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冬が近くなると、船山馨の「北国物語」を読みたくなる

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自動車は停車場通りをまっすぐに中島公園へぬける広い電車通りを走っていた。
道路の両側に巨大なアカシアの街路樹が鬱蒼として続き、その緑の繁みの間から、五番街デパートの赤煉瓦の建物がちらちら覗いたり、むかし北海道随一と言われた山形屋旅館の古い木造建築が見えたりするのは、もとのままの風景であったが、すぐその山形屋の一丁も先には、鉄筋コンクリートの八階建てのグランドホテルができ、そのまた少し先の十字街には、三越デパートの支店が瀟洒な六階建てで聳えていたりするのは、さすがにここも十四年の歳月がうかがわれるのであった。

「北国物語」船山馨(1941年)


冬が近くなると、船山馨の「北国物語」を読みたくなる。
物語冒頭に登場する札幌駅前通りの描写を見るだけで、この作品が札幌の街を舞台としていることが、よく分かる。
船山馨は、札幌西高校出身の郷土の作家だ。

札幌三越の開店は昭和7年、札幌グランドホテルの開館が昭和9年である。
伝統ある五番館百貨店や山形屋旅館の中に、新しい文化が生まれつつある街の姿が、そこには描かれている。
それは、10年以上も札幌の街を離れた者にとって、まさに激変とも言うべき街の変わり様だったに違いない。

船山馨が「北国物語」を発表してから、70年以上の時間が過ぎた。
伝統の象徴であった山形屋旅館も五番館デパートも既にない。
若い人たちには、その名前さえも歴史の副教材の中の言葉に過ぎないだろう。

停車場通りという言葉も、そこに並んでいたという巨大なアカシア並木も、今はもうない。
駅前通りと名前を変えた札幌のメインストリートは、現在もその姿を変容させつつある。
変わりながら成長していくことが、街の宿命なのだと言わんばかりに。


by kels | 2017-11-05 07:30 | 文学 | Comments(0)

今、渡辺つゆについて、詳しく知る術は何もない

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おつゆさんの命日にふさわしい雨だ。
あなたは春を知らずに過ぎた、秋の寂しい女だった。

「つゆ女伝」吉屋信子(1963年)

昔、渡辺水巴という俳人があった。
「紫陽花や白よりいでし浅みどり」という有名句がある。
大正から昭和初期を代表する人であった。

この俳人には、つゆという妹がいた。
生涯独身で、兄・水巴の世話をし続けたという。
己の女性としての幸せよりも、兄への献身に生きがいを見出していたというのか。

今、この渡辺つゆについて、詳しく知る術は何もない。
ただ、彼女の残したいくつかの俳句を読むことができるくらいだ。
それが僕には、何だか寂しいような気がしている。

圧し鮨の笹の青さや春の雪 渡辺つゆ女

つゆは、太平洋戦争が始まる直前の10月10日、兄より先に帰らぬ人となった。
58歳だった。
つゆの好物は、笹巻鮨だったという。

by kels | 2017-08-27 07:02 | 文学 | Comments(0)

僕は小説家以上に随筆家に憧れていたのだ

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学生アルバイトにアイスクリーム売りをしたのは、昭和23年の夏であった。
当時、父の転勤で我が家は仙台に引っ越しており、私と弟は麻布市兵衛町の母の実家から学校へ通っていた。
応分の仕送りはあったのだが、新円切り換えになって間もない時分でもあり、本を買ったりスバル座でアメリカ映画を見たりするには、お小遣いが足りなかったからである。

「学生アイス」向田邦子(1978年)


「アンドプレミアム」で向田邦子の文章が紹介されていた。
旅行に関する文章だったような気がする。
書店で向田邦子の名前を見たとき、無意識のうちに手に取っていた。

向田邦子の随筆は、過去にひととおり読んでいるはずである。
それでも全然記憶にないような話が、次々に出てきた。
「読んだ」と言っても、それは、もう随分昔の話なのだ。

等身大の随筆というのは、読んでいて気持ちが良いものである。
自分も、こういう随筆を書きたいと、昔に思ったことを思い出した。
僕は小説家以上に随筆家に憧れていたのだ。

by kels | 2017-08-19 07:21 | 文学 | Comments(0)

この夏は戦中戦後にかけての日記文学を随分読んだ

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八月十五日
本日正午、いっさい決まる(※終戦のラジオ放送)。
驚愕の至りなり。ただ無念。
しかし、私は負けたつもりはない。
三千年来磨いてきた日本人は負けたりするものではない。

「海野十三敗戦日記」海野十三(1971年)


この夏は戦中戦後にかけての日記文学を随分読んだ。
随筆も好きだが、日記には自己と向き合う切なさがある。
回想録とは異なる生々しさがある。

若い頃は小説ばかり読んでいた。
磨き上げられた文章とストーリーは、小説の醍醐味である。
少年時代から今に至るまで読み続けている文学作品もある。

少し前までは随筆を好んで読んだ。
随筆は観察と感性の文学である。
日常の何気ない一瞬にドラマがあることを気付かせてくれる。

最近は古い文学者の日記を中心に読むようになった。
文学者の書く日記は、純粋な日記と言えるかどうかわからない。
文学者は、常に自分の書いたものが、いつか発表されるかもしれないということを、きっと意識しているに違いないからだ。

しかし、日記は極めて個人的な文学である。
美しい修飾語も社会的な問題提起も必要ない。
日記として残しておくべき言葉だけが、そこには並んでいる。

正解だとか誤りだとかを超えて、そこにはある種の真実がある。


by kels | 2017-08-19 06:28 | 文学 | Comments(0)

日本にとって、8月15日前後は、敗戦の季節である

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戦後、続々と創刊されだした俳誌が、なぜ私の俳句を特別に求めるのか、私にはよく分からなかった。
多分、戦争中作品を発表しなかったので、珍しかったのと、原稿料を払わなくても寄稿しそうだったからであろう。
しかし、私は貧しかった。

「俳愚伝」西東三鬼(1959年)

本日8月19日は「俳句の日」だそうである。
ニュースを読もうと思って、Yahooを開いたら、そう書いてあったのだ。
俳句もインターネットの時代である。

この季節は、どうしても終戦記念日に因んだものを思い出す。
日本にとって、8月15日前後は、敗戦の季節である。
単なる「夏」とは、やはり違うのだ。

広島や卵食ふ時口ひらく 三鬼


by kels | 2017-08-19 06:06 | 文学 | Comments(0)

敗戦国としての屈辱は、今、この国にはないように思える

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遂に敗けたのだ。戦いに破れたのだ。
夏の太陽がカッカと燃えている。
目に痛い光線。列日の下に敗戦を知らされた。
蝉がしきりと鳴いている。音はそれだけだ。静かだ。

「敗戦日記」高見順(1945年)


戦時中の記録は、日記文学が充実している。
好きなことを好きなように書けなかった時代。
せめて、日記と向き合いながら、文学者も自分と向き合っていたのだろうか。

庶民にとって戦争の悲惨さは、終戦後にこそ、まざまざと明らかになってくる。
人々は空襲の恐怖から解放されると同時に、国家としての誇りを喪失していく。
敗戦国の民衆として生きていかなければならない絶望が、街には溢れていく。

荒廃した人心というものは、その時代を生きた者にしか分からないだろう。
自分が生き延びるために、誰もが必死の時代だったのだ。

敗戦から長い時間が経過した。
敗戦国としての屈辱は、今、この国にはないように思える。
敗戦とは(あるいは戦争とは)、高度な政治的問題ではなく、庶民の中の日常的問題ではあるけれど。

by kels | 2017-08-09 05:52 | 文学 | Comments(0)

本当のさよならは、悲しくて、さびしくて、切実な響きを持っているからね。

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君はぼくを買ったんだよ、テリー。
なんとも言えない微笑や、ちょっと手を動かしたりするときの何気ない動作や、静かなバーで飲んだ何杯かの酒で買ったんだ。
今でも楽しい想い出だと思っている。
君との付き合いはこれで終わりだが、ここでさよならは言いたくない。
本当のさよならは、もう言ってしまったんだ。
本当のさよならは、悲しくて、さびしくて、切実な響きを持っているからね。

「長いお別れ」レイモンド・チャンドラー/清水俊二・訳(1953年)


とうとう「長いお別れ」を読み終えてしまった。
これで、清水俊二の訳による一連のフィーリップ・マーロウ・シリーズは終わりである。
最後に「長いお別れ」を読んで、本当に良かったと感じている。

チャンドラーのマーロウものは、若い頃から繰り返し読んできた愛読書だ。
ただ、このようにシリーズものを続けて一気に読むのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。
おかげで、この1か月の間、仕事で忙しいながらも、非常に充実した時間を過ごすことができた。

「長いお別れ」は、僕にとって、あらゆる文学作品を通じて特別だと思える小説のひとつである。
そもそも、若い頃から、大人の友情をテーマにした文学作品が好きだったような気がする。
「長いお別れ」も、また、大人の友情をテーマにした、優れた文学作品なのだ。

せっかくの機会なので、ここから先は、村上春樹の翻訳によるマーロウ・シリーズを読んでみようと思う。
最初の一冊は、昨日、清水訳を読み終えたばかりの「ロング・グッドバイ」である。
清水訳で得られた感動を、村上訳は与えてくれるのだろうか。

もっとも、僕は村上春樹の訳によるマーロウ・シリーズは、既に一読済みである。
一読した限りでは、文学作品としての感動は、古い時代の翻訳の方が勝ると思った。
今回は、じっくりと、村上春樹の文章と向き合ってみたい。

by kels | 2017-07-17 17:41 | 文学 | Comments(0)

最近、小説は外国の古いハードボイルド小説しか読まない。

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しっかりしていなかったら、生きていられない。
やさしくなれなかったら、生きている資格がない。

「プレイバック」レイモンド・チャンドラー/清水俊二・訳(1958年)


6月の下旬に何となく「プレイバック」を読み返してから、清水俊二翻訳のマーロウシリーズにハマってしまった。
結局、「高い窓」「湖中の女」「さらざ愛しき女よ」と読了し、本日から最後の「長いお別れ」に取りかかるところ。
いずれも昔から書棚にキープしているものだが、今回も新鮮な気持ちで読み通すことができた。

最近、小説は外国の古いハードボイルド小説しか読まない。
大人になったということなのだろうか。

by kels | 2017-07-09 07:16 | 文学 | Comments(0)

北海道立文学館に行って「ふみくらの奥をのぞけば」展を観てきた

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北海道立文学館に行って「ふみくらの奥をのぞけば」展を観てきた。
展示は今日が最終日で、僕はギリギリ滑り込むことができたわけだ。
僕はいつでも余裕のない暮らしをしている。

「ふみくら」は、文学館の文庫・収蔵庫の名前である。
だから、言ってみれば、本展示は所蔵品展に過ぎない。
所蔵品展であっても、展示物は十分に見応えのあるものばかりだった。

北海道に関わりを得た多くの文学者に関する資料が展示されている。
直筆原稿もあれば、書簡があり、色紙がある。
北海道文学史を俯瞰することができる、貴重な展示だ。

言葉を換えると、北海道文学展と言っても良いような気がする。
あるいは、北海道文学展とは、このような展示だったのではあるまいか。
北海道文学オタクには、充実の展示だった。

このような展示で北海道文学を俯瞰してから、個々の文学者の活動に深く入っていけば良い。
北海道文学の入口として、今回のような展示は、ぜひ常設展のような形で披露していただきたいなと思う。
それだけの価値のある特別展だった。


by kels | 2017-06-18 19:38 | 文学 | Comments(0)

多くの小説を読みながら、人生をより深く生きるためのヒントを得てきた

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あと二週間たつと、一年中で一番日の長い日がくるのよ。
あんたたち、一年中で一番日の長い日をいつも待ちうけていながら、いよいよというときにうっかり過ごしてしまうことってあって?
あたしはね、一年中で一番日が長い日を待ちうけていながら、いつもうっかり過ごしてしまうんだ。

「華麗なるギャツビー」スコット・F・フィッツジェラルド/野崎孝・訳(1925年)


昨日からフィッツジェラルドの「ギャツビー」を読み始めた。
「ギャツビー」は一夏の物語である。
当然、僕にとっては、夏に読むべき物語のひとつとなっている。

良い小説というのは、作品の中のささいな文章のひとつひとつさえが啓示に満ち溢れている。
啓示に満ちた文章を読むとき、読者は、そのひとつの文章から、何かを学び取ろうとする。
そうやって僕は、多くの小説を読みながら、人生をより深く生きるためのヒントを得てきたように思う。

人生にはやはり読書が必要である。
そして、良質の読書は、きっと人生を豊かにしてくれる。
そういう意味で、僕は「ギャツビー」に出会うことができて良かったと信じている。

by kels | 2017-06-10 06:12 | 文学 | Comments(0)