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中城ふみ子の手紙に描かれた札幌の桜の季節

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この間大変な暴風雨で屋根がとんだりネオンが折れたりさくらもすっかり散ってしまいました。
今年はさくらの一つの花びらさへ見ることさえ出来ませんでした。
どなたか一枝持って来て下さったのでよろこんで挿して眺めてましたら梅だったのです。
私も実にぼんやりだけれど梅と桜と一緒に咲く北海道って何てこっけいなんでしょう。

「中井英夫宛て書簡」中城ふみ子(1954年)

この春、中城ふみ子は、故郷の帯広を離れて札幌で暮らしていた。
末期がんの治療のため、札幌医科大学付属病院に入院していたのである。
上記の手紙は、亡くなる4か月前に書かれたものだった。

当時、中城は、雑誌「短歌研究」の新人賞で特選を得て、歌人として全国デビューを果たしたところだった。
このとき、新人賞の選考を務めたのが、手紙の宛先である中井英夫である。
新人賞の受賞をきっかけとして、二人の濃密な文通が始まる。

医大病院に入院後も、中城は自由に外出できたらしいが、病状の悪化後は、その外出もままならなくなった。
前後に書かれた手紙によると、この頃の中城の手紙は、ベッドの上で仰向けに寝た状態で鉛筆で書かれており、熱は平均37.5℃、食欲不振で果物とジュースとお寿司だけおいしいとある。
いつも誰かにのどを押さえられているんじゃないかと思うくらい息苦しく、咳が出て、不眠が続いているような状態であったらしい。

気象庁の記録によると、この年昭和29年、札幌で桜が開花したのは5月4日のことである。
手紙が書かれた5月13日には、既に散り始めの桜が美しかったことだろう。


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by kels | 2016-05-04 06:16 | 札幌文学散歩 | Comments(0)
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