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僕が思うのは、不倫の恋愛をするからには、自分のすべてを失う覚悟を持つべきだということだ

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「では云う。三千代さんをくれないか」と思い切った調子に出た。
平岡は頭から手を離して、肱ひじを棒の様に洋卓テーブルの上に倒した。
同時に、 「うん遣ろう」と云った。
そうして代助が返事をし得ないうちに、又繰り返した。

「それから」夏目漱石(1909年)

テレビのニュース番組を観ていると、「ゲス不倫」という言葉が飛び交っている。
ニュースだかワイドショーだか分からないけれど、これが現代の日本だ。
もう少し他に報道することがありそうな気もするけれど。

夏目漱石が「それから」を書いたのは、明治42年のことだ。
親友の妻に恋をしていた主人公は、その気持ちを、とうとう親友に告白してしまう。
二人は絶交し、主人公は家族からも絶縁されてしまう。

もとより、主人公と親友の妻との間に性的な関係は一切ない。
他人の妻に思いを寄せてしまうこと、それ自体が「不倫」として許されない時代であった。
大きな十字架を背負った主人公が、新しい仕事を探しに出かけるところで、物語は終わる。

僕が思うのは、不倫の恋愛をするからには、仕事や家族や財産や社会的地位など、自分のすべてを失う覚悟を持つべきだということだ。
すべてを失った上で、人は再びスタートラインに立つことができる。
漱石の「それから」は、まさしく主人公がスタートラインに立ったところで、ドラマの幕が降りる。

まあ、それはそれとして、もう少し他に考えるべきことがありそうだよね。
マスコミも僕たちも。


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by kels | 2016-02-14 07:37 | 随想 | Comments(0)
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