「札幌1957」の表表紙と裏表紙には、札幌中心部の空撮写真が見開きで使われている

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札幌を北海道の首都にする考えは既に江戸時代の探検家たちの脳裏にうかんだ。
建設は明治二年からはじまり、担当者は島判官、岩村判官、さらに西村権監事へと移ったが、その間に都市計画の輪郭は固まった。
開拓使次官黒田清隆が米国からつれてかえったケプロンをはじめ、雇外人76人が都市建設に加わり、当時としては類のないモダンな都市ができた。

「札幌1957」岩波写真文庫(1957年)

「札幌1957」の表表紙と裏表紙には、札幌中心部の空撮写真が見開きで使われている。
写真の左手に大通公園が東に向かって走っている。
キャプションには「西から見た札幌市街」とある。

大通公園の南側に札幌三越と札幌丸井今井の二大百貨店がある。
その向こう側に創成川が南北に走っているのが見える。
西一丁目にある高いタワーは、三岸好太郎の作品にも登場する消防望楼だ。

特徴的なのは、平屋建ての建物がびっしりと建ち並んでいることである。
三越や丸井今井のような大規模なビルはともかく、ビルらしいビルというものは決して多くない。
この時代、中心部の建物は、商家であってもまだ平屋建が普通だったらしい。

おもしろいのは、札幌中心部に札幌駅周辺が入っていないことである。
札幌中心部と言えば、長く大通公園周辺の一帯を差していたからだろう。
現代であれば、札幌駅から南に向かって臨む風景が札幌中心部と紹介されるかもしれない。


# by kels | 2017-05-14 05:51 | 札幌 1957(岩波写真文庫) | Comments(0)

今年、僕は「札幌 1957」を持って、60年後の札幌の街を歩いてみたいと思う

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岩波写真文庫に「都会の記録シリーズ」がある。
戦後の都会の風景を写真として記録しておこうというものだろう。
現在となっては、まさしく貴重な記録である。

このシリーズに我が街「札幌」も含まれている。
「札幌 1957」とあるから、昭和32年当時の札幌を記録したものだろう。
現代の札幌とは異なる風景が、そこにはある。

今年2017年は、この1957年からちょうど60年である。
遥か60年前なのか、たった60年前なのか、僕には分からない。
ただ事実として、60年という時間は札幌の街を大きく変えた。

今年、僕はこの本を持って、60年後の札幌の街を歩いてみたいと思う。
60年間で何が変わり、何が変わっていないのか。
自分の生きる街が、どのように成長してきたのかを確かめるために。



# by kels | 2017-05-13 07:06 | 札幌 1957(岩波写真文庫) | Comments(0)

今、僕は、東京から札幌まで24時間を要した時代の日本を旅してみたいと思っている

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東京から札幌までは二十四時間で着く。
そんなに早いのか、と初めての人は驚くであろう。
しかし、上野で汽車に乗ると、青森までは実に長い。
急行で十二時間かかる。
仙台までが六時間、そこから先が六時間である。
(略)
青森で連絡船に乗ると、ほっとする。
四時間の船の旅の後に、函館が見えてくる。
(略)
函館から急行で八時間ほどで小樽に着く。
そこから四十分ほどで札幌に着く。

「夏の北海道」伊藤整(1940年)


昭和15年当時、東京から札幌までは24時間を要したらしい。
まさに、丸一日の大旅行である。
もっとも、当時の人たちは「そんなに早いのか」と驚いたようだから、東京の人たちにとって、いかに北海道が遠い存在であったかが分かる。

なにしろ、中国大陸の満州が日本国だった時代である。
その満州に比べれば、北海道なんて近いに決まっているような気がする。
それでも、東京の人たちの感覚的には、満州も北海道もあまり違いはなかったのだろうか。

それにしても、東京から札幌までの24時間の移動を、人々は何を考えながら過ごしていたのだろうか。

札幌から東京まで寝台列車が走っていた時代、僕は何度かこの列車を利用したことがある。
(という言い方ができるようになってしまった)
その頃、札幌から上野までの所要時間は16時間であった。

寝台列車だから、夕方に札幌を出発して、翌朝に東京到着である。
ほとんど寝ているだけの移動だけれど、それでも、この移動時間は非常に長く感じられた。
長い移動時間を楽しむことに、札幌から東京まで列車を使うことの意義があったのだろう。

今、僕は、東京から札幌まで24時間を要した時代の日本を旅してみたいと思っている。

# by kels | 2017-05-07 18:05 | 旅行 | Comments(2)

連休最終日、激しい黄砂が訪れた。

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連休最終日、激しい黄砂が訪れた。
いつも居間の窓から見えている遠くの手稲山がまったく見えない。
反対側の部屋の窓を覗いてみても、あるはずの街の風景は何も見えないような状況だった。

ちょっと喫茶店まで出かけたときも、風の強さに閉口した。
風が砂を巻き上げるから、散策するにはまったく不向きである。
これも現代的な春の風景なのかなと思った。

# by kels | 2017-05-07 17:38 | 春のこと | Comments(0)

札幌のお花見で、これほど条件が整う年というのは、きっとそれほど多くはないと思う


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北海道の春から初夏は美しい。
花で言えば、梅と桃と桜が一遍に咲く。
それも東京のように、冬中常緑の木が何かしら残っている土地ではない。
松も杉も南部の一部分の他には見られない。
ほとんど全部の木が冬は落葉して、春には何の木の葉も出ない。
特に、黒い畑や林を背景にして、梅と桃と桜が咲くのである。

「故郷の九月」伊藤整(1953年)


今年の大型連休は天気が良くて、絶好の行楽日和となった。
特に4日は、全国でも北海道が最も暑い一日となったらしい。
25℃を超えると、これはもう夏みたいな気候である。

おまけに、桜の開花もきちんとゴールデンウィークに合わせてくれた。
円山公園の桜も連休中に見頃を迎えて、これ以上ないお花見日和である。
札幌のお花見で、これほど条件が整う年というのは、きっとそれほど多くはないと思う。

あらかじめ、天気予報を確認しておいて、その暑い4日の午後に円山公園まで出かけた。
公園内は予想どおり凄まじい賑わいである。
花よりバーベキューの札幌的お花見は、まさに絶頂を迎えているようだった。

北海道神宮まで足を延ばしてみても、混雑ぶりは変わらない。
外国の言葉が飛び交っているところを見ると、外国人観光客も相当数訪れているらしい。
焼き肉の花見文化を観て、彼らは何を思うのだろうか。




# by kels | 2017-05-06 06:34 | 春のこと | Comments(0)