カテゴリ:建築( 249 )

札幌市内の建築物を観て、こんなに興奮したのは、実に久しぶりのような気がする

b0103470_1917415.jpg

1926年に北海道庁立図書館として建てられた道立文書館別館という歴史的建造物を保存しながら、新たに菓子店舗とする計画です。
札幌を代表する道庁まわりの景観の一角をなす表通りに面する外壁と階段室を補強・保存して、後ろ側の部分は新しい建物に建て替えています。

新たに建て替えられる店舗部分は、3階分の高さの吹抜けを持つ大空間となっており、この大空間にあたかも宙に浮くようにカフェスペースとなる2階の床を架け渡しています。
その吹抜けに面して、保存されたレンガ壁全面を見ることができます。
天井は細い柱に支えられた連続する白色の繊細なクロスヴォールトとなっていて、元のままに残された南に面する窓から差し込む柔らかな光の中、むき出しのレンガ壁の素材感と緊張感のある対比を見せています。

また、カフェスペースの東西の壁は、かつてここが図書館であったことを継承し全面を北海道の歴史とお菓子の本で埋め尽くされる本棚にしています。
市民の皆さんに永らく親しまれてきたこの旧い佇まいを、“外”だけでなく“内”においても継承しながら、菓子店舗として、そして市民にとっての“サロン”となり得るような空間の実現を目指しました。
2階のカフェスペースではミニコンサートなどイベントも行われます。
北海道の歴史が息づくこの街の一角から、地域の未来へと向かう健やかな力が育まれていくことを期待しています。

「安藤忠雄氏からのメッセージ」北菓楼公式サイトより(2016年)

カフェを出た後、しばらく建物の内部を観察して歩いた。
「北菓楼札幌本館」の話の続きである。
そもそも僕は、この建物の内部を観たくて、ついでにカフェにも寄ったくらいなのだ。

正直に言って、札幌市内の建築物を観て、こんなに興奮したのは、実に久しぶりのような気がする。
館内の隅々まで歩き回り、壁や階段のあちらこちらを触りまくった。
もう、建築フェロモンが放出されまくっているような感じだった(笑)

この建物の元になっているのは、大正時代に建てられた道立図書館である。
図書館時代の様子については、更科源蔵がいろいろと書き残している。
戦後まで、この図書館は、札幌の文化人たちが集まる場所だったらしい。

近年は、道立文書館として(つまり、道庁の別館庁舎として)普通に使われていた。
仕事の関係で、僕は何度か訪れたことがあるけれど、古くて狭くて暗くて汚い建物という印象が強い。
大正時代の建物なんだから、ある意味では当然だと思う。

この古い建物が、安藤忠雄の手によってリノベーションされた。
古い時代を継承した新しい建物の誕生である。
大正建築と安藤建築を同時に楽しめるのだから、こんなに贅沢な話はない。

大正モダンの赤煉瓦とコンクリートの現代建築とのコラボレーションは、まさに見所だと思う。
この建物が、無料で自由に見学できるのだから、こんなに素晴らしいことはない。
お土産に、お菓子のひとつやふたつくらい、買って帰ろうという気持ちにもなるはずだ(笑)

札幌の、新たな観光名所が誕生したと、僕は思う。
そして、それが札幌の古い時代の遺産を活用したものであることを、僕はとても誇らしく思う。
良かった、素晴らしいリノベーションになって。


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑
「にほんブログ村」に参加をしてみました。
1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels | 2016-04-03 19:41 | 建築 | Comments(0)

道庁赤れんが庁舎前の「北3条広場」も、すっかりと札幌の街に馴染んだらしい

b0103470_0422971.jpg

ビル・ラッシュも相当のものである。
すこし外出をひかえていると、思わぬところに九階建てのビルができあがりかけている。
工事中の板がこいが方々にあるので、完成するまでそれと気づかぬのかもしれない。
札幌軟石やレンガを使った古風な洋風の建物は次々に姿を消していく。
名物の時計台もビルの谷間に、窮屈そうに埋まっている。
つい最近は、中央郵便局の新庁舎ができて、ロシア式のどっしりした古い庁舎は取り壊される運命にある。

「スモッグの町」原田康子(1962年)

道庁赤れんが庁舎前の「北3条広場」も、すっかりと札幌の街に馴染んだらしい。
新しいビルに囲まれた広場は、まさに札幌の新名所である。
赤れんがの目の前だから、既に多くの観光客が訪れている。

夜になるとイルミネーションが輝くから、わざわざ出かけていくだけの価値はある。
しかも、ここのイルミネーションは、次々と色が変化していく最新式のやつだ。
真冬の寒ささえ我慢できれば、札幌旅行の素晴らしい思い出にはなると思う。

明治時代の赤レンガ庁舎と現代的な高層ビルのコントラストも美しい。
いかにも、札幌の街を象徴するような空間だ。
札幌市時計台と違って、計算された街づくりが成功した事例なのかもしれない。

ビルは地下歩行空間につながっているから、移動は意外と簡単である。
氷点下の屋外を歩いて移動する必要性は、ほとんどない。
こんなところにも、札幌の現代らしさがあるんだなあと感じてしまう。


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑
「にほんブログ村」に参加をしてみました。
1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels | 2016-01-24 01:01 | 建築 | Comments(2)

東急デパートの並びのビルの10階に焼き肉屋「徳寿」がある

b0103470_732393.jpg

札幌の高層建築といえば、上空には今では九階まで延び上がっておるものが二つある。
それは札幌第二電話局と第一生命ビルであり、今のところ、北海道一の高層建築だ。
しかし、上に伸びるのも限りがあろう。
今後の建物は、地下にもぐり込む時代に入るかもしれない。

「札幌九十年」中島九郎(1958年)

東急デパートの並びのビルの10階に焼き肉屋「徳寿」がある。
焼き肉屋というよりはオシャレなレストランという雰囲気の店だ。
静かな店なので、プライベートでの焼き肉に、時々利用している。

ビルの最上階だから、眺めは良い。
とは言え、今どき10階程度では高層建築とは言わないだろう。
ステラプレイスの「牛角」の方が眺めは良い。

札幌駅前と言っても東端に近いから、夜景というほども夜景もない。
さっぽろテレビ塔が見えるくらい。
まあ、「都会の喧騒から離れて」ってやつだ(笑)

それにしても、さすがに高いビルが増えたなあと思う。
上の昭和33年の時代では9階が限界だと思われていた。
札幌オリンピックの時代にだって、街づくりはほとんど完成したと考えられていたことだろう。

50年後の街の風景なんで、誰にも予測つかないようなあ。


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑
「にほんブログ村」に参加をしてみました。
1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels | 2015-12-13 07:37 | 建築 | Comments(0)

きっと、人生を変えるきっかけというのは、至るところに転がっているのだろう

b0103470_6124029.jpg

ふと気がつくと、私の手の上に、大きなデリシャスが乗っている。
驚いて顔をあげると、くだんの老人がニコニコと笑いながら、「神様のお授けものです」という。
この老人が、ジョン・バチェラー博士である。
博士は、私のかたわらにあるバイオリンのケースを見て、やおらに、私に手を出させ、指を丹念につまんでみて、皮肉に、しかもユーモラスな表情で、「ハハア! あまりうまくないな」と笑った。
(中略)
「小樽は、コマーシャルな町だから、あなたには不向きである。札幌にいらっしゃい」と言って、熱心にすすめてくれた。

「読売新聞・北海道の建築」田上義也(1959年)

東京のフランク・ロイド・ライトの下で建築を学んでいた田上は、関東大震災を機に北海道へと向かう。
北へ向かう列車の中で出会ったのが、アイヌ民族研究者のバチェラーだった。
結局、バチェラーに誘われるままに、田上は札幌の人となる。

このエピソードを思い出すたび、僕は、人の人生というのはすごいなあと感じてしまう。
きっと、人生を変えるきっかけ(いわゆる転機)というのは、至るところに転がっているのだろう。
後になって、それが転機であったことを、人は知るのだ。

それにしても、大正12年、小樽は「コマーシャルな街」だったんだなあ。


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑
「にほんブログ村」に参加をしてみました。
1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels | 2015-09-06 06:40 | 建築 | Comments(6)

竹山実の実家は、札幌の貴重な建築遺産だと思う

b0103470_5314982.jpg

外部をアルミの化粧パネルで覆った結果、この古い木造家屋は外層が一変して、見違えるように生まれ変わった。
海産物問屋のイメージを、アルミの青と白のストライプのパターンに漂わせて、昔の面影を残そうとしたが、近所の人はアッという間に、まったく新しい建物ができたと信じ切って、みんな驚いたようだ。
しかし、事実はそうではなく、外側のアルミを取り払うと、昔の木造の家が、そのまま現れてくる。
だから、新築したと信じ切っている近所の人が訪ねてきて、内部に入ると、みんな一様に驚き、同時に、ややがっかりしたそうだ。

「そうだ!建築をやろう」竹山実(2003年)

建築家・竹山実の実家は、札幌の中心部にある。
竹山の言葉を借りれば、「この都市の目抜き通り、しかも空港に直結した国道に面した家」だった。
現実的に、多くの人の目に触れる場所だと言っていい。

1972年、札幌オリンピック開催を機に、竹山の父は、老朽化した家の修復を決意する。
何しろ、当時で既に80年以上の風雪に耐えてきた、古い住宅だったのだ。
しかし、この古い住宅の修復は、決して簡単なものではなかった。

竹山の提案は、周りから見える二面を、新しい外壁で覆ってしまおうというものだった。
そして、アメリカ製のアルミで包まれた「新しい家」は、たちまち完成したらしい。
札幌に現存する「竹山実作品」である。

僕はこのアルミ製の住宅も、札幌の貴重な建築遺産だと考えている。


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑
「にほんブログ村」に参加をしてみました。
1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels | 2015-08-09 05:48 | 建築 | Comments(0)

札幌の戦争遺跡と言って、すぐに思いつくのが、北大農学部の校舎だろう

b0103470_20134975.jpg

昭和11年の秋の大演習のとき、私はちょうど札商の1年生でした。
確か演習の後だったと思いますが、陛下が市内の何か所かをお回りになる途中、小学校も中学校も一般市民も、沿道に並んでお迎えしたんです。

あらかじめ整列する場所が決められていましてね、私らは鉄道病院の裏辺りでした。
あいにく雨降りでしたが、傘もマントもダメ。
油紙の合羽のようなものを被り、行列が近付くと、それを脱いで陛下のお車が前を通過されるときに、最敬礼です。

「さっぽろ文庫73 昭和の話」(1995年)

札幌の戦争遺跡と言って、すぐに思いつくのが、北大農学部の校舎だろう。
この校舎は、昭和11年に開催された陸軍特別大演習の大本営として使用するために建設されたものだ。
その気にさえなれば、戦前の空気を、この建物から読み取ることもできそうな気がする。

もちろん、歴史を知らなければ、昭和モダンでカッコいい建築に過ぎないのだけれど。


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑
「にほんブログ村」に参加をしてみました。
1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels | 2015-08-05 20:39 | 建築 | Comments(0)

その頃、4プラは東京以北で最大規模のファッションビルと言われたらしい

b0103470_21124787.jpg

毎週末ごとに街をフラフラしているけれど、街の風景をじっくりと観ることはほとんどない。
日常風景なんて、そんなものだろう。
いつも観ているから知っているとは限らないのが、日常風景というやつなのだ。

「札幌三越」前の交差点に立って、対角線の「4丁目プラザ」を眺めてみる。
「4プラ」のビルを、マジマジと眺めたことなんてないかもしれない。
きちんと向き合ってみると、意外と新しい発見がある。

雪印メグミルクの看板と、その下に電光掲示があることは分かっている。
まだ高校生だったハンカチとマー君の熱い闘いも、この電光表示で放映されていたのだ。
あの夏、歩行者天国の交差点には、実にたくさんの市民が集まっていたっけ。

左側の壁に「ザ・スーツカンパニー」の看板がある。
ビジネス用のスリムなシャツがほしいとき、僕はこのお店に行くことがある。
そう言えば、紺色のネクタイを買ったこともあったような気がする。

じっくりと眺めるビルの装飾は、思った以上に少なかった。
「4プラって、こんなにあっさりしてたかな」と、ちょっとびっくり。
店内のゴチャゴチャしたイメージが先行しているのかもしれない。

ビルの高さは、周りの風景の中にしっかりと溶け込んでいる。
つまり、当時の基準では、この高さが限界だったということなのだろう。
札幌五輪の時代、1971年の開業だった。

その頃、4プラは東京以北で最大規模のファッションビルと言われたらしい。
札幌絶頂期を思わせる話だが、4プラは今も多くの若者たちの関心を惹きつけている。
札幌五輪の時代も、古いビルの話も、現代の若者たちには関係ないのだ。


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑
「にほんブログ村」に参加をしてみました。
1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels | 2015-04-11 21:40 | 建築 | Comments(0)

古いビル巡りをするとき、僕はいつでも時計を気にしている

b0103470_1913798.jpg

リビングの壁掛け時計を探したことがある。
欲しかったのは、時計本体が壁の中に埋め込まれているタイプの時計だ。
もちろん、そんな時計を見つけることはできなかった。

古いビルを訪れるたびに、壁の時計が気になった。
時計にフレームはなく、時間表示と針だけが、壁の表面に飾られている。
一切の虚飾を排除すると、こんな時計になるのかもしれないと思った。

一切の虚飾がないのに、デザインだけは実に優れている。
みんな同じようなのに、まったく同じものはない。
戦後日本のモダニズム・デザイン思想が、このシンプルな時計には溢れているような気がする。

そんなこともあって、古いビル巡りをするとき、僕はいつでも時計を気にしている。
どこにでもあると思っていた時計だけれど、古いビルが少なくなっているように、このシンプルな時計も、確実に消えつつあるらしい。
気が付けば「そう言えば、昔そんな時計があったねえ」ということになるのだろうか。


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑
「にほんブログ村」に参加をしてみました。
1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels | 2015-04-08 19:23 | 建築 | Comments(0)

久しぶりに、大同生命ビルの螺旋階段の写真を撮ってきた

b0103470_19331510.jpg

札幌大同生命ビルの立替計画が報道されたのは、昨年末のことである。
新年度に入ったが、その後、新たな報道はないようである。
改めて、最初の報道を振り返ってみる。

大同生命保険が、札幌市中心部にある「札幌大同生命ビル」の建て替えを計画していることが26日までに分かった。
今後、新たなビルの規模を決める市場調査に入り、設計作業を経て現ビルの解体に取り掛かる。
越山ビルディングズと富国生命保険による再開発に次ぐ、都心部の大型建設事業となる見通しだ。
札幌駅前通に面する札幌市中央区北3条西3丁目1の現ビルを解体し、跡地に新たなビルを建てる方向で検討している。
現ビルはSRC造、地下2地上15階、延べ約1万3300m2。
地下1階に飲食店、1、2階と5階から12階に同社北海道支社などのオフィスが入る。
建築家の黒川紀章氏が設計したことで知られている。
築39年が経過し老朽化していることから建て替えを計画。
同社では「建て替える方針だが、新たなビルの規模や工事の開始時期など詳細はまだ決まっていない」(東京本社広報課)と話している。

北海道建設新聞(2014年12月27日)
札幌駅前通りの再開発が進む中、建替検討は、ある意味で当然のことなのかもしれない。
それが著名な建築家の作品であっても例外ではない。
オフィスビルである以上、将来的な建替も前提条件の中に入っているはずだからだ。

と、理屈では理解できていても、一つの建物がなくなるということは、やっぱり寂しいことである。
非永遠性が建築物の魅力なのかもしれないけれど、変わらないものが世の中にあったっていいとも思う。
新しいものと古いものとの共存こそが、街並みというやつなのだ。

久しぶりに、大同生命ビルの螺旋階段の写真を撮ってきた。
相変わらずクールでエッジが効いていて、時代遅れなんていうものを感じさせない。
覗き込むだけでドキドキするような螺旋階段なんて、札幌に、あといくつあるんだろう。

先のことは分からない。
分かっていることは、建築とは現在と向き合うべき存在だということである。
僕たちに必要なことは、今ある札幌大同生命ビルとしっかり向き合うことなのだろう。


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑
「にほんブログ村」に参加をしてみました。
1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels | 2015-04-02 19:36 | 建築 | Comments(0)

「旧永山武四郎邸」は札幌の建築好きの密かな隠れ家としてお勧めだ

b0103470_5423386.jpg

北3条通りを東側から歩いて行くと、サッポロファクトリーの手前に「旧永山武四郎邸」がある。
周辺は公園として整備されていて、ファクトリーと合わせて、かなり趣きのある空間となっている。
地元の人たちにとっては憩いの空間とも言うべき場所かもしれない。

永山武四郎は第2代の北海道庁長官を務めた人物だ。
旭川市には「永山」という地名が残り、「永山神社」なる立派な神社も残っている。
ずっと昔のことだが、僕もこの永山地区で暮らしていたことがある。

「旧永山武四郎邸」は、その永山武四郎が明治13年頃に建てた自邸である。
無料で公開されているので、サッポロファクトリーのついでに立ち寄るとちょうどいい。
札幌市内でも貴重な歴史的建造物で、建築好きの方にはお勧め。

もっとも、写真の洋館は昭和12年になってから増築されたものである。
観覧の出入り口が、この洋館玄関になっているので、僕の場合「旧永山武四郎邸」と言うと、ついこの洋館の方を連想してしまう。
昭和初期の洋館建築って、やっぱり美しいんだよね。

実際の「武四郎邸」は純和風の建物である。
時の北海道庁長官の黒田清隆は、この純和風建築を見て激怒したんだとか。
なにしろ、当時の北海道開拓使は、洋風文化の導入に苦労していたときだったから、自邸も当然に洋風建築で建てるべきだと、黒田長官は考えたのかもしれない。

僕がこの建物を好きなのは、いつの季節も静かだから。
とにかく、いつ訪ねて行っても、誰かと一緒になったりすることがほとんどない。
時間帯とか曜日の関係もあるのかもしれないけれど、もう少し観光客がいてもいいのになあと思う。

まあ、札幌の建築好きの密かな隠れ家として、このままでもいいかなあとも思うんだけどね(笑)


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑
「にほんブログ村」に参加をしてみました。
1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels | 2014-11-15 05:59 | 建築 | Comments(0)