<< 最終セールというのは本当に安い... 八紘学園のソフトクリームは、多... >>

石森延男が、お声がかりの柏の木柵を作ったのは、昭和初め頃のことである

b0103470_19544813.jpg

山鼻小学校の前には「お声がかりのカシワの木」がまだ残っていた。
かつて屯田兵時代に、明治天皇が行幸され、このカシワの木をごらんになり、あの木はなんという木かとご下問になったという、いわれのある木である。
そのカシワの木のそばへ行って、幹にさわり根元を見ると、人や車で踏みつけられ固くなっていた。
これでは枯れるぞ、何とかしなくちゃと考え、柵を回したらいいだろうと思いつく。

だが、道路上のこととて、市役所の許可を得なければならない。
正式の手続きを取っていては、今度の滞在中にはとうてい間に合うまい。
そこで直訴みたいに、市長に直談判する。
市長はかつての上級生、高田富興さんだった。
高田さんは、ふたつ返事で許可してくれた。
わたしは、さっそく木柵をほどこし、それを見届けて大連に引き返した。

「随筆みがきニシン」石森延男(1979年)

石森延男が、お声がかりの柏の木柵を作ったのは、昭和初め頃のことである。
その柏の木も、今はもうない。
ただ、山鼻公園の中に、その子孫の柏の木が、大切に保存されている。


にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 札幌情報へ
にほんブログ村
↑↑↑↑↑
「にほんブログ村」に参加をしてみました。
1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels | 2015-07-12 20:10 | 旧・札幌日和下駄 | Comments(0)
<< 最終セールというのは本当に安い... 八紘学園のソフトクリームは、多... >>