カテゴリ:Snap Short Stories( 143 )

随分昔のことだが、深夜の遠軽駅を訪れたことがある

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雪の国の停車場は人の心を何か暗くする。
中央にはストーヴがある。
それには木の柵がまわされている。
それを朝から来ていて、終列車の出る頃まで、赤い帽子をかぶった駅員が何度追ツ払おうが、又すぐしがみついてくる「浮浪者」の群れがある。

雪が足駄の歯の下で、ギユンギユンなり、硝子が花模様に凍てつき、鉄物が指に吸いつくとき、彼等は真黒になつたメリヤスに半纏一枚しか着ていない。
そして彼等の足は、あのチヤツプリンの足なのだ。
――北海道の俊寛は海岸に一日中立つて、内地へ行く船を呼んでいることは出来ない。
寒いのだ!

「北海道の「俊寛」」小林多喜二(1929年)

随分昔のことだが、深夜の遠軽駅を訪れたことがある。
氷点下20℃にもなろうかというほど寒い真冬の夜だった。
僕は札幌に帰る一人の女の子を夜行列車に乗せるために、この駅まで送り届けに来たのだ。

深夜の駅は静かだった。
待合室の真ん中にストーブがあって、やかんのお湯がシャンシャンと沸騰している。
どれだけストーブを焚いたところで、待合室が暖かくなるような夜ではなかった。

ストーブの周りには、4、5人の待合客がいた。
客はどれも中高年の男たちばかりで、みんな身体を崩して眠っていた。
ベンチの上に寝転がっている者もいた。

僕と彼女は切符を購入した後、ストーブから少し離れたベンチに座った。
なんて寒い夜なんだろうと思った。
どれだけ身体をくっつけあっても、二人はいつまでも寒いままだった。

正直に言って、真冬の深夜の駅が、これほどまでに寂しいということを、僕は知らなかった。
ストーブの周りで倒れている男たちを眺めながら、僕は小林多喜二の古い文章を思い出していた。
昭和初期の駅の空想が、頭の中から離れなかった。

「帰りたくない」と、彼女は言った。
あまりにも寂しすぎる別れだと、彼女も感じていたのだ。
列車が到着するまで、まだ時間はたっぷりとあった。

誰も何も言わなかった。
ストーブの上のやかんだけが、シャンシャンと鳴っていた。
部屋はいつまで経っても暖まらなかった。

僕は買ったばかりの切符を持って窓口に行った。
「払い戻しをお願いします」
駅員は何も言わずに、無表情のまま、キャンセル料を差し引いて金を返してよこした。

駅を出ると、夜はいよいよ寒さを増していた。


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by kels | 2016-12-18 07:49 | Snap Short Stories | Comments(0)

女子学生が大学講師に御礼の手紙を書いたところ、自身のメールアドレスを記した返信が届いた

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遅くなって店を出てみると、まだ降り続いている粉雪に風さえ少しまじって、人通りの疎らになった夜の街は、古いフィルムのようにかすれて煙っていた。
仙子はコートの襟を合せながら、ふと、あの男はこの大雪でも、銀行の前に立っているだろうかと思った。

「凍原」船山馨(1955年)

新しいカフェでコーヒーを飲んでいるとき、隣の大学生の会話が聴こえてきた。
カフェと名乗っているけれど、店内はファーストフード店のように小さなテーブル席が並べられている。
両隣の客の会話が、本を読んでいる自分の耳にも、否応なしに飛び込んでくる。

二人の女性は、同じ大学に通っている学生らしい。
ゼミの仲間たちの話やサークル活動の話で盛り上がっている。
どんな話題でだって盛り上がれる年代なのだろう。

話題は、ふと、ゼミの講師の話になった。
ゼミ生の女子学生が講師に御礼の手紙を書いたところ、自身のメールアドレスを記した返信が届いたのだという。
何でも相談してくださいと、講師からの手紙にはしたためられていたらしい。

「どん引きだよねー」と、彼女たちは笑った。
大学講師の心の奥深くに潜む下心に、彼女たちは実に敏感らしかった。
「やっちゃダメだよね、そういうこと」

昔、僕たちは手当たり次第に女の子たちの電話番号を訊ね、自分の電話番号を配って歩いた。
あるいは、そこから何かが始まるかもしれないと、淡い期待と幻想を抱きながら。
もちろん、彼女たちは、そんな時代があったことなんて何も知らない。

やがて、大学講師はすぐに彼女たちの関心から外れ、話題は人気ドラマの筋書きへと移っていった。
大学講師が、本当に下心を抱いていたのかどうか、それは誰にも分からないだろう。
確かなことは、講師のそんな行為を許すことができないという、彼女たちの潔癖な思いだけだ。

時代が変わった今、僕たちも現代風に生きなければいけないらしい。


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by kels | 2016-12-11 19:57 | Snap Short Stories | Comments(0)

喫茶店の女の子は、きっと、あの頃の僕のことを覚えているに違いない。

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真夜中の喫茶店で、懐かしい人と昔話をした。
「あの人と会っているの?」
彼女は静かに笑って、そして、小さく首を横に振った。

札幌の街外れに、小さな雑貨屋があった。
店の半分が雑貨売り場で、残りの半分がカフェだった。
いつ訪ねても静かな、気持ちの良い店だった。

その店では、アンティークとも呼べないような、中途半端な古物を売っていた。
ガラクタみたいな雑貨が好きな僕は、少しずつ、その店の虜になった。
気が付けば、僕は毎週末をその店で過ごすようになり、店は僕の暮らしの中でなくてはならない存在になっていた。

店にとって、僕は決して良い客ではなかっただろう。
週末ごとに現れては、他愛ない世間話をして、ガラクタみたいに細かいモノを、ひとつふたつ買っていくだけの客だ。
それでも僕は、数年間もの週末を、その店で過ごすことを続けた。

やがて、カフェがなくなった。
札幌で一番好きだったカフェを失ったみたいに、僕は大きく傷ついていた。
何か取り返しの付かない不始末をしでかしてしまったような気持ちだった。

それでも僕は、週末になると店を訪れた。
店の隅から隅までを歩き回り、何か見落としているものはないかと探して回った。
店のすべてが、僕は好きだった。

ある日、かつてカフェだった空間に、新しい店がオープンした。
僕の中で何かが失われたと、僕は思った。
カフェがなくなったとき以上の失望を、僕は感じていたのかもしれない。

あるいは僕は、あまりにものめり込みすぎていたのだろうか。
ひとつの店が、僕の暮らしの中になくてはならない存在となっていた。
小さな雑貨屋は、小さな雑貨屋として以上に、僕の中で重たい存在となっていたのだ。

通じ合えない何かを感じたとき、僕は店から離れることを決めた。
あれからもう長い時間が経つ。
僕の暮らしは、まるでゼロから作り直されたように変わってしまった。

喫茶店の女の子は、きっと、あの頃の僕のことを覚えているに違いない。
「最近は行っていないんですか?」と、彼女はつぶやいた。
まるで大昔の話でもしているみたいな気がして、僕は妙に照れくさかった。


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by kels | 2015-11-14 21:24 | Snap Short Stories | Comments(4)

随分昔のことだけれど、作家の小檜山博と一緒に仕事をしたことがある

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いつかの夜半、寝ていたところへ突然、酔った中上(健次)から電話がかかってきた。
どしたの、と聞くと、いまススキノの知らない店にいる、出てこいよ、と言う。
原稿に追われて書くのがいやになり、羽田を八時の最終便に乗って逃げてきたと笑った。

ぼくは身支度をしてかけつけ、またしても夜が明けるまで飲んで歌った。
朝方、ぼくは、「函館の女」を歌っていると、どういうわけか涙が出た。
すると、聞いている中上まで涙を流し出したのにはびっくりした。
歌い終わって、「なんであんたが泣くのよ」と聞くと、彼は、「あんたが泣くからよ、ちくしょう」と言って、ごつい手で涙をぬぐい、泣きながら「カスマプゲ」を歌った。

「さりげなく北の街」小檜山博(1994年)

随分昔のことだけれど、作家の小檜山博と一緒に仕事をしたことがある。
段取りまでやってから、実質的な作業は、後輩の女の子に引き継いだ。
打ち合わせをして、原稿をもらってくるだけの、簡単な仕事だ。

作家に会えると聞いて、彼女はとても張り切っていた。
まだ、社会人になって1年目の新人だった。
未来は、夢と希望と可能性に満ちていたのだ。

「ねえ、先輩」と、ある日、彼女が言った。
何か悪だくみを企んでいるような、ズルい眼をして笑っている。
前しか見えない彼女はいつだって、何かを企んで生きている女の子だった。

「私、小説家になるよ」
自信に満ちた声で、彼女は宣言した。
「君なら書けるって、小檜山先生も言ってくれた」

僕はため息をつきながら、デスクの上のコーヒーを飲み干した。
「君が小説を書くなんて知らなかったよ」
僕には、そもそも、彼女が小説を読む姿さえ、想像できなかったのだ。

「小説なんて、書いたことないわよ」と、彼女は言った。
「だから、これから書くの」
小檜山先生も、作品ができたら持ってきなさいと、言ってくれたらしい。

「どうしよう、人気作家になったら、今以上にモテちゃうかも」
彼女の視線は、いつだって遠い未来の夢の中にあるようだった。
「いいね、君は」と、僕は言った。

その後、僕も彼女も会社を辞めて、それぞれの人生を再スタートした。
久し振りに会ったとき、僕はそれとなく訊ねてみた。
「小説は書いているの?」

何か企んでいるようなズルそうな眼をして、彼女は笑った。


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by kels | 2015-08-30 07:14 | Snap Short Stories | Comments(0)

彼女は「ブクブク、ペッしてくださいねー」と言った

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街の歯医者を諦めて、僕は近所の歯医者に行った。
スーパーと同じビルに入っている、庶民的な歯医者だ。
もう夕方だったけれど、院内は子供たちの声で賑わっていた。

街の歯医者と同じことを問診表に書いて、僕は診察室に入った。
歯科衛生士の若い女性が、入念に歯をチェックしている。
やがて、歯医者が現れて、僕の口の中を点検し始めた。

「レントゲンを撮ってみないとわかりませんが」と、彼は言った。
「もしかすると、他にも治療の必要な部分があるかもしれませんが、どうしますか」
「詳しい検査は仕事の落ち着いている時期にしたい」と僕が言うと、彼は頷いた。

「じゃ、今日は被せ物を戻すだけにしましょう」
「やっても意味がありませんか?」と、試しに僕は訊いてみた。
彼は笑って、「落ち着いたら、また来てください」と言った。

やがて施術は終わり、彼は診察室を出て、小さな子供が待っている隣の診察室へと戻っていった。
歯科衛生士の若い女性が、僕の口の中を丁寧に洗浄した。
どうやら、被せ物は無事に元通りになったらしい。

洗浄を終えた彼女は、まるで小さな子供がそこにいるみたいに、「はい、それじゃあ、お口の中、ブクブク、ペッしてくださいねー」と言った。
癒されるんだけど、と僕は思った。
不愉快だった一日がすべて洗い流されたような気がして、僕は診察室を出た。

目があった瞬間、まるで母親みたいな笑顔を浮かべて、彼女は思い切り微笑んでみせた。


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by kels | 2015-03-23 20:10 | Snap Short Stories | Comments(0)

彼女のトレードマークは、その短すぎるスカートだった

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毎朝、地下鉄で一緒になる女の子がいた。
いつも同じ時間に、同じプラットホームから、同じ車両に乗り込むのだ。
学校が休みの日を除けば、彼女はいつでも僕のすぐ前を滑るようにして、地下鉄の中に乗り込んでいった。

彼女のトレードマークは、その短すぎるスカートだった。
彼女を初めて見る男性は、誰もが一瞬ぎょっとして、彼女の脚を見た。
高校の規則どおりとは思えない高校の制服が、彼女のトレードマークだったのだ。

もちろん、真冬の、最高気温が氷点下になるような日にも、彼女のスカートの短さは変わらなかった。
もっとも、彼女はスカートの下に、ジャージの短パンを履きこんでいたから、周りが心配するほど寒くはなかったのかもしれない。
地下鉄のプラットホームで、いつでも彼女は丹念に、スカートの中のジャージが見えることのないように、その短パンを短く折り込んでいた。

大抵の場合、途中の駅から男の子が乗り込んできて、彼女と一緒になった。
男の子と一緒になるために、彼女はいつでも同じ時間の、同じ地下鉄に乗り込んでいたのだろう。
最初に男の子が下車して、次の駅で僕が降り、彼女を乗せた地下鉄が、いつでもそのまま走り去っていった。

気が付くと、彼女を初めて見つけた日から、3年間が過ぎていた。
そして、気が付くと、毎朝の地下鉄風景から彼女の姿が消えていて、僕の周りには、3年前と同じように無機質な風景だけが広がっていた。
まるで、どこか遠い国を一回りしてきて、再びスタート地点に戻ったみたいに。


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by kels | 2015-03-09 20:08 | Snap Short Stories | Comments(0)

学生時代、仲間たちと海へ出かけると言えば、石狩大浜が多かった

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学生時代、仲間たちと海へ出かけると言えば、石狩大浜が多かった。
手軽で道も分かりやすかったからだろう。
取得したばかりの免許証を持って、一夏の間に何度も石狩市まで通った。

週末の混雑に比べると、平日は適度に空いていたから、授業やアルバイトをさぼって海まで出かけた。
夏の間、誰彼ともなく声をかけては、海で遊んでいたのだ。
天気が悪いという理由でもなければ、海に行かない理由がないような気がしていた。

石狩大浜へ行くときは、ほとんどが日帰りの海水浴だった。

午前遅くに街を出て、昼過ぎにビーチに到着して、みんなでバーベキューを食べた。
夕方まで泳いだり、体を焼いたりしていると、あっという間に太陽は沈む。
海で泳げるようになる頃、日没は随分と早くなっているように思えた。

一度だけ石狩浜でキャンプをしたことがある。
海キャンプをしようと盛り上がったものの、みんなのスケジュールがうまく調整できなかったのだ。
いつもの手軽な石狩の砂浜で、僕たちはテントを張って、一夜を明かした。

平日の夜のことで、他にテントを張っている人たちなんて、誰もいなかった。
おまけに風が強くて潮騒のうるさい夜で、僕たちはほとんど一睡もせずに、酒を飲み、くだらない馬鹿話をしていた。
焚き火の炎が燃え尽きてしまわないように、集めた大量の流木を火の中へ放り込み続けた。

今にして思うと、ひどく退屈で馬鹿馬鹿しいキャンプだったけれど、それだけに、あの夜でなければ過ごすことのできない貴重な時間でもあった。
大人になるほどに僕たちは賢く合理的になって、退屈で馬鹿馬鹿しい夜を過ごすことなんかなくなってしまう。
退屈で馬鹿馬鹿しいことさえも、あの頃は有意義で尊いものだと信じていたのだ。

翌日、遊泳禁止の海を眺めながら、僕らは黙々と朝ごはんを食べた。
みんな、二日酔いと睡眠不足としゃべり過ぎで、頭がおかしくなりそうだったに違いない。
もう二度と、誰も、石狩浜でキャンプをしようとは言い出さなかった。


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by kels | 2014-07-22 21:22 | Snap Short Stories | Comments(0)

「悪いけど、昔のことは思い出したくないんだよね」と、僕は言った。

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「kelsさん、お客様ですよ」と、耳元で女性の声がした。
アルバイトの女の子が怪訝そうな顔をして立っている。
「なんか、サーファーみたい人なんですけど」

受付まで出て行くと、学生時代の後輩が立っていて、僕と目が合うと「やあ」と手を挙げた。
僕は彼の手を握りながら「ずいぶん久しぶりだね」と言った。
最後に彼と会ったのは、もう何年前のことになるのだろう。

応接セットのソファに座りながら、僕は笑った。
「ずいぶんラフな格好をしているじゃないか。とても同業者には見えない」
彼は少し苦笑して「ちょっと浮いているかもしれないな」と言った。

日焼けした顔と長い髪。
胸を大きくはだけたストライプのシャツの上に、コードレーンのジャケットを羽織っている。
一瞬、僕は彼の胸にネックレスがぶら下がっているような気がしたけれど、それは見間違いだったらしい。

学生の頃、僕等はよくこうやって二人きりで話をしたものだった。
親元で暮らしていた彼は、一人暮らしの僕のアパートで、週の半分以上を過ごしていた。
僕の部屋へ遊びにきた女の子たちは「兄弟みたいだね」と言って笑った。

性格はまるっきり違う二人だった。
どちらかと言えばどんな人間でも受け入れる僕に比べて、彼はほとんどの人間を受け入れなかった。
それ以上に彼は、ほとんど誰とも口をきくことさえなかったのだ。

僕という人間との中途半端な共同生活の中で、彼は少しずつ変わっていった。
なにしろ、僕の部屋にはいつだって誰かが訪れては、意味のない時間潰しをしていたのだから。
およそ無数とも思われる人間関係の中で、いつの間にか彼はどんな人間でも受け入れる人間になっていた。

やがて学校を卒業して社会に出た僕らは、偶然にも同じ業界の人間となり、同じ苦労を味わうこととなった。
仕事で交錯することはほとんどなかったけれど、二人の生き様はそれほど変わらないように思えた。
彼の手を握り締めたときに、僕はそんなことを考えていた。

「あの頃の仲間とは会っていますか?」と、彼は言った。
「悪いけど、昔のことは思い出したくないんだよね」と、僕は言った。
「相変わらずなんだから」と言って、彼は小さく笑った。


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by kels | 2014-06-27 20:37 | Snap Short Stories | Comments(0)

あまりにゆとりがなさすぎるんだから。僕たちの人生っていうやつは。

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人生のゆとりって何だろうか。
道端で咲いているライラックの繁みにそっと足を止めて、淡い紫色の花に顔を近づけて、静かにその匂いを探ってみる。
人生のゆとりっていうのは、案外、そんなことなのかもしれないな。
あまりにゆとりがなさすぎるんだから。
僕たちの人生っていうやつは。


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by kels | 2014-05-20 20:03 | Snap Short Stories | Comments(2)

ある日、彼女が「このまま一緒に暮らさない?」と言った

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水曜日の夕方の街角で、不意に彼女と再会した。
それは、あまりにも突然のことで、一瞬、僕はそれが誰かを思い出すことができなかった。
「ずっと昔に知っていた人」だと、僕は思った。

「ずいぶん久しぶりね」と言って、彼女は笑った。
14年振り、あるいは、15年振りくらいかもしれない。
今さら、こうして偶然に再会することが、奇跡であるかのようにさえ思えた。

彼女は、あの頃と何も変わっていないように、僕には思えた。
けれども、ゆっくりと彼女の表情を見ていると、そこには確かに時間の流れが刻まれていた。
15年間という時の流れは、僕たちの取り分を取ることを忘れてはいなかったのだ。

あの頃、僕も彼女もまだ独身だった。
二人とも、まだ20代前半で、社会人としての右も左も分からないような年齢だった。
自分たちだけが、すっかりと大人気取りで浮足立っていた。

彼女に誘われて、僕は時々彼女の自宅で食事を食べた。
彼女は母親と二人暮らしで、僕らは三人で彼女の母親の作った料理を食べた。
いつ行っても、手間のかかった丁寧な食事が、食卓の上に並んでいた。

僕は学校を卒業して、すぐに地元の出版社で働き始めていた。
彼女はまだ学生で、来年の就職をどうしようかと悩んでいるところだった。
僕らは食事をしながら、いろいろな話をした。

ある日、彼女が「このまま一緒に暮らさない?」と言った。
「どういう意味?」と僕が言うと、彼女は少しだけ意味ありげに笑った。
「そういう意味よ」

いつの間にか、3人で食事をすることが当たり前になりかけていた。
あるいは、僕たちは、まるで一つの家族のように思い始めていたのかもしれない。
少しの不自然さもなく、ひとつの違和感もないままに。

僕が彼女の家へ帰らなくなったのは、いつの頃からだっただろうか。
僕の部屋には、彼女の知らない女の子が暮らし始め、僕たちは別々の人生を歩き始めていた。
気が付けば15年が過ぎ、僕たちは15年分の年齢を取って、不意の再会をした。

「結婚してるの?」と、彼女は言った。
「うん」と、僕は答えた。
僕は、なんだか泣きたいような気がして、どうしようもなかった。

「君は?」と、僕は言った。
彼女は、あの時と同じように、少しだけ意味ありげに笑ってみせた。
「一人よ、もちろん」

街の陽は暮れ始め、雑踏の中で、僕たちだけが行き場を失って立ちつくしていた。


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by kels | 2014-05-15 21:48 | Snap Short Stories | Comments(6)