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本当のさよならは、悲しくて、さびしくて、切実な響きを持っているからね。

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君はぼくを買ったんだよ、テリー。
なんとも言えない微笑や、ちょっと手を動かしたりするときの何気ない動作や、静かなバーで飲んだ何杯かの酒で買ったんだ。
今でも楽しい想い出だと思っている。
君との付き合いはこれで終わりだが、ここでさよならは言いたくない。
本当のさよならは、もう言ってしまったんだ。
本当のさよならは、悲しくて、さびしくて、切実な響きを持っているからね。

「長いお別れ」レイモンド・チャンドラー/清水俊二・訳(1953年)


とうとう「長いお別れ」を読み終えてしまった。
これで、清水俊二の訳による一連のフィーリップ・マーロウ・シリーズは終わりである。
最後に「長いお別れ」を読んで、本当に良かったと感じている。

チャンドラーのマーロウものは、若い頃から繰り返し読んできた愛読書だ。
ただ、このようにシリーズものを続けて一気に読むのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。
おかげで、この1か月の間、仕事で忙しいながらも、非常に充実した時間を過ごすことができた。

「長いお別れ」は、僕にとって、あらゆる文学作品を通じて特別だと思える小説のひとつである。
そもそも、若い頃から、大人の友情をテーマにした文学作品が好きだったような気がする。
「長いお別れ」も、また、大人の友情をテーマにした、優れた文学作品なのだ。

せっかくの機会なので、ここから先は、村上春樹の翻訳によるマーロウ・シリーズを読んでみようと思う。
最初の一冊は、昨日、清水訳を読み終えたばかりの「ロング・グッドバイ」である。
清水訳で得られた感動を、村上訳は与えてくれるのだろうか。

もっとも、僕は村上春樹の訳によるマーロウ・シリーズは、既に一読済みである。
一読した限りでは、文学作品としての感動は、古い時代の翻訳の方が勝ると思った。
今回は、じっくりと、村上春樹の文章と向き合ってみたい。

by kels | 2017-07-17 17:41 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)
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