海で釣りあげられたサンマは、汽車に乗せられて遠い街まで運ばれてくる。 やがて、魚屋で売られた魚は、ある家庭で焼きあげられて、白い皿の上で考える。 サンマが思うことは、故郷の海や仲間たちが恋しいという思いだった。 サンマは、その家の飼い猫に、自分を海まで運んでくれるように懇願する。 猫は、サンマの一番おいしい頬の肉を食べることを条件に、サンマを家から連れ出した。 しかし、海まで遠すぎることに気が付くと、約束を放り出して逃げだしてしまう。 自力でどうすることもできないサンマは、ネズミや野良犬に頼み込んで、自分を海まで運んでもらおうとする。 しかし、どの動物たちも、サンマの肉だけを食い散らかしては、サンマとの約束を反故にして途中で逃げ出してしまう。 最後に残った二つの目玉を食べたカラスさえも、サンマを海辺の丘の上に放り投げていなくなってしまった。 丘の上には、岸を打つ波の音が聞こえた。 身も目玉も失ったサンマは、丘の上で海鳴りの音を聴き、海風の匂いをかいだ。 あれほどまでに恋しかった海はすぐ近くにあるのに、サンマはどうしようもなく苦しい生活をしなければならなかった。 ある日、サンマの境遇に同情したアリたちが、サンマを丘の上から海の中へと落としてくれた。 恋しかった故郷の海に飛び込んで、サンマはどれほど嬉しかったことだろうか。 しかし、故郷の海は、サンマが望んでいたものを、彼に与えてはくれなかった。 水は冷たく痛いほどで、海の塩は骨だけの体にしみて、サンマは苦しんだ。 ともすれば水底に沈んでしまいそうな体を揺らして、サンマはキチガイのように泳ぎ回った。 おまけにサンマは両目を失っていたから、どこへ行くともなくさまよい歩くしかなかったのだ。 幾日か経った頃、サンマの骨が砂浜に打ち上げられた。 白い砂が体の上に重なって、やがて、サンマの体はすっかりと見えなくなってしまう。 いつかサンマには、波の音さえも聞こえなくなった。 郷土の詩人である小熊秀雄が「焼かれた魚」を発表したのは、1925年のことである。 小熊は、旭川新聞社の記者の職を辞して上京し、この作品を発表するのだ。 しかし、夢に破れた小熊は、東京を去って、再び旭川へと戻ってくる。 言うまでもなく、サンマは僕自身である。 自分の夢を叶えようとして、誰かに助けを求め、裏切られ、数多くのものを失う。 何度も何度も信じては裏切られていくサンマの姿は、まさしく僕たち自身の姿に他ならない。 そして、ようやく手に入れたものが求めていたものとは違っていたということも、また、人生の真実だろう。 裏切りと喪失の果てに手にしたものの悲しさを、僕らは確かによく知っているような気がする。 だからこそ、あがくように海へと近付いていくサンマの境遇に、自身への憐みを重ね合わせることができるのだ。 だけど、白い砂の中に埋もれていったサンマは、果たして不幸だったのだろうか。 体も目玉も失い、苦しいだけの海での暮らしだったけれど、もしかしてサンマは、そのことをどこかできちんと受け止めていたのではないだろうか。 少なくとも、食卓の上の白い皿の上で、人間たちに食べられてすべてを終えてしまうことに比べたら。 どんなに苦しいことが分かっていても、僕たちは夢を追い求める生き物だ。 あるいは、思い描いていたような人生が、そこにはないのかもしれない。 だけど、何もしなかったことの後悔に比べたら、どんな人生にも僕たちは納得できるような気がする。 にほんブログ村 ↑↑↑↑↑ 「にほんブログ村」に参加をしてみました。 1日1回のクリックをお願いいたします!
by kels
| 2014-04-13 20:07
| コラム・随想
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Comments(2)
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サラリーマンレポート
at 2014-04-13 21:35
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東京はすっかり葉桜になりました。札幌は正にこれからでしょうか。
サンマの話、視点は違いますが、金子みすずの詩・大漁に記されていることとどこかつながるようにも思います。 思わずコメントしてしまいました。
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kels at 2014-04-14 20:48
サラリーマンレポートさん、こんにちは。
札幌の桜の季節には、もう少し時間がかかりそうです。 春まで遠いですね、本当(笑) 「焼かれたサンマ」は絶望の物語かもしれないけれど、その裏側には、絶望を恐れずに生きようとする人間の強さが描かれているのではないかと思います。 切ないですけど☆
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