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石川啄木は札幌病院の裏で狂人の叫び声を聞いた

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札幌の秋の夜はしめやかであった。
そこらはもう場末の、通り少なき広い街路(まち)は森閑として、空には黒雲が斑らに流れ、その間から覗いている十八九日許りの月影に、街路に生えた丈低い芝草に露が光り、虫が鳴いていた。
家々の窓の火光(あかり)だけが人懐かしく見えた。

「『ああ、月がある!」
然う言って私は空を見上げたが、後藤君は黙って首を低たれて歩いた。
痛むのだらう。
吹くともない風に肌が緊しまった。

その儘少し歩いて行くと、区立の大きい病院の背後(うしろ)に出た。
月が雲間に隠れて四辺(あたり)が蔭った。
「やアれ、やれやれやれ――」といふ異様の女の叫声が病院の構内から聞えた。

「何だらう?」と私は言った。
「狂人(きちがい)さ。それ、其処にあるのが(と構内の建物の一つを指して、)精神病患者の隔離室なんだ。夜更になると僕の下宿まであの声が聞える事がある。』

その狂人共が暴れてるのだらう、ドン/\と板を敲く音がする。
ハチ切れた様な甲高い笑声がする。
「畳たたいて此方(こっち)の人ひとオ――これ、此方こちの人、此方(こっち)の人ツたら、ホホヽヽヽヽ。」
それは鋭い女の声であった。

「札幌」石川啄木(1908年)


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by kels | 2016-05-14 06:59 | 文学・芸術 | Comments(0)
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