<< 随分昔のことだが、深夜の遠軽駅... 女子学生が大学講師に御礼の手紙... >>

小林多喜二には北海道の冬が似合うと思う

b0103470_703368.jpg

十一月の半ば過ぎると、もう北海道には雪が降る。(私は北海道にいる。)
乾いた、細かい、ギリギリと寒い雪だ。
――チヤツプリンの「黄金狂時代ゴールド・ラツシユ」を見た人は、あのアラスカの大吹雪を思い出すことが出来る、あれとそのままが北海道の冬である。

北海道へ「出稼」に来た人達は冬になると、「内地」の正月に間に合うように帰って行く。
しかし帰ろうにも、帰れない人達は、北海道で「越年(おつねん)」しなければならなくなるわけである。
冬になると、北海道の奥地にいる労働者は島流しにされた俊寛のように、せめて内地の陸の見えるところへまででも行きたいと、海のある小樽、函館へ出てくるのだ。

「北海道の「俊寛」」小林多喜二(1929年)

小林多喜二には冬が似合うと思う。
北国の夏は、格差社会の現実までも覆い隠してしまうくらいに過ごしやすい。
みんな、世の中の格差という現実さえも忘れて、短い夏を謳歌するのだ。

だが、北国の厳しい冬は、誰もが目の前の現実と向き合わなければならない。
突きつけられた寒さと飢えとが、今と明日とを考えざるを得なくしている。
多喜二の文章は、そんな北の人々の現実を容赦なく突きつけてくる。

北海道は、明治以降に開拓された歴史の短い島だ。
この島に渡ってくる人たちは、最初、誰もが過酷な条件の中で生きなければならなかった。
格差社会で原野を切り拓くことはできなかったのだ。

少しずつ街が大きくなって、少しずつ生活が安定してくると、少しずつ格差が生まれ始めた。
開道50年目を迎える頃には、この未開の地であった北海道にさえ、新しい格差が根付いていた。
そして、大正から昭和初期にかけて日本を襲ったデモクラシーの波が、北の果てにまでやってくる。

この「北海道の「俊寛」」は、昭和5年1月9日の大阪毎日新聞に掲載されたものである。
ノート原稿から、前年の12月21日に書かれたことが明らかとなっている。
昭和初期の年の暮れの北海道を描いた短い文章だ。

ハレの正月は、一年の中で最も格差社会を浮き立たせる瞬間かもしれない。
出稼ぎの労働者たちでさえ、故郷へ帰る者と帰れない者とに分けられる。
激しい吹雪と帰郷さえできない正月が、厳しい現実を彼等に突きつけているのだ。

にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑
「にほんブログ村」に参加をしてみました。
1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels | 2016-12-18 07:24 | 文学 | Comments(0)
<< 随分昔のことだが、深夜の遠軽駅... 女子学生が大学講師に御礼の手紙... >>