿司」は、道民にとって欠かすことのできない存在らしい。


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by kels | 2014-06-13 21:39 | 食べ物 | Comments(0)

久しぶりに仲間が集まったので、出前の寿司を取ってみんなで食べた

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久しぶりに仲間が集まったので、出前の寿司を取ってみんなで食べた。
寿司屋のカウンターで食べる寿司も美味しいけれど、出前の寿司もまた美味しい。
何より自宅で食べる寿司は、何と言ってもあずましい。

6月に入って、北海道の寿司もいよいよ美味しくなってくる。
積丹産のウニや増毛産の甘エビなど、旬のネタも多い。
そして、一番美味しいのは、やはり地元産の旬のネタだ。

数年前までは、わざわざ積丹や増毛まで出かけて行っては、現地でウニや甘エビを食べていた。
最近は、札幌市内でそうした旬の食べ物を食べることが多い。
気分的には、もちろん現地で食べた方が美味しいことは分かっているのだけれど。

もっとも、ウニや甘エビが大好きかというと、実はそれほどでもない。
季節の始まりに、一つか二つ食べれば、それで満足できるくらいのものである。
要は、季節感を感じるために、旬の食べ物を食べている、ということなのだろう。

そう考えると、わざわざ現地まで出かけることが憂鬱になってしまった。
多くの場合、旬の食べ物目当ての観光客で現地は混雑している。
食べ物を食べるときくらいは、あずましく食べたいものだと、僕は思う。

そういう意味で、出前の寿司っていうのは、本当に素晴らしい食べ物だと思う。
親しい仲間たちと、好き勝手な話をしながら、飲みたいものを飲む。
そして、美味しい寿司を心ゆくまで食いつくすのだ。


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by kels | 2014-06-13 20:34 | 食べ物 | Comments(0)

札幌で天ぷらと言えば、やっぱり「蛯天」でしょう

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月に一度くらい「今日は天ぷらを食べたいなあ」と思う日がある。
そういうとき、僕は薄野にある「蛯天本店」へ行って、思う存分天ぷらを食べることにしている。
たまには、何も考えずに天ぷらに食らいつく日があったっていいものだ。

「蛯天」は、僕にとって、札幌の天麩羅の定番の店である。
誰かに「札幌で美味しい天ぷらを」と求められたら、この店ばかり紹介している。
初めてでも安心して美味しい天ぷらを食べることのできる店なんて、それほどたくさんあるわけじゃない。

「蛯天」へは昼時に行くことが多い。
天丼にするか定食にするかは、そのときの気分と体調次第である。
どちらにしても、メニューに幅があるから、体調と相談しながらオーダーを決める。

体調が良いときは、単品を別にオーダーする。
常連のお客さんの中には、定食に単品をプラスしてオーダーする人が多い。
天ぷらは、やはり自分の好きなタネを食べるのが一番楽しいものだ。

だから、注文をするときには、仲居さんに「何々は入っていますか」と確認をして、自分の食べたいものが入っていないときには、単品オーダーでそれを加えてもらう。
お年寄りは、単品を注文した上で、ご飯を少なくしてもらう場合が多いようだ。
天丼でも定食でもご飯の量はかなり多いので、天ぷらをたくさん食べたい人は、ご飯を少なくしてもらう必要があるのだろう。

一人のときはカウンターに座って食べる。
目の前でタネを揚げているのを見ながら食べる天ぷらは、やはり格別である。
天麩羅屋の醍醐味は、絶対にカウンター席にある。

だけど、複数で店に入ったときには、奥のテーブル席へ座る。
板前さんの視線を気にせず、気兼ねなくゆっくりと会話をしたいからだ。
テーブル席は広いので、ゆったりと食事をすることができる。

そうやって午後の天麩羅を食べていると、気持ちが何だかとても落ち着いてくるから不思議だ。
時間がゆっくりと流れているのだ、この店の中では。
だから、せっかくの天麩羅を食べるときは、気持ちに余裕のあるときが一番である。


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by kels | 2014-03-27 20:18 | 食べ物 | Comments(2)

札幌市内で気軽に焼き鳥を食べることのできる店と言えば「串鳥」だろう

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週末、札幌駅前にある「串鳥」へ行った。
札幌市内で気軽に焼き鳥を食べることのできる店といって真っ先に思いつくのが、きっとこの「串鳥」だろう。
チェーンの居酒屋と同じように身近な存在の焼き鳥屋である。

最初に東急デパートの横にある店に行ったら満席で、既に順番待ちの客が並んでいた。
順番待ちの客は全員が若い女性である。
女の子っていうのは、本当に焼き鳥が好きなんだなあ。

仕方ないので、少し離れたところにある店へ行くと、こちらはちょうどテーブル席が空いたところで、すぐに座ることができた。
4人掛けボックス席が、二つ並んでいるタイプの個室である。
少々窮屈だけれど、手軽な焼き鳥屋だから、これくらいは許容範囲だろう。

隣のテーブルでは、女子大生3人が既にグラスを空にしながら、おしゃべりに花を咲かせている。
女の子っていうのは、本当に焼き鳥が好きなんだなあ(笑)
オジサングループだったら、隣の女の子たちが気になってどうしようもないけれど、この夜は女性2人と一緒だったから、隣の席のことを気にする余裕もなかった。

考えてみると、「串鳥」に入るのは実に久しぶりのような気がする。
焼き鳥を食べるときというのは、どちらかというと、あまりきれいではない店に入ることの方が多いからだろう。
なにしろ、「串鳥」の店内は清潔できちんとしている。

値段が安いし、そこそこ美味しいし、席数も多いから気兼ねなく利用することができる。
「串鳥」の人気は、案外そんなところにあるのだろうか。
若い人を中心に、いつでも賑わっているというイメージだ。

あんまり気軽すぎるので、利用する側としては躊躇する場面も出てくる。
安易に「串鳥」をチョイスしてしまうと、ちょっと微妙な空気が流れてしまうときがあることも確かだ。
ツウにはツウ好みの店がある、ということなのだろう。

その点、若い女性が一緒の時には「串鳥」は非常に便利な店である。
焼き鳥食べるときくらいは、面倒くさいことを考えたくないからね。
それと、ここに来ると、なぜか卵焼きも食べたくなるんだよなあ(笑)


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by kels | 2014-03-19 19:40 | 食べ物 | Comments(4)

知らない街で食事をするっていうことは、意外と難しいものである

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仕事で道内のあちこちへ出かけることが多い。
週の半分は北海道の地方都市、残りの半分は札幌か東京という感じだ。
たまに一日札幌で仕事をしていると、なんだかゆったりとした気持ちになってくる。

仕事で出ているときは、昼食にその土地のものを食べたりする。
北海道は食べ物が美味しいというのが定説だから、どこの街に行っても、それなりに美味しいものを食べることができる。
観光旅行じゃないから名物料理を食べ歩いたりすることはないけれど、普通の料理屋でそこそこに美味しい料理を食べることは難しくない。

だから、たまに、普通の料理屋に入って、ひどい料理が出てきたりすると、ひどくびっくりする。
先日、日本海に面した小さな漁村で食べたチラシ寿司が、まさしくそれだった。
漁村で食べる生チラシなんだから、誰だって美味しいと思うに決まっているのだけれど、それがそうではなかったのだ。

確かに、生チラシには違いないのだけれど、マグロとイカとサーモンと甘エビ、トビッコという、いつの季節、どこの場所も食べることのできるような定番の刺身と一緒に、卵焼きが乗っている。
当然ながら、刺身はすべからく冷凍物で、味も素っ気もない。
その上に、寿司飯がひどい有様だったから、何だか切なくて泣きたい気持ちになってしまった。

海辺の街で、どうしてこんなに不味い生チラシが出てくるのだろうと不思議だったけれど、考えてみると、それはある意味、当然の話だったのかもしれない。
というのも、その漁村では、近年漁業がうまくいかなくなっていて、満足に漁業で生計を立てている漁師さんたちが少なくなっているらしい。
料理屋も生粋の寿司屋というわけではなく、トンカツ定食みたいなものもメニューに載っているような店だったから、刺身の扱いについては、きっと素人だったのだろう。

マヌケなのは、そういう街のそういう店にノコノコと入って、よりによって生チラシなんかを注文してしまった自分自身である。
店の女の子も「そんなもの食べるの、よしなさいよ」とか言ってくれたらよかったのに。
知らない街で食事をするっていうことは、意外と難しいものである。


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by kels | 2014-02-26 05:53 | 食べ物 | Comments(0)

北海道の田舎の路線バスの旅というのは、とても疲れるものだ

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地方都市へ出かけたときに、地元の路線バスに乗らなければならない場合がある。
北海道の地方の街では、路線バスが主要な公共交通機関になっているところが、かなり多いのが現実だからだ。
こういう街では、タクシーを呼ぶのも大変なので、大抵の場合は路線バスに乗ることになる。

もっとも、路線バスの場合、乗り方がなかなか難しかったりする。
乗車券を取るのか、お金をどのタイミングで払うのか、プリペイドカードはどのようにして使うべきなのか。
バス会社や地域によってローカルルールが様々なので、バスに乗るときには必ず確認が必要だ。

ある日(と言うか今日だ)、僕の乗っていた路線バスに、地元の女子高生が乗りこんできた。
地元なんだけれどバスに乗るのは初めてらくし、運転手さんにいろいろと確認しながら乗車した。
そして、下車する時も、料金の払い方とかなんかをいろいろと教えてもらいながら、バスを降りていった。

運転手さんは、さも当たり前のように「そうじゃないよ」と言うけれど、そんなこと分からない人の方が多いに決まっているのにと、僕なんかは思ってしまう。
だって、その地域の人たちにとっては、誰もが知っているローカルルールなのかもしれないけれど、全国的にはほとんどの人たちが知らないルールに決まっているんだから。
見知らぬ土地でこういう光景を見ると、自分の街は大丈夫なのかなと不安になってしまう。

見知らぬ土地でバスに乗って困ることといえば、今、自分の乗っているバスが、一体どこを走っているのか全然分からないことがある。
電光掲示に次の停留所なんかが表示されているけれど、その停留所が全行程の中のどの辺りで、自分の降りる停留所まで、あとどれくらいなのかみたいな情報はまったくない。
路線図でも持っていれば別かもしれないけれど、ふと飛び乗ったバスの場合には、本当に自分の居場所が分からなくて不安になってしまう。

それに、田舎なんかだと、停留所とアナウンスが微妙にずれていたりする場合があるのも恐ろしい。
自分としては、「次は何々です」というアナウンスを聞いて、それからピンポンを押して(あれ、何て言うのだろう?)、運転手さんが「次、止まります」とか言って、バスが停留所に停まったところで下車する、というのが、普通の展開ではないかと考えている。
ところが、アナウンスを聞いてピンポンを押したときには、既に目的の停留所を通り過ぎているなんていうことがあるんだよね、北海道の田舎では、稀に。

地元の人たちは、周りの風景を見ながら、ああ、そろそろだなと思ってピンポンを押すのだろうけれど、初めて見る風景の中で、もちろん、そんなことはできない。
旅行者にはアナウンスが全てなのに、そのアナウンスがズレていたりしたら、絶対にどうにもならないよね。
さりげなく、アナウンスの微調整をしている運転手さんを発見したりすると、その瞬間に、ものすごく緊張してしまう。

それから、学生で混雑しているバスなどでは、アナウンスがほとんど聞こえないということもある。
もともと何だか聞きとりにくい録音なのに、通学生のガヤガヤした車内では、アナウンスを聞きわけることが、非常に困難である。
だけど、アナウンスが聴こえないと、自分の降りる停留所が分からないから、必死で耳を澄ましてアナウンスの言葉を聞きもらすまいと頑張るしかない。

そんなことばかりしているから、路線バスの旅っていうのは、ものすごく疲れる。
これで遊びだったら、別に乗り越しても「まあ、いいや」ってなるんだけれど、ビジネスだったりしたら、そうはいかない。
北海道の田舎で停留所を一つ乗り越したりしたら、とんでもないことになってしまう。

まあ、緊張感を忘れないという意味では、とても良い経験になることは確かだけれど(笑)


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by kels | 2014-02-20 20:46 | 食べ物 | Comments(4)

札幌パルコ「ジンギスカンのジンくん LIMITED SHOP」オープン

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週末、札幌パルコの前に、羊のイラストを描いた自動車が止められていた。
ジンギスカンのジンくんである。
最近、いろいろなところで、ジンくんを見かけるような気がする。

ジンギスカンのジンくんは、ゆるキャラらしい。
といっても、特に何かをPRしているわけでもないように思える。
強いて言えば、ジンギスカンのPRをしているということになるのだろうか。

公式サイトには、キャラクターの紹介がある。

いつも食べられかけている。
にもかかわらず本人はいたって冷静。
毛が耐熱防火にものすごくすぐれているらしい。
「北海道でジンギスカンを食べた方々に、思い出とともに笑いを持ち帰ってほしい。」という願いから作成。
お土産としてもらった方にもぜひ微笑んでいただきたい。

「公式サイト」より

初めてジンくんを見たときは、とても驚いたような気がする。
だって、食べられている「ゆるキャラ」なんて他に知らなかったからだ。
正確には「食べられかけている羊」なんだろうけれど。

ちなみに、現在、札幌パルコでは「ジンギスカンのジンくん LIMITED SHOP」オープン中。
かわいいクリアファイルやぬいぐるみなど多数取り揃えている。
別に、ジンギスカンのタレの販促ではなかったらしい(笑)

なんだかんだ言いながら、この日はジンギスカンが食べたくなって、夕食に食べた。
体が羊のイラストに反応してしまうらしい。
もはや、パブロフの犬状態だなあと思った(笑)


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by kels | 2014-01-28 22:30 | 食べ物 | Comments(6)

カレイの煮付けは、将来に伝えていくべき食文化だと思った

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東京から来た人と食事をしているとき「カレイなんて珍しいですね」と言われて、ちょっと驚いた。
珍しい?と聞き返すと、食べたことがないと言う。
そこで、刺身と煮付けたやつをそれぞれ注文したところ、大変喜ばれた。

カレイは、北海道では極めて定番中の定番の魚である。
どこのスーパーの魚売り場でも置いているし、値段も高くない。
北海道の人間であれば、子供の頃から親しんでいる魚なのではないだろうか。

もっとも、僕自身、最近はカレイを食べることが少なくなったような気もする。
他に食べるものがいろいろとあるからかもしれないけれど、昔よりはカレイを食べる機会は減っているはずだ。
産地ではない東京の人であれば、尚更なのかもしれない、と思った。

カレイは、煮付けて食べるのが一番美味しい。
北海道で煮魚といえば、まずカレイを思い浮かべるくらいに定番メニューである。
食べ終えた後の骨と煮汁に熱い湯をかけ回して飲むのは、北海道流だろう。

新鮮な魚は刺身で食べても美味しい。
港町では、カレイの活けづくりを食べさせる店もあって、まだ歯ごたえのある刺身を食べることができる。
時間を置いたものよりも、獲りたてのものをさばいたやつの方が、僕は好きだ。

そもそも港町で暮らしていた頃、海釣りに行くと言えばカレイ釣りだった。
船を出さなくても、岸壁から仕掛けを落とし込むだけで、そこそこのカレイが釣れたのだ。
釣った魚は、その夜のうちに煮つけて食べた。

小さなものは「こっぱガレイ」と呼ばれて、煮付けくらいにしかならない。
「こっぱ」とは「木の葉」のことで、木の葉くらいの大きさという意味である。
もっとも、実際に釣れるカレイは、木の葉ほど小さくはなかったけれど。

そんな話をしながらカレイを食べていると、カレイはやっぱり北海道の魚なのかもしれない、という気がしてくる。
どこでも獲れる魚なのかもしれないけれど、北海道という地域に根ざした魚であることは間違いない。
カレイの煮付けは、将来に伝えていくべき食文化だと思った。


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by kels | 2014-01-25 05:49 | 食べ物 | Comments(6)

「札幌の名物料理」といって、思い出すものはなんだろうか

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「札幌の名物料理」といって、思い出すものはなんだろうか。
観光都市を標榜するだけに、札幌にはたくさんの名物料理がありそうな気がする。
代表的なものといえば、札幌ラーメンとジンギスカンだろうか。

都市名を冠した料理としては、「札幌ラーメン」を超えるものはないだろう。
歴史は短いが、一般庶民の食べ物としてたちまち定着してしまった。
もっとも、最近では「札幌ラーメン」ではないラーメン店も、札幌市内には増えているらしい。

食の嗜好の多様化に伴って、ラーメン店も様々な工夫を凝らし、個性的な店も増えた。
札幌ラーメンを食べたいと思う人は、それなりの下調べをした方がよいかもしれない。
店の看板に「札幌ラーメン」を謳っていれば、間違いはないのだろうけれど。

ジンギスカンは、札幌名物というよりは北海道名物の料理だろう。
ただ、その発祥と発展に、札幌が大きく関わっていることは確かだ。
ジンギスカン料理の本場の一つとして札幌が含まれるのであれば、これはやはり札幌名物と言えるだろう。

札幌らしいジンギスカンは、焼いた肉をタレに付けながら食べるものである。
「サッポロビール園」でも「ツキサップじんぎすかん倶楽部」でも、この方法だ。
ただし、肉の形状にはそれぞれ特徴があるので、好みで店を選ぶべし。

寿司は札幌名物というよりは、やはり北海道名物の料理だろう。
そもそも札幌には港がないから、海産資源の収穫もない。
他の地域で収穫されたものが集まる場所という意味では、海産物も札幌名物と言えるのだろうか。

函館みたいに海鮮丼が名物料理とならないのも、札幌に海がないからかもしれない。

最近ではスープカレーも札幌の名物料理となっている。
これは札幌発祥で、札幌市内を中心に専門店が増えているので、札幌名物といってもいい。
ラーメンと同じように、好みのスープカレーを探し歩く旅もできる。

もっとも、札幌名物というわりには、地元市民に定着しているかどうかは疑問。
若い世代はともかく、年配の人たちにはスープカレーを食べたことのない人も多いという。
多様な年齢層に支持されてこその名物料理と言えそうな気はするけれど。

こうしてみると、「これぞ札幌」という料理は、なかなか難しいものらしい。
B級グルメで町おこしをしているところの方が、名物料理が定着しているのかもしれない。
札幌は北海道の中心だから、北海道の名物料理そのものが、札幌の名物料理ということなのかもしれない。


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by kels | 2014-01-08 21:17 | 食べ物 | Comments(8)

食生活における忘れ去られた昭和的風景について考えてみた

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何となく忘れ去られた昭和的風景というやつを考えてみる。

ラーメン屋のカウンター。
湯気の立つラーメンが目の前に置かれると、箸立ての中にぎっしりと詰めこまれた割り箸を抜き取って2本に割るのだけれど、大抵の場合、割り箸は不揃いに割れた。
箸を割った面はボソボソとしていてささくれだっているから、2本の箸をこすりあわせて木のボソボソした感じをなくしたものである。
箸立てにギュウギュウ詰めにされた割り箸も、割り箸をこすり合わせる姿も、今は昔である。

喫茶店のカウンター。
ブレンドコーヒーを注文すると、マスターは電動ミルで珈琲豆を挽いてくれる。
挽き終わったあとの粉の表面を、マスターは必ずフーフーと吹いていたけれど、あれは、粉の中に混じる珈琲豆の渋皮を吹き飛ばして除去していたのだ。

コーヒーはサイフォンで淹れるのが上等なのだと、当時は誰もが信じていた。
だから、昭和時代の漫画に出てくる喫茶店のマスターは、みんなサイフォンを使用している。
いかにも喫茶店らしく絵になる姿だったけれど、これも今は昔である。

大衆食堂のテーブル。
カレーライスを注文すると、スプーンは必ずお冷の入ったコップの中に突き刺さって出てきた。
スプーンがコップの中に入っていなくても、人はわざわざスプーンを水の中に浸して濡らしてから、カレーライスを食べたものである。
カレーはそうやって食べるのが流儀だと、誰もが信じていたのだろうけれど、今は昔である。

ちょっと気取った洋食屋のテーブル。
恋人同士が食べているハンバーグライスのご飯は、フォークの裏側に乗せて口に運ぶのが鉄則だった。
かなり食べにくいと思うのだけれど、当時はそれが正しいテーブルマナーだったのだ。
だから、フォークの背中にライスを乗せて食べていた人たちは、ある程度、嗜みのある人たちだったということになるけれど、今は昔である。

寿司屋のカウンター。
まだ回転寿司屋も一般的ではなく、寿司は寿司屋で食うものと相場が決まっていたが、寿司を食う時に、ネタではなくシャリに醤油を付けて食べる人が、昔は多かった。
だから、醤油皿にはご飯粒がよく残っていたものである。

あるいは、寿司からネタを外して醤油に付けて、それをまたシャリの上に乗せてから食べるという食べ方もあった。
いずれも寿司職人からは許されない食べ方ではあったけれど、昔は寿司を食うのも自由な雰囲気だったのかもしれない。
子供の時分から回転寿司を食べ付けている現代では、そのような姿も見られなくなってしまった。

夏のスイカは、塩を振りかけてから食べるのがルールだし、トマトは砂糖をかけて食べるのが当たり前。

忘れてならないのが、「味の素」などの化学調味料だ。
どこの食堂のテーブルにも、醤油やソースと並んで「味の素」が置かれていて、漬物やおひたしなんかに振りかけて食べた。
味気ないものを少しでも美味しく食べるための工夫だったのだ。

昔の映画やドラマを観ていると、当時の当たり前の生活が生き生きと描き出されていて楽しい。
そして、今では忘れ去られた慣習も、当時は必然性のある常識的な行為だったのだ。
つまり、僕らが今生きている時代の中にも、未来には忘れ去られていく慣習みたいなものが、きっとたくさん含まれているんだろうな。


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by kels | 2013-12-30 07:03 | 食べ物 | Comments(4)