カテゴリ:秋のこと( 107 )

今、札幌の街は、秋の終わりの、最後の場面にあるらしい

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いちだんと日が短くなり、寒さも増してきました。
雨はほとんど降らず、毎日お昼ごろ、ほんのしばらく、ちらっと日の光が谷底に射しました。
すると、地面がぱっと明るくなって、裸の木の影が、黒々と浮かび上がります。

でも、昼前も昼過ぎも、夕方のように薄暗くて、そのうちにとっぷりと、暗闇につかってしまいます。
入り日は、もう、まるっきり見られなくなりました。
日の沈む頃は、空が黄色に染まって、周りの山々が影絵のように、くっきり浮き出て見えるきりです。
毎日が、井戸の中の一日のようなんです。

「ムーミン谷の十一月」トーベ・ヤンソン/鈴木徹郎・訳(1970年)

札幌の秋は短いと言うけれど、それなりに長いような気もする。
だって、オータムフェストの始まった9月から数えて、もう3か月。
札幌の秋が3か月もあるなんて、僕は全然知らなかった。

そして、この3か月は、めまぐるしく季節が変わる3か月だった。
ひとつの季節の中で、季節が移り変わっていく様子が目に見えるのだ。
初秋から晩秋へと、札幌の風景は大きく変わっていった。

今、札幌の街は、秋の終わりの、最後の場面にあるらしい。
もうひとつドアを開ければ、そこには新しい季節が待ち受けている。
我々は、ドアノブに手をかけたまま、ただ「そのとき」が来るのを待ち続けているだけだ。

まるで焦りにも似た気持ちを抱えて。


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by kels | 2015-11-15 06:42 | 秋のこと | Comments(0)

札幌の秋が終わろうとしている。冬が来る直前の、この季節が、僕は好きだ。

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雲がむくむくとわいてきて、じわじわと、海の上に広がっていきました。
空一面に、雲が重たく垂れこめました。
ひと目で、雪をいっぱいつんだ雲だということがわかります。
もう二、三日したら、谷間はすっかり冬らしくなってしまうでしょう。
冬は、長いこと待ちかまえていて、いよいよやってきたのです。

「ムーミン谷の十一月」トーベ・ヤンソン/鈴木徹郎・訳(1970年)

札幌の秋が終わろうとしている。
街の人々は、そのことをよく知っていて、本格的な冬に準備に入った。
あと一週間か二週間で、長い冬が訪れるのだ。

冬が来る直前の、この季節が、僕は好きだ。
みんな、何かを覚悟したように、何かをあきらめたように無言になる。
「そのとき」が来るのを、ただじっと待ちかまえている。

秋でもなくて冬でもないような中途半端な季節。
深い雪に閉ざされてしまうまで、人々は奇跡みたいな夢を信じているのかもしれない。
雪のない冬というものが、この街には存在しないことを知っていながら。


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by kels | 2015-11-14 20:53 | 秋のこと | Comments(0)

僕は寒がりだから、一番寒い状態にピントを合わせる

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今日もまた、十一月の一日が静かに暮れていきました。
ミムラ姉さんは、羽ぶとんの中にもぐりこみました。
足をのばすと、こつんとつま先がぶつかったので、つま先を曲げて、あんかをはさみました。

「ムーミン谷の十一月」トーベ・ヤンソン/鈴木徹郎・訳(1970年)

10月以降、札幌の気候は不安定になっているようだ。
9月までは残暑らしい残暑もなくて暦どおりに寒くなってきたけれど、10月に入ってから突然に寒い日が続いた。
「11月中旬並み」みたいな言葉が、毎日のように続いた。

今週は寒さが少し和らいで、10月中旬並みに戻った。
と思ったら、週末からまた冬みたいな気温になるらしい。
寒暖差についていくのが大変な秋だ(笑)

僕は寒がりだから、一番寒い状態にピントを合わせる(実際に朝早くて夜遅いので)。
今週もブルックスブラザーズのショートダッフルコートにブルックスブラザーズのカシミヤのマフラーを着用して仕事に出かけた。
考えてみると、真冬並みの重装備だ(笑)

気温の高い日と寒い日がランダムに訪れるので、街行く人たちの服装もバラバラだ。
重いコートの人もいれば、そもそもコートを着ていない人もいる。
このバラバラ感が、札幌の11月というやつなのかもしれない。

まあ、体調管理にだけは気を付けないとね。


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by kels | 2015-11-07 07:38 | 秋のこと | Comments(0)

今年の10月は何だか10月らしくなかったような気がする。

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ああ、マリラ、世界に十月という月のあることが、あたし、うれしくてわまらないわ。
この楓の枝を見てちょうだい。
スリルを感じないこと? ぞくぞくっとしないこと?
あの古い青いつぼにさして、あたしの部屋のテーブルの上に置こうと思うのよ。

「赤毛のアン」L.M.モンゴメリ/村岡花子・訳(1908年)

アンの大好きだった10月も今日で終わり。
今年の10月は何だか10月らしくなかったような気がする。
なにしろ、今年の10月は寒すぎたから。

10月だというのに毎日のように、11月上旬並みとか11月中旬並みとか11月下旬並みの気候ばかり。
本当の10月がどこに行ったのか分からないうちに10月が終わる。
こんな10月もきっと珍しいだろうなあ。

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by kels | 2015-10-31 23:17 | 秋のこと | Comments(0)

とにかく僕は、おばけの顔になった女の子と一緒に、カボチャのお菓子を食べている

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生まれてはじめて算術の教科書を手にした。
小型の、まっくろい表紙。
ああ、なかの数字の羅列がどんなに美しく眼にしみたことか。
少年は、しばらくいじくっていたが、やがて、巻末のペエジにすべての解答が記されているのを発見した。
少年は眉をひそめて呟いたのである。
「無礼だなあ」

「葉」太宰治(1934年)

街はハロウィンで賑わっている。
だけど僕は、ハロウィンについて何も知らない。
そもそも昔は「ハロウィーン」ではなかったか。

1983年発行の「日本大歳時記」に「ハロウィン」の文字はない。
当時、ハロウィンはまだ、季節の言葉として定着はしていなかったのだ。
「バレンタインデー」を掲載するのが精いっぱいだったのかもしれない。

結局僕は街に出て「ハロウィン」を観察するしかない。
おばけの仮装行列、カボチャのおばけ、溢れるオレンジ色。
分かったようで分からないような札幌のハロウィン。

とにかく僕は、おばけの顔になった女の子と一緒に、カボチャのお菓子を食べている。
どうしてって、それがハロウィンというものだから。


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by kels | 2015-10-31 22:54 | 秋のこと | Comments(0)

2015年、ハロウィンはいよいよ大きなイベントとして、札幌に登場してきた。

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10月31日、札幌の中心部で仮装をした女の子たちの姿を見た。
ハロウィンなのだ。
どうやら、新しい季節の催しが、札幌にも定着しようとしているらしい。

昨年の10月31日の夜だっただろうか。
僕はススキノで仲間たちと遅くまで飲み歩いていた。
混雑する真夜中の交差点に、コスプレをした女の子たちが集まっていた。

「なんだろう」と僕が言うと、誰かが「ハロウィンさ」と言った。
10月31日の夜には、仮装をしてパーティーをするのだという。
札幌にもハロウィンがあるのだと、僕は思った。

2015年、ハロウィンはいよいよ大きなイベントとして、札幌に登場してきた。
明らかに昨年以上に、ハロウィンの熱が札幌の街を包み込んでいる。
仮装をした女の子とすれ違うたびに、僕はそう考えていた。

南一条通りの歩行者天国では、ハロウィンのイベントが開催されていた。
ステージの上では地元のアイドルが踊り、会場には仮装をした女の子たちが集まっている。
誰かが盛り上げようとしているのか、みんなが盛り上がりたいと思っているのか。

イベントの黎明期に特有の初々しさも、いずれ洗練されてしまうのだろうな。


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by kels | 2015-10-31 21:24 | 秋のこと | Comments(1)

紅葉の写真を撮るならば、撮りたいと思った瞬間がチャンスである

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札幌の街なかにある紅葉さえ、どこか素っ気なく無愛想である。
人に愛されることなど、初めから考えてもいない。
葉が紅くなって枯れて散るのは、わたしの勝手、と言っているようでもある。

よく紅葉は、寒さが急に訪れたときの方が美しいという。
秋が温かいと、色の鮮やかさが落ちると言われている。
だが、これも本州のことで、北海道の紅葉には関係ない。

「北国通信」渡辺淳一(1981年)

この季節は、街の風景がめまぐるしく変わる。
冗談ではなく、紅葉が、日一日と変化しているのだ。
夜のうちに雨でも降ったりすると、景観ががらりと違っていることさえある。

秋が深まるにつれて、街路樹は色づいていく。
そして、あるピークを境にして、街路樹は葉を落とし、どんどん寂しくなっていく。
その移り変わりは、朝と夜とでも違うというくらいに激しいものだ。

だから、紅葉の写真を撮るならば、撮りたいと思った瞬間がチャンスである。
後で撮ろうと思っても、その紅葉が次の機会にもあるとは限らない。
それが札幌の紅葉だ。


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by kels | 2015-10-29 21:36 | 秋のこと | Comments(0)

落ち葉の中に、札幌軟石で造られた古い裁判所の建物がある

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ふと、窓外に目をやったときの紅葉の美しさには驚嘆した。
この建物は、例の旧高裁であるが、とりどりに紅葉した庭木が、軟石造りの重厚で滋味あふれる市資料館を囲んでいるさまは、一幅の絵と言ってよい。
大通公園では、もっとも美しい晩秋の風情ではなかろうか。

「紅葉の風情」木原直彦(1976年)

1970年代、札幌資料館の周囲の紅葉は、非常に美しい光景だったらしい。
当時の文章をもとに、晩秋の札幌資料館を訪ねてみた。
初雪の降る一週間前のことである。

10月中旬の資料館の裏庭は、美しく秋色に彩られていた。
黄色い落ち葉が、裏庭一面を埋め尽くしている。
秋でなければ出会うことのできない風景に違いない。

落ち葉の中に、札幌軟石で造られた古い裁判所の建物がある。
落ち葉と札幌軟石に囲まれていると、一体今がいつの時代なのか、分からなくなる。
とても、ここが札幌の中心部とは思えない静けさがある。

街の中心部に、こんな空間のあることが、いかにも札幌らしいと思った。
そして、この空間は非日常的な空間ではなく、市民の日常的な空間である。
人々の暮らしの中に、古い建築物と季節の移ろいがあるのだ。

おそらく、ここは、1970年代と何も変わっていないに違いない。
そう思った。


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by kels | 2015-10-25 20:19 | 秋のこと | Comments(0)

今もまだ、炬燵で札幌の秋の終わりを乗り越えようとしている

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真冬の北海道では、そんな小さなストーヴひとつで過ごすことはできない。
石油ストーヴを使うにしても、煙突付きのがっしりしたストーブを部屋に据えねばならない。
私の家では、十月半ばに据え付けることにしている。
十一月に入るまでは、ポータブル式のストーヴで間に合うのだけれど、早めに据えておかねば心配なのだ。

「雪のくる前」原田康子(1969年)

今日、髪を切ってもらいながら、スタイリストさんとストーブの話をした。
彼の家では、もうストーブを焚いているという。
ストーブを焚いても、全然不思議ではない気候なのだ。

そう言えば、古い本を読むと「ストーブを据える」という表現が出てくる。
つまり、冬が終わると、ストーブを取り外して、物置にでも仕舞っていたということなのだろうか。
自分自身に、あまりそういう記憶がないので、この表現は新鮮なような気がした。

子どもの頃、我が家にも大きな石油ストーブがあったが、冬が終わってもストーブを片付けるようなことはなかったように思う。
そもそも、ストーブを片付ける場所なんかなかっただろうけれど。
だから、ストーブは、夏の間も居間の片隅に、ずっと置かれていたのではないだろうか。

あるいは、煙突くらいは取り外して仕舞っていたかもしれない。
そして、冬が近くなると、家族総出で煙突の取り付け作業を行うのだ。
古い住宅では、今でもそのような作業が行われているような気もする。

我が家では、昨冬からコタツを導入した。
だから、今もまだ、炬燵で札幌の秋の終わりを乗り越えようとしている。
せめて、初雪が降るまでは、コタツだけで我慢したいところだが(笑)


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by kels | 2015-10-24 22:06 | 秋のこと | Comments(0)

窓を鳴らしていたあのかすかな風の音は、秋の深さを告げる音のようでもあった

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窓硝子が夜風に、音を立てていた。
そうだ、ゆうべ、窓を鳴らしていたあのかすかな風の音は、秋の深さを告げる音のようでもあった。

「挽歌」原田康子(1956年)

今週は本当に寒い日が続いた。
僕はオフィスでもカーディガンを着るようになった。
なにしろ、それでなくても古いビルの、薄い窓の近くで仕事をしているのだ。

真夏から考えてみると、今年は順調に秋が深まっているような気がする。
残暑らしい残暑もなく、おかしな天候不順もなかった。
寒くなるべくして街は順調に寒くなっている。

冬のセーターも出したし、こたつにも電気を入れた。
夕食には温かい鍋料理がおいしくなった。
夜はすっかりと熱い紅茶を飲むのが定番になった。

そして僕は、夏以上に本を読む時間が増えた。
読書の秋?
暗くなるのが早くて、外は寒いから、僕は温かい室内で本を読むのだろう。

ある意味で幸せな季節なのかもしれない。


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by kels | 2015-10-17 06:02 | 秋のこと | Comments(0)