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石森延男の父・石森和男は、札幌中学校の国語教諭だった

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あなたが晩年、札幌第一中学校で、国文や漢文、習字などを教えていた忙しいときでも、寸暇があれば、歌を詠んでいましたね。
夜半に、ふとことばが思いつけば、台ランプをともして紙に書きつけていたこともおぼえています。
凍りつく硯の墨を、はあはあ息をふきかけて、書きつけていた姿もはっきり見えますよ。
あなたの文字は、実に美しかった。

「おとっつぁんの歌」石森延男(1964年)

石森延男の父・石森和男は、札幌中学校の国語教諭だった。
札幌中学校は、後の札幌第一中学校、現在の札幌南高校である。
北海道庁立札幌高等女学校の教師も兼務していた。

かつては、北海道師範学校の教師をしていたこともある。
現在の北海道教育大学札幌校だから、相当の学識を有していたということだろう。
明治期に活躍して、大正5年に亡くなった。

高校教師として勤務中も、とにかく短歌を愛したという。
息子・延男が書いた「おとっつぁんの歌」には、父・和男の短歌が、多く収録されている。
息子でなければ書けない、貴重な記録だ。

石森文学広場には、この石森父子ふたりの文学碑が、並んで建っている。
札幌に文学碑は数あれど、父子の碑が並んで建っているのは、ここだけに違いない。
札幌の人というのは、意外と粋なことをするものだと思った。

さて、次回はいよいよ、ふたりの文学碑を紹介します。


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by kels | 2015-07-20 06:13 | 文学 | Comments(0)
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