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どうして、僕たちは、冬の厳しいこの土地で暮らし続けなければならないのか

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十一月はまたの名を霜月と言います。
私は子どものときから霜月という呼び名が好きでした。
北海道の十一月は、もうそろそろ雪の降り出す季節ですけれども、それでもよく晴れた日の朝早く、うらのキャベツ畑に出てみますと、黒い土の上一面に、うっすらと白く霜が降りていて、ずらりと並んだキャベツの玉の、きっちりと巻いた上皮がうす青く少しほぐれ、朝陽にとけた霜が瑞々しく葉を濡らしています。

「冬支度」森田たま(1956年)


札幌の街の紅葉が美しいのも一瞬である。
気が付けば、黄色い葉は散って、街は急激に寂しくなりつつある。
鮮やかだった藻岩山も、すっかりと枯れ山へと姿を変えた。

文明が進んだせいなのか、冬支度という言葉も、あまり聞かなくなった。
開拓以来、北海道の人々にとって冬を迎えるということは、人生の大きな節目にも似ていた。
長く厳しい冬を越すということは、言葉で言うほど簡単なことではなかったのだ。

冬が近くなるたびに、僕たちは北海道という風土と向き合わなければならない。
どうして、僕たちは、冬の厳しいこの土地で暮らし続けなければならないのかと。


by kels | 2017-11-05 08:26 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)
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