カテゴリ:文学( 213 )

北海道立文学館に行って「ふみくらの奥をのぞけば」展を観てきた

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北海道立文学館に行って「ふみくらの奥をのぞけば」展を観てきた。
展示は今日が最終日で、僕はギリギリ滑り込むことができたわけだ。
僕はいつでも余裕のない暮らしをしている。

「ふみくら」は、文学館の文庫・収蔵庫の名前である。
だから、言ってみれば、本展示は所蔵品展に過ぎない。
所蔵品展であっても、展示物は十分に見応えのあるものばかりだった。

北海道に関わりを得た多くの文学者に関する資料が展示されている。
直筆原稿もあれば、書簡があり、色紙がある。
北海道文学史を俯瞰することができる、貴重な展示だ。

言葉を換えると、北海道文学展と言っても良いような気がする。
あるいは、北海道文学展とは、このような展示だったのではあるまいか。
北海道文学オタクには、充実の展示だった。

このような展示で北海道文学を俯瞰してから、個々の文学者の活動に深く入っていけば良い。
北海道文学の入口として、今回のような展示は、ぜひ常設展のような形で披露していただきたいなと思う。
それだけの価値のある特別展だった。


by kels | 2017-06-18 19:38 | 文学 | Comments(0)

多くの小説を読みながら、人生をより深く生きるためのヒントを得てきた

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あと二週間たつと、一年中で一番日の長い日がくるのよ。
あんたたち、一年中で一番日の長い日をいつも待ちうけていながら、いよいよというときにうっかり過ごしてしまうことってあって?
あたしはね、一年中で一番日が長い日を待ちうけていながら、いつもうっかり過ごしてしまうんだ。

「華麗なるギャツビー」スコット・F・フィッツジェラルド/野崎孝・訳(1925年)


昨日からフィッツジェラルドの「ギャツビー」を読み始めた。
「ギャツビー」は一夏の物語である。
当然、僕にとっては、夏に読むべき物語のひとつとなっている。

良い小説というのは、作品の中のささいな文章のひとつひとつさえが啓示に満ち溢れている。
啓示に満ちた文章を読むとき、読者は、そのひとつの文章から、何かを学び取ろうとする。
そうやって僕は、多くの小説を読みながら、人生をより深く生きるためのヒントを得てきたように思う。

人生にはやはり読書が必要である。
そして、良質の読書は、きっと人生を豊かにしてくれる。
そういう意味で、僕は「ギャツビー」に出会うことができて良かったと信じている。

by kels | 2017-06-10 06:12 | 文学 | Comments(0)

明治44年の春、高村光太郎は札幌にいた。

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北原白秋 様

札幌にも斯の如きものあり。
此は昨日の出来事に候。
今円山は花ざかり。

五月十日(絵はがき「札幌見番観桜会」)

高村光太郎(1911年)


明治44年の春、高村光太郎は札幌にいた。
都会の喧騒を離れて、月寒で羊飼いになろうとしたのだ。
光太郎28歳のときのことである。

札幌は桜の季節であった。
光太郎は、札幌の桜の絵葉書を、北原白秋に宛てて出した。
「円山」は花ざかりとあるから、光太郎も円山の桜を楽しんだのだろう。

やがて、桜が散る頃、光太郎も札幌を旅立った。
羊飼いの暮らしは、あまりにも過酷で、都会の青年には耐え切れぬものだったらしい。

by kels | 2017-04-29 20:51 | 文学 | Comments(0)

村上春樹の小説の中に、1980年代の札幌の記憶が描かれている

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僕は札幌の街につくと、ぶらぶらいるかホテルまで歩いてみることにした。
風のない穏やかな午後だったし、荷物はショルダー・バッグひとつだけだった。
街の方々に汚れた雪がうずたかく積み上げられていた。

空気はぴりっと張り詰めていて、人々は足下に注意を払いながら簡潔に歩を運んでいた。
女子高生はみんな頬を赤く染めて、勢いよく白い息を空中に吐き出していた。
その上に字が書けそうなくらいぽっかりとした白い息だった。

僕はそんな街の風景を眺めながら、のんびりと歩いた。
札幌に来たのは四年半ぶりだつたが、それはずいぶん久し振りに見る風景のように感じられた。

「ダンス・ダンス・ダンス」村上春樹(1988年)

村上春樹の小説の中に、1980年代の札幌の記憶が描かれている。
札幌の人間として、僕は素直にうれしいと思う。
「いるかホテル」は、未だに見つからないけれども。


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by kels | 2017-02-19 05:58 | 文学 | Comments(0)

小林多喜二には北海道の冬が似合うと思う

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十一月の半ば過ぎると、もう北海道には雪が降る。(私は北海道にいる。)
乾いた、細かい、ギリギリと寒い雪だ。
――チヤツプリンの「黄金狂時代ゴールド・ラツシユ」を見た人は、あのアラスカの大吹雪を思い出すことが出来る、あれとそのままが北海道の冬である。

北海道へ「出稼」に来た人達は冬になると、「内地」の正月に間に合うように帰って行く。
しかし帰ろうにも、帰れない人達は、北海道で「越年(おつねん)」しなければならなくなるわけである。
冬になると、北海道の奥地にいる労働者は島流しにされた俊寛のように、せめて内地の陸の見えるところへまででも行きたいと、海のある小樽、函館へ出てくるのだ。

「北海道の「俊寛」」小林多喜二(1929年)

小林多喜二には冬が似合うと思う。
北国の夏は、格差社会の現実までも覆い隠してしまうくらいに過ごしやすい。
みんな、世の中の格差という現実さえも忘れて、短い夏を謳歌するのだ。

だが、北国の厳しい冬は、誰もが目の前の現実と向き合わなければならない。
突きつけられた寒さと飢えとが、今と明日とを考えざるを得なくしている。
多喜二の文章は、そんな北の人々の現実を容赦なく突きつけてくる。

北海道は、明治以降に開拓された歴史の短い島だ。
この島に渡ってくる人たちは、最初、誰もが過酷な条件の中で生きなければならなかった。
格差社会で原野を切り拓くことはできなかったのだ。

少しずつ街が大きくなって、少しずつ生活が安定してくると、少しずつ格差が生まれ始めた。
開道50年目を迎える頃には、この未開の地であった北海道にさえ、新しい格差が根付いていた。
そして、大正から昭和初期にかけて日本を襲ったデモクラシーの波が、北の果てにまでやってくる。

この「北海道の「俊寛」」は、昭和5年1月9日の大阪毎日新聞に掲載されたものである。
ノート原稿から、前年の12月21日に書かれたことが明らかとなっている。
昭和初期の年の暮れの北海道を描いた短い文章だ。

ハレの正月は、一年の中で最も格差社会を浮き立たせる瞬間かもしれない。
出稼ぎの労働者たちでさえ、故郷へ帰る者と帰れない者とに分けられる。
激しい吹雪と帰郷さえできない正月が、厳しい現実を彼等に突きつけているのだ。

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by kels | 2016-12-18 07:24 | 文学 | Comments(0)

戦後間もない時期に、佐多稲子は小樽を訪れている

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雪は和子の面にも吹きつけるほど激しく、降っている。
停電は、狭い一区画だけで、大通りの先は街燈もついていて、狂うように舞い落ちる雪片が、街燈のまわりで早い速度を浮き出させて見せた。

「雪の降る小樽」佐多稲子(1950年)

戦後間もない時期に、佐多稲子は小樽を訪れている。
かつての盟友であった小林多喜二の母親に面会するためである。
「雪の降る小樽」は、そのときの体験がモチーフとして用いられている。

舞台は12月半ばの小樽である。
いよいよ根雪になるらしい雪が、小樽の街を埋め尽くしていた。
地元の人々は「あいにくの雪で」と挨拶を交わす。

主人公の和子は、案内人の家で夕食を食べた後、吹雪の中、「南樽(なんたる)」の駅まで歩く。
目的地は「朝里」である。
汽車は吹雪のため、1時間の延着となっていた。

実は、このとき和子は、共産党の活動のために北海道を訪れている。
札幌、夕張、苫小牧、室蘭などを回り、各地で地元の活動家の人たちと意見交換をしていたのだ。
和子にとっては、これが初めての北海道だった。

そんな旅行の中で、小樽だけは和子のプライベートな目的地だった。
「十数年前に警察の拷問で死んだ作家Kの母親」を訪れるためだ。
Kの死体からシャツを脱がしたのが、Kの母親と和子だった。

激しい雪の中、和子はKの母親を訪ねていく。
案内役の人々は、北海道に根差した活動家たちで、それぞれの事情と生活と運動とを抱えている。
昭和20年代前半の北海道でなければ描けない何かが、そこにはあったのではないか。

雪降る小樽の光景が、戦後間もない時代の社会運動家たちを、美しく見せている。


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by kels | 2016-11-29 21:01 | 文学 | Comments(0)

橋崎政の「伝記製造業」は、戦後間もない札幌が舞台となっている、興味深い小説だ

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高校を卒業してからの勤め先は、サトホロという北の都会にある、赤煉瓦の行政庁であった。
故郷から汽車で三時間あまり。
カッキリと碁盤割りになったまちなみが、いかにも能率的な健康美にあふれ、田舎ものの三郎兵衛を有頂天にした。

「伝記製造業」橋崎政(1957年)

北見出身の橋崎が北海道庁に就職したのは、昭和21年のことである。
役所勤めは長くは続かなかったが、戦後混乱期の札幌を、橋崎は行政の立場から垣間見ていた。
終戦後の札幌を知る上で、橋崎の作品には数々のヒントがあると言える。

「伝記製造業」はこうした戦後の混乱期を生きた男の物語である。
共産主義者だった橋崎は、戦後社会の不条理を、あえて軽妙なタッチで描こうとしているようにも思える。
家庭の犠牲となって売春婦となってしまった恋人を救うために、ひたすらに金を稼ぎ続けなければならない主人公が極めた道が「伝記製造業」だった。

物語の筋は置くとして、戦後間もない札幌が舞台となっているという意味において、興味深い小説だ。


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by kels | 2016-11-27 21:08 | 文学 | Comments(0)

夏になると読みたくなる作家の一人に夏目漱石がいる

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私は毎日海へはいりに出掛けた。
古い燻(くすぶ)り返った藁葺(わらぶき)の間を通り抜けて磯へ下りると、この辺にこれほどの都会人種が住んでいるかと思うほど、避暑に来た男や女で砂の上が動いていた。
ある時は海の中が銭湯のように黒い頭でごちゃごちゃしている事もあった。
その中に知った人を一人ももたない私も、こういう賑やかな景色の中につつまれて、砂の上に寝そべってみたり、膝頭を波に打たしてそこいらを跳ね廻るのは愉快であった。

「こころ」夏目漱石(1914年)

夏になると読みたくなる作家の一人に夏目漱石がいる。
深く考えたことがあるわけではないけれど、漱石の小説には夏の印象が強いのだろう。
明治から大正にかけての時代の日本の夏である。

「こころ」の冒頭は、まさしく夏の鎌倉から始まる。
一人で海水浴に来ている「私」が「先生」と出会うシーンだ。
都会の文化人が、夏の鎌倉の海岸で出会うシーンは印象的だった。

この部分の描写を読むと、大正時代の鎌倉が、いかに海水浴客で賑わっていたかが分かる。
そして、浜辺を賑わしているのは、やはり東京からやって来た「都会人種」だったらしい。
都会の人間が避暑のために海辺の街を訪れるというのは、今も昔も変わりはないのだろう。

さて、明日は海の日である。
たまには海にでも行きたいと思うけれど、果たして、それほど気温が上がるかどうか。


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by kels | 2016-07-17 04:56 | 文学 | Comments(0)

村上春樹の「風の歌を聴け」は、僕にとって、まさしく夏の定番ノベルである

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僕はビールとコンビーフのサンドウィッチを注文してから、本を取り出し、ゆっくりと鼠を待つことにした。
10分ばかり後で、グレープフルーツのような乳房をつけ派手なワンピースを着た30歳ばかりの女が店に入ってきて僕のひとつ隣に座り、僕がやったのと同じように店の中をぐるりと見まわしてからギムレットを注文した。

「風の歌を聴け」村上春樹(1979年)

夏が来るたびに読み返している小説というのがある。
村上春樹の「風の歌を聴け」は、僕にとっては、まさしく夏の定番ノベルである。
どれだけ読み返したか、今では分からなくなってしまった。

物語はシンプルで、文章は平易、文学作品としての奥行きはない。
そして、それが新しい時代の都市生活者そのものだったような気がする。
論じることさえ都会的ではない時代だった。

どこにでもありそうでいて、どこにもない洗練された暮らし。
大切なものは、そんな青春がきっとどこかにあるだろうと感じさせる、小さな希望である。
みんな同じような希望を抱いて、そして今年もまた、あの頃と同じような夏を迎えている。


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by kels | 2016-07-10 07:45 | 文学 | Comments(0)

小説を読むことがストレス解消になるなんて、ずいぶん久しぶりのことだ。

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年をとった給仕がそばを通りかかって、残り少なになったスカッチと水をながめた。
私が頭をふり、彼が白髪頭をうなずかせたとき、すばらしい「夢の女」が入ってきた。
一瞬、バーの中がしずまりかえった。
活動屋らしい男たちは早口でしゃべっていた口をつぐみ、カウンターの酔っぱらいはバーテンに話しかけるのをやめた。
ちょうど、指揮者が譜面台をかるくたたいて両手をあげたときのようだった。

「長いお別れ」レイモンド・チャンドラー/訳・清水俊二(1953年)

最近はとても忙しい。
おそらく、時間的な酵素き時間以上に忙しいはずだ。
仕事をしていないときにも、仕事がのしかかってくる。

もちろん、職業人であれば、そんなことは珍しいことではない。
仕事のことばかり考えながら死んでいく人生なんて、世の中にいくらでもある。
生きるということは、働くということと同義語であるとさえ言っていい。

週末になると、死んだようになって身体を休めている。
せいぜいコーヒーを飲んで本を読むくらいのものだ。
とてもじゃないけれど、写真を撮って歩きまわるだけの力がない。

結果として、小説を読む時間ができた。
せっかくだから、古いハードボイルド小説を読み返してみようと思う。
最初に手にとったのが「長いお別れ」だった。

小説を読むことがストレス解消になるなんて、ずいぶん久しぶりのことだ。


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by kels | 2016-06-19 20:57 | 文学 | Comments(0)