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僕は、「朝活」とかいう言葉が出るずっと前から、「朝型人間」である

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生まれてこのかた、一度として会社と名のつくところに勤めたことがない。
とはいってもべつに、会社勤めを拒否して生きてきたというわけではなくて、なんとなく成りゆきでそうなってしまっただけのことである。
僕はときどき思うのだけれど、もし人生を構成している要素のひとつひとつをカラー・マーカーか何かで塗り分けていくとしたら、「成りゆき」を塗るための色のマーカーは、かなりの量が必要になるだろう。

「ランゲルハンス島の午後」村上春樹(1986年)

考えてみれば、何から何まで計画的にきちんと生きている人間なんて、そう多くはないだろう。
ある意味、成りゆきに身を任せることが人生だと言ってもいいくらいだ。
計画とか決断とかいうのは、求められたときに活躍するのかもしれない。

それはそうとして、僕は早朝の活動が好きだ。
「朝活」とかいう言葉が出るずっと前から、「朝型人間」である。
実際、朝というのは、一日の中で、もっとも調子の良い時間帯なのだ。

世の中には、そういう朝の時間帯を有効に活用して生きている人たちも多いらしい。
でも僕としては、時間が許してくれるなら、その朝の時間帯を、最もゆったりと過ごしたいと思う。

のんびりと珈琲を淹れて、クラシック音楽を聴いて、雑誌をめくって、みたいな。
そして、頭がすっきりとしてきたところで、簡単な筋トレをしてから朝風呂に入る。
風呂から上ったら朝刊を読んで、さあ、朝ごはんだ。

もちろん、ビジネスマンの日常の朝に、そんな余裕はない。
目を覚ましてから家を出るまでの90分を、いかに有効に活用するかが命題である。
毎朝5時に起床しても、時間のゆとりなんて、どこにもないんだから。

まあ、今日は代休を取っているので、ゆっくりとブログなど書いているわけですが。


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by kels | 2016-02-12 05:48 | 随想 | Comments(0)
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