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1冊の本ができるほど良いカフェがたくさんあるなんていうのは、ある意味で幻想である

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三ヶ月という期限付きで札幌にアパートを借りたぼくは、その間、雨降りでさえなければ(雨の日にも撮るべきだった)、とにかく自分の決めとして連日カメラを持って外出した。
田本研造たちの意志と困難さには比すべくもなかったが、バスに乗り列車に乗って北海道のあちこちを写し歩いた。
まれに一泊となることもあったが、ほぼ連夜、重い足を引きずってアパートに辿り着き、寒い部屋でひとり食パンをかじってウイスキーをなめ、また得体の知れない憂鬱にとりつかれて長い夜を苛々と過ごしていた。

「犬の記憶 終章」森山大道(2001年)

せっかくの三連休ということもあって、札幌市内のカフェを新規開拓しようと思った。
最近のカフェの記録はインスタグラムで簡単に残している。
インスラグラムで話題のカフェをいくつか訪ねてみた。

もっとも、インスタグラムに投稿すべき店に出会うことはできなかった。
店の悪口は書きたくないし、と言って嘘はもっと書きたくないからだ。
自分の投稿した記事を参考にする人も、世の中にはいるかもしれない。

普段からそうだけれど、記録に値しない店は、どこにも記録しないように努めている。
少しばかりの時間をお金を無駄にしただけのことだ。
「2度と行かない」という思いまで、他の誰かと共有する必要もないだろう。

だけど、貴重な休日を無駄にしたという切なさは残る。
ありあまる退屈な時間をどうやって消費しようかと考えて生きているわけではない。
おかしな店を選択した自分の愚かさに、ただ呆れるばかりだ。

はっきり言って、良いカフェなんてそんなにたくさんはない。
1冊の本ができるほど良いカフェがたくさんあるなんていうのは、ある意味で幻想である。
だからこそ本当に良いカフェに出会えたときの感動は大きなものなのだ。


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by kels | 2016-07-17 18:25 | カフェ・喫茶店 | Comments(0)
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