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琴似コンカリーニョの骨董市へ行ってきたけれど

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僕の嫌いなことは、骨董市やフリーマーケットへ行って、手ぶらで帰ってくること。
そこには、渓流釣りに行って、魚が一匹も釣れなかったときのような喪失感がある。
まるで自分の非力さと直面したときに感じる惨めさとでも言うべきか(笑)

骨董市やフリマというのは、たくさんの店が広い会場いっぱいに並んでいる。
一方で、それぞれの店の商品は秩序立てて並んでいるわけではない。
自分のほしいものを探し出そうと思ったら、目を皿のようにして隅から隅まで確認しなければならない。

段ボール箱があれば、底から引っくり返して、何か掘り出し物はないかと血眼になる。
混雑している店では、周りから人に押されて、とても買い物どころではないこともある。
はっきり言って、骨董市やフリマで真面目に掘り出し物を探そうと思ったら、とんでもない労力を消費すること間違いなしだ。

そうやって、たくさんの時間とエネルギーとを浪費して、何も見つからなかったとなったら、これはかなりのダメージである。
できれば、そういう喪失感を味わうことは避けたいと思うのが人情である。
だから、骨董市やフリマへ出かけたとき、僕はできるだけ手ぶらで帰らないようにしている。

とは言え、会場内を何度も何度も回って、あれこれと思案を巡らせても、結局何も買えないというときも、やっぱりある。
そして、まさしく、今日がその日だった。
琴似コンカリーニョの骨董市で、僕は何も買うことができなかったのだ。

いつものように打ちのめされて会場を去るとき、僕は、あの言葉を思い出した。
それは 末続尭さんの書いた「ウィークエンドの骨董」という本の前文である。
鑑定団でおなじみの中島誠之助さんの書いた文章だった。

骨董店を訪れる多くの客人の中で、一番買わなかった人が末続さんならば、一番新風を吹き込んだ人もこの人である。
スマートでエリートで、今度生まれ変わったら私もサラリーマンになろうと思わせる人である。

「ウィークエンドの骨董」末続尭(1993)

山を登って山頂へたどり着く前に引き返すのと同じように、骨董市に行って何も買わないというのは、愛好家にとっては辛いことである。
しかるに、末続さんは、中島誠之助氏をもって「一番買わなかった人」と言わせているのが凄いと思った。
骨董のプロというのがあるとしたら、こういう人のことを言うのかもしれないと思った。

手ぶらで帰ってきたくらいで、こんなに落ち込んでいるんだから、僕はスマートにもエリートにもなれないらしい(笑)


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by kels | 2014-04-04 22:01 | 雑貨・アンティーク | Comments(0)
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