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死にそうなくらいに退屈で、何の予定もない新しい明日が来ることさえ恐ろしく感じられた

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一夏中かけて、僕と鼠はまるで何かに取り憑かれたように25メートル・プール一杯分ばかりのビールを飲み干し、「ジェイズ・バー」の床いっぱいに5センチの厚さにピーナツの殻をまきちらした。
そしてそれは、そうでもしなければ生き残れないくらい退屈な夏であった。

「風の歌を聴け」村上春樹(1979年)

贅沢な夏の過ごし方と言えば、やはり、何もすることがない退屈な夏というやつだろう。
あれこれと予定を詰めこむ夏は、決して贅沢な時間の過ごし方だとは思わない。
やりたいことがいっぱいの夏だからこそ、時間は余裕を持って使いたい。

ビールでも飲み続けなければ生き残れないくらい退屈な夏。
考えてみると、これほど贅沢な夏というものはないと、僕は思う。
そして、そんな夏は当分の間、自分に訪れることはないだろう。

思えば、学生の頃、時間というものは無限に存在しているのだと思っていた。
退屈な夏休みの隙間を埋めるように、必死で僕たちは遊び回っていた。
そうでもしなければ生き残れないと、誰もが信じていたのだ。

大人になったとき、自分に与えられた時間の少なさに、僕たちは愕然としたものだ。
そして、みんな少しずつ、数少ない時間の有効な使い方というものを身につけていった。
それこそが、僕たちの夏にとっての「大人になる」ということだった。

今、僕は、何もしない時間を手に入れたいと思う。
死にそうなくらいに退屈で、何の予定もない新しい明日が来ることさえ恐ろしく感じられた、あの頃の夏のように。


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by kels | 2016-07-10 20:47 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)
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