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「No Book No Life 」、本があってこその人生だ

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「No Music No Life」という言葉があるように、人生には欠かせないものというのが、人には何かしらある。
「酒」や「釣り」などは、その代表格みたいなものだ。
「酒を飲めないなんて、人生の楽しみを半分なくしているようなものだ」とか、「釣りをしないことは、人生の半分を死んでいるようなものである」といった格言は、酒や釣りに対する人間の愛情の深さを表現している。

もちろん、酒や釣りに限らず、その対象物は人それぞれによって違う。
ある人は、クラシック音楽やオペラ音楽をなくして生きることはできないかもしれないし、ある人にとっては、競馬やパチンコなどのギャンブルがなければ、人生ではないと言うかもしれない。

僕にも、そんな人生の楽しみがいくつかある。
その中でも、特に、これなくして人生ではないと言えるものは、やはり「読書」である。
雑誌であれ、文庫本であれ、何かしらの本がなければ、僕はきちんと生きていくことができないのではないだろうか。
まさしく、「No Book No Life」、本があってこその人生である。

若い頃は小説ばかり貪るように読んでいたけれど、最近は、エッセイやコラムなどを中心に読むことが多い。
雑誌には、短いコラムが付きものなので、特集記事よりもこうしたコラムの方が楽しみな場合もある。
もちろん、部屋には常に未読の本を何冊かストックしておかないと、何となく落ち着かない気持ちになる。

僕の場合、自分より年上の人の作品ばかりを好んで読む、という特徴がある。
知らない作家の場合、まずは著者の略歴を確認して、自分より年上の人であれば安心して読むことができるのだ。
人生の先輩から何かを得たいという気持ちが強いのかもしれない。

これは、別に若い人が嫌いだとか先入観だとかによるものではない。
自分自身の経験則で、年上の人たちの作品に、より面白いと感じることができるものが多かったのだ。
若い作家の作品を読まないこともないが、強い感銘を受けることは少ないような気がする。

そういう意味では、村上春樹の「ノルウェイの森」に登場する永沢さんの気持ちがよく理解できる。

彼は僕なんかはるかに及ばないくらいの読書家だったが、死後三十年を経ていない作家の本は原則として手にとろうとはしなかった。
そういう本しか俺は信用しない、と彼は言った。
「現代文学を信用しないというわけじゃないよ。ただ俺は時の洗礼を受けてないものを読んで貴重な時間を無駄に費したくないんだ。人生は短い」
(中略)
「他人と同じものを読んでいれば他人と同じ考え方しかできなくなる。そんなものは田舎者、俗物の世界だ。まともな人間はそんな恥ずかしいことはしない。なあ知ってるか、ワタナベ? この寮で少しでもまともなのは俺とお前だけだぞ。あとはみんな紙屑みたいなもんだ」

僕はこの小説を20代前半の頃に読んだけれども、読書に対する一つの考え方のようなものを学んだ。
もちろん、死後30年を経ていない作家の本を読まないということではない。
他人と同じものばかり読んでいては、他人と同じ考え方になってしまうという理屈は、ある意味、正論だと思ったのだ。

永沢さんの言うとおり「人生は短い」。
つまらない本を読んだときくらいに悔しいことはないし、素晴らしい文章に出会えたときの喜びは、何物にも代えがたいものだ。
貴重な人生、もっともっと素晴らしい本に巡り合うことができたらいいな。





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by kels | 2013-06-22 07:17 | 本・雑誌・古書 | Comments(0)
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