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札幌の街が隅々まで均一に美しく整備されたのは、札幌オリンピック前後のことである

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私はかねて聞いていた通り煙草屋と荒物屋との間の狭い横丁を入った。
職工町の一町ばかり先の左側を目指して入ったが、どうも何ともかともごみごみとした、行けば行くほど裏長屋の貧民窟のような処であった。
降り積もった雪が腰のあたり迄両側に掃き寄せられて、そのトンネルみたいな中を平ったく入って行った芥溜(ごみため)のあたりから、同じような小さな棟割り長屋が幾つも幾つも並んでいた。

「求婚記」橘外男

橘外男の札幌での生活は、明治44年から大正4年までの、約3年半であった。
石川啄木が札幌を訪れた時期から、約5年後といったところである。
橘は、苗穂の鉄道員札幌工場で事務職を務めており、この作品は、当時の苗穂近辺が舞台になっている。

歴史に伝わる札幌はどれもみな美しいが、庶民の暮らしが隅々まで美しかったというわけではない。
むしろ、現代的な社会福祉システムが確立されるまで、庶民の暮らしは非常に厳しいものだったはずだ。
庶民目線で描かれた当時の小説には、生身の札幌が登場しているような気がする。

開拓時代より、創成川を東に越えた一帯は、いわゆる工業地域であった。
当時の言葉で言えば「職工町」で、多くの労働者の暮らしは豊かではなかった。
本当の意味での庶民の暮らしというのは、案外、そんな街にあったのかもしれない。

札幌の街が隅々まで均一に美しく整備されたのは、札幌オリンピック前後のことである。
世界中から集まってくる観光客を迎える上で、美しい街は必要不可欠だったのだ。
経済成長の中で、札幌は生まれ変わっていくのである。


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by kels | 2015-12-29 19:57 | 札幌のこと | Comments(0)
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